#5‐4
その時だった。
障子一枚挟んで背後にある庭園から殺気のようなモノを感じた『俺』はテーブルを挟んで対面する藤澤会長を押し倒し、片手で袂に隠しておいた改良版『防御結界符』を殺気の方向に向けた
この『結界符』は鬱憤晴らしの為に汎用性を殺してまでして作り上げた性能向上版の一つだ。
特徴としては日本に古来からある呪術系…神道や陰陽師といった系統の術式を使用している事にある。
まあ、梵字の親戚と思ってもらえればいい。
パキン、という音と共に壁が現れ、障子を貫いて飛んできた『呪い』を受け止める。
確か、北欧系魔術の『ガンド』という呪いの一種だ。
本来は体調不良を引き起こす程度だが、障子を打ち抜いてきた事から物理的破壊力がある『フィンの一撃』と呼ばれる強力なヤツだと推定。
まあ、呪いには変わりないから無効化は容易だ。
「誰ッ!」
俺は声を張り上げる。
現れたのはローブを着こんだ『いかにも魔術師です』と言わんばかりの三人組だった。
「女を確保しろ。」
「男の方は」
「始末する」
「「了解」」
三人組が適度に散らばって俺と藤澤会長に向き合う
連中はどうやら俺がお目当てで藤澤会長は要らないらしい。
散らばったうちの一人が魔力を貯め始め、残りの二人が先ほどのガンド撃ちを続けてくる。
「くっ…!」
符を片手に防御を続ける左手をそのままに、右手で袂から追加の符を取りだす。
放たれてくる呪い(ガンド)のレジストを繰り返すうちに左で持っていた符が崩れ出す。
どうやら、『紙』という物質にしておいた魔力まで食い荒らしたらしい。
すかさず右手の符を防御に使う。
はっきり言って未完成品の数々だ。どれがどれだけ頼りになるのか判った物ではない。
そして、『使える符』に当たるまで攻撃に転じる事が難しい。
ふと、視界の端に翡翠色の影が入った。
それと同時、俺たちを襲う魔術師たちの背後に『良く知っている気配』が現れた。
…これならば
一番遠い位置にいて、長い詠唱を必要とするような魔術を使おうとする一人が詠唱をほぼ終えた時
にやり、とそいつの顔が歪む
「いま!」
それと同時に俺は叫ぶ。
「ぐがっ」
直後に背後から何かで強打されたように大技撃ちの魔術師が倒された。
「なッ、師匠!?」
「何だ!?」
ガンド撃ちを連発していた二人が慌てる。
焦りがガンド撃ちを中断させ、その隙に俺は符の一枚を握りこんで『抜刀』する。
元々の物質化でできた刀をより完成された物へ。
俺の固有魔術だが符を握りこんでいるから符から発生させているように見えるだろう。
「くっ、符術師め!」
慌てる一人を抜いた刀の峰で打倒しもう一人もそのままの勢いで殴り倒す。
「これで…ッきゃう!」
終わったかと思ったら背後からの衝撃につんのめった。
ついでに本当に女みたいな悲鳴をあげてしまった。
まあ、勢いで出てしまったモノは仕方ない。
俺は刀を取り落とし、壁際に飛ばされた。
かなりの威力のガンド撃ち『フィンの一撃』だったらしい。
一気に倦怠感に襲われる。
「真心さん!貴様ァ!」
俺がなんとか撃たれた方向に体を向けると一番最初にヒスイに倒された筈の『師匠』と呼ばれていた魔術師と、俺が落した刀を握って立ちふさがる藤澤会長。
だが、藤澤会長が切りかかる前に、件の魔術師が吹っ飛ばされた挙句、綺麗な放物線を描いて庭園の枯山水に配置された岩に顔面から激突し動かなくなった。
「危機一髪、ってところかしら?」
吹っ飛ばした張本人…佐伯会長が飛んだ方向と逆側から現れた。
「佐伯か」
油断なく佐伯会長に刀の切っ先を向ける藤澤会長…って、え?
「この一件、お前の差し金か」
その一言で藤澤会長が思っていることが大体判った。
相手が魔術師だったとなると、確かに身近な魔術師集団が一番疑わしい。
「そんな事してどんな得があるのよ。第一、こいつらの狙いはこの子。術師連合からすれば身内よ」
そんな藤澤会長に対して呆れ顔を向ける佐伯会長。
「まあ、大方の所は大体予想がつくけど…こいつ等は私たちが徹底的に調べ倒すわ。」
にやり、と笑う佐伯会長の顔を見るからにきっと手加減無しなんだろうなぁ。
なんつーか『三名様精神崩壊コース入ります』的な
「さて、二人とも、回収お願い」
「はーい」
「判りました」
そこに姿を現すマナとヒスイ。
単独行動がある程度可能な二人を『藤谷誠』から借りてきた(と言う事にしてある)からだろうが…
「!」
「あ…」
おそらく、このためにこの二人だったんだろう。
藤澤会長とヒスイが互いの姿を見て動きを止めた。
一ヶ月ほど前に永久の離別を迎えた主従が、どうしたことか再び出会ったのだから。
「何故…」
「ウチの生徒会に消滅間際の精霊を引き寄せて回復させるという変な体質の子が居てね。」
簡単な説明を始める佐伯会長が視線と微妙な動作をしてくる。
今のうちに離脱してしまえ、と言う事だ。
こくり、と頷いて俺は足音を立てないようにしてその場をこっそりと離れた。
「そう…だったのか…ああ、真心さん、紹介を…あれ?」
「どうやら、嫌われたようね。まあ、当然だと思うけど」
襖一枚挟んだ反対側でそんな声が聞こえた。
まあ、お見合い中に昔付き合いのあった女性が現れて『相棒です』と紹介されたら怒るわな。
まあ、そんなこんなで『佐伯家と藤澤家の縁談』は見事に藤澤家方の不手際でポシャッたのであった。
………これだったら、俺じゃなくて佐伯会長が出ても遥が出ても、同じだったんじゃないのか?
なんて思ったが、会長に聞いたらきっと精神力をガリガリと削り取られるだろうなと思って止めておいた。
今回、『俺』と書いて『わたし』と読ませたり、誠が奈緒を『佐伯会長』と書いて『ねえさん』と読んだりするような呼び方をしているのは一重に自己暗示の結果です。
普通の人よりも効く暗示できちゃいますからね。
『認識阻害』とか使える魔術師たちは