#5‐3
で、迎えてしまった金曜日。
「さて、始めましょうか。楓ちゃん、遥ちゃん。」
「はいッ!」
「楽しみですね」
「………」
強制連行された佐伯会長の家(つーか、屋敷?)で俺は目を疑う光景に出会い、つい目をこすってしまった。
「あら、どうしたの?」
「………現実逃避くらい、させてください」
物凄く『イイ笑顔』の母さん&楓&遥なんて居ない、見えない、聞こえない。
「さーて。かかれ、淑女共。獲物を祭壇まで連行せよ」
「「らじゃ」」
うん、だから俺を拘束しようと飛びかかって来る二人も幻なんだよね?
足払いをかけられ、腕を押さえられて後ろへ引き摺られることになった俺はきっと虚ろな目をしてたと思う。
「んで、何を着せる気なんですか?会長」
更衣室として当てられた部屋に連行された俺は現実逃避を辞め向き合う事にした。
「和葉さん、お願いした物は…?」
「これね。奈緒ちゃんでも遥ちゃんでもイケるようにしたんだけど」
母さんが取りだしたのは風呂敷包み。
「わぁ…!」
「すごい…」
開封されると同時、遥と楓が歓声を上げる。
「どう?中々のモノでしょ」
母さんが用意した今回の衣装は淡い紅を基調にした振袖だった。
やや控えめなデザインなのは『会長や遥みたいな女性が着る』事を前提にしているからだろう。
たぶん、服の印象より中身の印象のが強くなるような配慮だと思う。
着せられる俺としても、下手に体型が出たりしないし男性用の着物ともそれほど差は無いので有り難い。
「さーて、誠。着せ替えタイムよ。」
正面から母さん、左右から楓と遥がにじり寄って来る。
でもまあ、実を言うと…
「いや、着物とか振袖なら一人で着れるから。」
「は?」
「え?」
ぴし、と固まる楓と遥。
そんなに予想外なのか?
「ああ、そういえばお義母さんに教わったって言ってたわね。でもそれって男性用の方法じゃなくて?」
「その時にばあちゃんの着付けの手伝いができるように両方教えてもらったんだよ。」
だから『手助けは要らん』と突っぱねる。
下手に任せると後が怖い。
「…判ったわ。ただし、変なところがあったら手を出させてもらうわよ」
「へいへい。」
その後、着付け事態は問題なくできたが『ついでだから』と撮影会に洒落込まれ、他に色々着せられる羽目になった事を追記しておく。
遥も楓も、会長もかなり楽しそうだった。
* * *
で、当日。
お見合い会場となった料亭の一室…急遽女性用控室にされた部屋で俺は精神的疲労でぐったりとしていた。
昨日、振袖なら一人で着られる事を証明したので付き添い人の中に『着付け師:遠野和葉』は居ない。
それどころか、佐伯会長が『一生を共にするかもしれない相手だから腹を割った話がしたい』と親族を言いくるめて当人同士だけ、残りの親族は話が聞こえない程度に離れた部屋で別々に会う事にしてしまった。
つまり
「なんで俺が一対一で会長のお見合いの身代りなんかを…」
なんて状況な訳である。
まあ、佐伯家の方々は会長がお見合いをすると思っているようだし、無関係な俺が出てくる為には一人(会長はすぐ隣の控室に潜む事にしたらしい)にする必要がある訳だし…
「で、あなたの設定なんだけど名前は宮野真心、私たちの再従姉妹。留学中だけどお見合いの為にイギリスから一時帰国って事にしてあるわ。」
「…それ、会長が考えたんですか?」
「いえ、半分は遥が。残りの半分…宮野の叔父様がロンドンに居るのは事実よ。」
まあ、今更何を言っても仕方がない。
「はぁ…ロンドンねぇ…」
色々聞かれたらどうやって対処しようかな…
俺は色々諦め、ボロを出さずに破談させる方法を考えながら『スイッチ』を切り替えて着替え始めた。
「あ、そうだ。会長、さらし巻くの手伝ってもらえませんか?」
「いいわよ」
流石にやったことのないコレばかりは手伝ってもらう
物凄い力が込められて絞められ、かなり痛かった。
