#6‐2
フラグって、立たせたら消化が当然ですよね?
そして翌日、
「中等部の生徒から人探しの依頼が来た?」
生徒会室に入った直後にそんな話を佐伯会長が持ってきた。
「そうなの。コレが探し人の特徴」
そう言って渡されたメモを俺が受け取り、その場に居た全員で覗きこむ。
「なになに、高等部の女子で、」
「髪の毛が腰くらいまであって、」
「物凄い美人で、胸が大きくて、」
「ついでに足も細そくて、優しい人?」
そしてそのメモの下には大体の人相描きが添えられていた。
「ちなみにその似顔絵は新聞部の似顔絵描き担当の子に描いてもらったから、かなりの精度の筈よ」
「これ、どう見ても…」
「だよなぁ」
「うん。」
頷く面々。
俺もこの似顔絵の人物に心当たりがある―――――どころではない。
「どう見ても、魔術師状態の藤谷だよな」
「…で、藤谷くん。心当たりは?」
「昨日、幻魔の使い魔らしきリビングデッドと交戦しました。報告書は今提出します。で、その時に襲われていた聖奏の中等部女子が気絶していたので起こして、簡単に『何も起きて無い』という暗示をかけて帰らせました。」
「…決まりね」
佐伯会長が会長デスクの引き出しから一枚の紙を引っ張り出してくる。
そして
「女子部行き、決定」
そんな、死刑宣告に等しい言葉を俺に突き付けた。
「な、何でですか!」
「まず、聖奏の女子制服を着ている姿を見られている。この時点でその人物は聖奏学園の在校生である必要があるの。もしくは似た服を着ているイタイ人。」
それは理解できる。
「でもね、聖奏の制服はちょっと特殊で『自作』が難しいの。だからあくまでも『似た服』でしかない。けれども今回の目撃情報だと間違いなく聖奏の制服って証言がある。で、聖奏の制服はその『特殊な部分』がちょっとづつ違うから卒業生の線もなくなるの。判る?」
それは知らなかった。
俺が『再現』しているのは散々見慣れた楓らと同じ『今年度入学生』のものだ。
つまり
「女子部に在籍するか、在籍する予定の人物じゃないと、おかしいってこと。ウチの制服は学生証を見せないと買えないものってのも理由の一つね」
「…」
俺は何も言えない。
完全に反論する余地が無い。
「明日か明後日には設定を作っておくわ。とりあえず、覚悟だけは決めておきなさい。」
「…はい」
その翌日、担任が『交換留学生として推薦を受けている』と言って来て『イギリスに二週間行く気はないか?』と尋ねてきた。
それが会長の偽装工作だと知っている俺は首を立てに振るしか無く、表向きは二週間の交換留学、裏というか、正確には二週間の女子部通いが決定した。
* * *
『マグス王立学院バーミンガム校高等部一年 御剣唯奈』
そして、その『御剣唯奈』なる少女は今日付けでこの聖奏学園女子高等部の一年三組に生徒会間交流の為の交換留学生として来ることが決まったらしい。
ちなみに、佐伯家とは遠縁の親戚になるらしくホームステイ先は佐伯家と言う事になっている。
代わりにイギリスに送られるのが男子部一年三組の『藤谷誠』という事になる。
男子と女子が交換という部分はちょっとした手違いであった、と窓口になった生徒会長佐伯奈緒は語る。
これが俺に与えられた新しい設定だった。
俺としては前にも名乗ったことのある『宮野真心』でもいいかと思ったのだがそうすると何処ぞの会長がうるさそうなので別の名前を名乗ることになった。
所属がバーミンガム校なのも、ロンドン在住という真心の設定を考慮した結果らしい。
幸い、英語は問題なく喋れるし、日本生まれ、幼少期に渡欧という設定故に日本語訛りの英語でも問題は無いとの事。
ちなみにこれらの設定は遥が基本部分を作り、会長が不足を補って作ったらしい。
………と、言う訳で、いやどういう訳か―――俺は今、全校朝礼中の壇上に立たされていたりする。
「それでは、本人から一言」
それまで、佐伯姉妹が作り上げた設定を和風ダンブルドア(映画/賢者の石仕様)な学園長が公的な説明し俺に演壇前が明け渡された。
講堂に集まる、中高六学年、男子部四クラス、女子部四クラスの八クラス…一クラス当たり四十人なので全部で二千人ちかい聖奏学園生の前に立たされる。
「えっと…御剣唯奈です。久しぶりの日本なのでいろいろと迷惑をかけてしまうかもしれませんが、二週間よろしくお願いします」
ぺこり、とお辞儀をすると盛大な拍手。
普段の朝礼じゃ先ず見られない光景だった。
