#8‐1
更新です。
今回はちょっとばかりグロエロ要素が含まれてるように取れる描写があるかも…
その日、聖奏学園生徒会一年生メンバー―楓、遥、晶、雅人の四人―は生徒会室に集まっていた。
「遥、呪符は?」
「とりあえず、至急で必要みたいだから各一枚ずつ先に作った。今、攻撃符の二枚目。」
報告書を書く手を休めずに楓が遥に問う。
「おいおい、まだ三枚目なのかよ」
遥の答えに篠田が言うが
「出来ないアンタが言うな。」
「これ、かなりキツイんだよ、紙に回路を作るの。それに補充作業だってかなり消耗するから。」
突っ込む晶と『おかげで体重が三キロ減ったよ。』と苦笑する遥。
「ところで篠田くん、報告書の添削まだした覚えないんだけど」
「…ゼンショシマス」
彼女らは代替わりに備えて一年生だけで事務処理作業に当たっていた。
四月から居る楓がまとめ役になり、偶然から符の作成が可能だと判った遥が各校から寄せられる符の生産に当たる。
篠田と晶の二人は楓の元で事務処理だ。
「…ホント、藤谷の凄さが実感できるな」
シャープペンシルを手にまだ六割方白紙の報告書に向かった篠田がぽつりとこぼす。
「まあ、符の大量生産が出来て、私らの分の書類も連名の署名だけで済むようにしてくれてた訳だものね」
それに同意する晶は楓に添削してもらった報告書の修正箇所を直してボールペンでの清書作業だ。
冷房の効いた生徒会室だからこそ茹だるような暑さとは無縁でいられるが、そうでなければやってられないだろう。
「頑張ってるみたいね」
「一年生の諸君、差し入れだよ」
そこにやってきた奈緒とひかりの三年生コンビ。
ついでにマナも居る。
その手には近場のスーパーの買い物袋が下げられていた。
「それじゃ、今やってるのが終わった人から休憩。遥は適当なところで休んで」
「あ、ハルカ。呪符の魔力補充はやるよ」
マナが交代を申し出て遥が清書を済ませた晶と一緒に休憩。
楓も篠田が添削に出すまで待つ事になるので休憩。
ただ一人、篠田だけがせっせとペンを動かす。
「そういえば奈緒先輩。誠から連絡来ました?」
「いえ…協会からも音沙汰なしよ。こちらからコンタクトを試みてるけど、梨のつぶて」
「そうですか」
楓は自分の席を立ちあがって会長用デスクの背後にある窓から空を見上げる。
「今頃、何してるのかな」
直後、『できた!』と声をあげた篠田の報告書の添削に入るのだが、赤ペンの入らなかった行はなかった。
その光景を見て篠田は『ひぃ』と悲鳴をあげ、晶と遥は苦笑い、奈緒とひかりの先輩コンビは『高槻先生』と冷やかしを入れる。
そんな、日常のようで何かが欠けた八月半ばの夏の日だった。
* * *
あれから、一体どれくらいの時間が経ったのだろうか。
魔術協会日本支部東京本部に連行された俺は大分長い事、外界と隔絶された空間に入れられていた。
日の光が入ってこないので今が何時なのか判らない。
今が、何日なのか、判らない。
ただ一つ判っているのは、『俺』という存在はここの研究者にとって極上の研究材料であったという事だ。
ここに連れてこられた初日は技研部というところで魔術符についての技術開示を求められた。
それに関しては術師連合で普及させているのでどういう事をやっているのかを簡単に説明したら向こうが勝手に色々弄り始めた。
それで用件が終わりかと思いきや、行き成り背後から襲われて意識を奪われ、気がつけば衣服を奪われ手術台のような場所に拘束されていた。
もっとも、その手術台のような場所で何が為されているのか、俺に知るすべは無い。
大抵、意識を奪われ気付けばまた牢の中だ。
最初のその日以来、魔力封じの刻印を刻まれて拘留され続けていた。
魔力封じと言っても、魔術回路の魔力循環を遮るだけの物だが、循環が起こらないと術式に乗せる事もままならない物なのだ。
「…ったく、我ながら情けない」
魔術が使えない上に回路の閉鎖が出来ない俺は単なる女子高生でしかない。
本来の状態――男のままならもう少し抵抗できたかもしれないが、腕力も年相応、動体視力がちょっといいくらいじゃそれほど役に立たない。
『研究用に』と持ってるだけの符をまきあげられた直後に背後から襲われてこのザマ。
本当に自分の間抜けさを呪いたい。
「…それにしても、一体何のためなのやら」
研究材料としてならここまで手加減されているのが不可解だ。
