#8‐3
『本当に貧乏くじを引いたな』
そう、美咲は己の不運を嘆いた。
支部長が連れ込んできた少女の付き人にされたかと思ったら誰かに蹴倒され、今は追撃隊の一員に加えられている。
「…こんなことで故郷に戻って来る事になるなんてなぁ…」
おそらく、それも追撃隊に加えられた理由の一つだろうと美咲は思う。
追撃隊の構成員は美咲を除けば全員が支部長の子飼いだ。
腕は確かだが人格面では難ありと、元々人格に問題アリな人間が多い魔術師業界でも言われるほどの連中。
全員が支部長の家の家紋を元にした紋章をあしらったローブを着ていて『魔術師です』と言わんばかりの奴ら。
「恆松、お前はこのあたりの出身だったな。―――この地を管理する組織の所在地は何処だ」
「え、何故ですか?」
美咲は思わず、隊長格の男に聞き返していた。
協会を襲撃した(と言う事になっている)少女を追撃していたのではないのだろうか。
「ここの管理組織は目標を匿った。重大な反逆行為を行った以上、管理地は没収。我々が管理する。」
それで美咲は大体納得した。
あの支部長は訳有りだが極上の霊地であるこの睦斗市を自分の手元に置いておきたいらしい。
「…了解。ただ、一つ提案が有ります。」
「なんだ?」
「先に逃亡先…いえ、逃げ込んだ先を把握しておくべきです。もしこの地の管理組織が匿ったのではないとしたら、我々の方が危ない」
美咲は知っている。
その恐ろしさと戦闘力を。
そして、魔術協会如きに恭順するような組織では無いという事も。
「我々は『匿っているという事実』に基づいて行動をしている。判るな?」
そして、その子飼いの男は知らない。
故に、牙を剥く事を躊躇わない。
「…はい。―――管理組織の場所ですが…」
美咲は嘘を交えて『管理組織』の所在地を教える。
そして
「私は皆さんほど戦闘力はありません。ですから、情報収集と逃亡先の捜索に当たります。…制圧後楽に事が済むように」
そういい訳をして独自行動許可の言質を取る。
死亡フラグを乱立させたような連中と一緒に行動するなんて、真っ平御免だ。
「連絡は厳に。それでは行くとしよう。」
厳かに動きだす一団から美咲は離れてゆく。
「…あの連中、確実に全滅だろうなぁ」
十分に離れた辺りでポツリとつぶやく。
それから、顔面にケリをくれた少女を追う事にした。
おそらく保護されているであろうから、その保護者と接触する為に。
* * *
「こっちよ」
藤谷家に呼び集められた聖奏生徒会の面々は和葉によってその『件の少女』の元に案内されていた。
客間の真ん中の布団に寝かされた少女は、なにやらうなされていた。
「この子が着ていたのが、このローブ。見てみて」
和葉が少女の傍らに畳んで置いておいたローブを奈緒に渡す。
奈緒はそれを広げてみる。
「うわ、随分とボロボロ」
「それにだいぶ汚れてるね。」
凛と梨紗が驚きの声を挙げる。
「うーん、でもなんかおかしくねぇか?」
そこに啓作が言う。
「何がおかしいって?」
「これだけローブがボロボロになるほどの状況なら血痕の一つや二つがあってもおかしくない筈だ。」
「…あ、」
切り裂かれたような跡すらあるローブに血の一滴もない。
それは確かに異常だった。
「おまけに、靴も無しで足は無傷だったわ」
そこに和葉の捕捉が入って一同は唸る。
「少なくとも、マトモな人間ではなさそうね」
話の方向性が『ローブ』から『正体は何か』にシフトしつつある中、一年生陣は少女の方に興味を寄せていた。
「小さいね」
「小学生の低学年…八歳くらいか?」
「あんなにうなされて…」
晶、雅人、遥はそれぞれ、思う事を口にした。
「…なんだか、どこかで………」
一方、楓は『何か』が引っかかっていた。
それはなんとなく見覚えがあるような………
「あの、おばさま。あの袋は?」
喉に小骨が刺さっているような、そんな不快感を覚えながらも楓は別の点に視点を移す。
「ああ、すっかり忘れてたわ。それはその子が持っていた物なの。気絶してもしっかりと抱えて…よっぽど大事だったんでしょうね。袋は無傷だったから…」
和葉がそう言うのを聞きつつ、楓はその袋を開封した。
そして袋をひっくり返す。
ばさっ
ひっくり返された袋から出てきた物を見て、目撃した一年生陣全員が目を疑った。
「…!?」
中に入っていたのは女性用の洋服と携帯電話、そして革製のカバーが付けられた小さな手帳。
その手帳カバーは奇しくも聖奏学園が生徒手帳カバーとして使用している物と酷似していて…