…普段の話関係だと確実に湿気たぺちぺち、という中学生によるお情けの拍手くらいしか鳴らないのに。
司会担当の先生が『御剣唯奈』の所属クラスが高等部一年三組であると告げた後、いくつかの事務連絡を経て解散となり、少し待って廊下が無人になるのを待った俺は佐伯会長と女子部一年三組の担任である有坂先生に連れられて教室まで案内されることになった。
「ちょっと待っててね…」
一度教室に入って行った佐伯会長が二人ほど生徒を引き連れてきた。
「前に一度会ってるかもしれないけど、こちらが高槻楓さん」
「よろしくね」
「で、こららが佐伯遥さん。」
「よろしく」
どういう訳か楓と遥が紹介される。
で、紹介された以上はこちらも名乗るしかない。
「み、御剣唯奈です」
幼馴染みと知り合いに改めて自己紹介というのもなんとも変な気分だ。
まあ、今の俺は藤谷誠ではなく御剣唯奈なので必要といえば必要だけど。
「高槻さんは生徒会役員、遥は言わなくてもいいわね。」
「ええ」
設定上、遠縁の親戚なので昔あったことがあるという事になっている。
「何か困ったらこの二人に相談して。二人もいい?」
「はい」
「了解です」
「高槻さん、佐伯さん、よろしくお願いします」
軽くお辞儀をした後、自分の教室に戻る佐伯会長、教室内に戻る楓と遥を見送り、
「それじゃあ、教室に入りましょうか」
「はい」
有坂先生につき従い、教室のドアをくぐった。
その途端、男子部の時とはまた異質な視線が集まって来る。
「はい、さっきの朝礼で聞いたから判ると思うけど、交換留学生の御剣さんです。二週間という短い期間ですけど、仲良くしてあげてください」
有坂先生に促され教卓の前に立たされる。
また自己紹介か…
朝礼の時と違うのは壇上と教壇という点。
壇上だと数メートル離れている『在校生』が今や一メートルちょっとだ。
「えっと、イギリスのマグス王立学院バーミンガム校から来ました、御剣唯奈です。生まれは日本なので、どちらかと言うと留学というより帰郷なのですがイギリス暮らしがそれなりに長いので色々と迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします」
シン、とした教室に響く俺の声
「それじゃあ、御剣さんの席は…佐伯さんと高槻さんの間ね。」
有坂先生に指定された席に向かい、周囲の人に軽く挨拶をしておく。
当然、楓と遥にもするが、二人ともちょっと笑いを堪えている感があった。
「よーし、それじゃあ授業を始めるわよ。」
教室後ろの黒板に書かれた時間割表によると教科は国語、担当は担任である有坂先生らしい。
チョークを片手に取った有坂先生は黒板に文字を書き始める。
一画目は『ノ』と『|』を合わせた文字。
カッ、カカカッ…と音を立てて描かれた文字は…
『自習』
「どうせ留学生が気になって授業に成らないだろうからね。他のクラスに迷惑をかけるんじゃないわよ」
そう言って有坂先生は教室を出て――
――行こうとして、教室になだれ込んできた他クラス生に撥ねられた。
それと同時、楓と遥を除くクラスの面々が俺の机の周囲に円陣を作るようにして集まって来る。
そのまま数人に引っ張られて椅子から立たされ、教室の中心に連行され…
「吊るし上げターイム」
一人がそう宣言した途端
「「「「「身胸日バ彼長向お本ー氏こっ語ミいう何き流ンたのセぃ暢ガ学ンだム校チ何けっっなカどててんッ何どどでプ時んうすイななかギとのリこスろに?」」」」」
幾つもの質問が一気に飛び出してくる。
圧倒されたのと、混ざって聞きとれないのとで答えようがない。
『せめて一人ずつ、』…そう言いたいが無遠慮にべたべたと触ってくる手やら何やらに「あぅあぅ…」という何とも情けない声がこぼれるだけだ
「痛っ」
中にはそのままだともてあまし気味なので結っておいた髪の毛を引っ張る輩もいる。
いくら握りやすい馬の尻尾の形をしているからといって引っ張るのはやめてほしい。
もし相手が猫なら『教育的指導』という名の猫パンチ(爪アリ)が即刻叩きこまれるだろう。
さらには(一応)同性同士だからといって制服の内側に手を入れようとする輩やら、胸を揉んでくる輩やらも多くはないが少なくもない。
俺を核にした人間団子は復活した有坂先生と、集結した各学年の担任団による『いい加減にしなさい』という雷が落ちるまで核をもみくちゃにし、軽いトラウマを植え付け続けた。
『女って男とは違う生き物なんだ』
そう、思った。