もっと早くに全身を切り刻まれホルマリン漬けにされていてもおかしくない。
そして、符についての研究としても不可解すぎる。
それならこんな監禁紛いの事をせずにごく全うに『協力』という対応をすればいい。
…一つだけ、思い当たる節があるがそれを認める事を俺の精神は全力で拒否している。
なぜならそれを認めるという事は『俺』の全否定に等しいから。
ただでさえ、時間感覚の狂う場所で大分長い事女の状態で拘束されているのだ。
精神は大分女よりに引っ張られている。
…『俺』という存在を維持する為にも、『それ』ばかりは認める訳にはいかない。
「…悪いな、唯奈。お前に全部押しつけちまって」
『誠』ではない『唯奈』という存在。
それは『男である藤谷誠としての精神』を護る為に生まれたもう一つの、『女の、御剣唯奈としての人格』。
女であることを拒絶しながらも、女であるという事実を受け入れた事で生まれた―矛盾した存在。
『彼女』がいなければこんな長期間、自分が女の姿であるという事を認識させられ続けるような状況、何よりも孤独に耐えきれなかっただろう。
(その為に、私は形成されたんでしょ)
「まあ、そうなんだが…折角生まれたなら―――ん?」
牢のある区画に誰かが入って来た。
その為、もう一つの人格との対話を中断し現れる人物に警戒する。
現れたのは世話役にでもされたらしい、女性の魔術師だった。
その人は黙って牢の鍵を開けると拘束を解いてくれる。
「解放でもしてくれるんですか?」
「…支部長命令よ。黙ってついて来て」
冷やかしに対して帰って来たのは冷たい言葉だけだった。
「はいはい」
(一体、今度は何をされるのやら)
連れて行かれた先は逗留者用宿泊施設の一室だった。
そこで手ぬぐいタオルを渡され
憐れみの視線と共に手ぬぐいタオルが渡され風呂場へと促された。
ドアが閉まるが向こう側から呟く声が聞こえる
『恆松です。はい、命令通り…後には…はい』
なにやら連絡を取っているようだ
『…可哀想に。まだ恋に恋してる年でしょうに』
その呟きを最後に、気配が遠のいてゆく。
(…どういう事?)
「知るかよ。」
だが、なんとなく予想は付いていた。
考え得る最悪のパターンだが………
「唯奈、換われ」
(え?ちょ―――)
『俺』は内側を意識するとすっと意識が遠のきまるで第三者視点に立ったかのような感覚に陥った。
「…まったく、妙に義理堅くて生真面目なんだから」
『私』は『男としての自分』の頑なさに内心溜め息をしつつ、折角お風呂のタイミングを譲ってくれたのだから精々楽しむ事にした。
どうやら、実験やらの度に洗い流したりはしていたのか、思ったほど酷くは無い。
髪の毛は大分酷い事になっているけど…
湯船に浸かると溜まりに溜まった疲労やらがまるで溶けだしていったかのように気持ちが良かった。
のぼせない程度に温まったところで上がろうとした時、
(唯奈、ちょっと体を貸してくれ。ついでに先に謝っておく。)
「へ?…まあ、この身体は本来あなたのでしょうに。返すわ」
イメージは内側へ、孔の中へ、という感じ。
すぅ、と意識が遠のいて俯瞰視点へと移れば体の受け渡しは完了する。
(で、何するつもり?)
『唯奈』の問に俺は答えず、黙って手ぬぐいで石鹸置きをくるむ
そしてタイル張りの床に叩きつけた。
ガシャン!
見張り役が遠ざかっているから出来た事だった。
陶器製の石鹸置きは鋭い破片へ姿を変える。
「確か、魔力封じは右手首だったよな」
その破片を一つ、鋭くナイフ状になった物を手に取る。
(ちょっと、何するつもり!?)
「決まってるだろ!―――っぐぅ」
激痛。
俺はナイフ状に鋭く割れた陶器の破片で自分の手首を深々と刺した。
(なッ―――)
「ッ―――――」
それによって、魔力を停滞させていた『刻印』が破壊され魔力が再び流れ始める。
流れ始めた魔力を炎に変えて、手首の傷は焼いて塞ぐ。
荒っぽいが、止血が最優先だ
(―――!)
「さて、と………『接続開始』」
魔術師としての全力を取り戻した。
「唯奈、頼まれてくれるか?」
(何を?)
「後は、頼んだ。」
ふわり、と体から力が抜けてゆく。
(あっ………)
遠のいてゆく『唯奈』の意識。
大量の―――膨大な魔力が『唯奈』と共に抜けてゆく。
「…残念ながら、藤谷誠は『一般人だから』な―――――」
その少し後、乱入者が現れた。