#7‐3
佐伯会長の家では何事も起こらずに時間は進んで行った。
会長と遥の母親、佐伯陽菜さんは聖奏学園のOGで、生徒会に所属していたとのことで色々と見て見ぬふりとか便宜を図ってくれたりとかしてくれた。
ついでに俺の母さんと楓の母親の咲月さんの二人とは同級生だったとか。
制服でなければ俺―正しくは御剣唯奈が外を出歩いても問題はそれほど大きくならない。
『一時期留学していた縁で遊びに来ている』とでも言えば何ら問題は無いのだ。
ついでに、『佐伯会長の縁者で術師である』という肩書の元、生徒会連合の対魔組織としての側面にも『協力』という形で関われる。
『男に戻れない間の、七日ちょいの我慢だ』
そう思っていたらとある違和感というか、『奇妙な点』に気付いてしまった。
「誰かに見られてる?」
それは、逗留四日目。夏休みが始まって三日目のことだった。
「まあ、唯奈ちゃんみたいな美少女なら誰でも目で追うと思うけど?」
相談を持ちかけた俺に対して会長はそういう
「それに『元男』の部分で視線に含まれる欲望とか思考を理解しちゃうから過剰反応してるってのも有るんじゃない?」
物凄く『元男』の部分に突っ込みを入れたいのだが、今それをやると話がこじれるので後にする。
「そういう訳では無くて…何というか、気配はないのに見られているような…」
人気も気配もない、というのに誰かに監視されているような感じがする。
「ストーカー被害なら、警察に頼んだ方がいいわよ。一応、戸籍上『御剣唯奈』という人物は存在している訳だし。」
話はこれで終わりと言わんばかりに席を立とうとする佐伯会長だが
「みゃう」
猫の姿で現れたマナがくわえていたモノを見て足を止める。
いや、くわえて引き摺って来たものを、と言うべきか
「カラス?」
それは体長四〇センチほどの真っ黒な鳥―カラスだった。
ただ、そのカラスには問題がある。
「やけに小さいわね。成鳥じゃないのかしら」
そう、普通に見かけるカラスとは様が違う。
「違うよ。コレ、使い魔みたい。一応止めは刺してあるから機能停止しているけど」
人の姿に変わるマナが言う。
「使い魔?」
「うん。ちょっと気になったから図書館で調べてみたんだけど、コイツは『ニシコクマルガラス』って言う種類らしいんだ」
最近は仕方なくマナを放っておいてしまう事が増えた。
その結果、ヒマつぶしに時々図書館に行って読むだけ読んで借りずに帰るという事を繰り返しているらしい。
「それがどうしたの?」
「日本に居る筈のない種類のカラスなんだ。主にヨーロッパから中東くらいに住んでるヤツ。」
だから猫になって仕留めて調べてみたんだ、とはマナの談。
「…これは、ちょっとばかり用心が必要かもね」
「符は必ず携帯しておきます」
「出来れば、不用意な外出も控えた方が良さそうよ。マナちゃん、色々とお使い頼んでいい?」
「任せて」
また、かなり厄介な事になってそうだ。
そう思ったら本気で湿気た溜め息がでてきた。
* * *
「わー、凄い人だね」
それから三日ほど経ち、どちらも動かないという状況の中で俺と楓と遥、あとマナで最寄りの神社の納涼祭に来ていた。
夏休みにはいって一週間という早い時期に開かれるこの夏祭りはこの近辺の学生にとって、夏休みの開始を実感させるものであり、
六週間ほどある夏休みの一週間目が終わったことを伝えるイベントであったりする。
一説によると、『この夏祭りまでに宿題を片付ける』と己に課す者もいるとか。
また逆に『この夏祭りから本気出す』という風な逃げを行う者もいる。
ちなみに、後者はそれをもう五週間ほど繰り返して九月に担任や担当教員に怒られるのが常。
「毎年、だいたいこんなものだよ。」
初体験のマナは興味津々、逆に慣れている楓はいつもの通りだ。
「…なんか落ち着かないな」
そして、俺は物凄く居心地の悪い思いをしていた。
粘着質な視線がひっきりなしなこの場所に。
「もう、みられるのは美人さんと可愛い子の義務だって。浴衣、似合ってるよ~」
そんな俺に軽く声をかけてくる遥。
「そうそう。」
(それに囮とか関係なしに楽しまないと、ね)
それに頷く楓がこっそりと耳打ちをしてくる。
「…それも、そうだね」
数日前からの監視の目の事を務めて頭の奥底に押し込める
「ん、元気出てきたみたいだね。それじゃあ行こ!」
俺は楓に手をひかれ夏祭りの雑踏に混ざり込んで行った。
* * *
『男』は笑いが止まらなかった。
イギリスのロンドンに本拠を構える魔術協会の監視が行きとどいていない極東の地で『魔法』に至る道を見つけたのだ。
それも、極上の霊地である地だというのに管理している組織は無い。
まるで『自分が魔法に至る為に用意された地』であるかのようだ。
孔を穿つ為に必要な量の魔力も確保できるめどが立っている。
孔を穿つのが最も簡単である場所も目星がついている。
使い魔のカラスが何羽か猫に狩られてしまったがさして問題でもない。
『男』は自分が『魔法使い』へ至ることが出来ると確信しているのだから、その程度の損害など痛くもない。
『大丈夫?』
『ちょっと疲れただけだから…』
『もう、最近引きこもりっぱなしだからだよ』
『運動不足』
目的の少女は仲間と思しき少女たちと共にベンチに居た。
『ちょっと休んだら楓に連絡して合流するからさ。廻ってて』
更に好都合な事に『目当て』の少女がグループから離れる様子なのだ。
『それじゃあ、近場うろついてるから』
『悪い虫には気を付けなよ』
この好機を逃がすほど、『男』は甘い人間ではない。
チャンスを生かすべく、行動に移す。
だが、『彼』は『己が魔法に到達する』事に意識が行き過ぎて見落としていた。
ここ、睦斗市が極上の霊地でありながら管理組織が見当たらない理由を。
そして――
「…こちら高槻、目標が行動を開始。監視に入ります」
『彼』はあえて泳がされていたという事を。
そうとは知らず、『男』は『魔力炉』となる存在を得て有頂天になり認識阻害でコレと言って怪しまれることなく目的地点へと辿り着――
「Freeze!」
直前に無数の銃口を向けられた。