#6‐3
「つ、疲れた………」
放課後、質問の嵐を降らせてくる女子部生徒たちもひとしきりの質問をして満足したのか日常に戻り始めていた。
休み時間ごとに有坂先生立会いの元で質問会が行われ、なんとかさばききったのがつい先ほどの事。
「ごめんなさいね。ウチの子たちはゴシップとか好きで、珍しがって羽目を外してるだけだから、いつもはああじゃないんだけど…」
「まあ、それは、仕方ないと思います」
女子に漏れた情報はあっという間に一里先まで伝わる。
そう言われるのもあながちウソではない事を実感させられた。
「えっと、あの、お疲れみたいですけど、少しいいですか?」
ぐったりとしていたところに声が掛かった。
「ん?」
そこに居たのは中等部の生徒だった。
何処となく見覚えのある………
「ええっと、三日くらい前にお会いしましたよね。私が貧血で倒れてて…」
思い出した
「あの時の、」
あの時、『死者』に襲われていた子か。
「あっ、あっ、えとと、冨坂紫音ていいます。あの時はありがとうごじゃいました!」
慌てているのか、行き成り自己紹介を始め、噛みながら頭を下げてくる。
「いいよ。元気そうで何より」
俺はぺこり、と下がって来ている頭に手を乗せ、軽く撫でる。
冨坂は撫でられるがままにしてくる。
横から『コレが撫でポか!』という微妙にメタい発言が聞こえてくるのは気のせいと言う事にしておこう。
「短い間だけど、よろしく」
「はいッ!」
それからもう一度、『ありがとうございました!』と元気よくお辞儀をして冨坂は去って行った。
「えっと、どういう話の流れなの?」
有坂先生はまったく状況把握が出来ずにいる様子だった。
「えっと、交換留学が決まったすぐ後に、奈緒さんにお願いしてこっそりと学校の中を見させてもらったことがあったんです。その時に…」
そんな穴だらけの説明で有坂先生は納得してくれたため、それ以上の説明の労苦を払う必要はなくてすんだ。
「さて、生徒会室に行くとしますか」
中央棟に入ったら、一目見ようと張っていたらしい男子部生徒の群れが壁となって出現したのでそれをかき分け押しのけ、やっとのことで生徒会室に辿り着いた時、俺はなんとも言えない疲労感に襲われて、借り受けている(ことになっている)『藤谷誠』のデスクに突っ伏したのだった。
「疲れてるな」
と氷室先輩
「…あの元気の塊の中に入れば氷室先輩もきっとこうなりますよ」
演技疲れに気疲れに、あとは周囲に吸奪されたとかの様々な要因が重なった結果、精神的にも肉体的にもかなり疲れていた俺は突っ伏したまま、だんだんと重くなる瞼になんとか抗おうと必死だった。
* * *
部室に来ておよそ十五分後
「すー………すー………」
誠…いや、唯奈は自分の腕を枕にして静かに寝息をたてていた。
「寝てるな」
「寝てるね」
そんな珍しい光景を前に、眺める啓作と梨紗は思わず同じことを言いながら確認してしまった。
「かわいい寝顔♪」
そう、ひかりが評するのは、普段のイメージからすればかなり幼く見える寝顔を晒しているからだろう。
「カメラ、カメラ、」
そう言いながら机を漁る凛。
探しているのは携帯電話だが、焦っているせいで鞄に入れてある事をすっかり失念している様子だ。
「どうする、起こして帰る?」
「もう少し、寝かせてあげていいんじゃないかな」
流れで一緒に生徒会室に来ていた遥と楓も、頬が緩むのを抑える事が出来ないでいた。
「で、どうしてそんな怪我してるの」
「…生徒会役員だからって理由だよ」
そんな中で晶に手当てされる雅人は同級生から袋叩きにされたようだ。
それから少しして、帰宅するという遥が出てから十分余りが経った時…
ぴろろろろ
生徒会室の電話が鳴り一斉に、それこそ寝ていた唯奈も起きて電話機の方を向く。
「はい、聖奏学園生徒会………」
一番電話に近かった梨紗が取り、顔色がだんだんと暗くなる。
「わかりました。それでは…」
かちゃり、と電話機が置かれ梨紗の言葉を待つ一同
「第六高校のテリトリーで大量の『死者』が湧いたそうよ」
『死者』の一言を聞いた途端、初陣組(赤城と篠田)を除く全員が屋上に向かって走り出していた。
* * *
佐伯遥は走っていた。
「どうなってるのよ!」
その身に襲いかかる、訳の判らないオカルトチックな現実から逃げたいが、中々に逃げさせてもらえないでいた。
「行き成り、人気は無くなるし、変なのが襲ってくるし…」
ぶつぶつと愚痴をこぼしながらも走る足は止めない。
止めれば腐乱死体や骨のくせにやけに足の速いアンデットの群れに喰われてしまう。
手を前に突き出してのろのろ歩くのが清く正しい…って、それはゾンビだ。
何が違うのかはいまいちわからないものだが…
いくつか足音やらの声やらは聞こえるので少し安心できるが…あんまり近くないのが悩みどころだ。
「あー、もう、なんでこんな目に」