楓は恐る恐る、手に取って裏返して見る。
表紙に当たる部分には聖奏学園高等部の校章。
開いて一ページ目の、学生証を入れる為のスペースに収められている学生証は―――
「おいおい…どういう事だよ!」
凍りついた三人の心を雅人が代弁した。
その語調の強さにローブと正体について議論を交わしていた和葉や奈緒たちが議論を中断した。
「どうしたの?」
「これ、見てください」
雅人が凍りついた楓から手帳を奪って奈緒に見せる。
「ッ!」
そして、奈緒や渡された物を覗き込んだ梨紗や凛も驚愕で凍りついた。
その生徒手帳は、生徒手帳に収められた学生証は行方知れずになっている『御剣唯奈』の物だった。
何故、交換留学生だった彼女が学生証を持っているかと言うと、聖奏の特殊性故である。
男子部と女子部が隔絶されている高等部と中等部は学生証に内蔵されたICチップのデータによって生徒を判別する。
一見すれば何も無い廊下だがICリーダーが壁に内蔵されて出欠確認と男子の女子部侵入、女子の男子部侵入の阻止が行われている。
だからなのだが、問題はそこでは無い。
何故、それをこの少女が持っているのか、である。
ただ、謎の鍵はこの少女にある。
その事は確かだった。
どうすべきか、議論が始まろうとした時
「――――――――ゴメン、マコト――――」
少女の呟きに再びその場に居る全員が硬直した。
何故、この少女から『誠』の名前が出てくるのだろうか。
手帳は唯奈の物で、『彼』はその事を秘匿している筈なのに。
「少なくとも、これで協会に引き渡す事は出来なくなりましたね。どうします?『匿った』って叩かれますよ?」
復活した啓作が言う。
「おそらく、この件で動いているのは協会直属の連中だけよ。なら、袋叩きにして追い返せばいいだけ」
奈緒は携帯電話を取りだして、連合所属校の生徒会長全員に一括して転送する設定になっている番号をかけて宣言した。
「協会襲撃犯と思しき少女を保護するわ。協会の連中を叩きだすわよ。」
返事は『待ってました』と言わんばかりだった。
* * *
美咲を除く追撃隊の面々が身を置く状況を簡単に言い表せば『絶体絶命』だった。
別行動する、戦闘力の低い美咲を除けば彼ら十人はそれぞれ荒事を『それなり』に経験している協会内では猛者に分類される。
東京の日本支部では最強から数えた方が早いのが彼らだ。
だが、相手が悪い。
今、彼らを襲う『敵』は平均して月に三回ほど、人外の化け物である『幻魔』と戦い、討滅してきた学生術師連合。
オマケに『睦斗術師協会』も動いている。
この術師協会というのは術師連合に所属していた魔術師、精霊使い、異能者がそのまま籍を置く、術師連合の後援組織だ。
戦闘関連は術師連合に任せて監視に廻っているが基本的に術師連合の卒業生だ。その戦闘力は並では無く高い。
数も少ない、質も同等未満の相手に苦戦しろと言う方が無理な話だ。
「くっ、貴様ら魔術協会を敵に回す気か!?」
隊長格の男がそう叫んだ。
今までならそれで相手がおびえ竦んで優位に立てた。
だが、
「魔術協会なんかに従うほど、落ちぶれちゃいないよ」
そう、第六高校生徒会長 吉川信乃は言い返す。
聖奏の某生徒が開発した呪符の雷撃を添えて。
「ぐあっ」
その様相は戦闘などではなく、完全な殲滅戦だった。
その様子を見て美咲は焦った。
早く自分と面識のある人を探さないと、自分も殲滅されてしまう。
慌てて住宅街の方へ逃げ込もうとして、沢山の足音に出くわした。
突然の遭遇ながらもすぐさま攻撃の態勢に入る聖奏の生徒たち。
その中で唯一、ちょっと驚いたような顔をする人物を見つけて美咲は内心で諸手を挙げて喜んだ。
同時に、驚いてもいた。
「結城会長!」
「え、…美咲ちゃん!?」
まさか、この人に会えるなんて。
己の幸運に感謝しつつ、警戒を止めない少女たちに
『自分は協会側の人間だが抵抗する意思も敵対するつもりもない。投降する』という事を伝える。
今年の子たちは質が高いな
そう思っていると、高校生組のリーダー格らしき少女―奈緒だ―が携帯電話を取りだす。
報告を受けているようだ。
「思ったより、手ごたえが無かったみたいね。それじゃあ、拘束しておいて。回収に行くわ」
どうやら、追撃組の他の面々は見事に袋叩きに遭ったらしい。
「…いろいろと聞きたいことがあります。喋ってもらえますね」
その少女――奈緒が声をかける。
美咲は『もちろん』と応えた。