うらみがましい視線を送ったら
「和服は平らな方が似合うって言うでしょう?」
と涼しい顔。
「…そうですね」
まあ、誰が悪いというわけでもない。強いて悪いとすれば俺を『こんな体』にしてくれた世界が悪い。
と、言う事にして俺は着替えの手を進める事にした。
帯を結んで終了。最後に特殊メイクをちょちょっと加えて顔の印象を変える。
こればかりは俺自身がバレにくくする為の自衛手段だ。
印象が違えばいくら似ていても『別人』だと思わせる事が出来る。
最後に口の中で呟く程度の声で『私は宮野真心』と数度唱えて自己暗示。
暗示といっても、ちょっと思いこむ程度だが、やらないよりは安心感が違う。
最後に人物像をくみ上げて…
「準備はいい?」
よし、できた。
「ええ、奈緒姉さま」
尋ねる佐伯会長に澄まし顔でそう返したら顔がおもいっきり引き攣った。
その直後に『相手の方がお待ちです』と仲居さんに呼ばれ『俺』は『会長』に連れられて『お見合い会場』に足を踏み入れた。
踏み入れて、引き受けたさせられた事を恨み、後悔した。
「…なんで君が」
「あら、ご挨拶ね」
端っから喧嘩腰になる相手方の男性――睦斗学院の藤澤会長。
コレは盛大に困った。
日常生活を送る上での『俺』は問題ないが、睦斗学院を含む執行部と共同作戦を行う事もある裏に携わらなければならない『女の俺』は何度も顔を合わせる必要がある。
そのたびに言い寄られては精神が持たないし、最悪『宮野真心』=『藤谷誠』がバレて殺されかねない。
「私はこの子の付き添い。すぐに退散させてもらうわ」
「ふん…」
「それじゃあ、ゆっくりとね」
佐伯会長が退散し、残される俺と藤澤会長。
「はじめまして、藤澤惣一です」
「…宮野真心です」
場の空気が重々しく圧し掛かって来る。
さて、どうやって破談させようか。
いや、むしろ『作戦』の開始地点までどう誘導するか…
「最初に一つ、かなり失礼な事だとは存じますが自分にこの縁談を成立させる気は全くありません」
が、その一言に全てがいい意味で水の泡と化した。
それ故に
「どうして、ですか?」
つい、尋ねてしまった。
「…詳しくはお話しできないのですが、自分せいで犠牲になってしまった『ひと』が居るのです。彼女の為にも、まだ自分にはやらねばならない事があるのです」
答える藤澤会長。
その『犠牲になってしまったひと』というのがすぐに藤澤会長の相棒であったヒスイの事だとすぐに判った。
戦場を共に征く相棒を失うという事は家族を失うに等しい。
無条件で信頼できる友はそうそう得られるものじゃない。
俺も幼いころに父親を亡くしてる。
だから、その気持ちは判らないでもない。
「その、犠牲にしてしまった人の為にも今はまだ色恋沙汰にうつつを抜かすわけにはいかない、と?」
「はい」
そして、俺のわりと失礼な問いに臆面もなく「はい」と答えられる藤澤会長は物凄く格好良く見えた。
想えば、俺だって父さんを亡くした後は『母さんを代わりに支えるんだ』と色々奔走した。
だから
「その気持ちは…少しですけど判ります」
つい、そう言ってしまった。
そして、それが全ての発端となる引き金を引いてしまったらしい
「…ッ!」
驚くような表情を浮かべた藤澤会長
「あ、昔の話ですから」
地雷を踏んだらしいと気付いた俺は慌てて『何ともない』と言う風にふるまう…が
「宮野さん、いえ真心さん。あなたは強い人だ」
その反応を『気を使っている』と見られてしまったのか相手の方が穏やかな笑みを浮かべてきた。
「もし、宜しければ…自分が、役割を無事終えられたら…その時に…」
少々恥ずかしそうにそう言ってくる藤澤会長。
もしやコレは、このパターンは…
『宮野真心に惚れた』?
もしかして抜けだすのが難しい泥沼にはまってしまったんじゃないか
そういう危惧を抱き、どうやって方向修正をすれば…