だいぶ長いこと走っているが、ペースを維持できていることを不思議に思いつつ、『火事場の馬鹿力』ということにして後で考えることにした。
今は、とにかく逃げるのみ。
が、誤って土地勘のない路地の多い道に入り込み、自ら袋のねずみになりに行ってしまったのはその十分ほど後の事だった。
「えっ」
正面には高くそびえるブロック塀、後ろからは骨と腐れ死体。
「あっちゃー、これって絶体絶命ってヤツ?」
だが、遥にはなんとなく無事で済むんじゃないかという予感があった。
前にも、絶体絶命のピンチから鮮やかに救ってくれた『アイツ』が居たから………
壁に背中が当たる。
もう下がれないところまで下がった遥は息をのむ。
『早く来てくれ』
そう強く念じ、
アンデットたちが遥の眼と鼻の先にまで来た時、一枚のカードが遥の前のアスファルトに突き刺さり、伸ばしてきていたアンデットたちの腕が吹き飛んだ。
続いてくるのは特大火炎放射器から放たれたような炎。
ほかにも青みがかった光が降り注ぎ、アンデットの群れに襲いかかる。
「~~~~~~~~~~~!」
呻き。悲鳴。絶叫。断末魔。
声にならないような声が上がり、遥は思わず耳をふさぐ。
なのに
『接続開始、術式検索』
まるで体の内側から聞こえてくるかのような、声が聞こえた。
『死せる者よ、浄化の焔を以て汝を在るべき姿に還さん。』
その声は聖書を読み上げる聖職者のようであり、はたまた咎人を裁く裁判官のようであり…そのどちらでもない。
がががっ、とアンデットたちを取り囲むように奇妙なバランスの、まるで投げるのが目的のような柄の短い剣が地面に突き刺さる。
そして
『土は土に、灰は灰に、塵は塵に』
その宣告と同時、剣で囲まれた内側が業火に包まれた。
その燃え盛る炎は神々しいまでに綺麗だと遥は思った。
綺麗だと思って、ふと燃え盛る炎の至近にいるのに全く熱くない事に気がついた。
「もしかして…これのおかげ?」
遥は地面に刺さるカードを手に取る。
なんとなく、『彼女』―――その元となった『彼』を思い出させる銀色の光。
それが、遥が手に取った途端、少しばかり蒼を溶かしたかのように、空色に変わる。
「遥!」「え?」
直後、上から誰かが落ちてきて、焔の中から骨が飛び出してきて、
「―――――かはぁ…」
目の前の細い『ソレ』をざっくりと削り取って、飛び出してきた赤い滴が遥の頬に当たる。
鮮やか過ぎる『紅』
目の前に飛び込んできた人影が倒れ、炎を背中にした骨の指先が赤く染まっている事に気付―――
「ぁあぁぁぁぁぁぁ!!」
遥の絶叫が結界の中を振るわせた。
「何ごと!?」
「遥!」
その数メートル上空でコンの背中に乗って滞空し爆撃を仕掛けていた梨紗や楓には一瞬、何が起こったのか全く分からなかった。
なんせ、『唯奈に致命傷に近い傷を与えた骨』が空色の壁によって分断されていたのだ。
そして、いまこの場にいる魔術師で結界を張れるのは路地に赤い池をつくりながら倒れ伏す唯奈一人のみ。
凛の『封絶』は結界とは少々異なるものだし、新米組二人はまだ使う事が出来ない。
ひかりも回復専門だ。
そうなると、必然的に答えが限られてしまう。
『佐伯遥が、使用済の結界符を触媒にして結界を張っている』
「氷室くん、急いで降下。唯奈ちゃんの手当てをしないと!」
「りょ、了解!」
一早く冷静さを取り戻したひかりの指示で啓作はコンを地上に降りさせる。
地上に降りるや否や、ひかりは唯奈の元に飛びかからんばかりに向かい、梨紗が路地の外を警戒、晶と雅人は梨紗の援護の出来る場所に、恐る恐るながら移動する。
楓は遥の手を取ろうとして、結界に阻まれた。
「遥!もう大丈夫だから、これを解いて!」
「あ…」
見知った顔、見知った声が目前に現れて遥は脱力同然に結界を解き、その場にへたりこみそうになって楓に支えられた。
「ひかり先輩!」
「圧迫して止血して。直接止血、知ってるでしょ。早く!失血死させるつもり!?」
ひかりは啓作を使いつつ『能力』を使わずに魔術を使っての手当てを施してゆく。
それは『致命傷』であって『即死』では無いからだろう。
『即死』や『致命傷が原因の致死』が起こった時の為に『切り札』は温存する。
一見すれば小学生ほどに見えなくもない幼い容貌のひかりだが、そこのところはこの場にいる誰よりも冷静だった。
「傷は残らないだろうし、これでよし。氷室君、二人を後送して。たしかすぐそこの公園を臨時拠点にしている筈だから」
「了解。…久しぶりっすね、ひかり先輩が指揮執るのって」
「本業は衛生兵だからね、わたし。歩兵役の梨紗ちゃんや輜重兵役の氷室くん…前線組と私たち後方組とは本来は別系統なんだよ。」
輜重兵とはいわゆる輸送部隊に居る兵の事を言うので、ある意味正解、ある意味間違いではある。
啓作が応急処置の終わった誠――唯奈を抱え上げようとしたとき
「…ッ、痛った………」
当然、貧血気味であることが判るくらい顔色は青かったが、唯奈が目を覚ました。