#5‐2
「ご心配をおかけしました。」
俺が目覚めてから二日後、俺は職員室に『完治証明書』の提出の為に学校に居た。
会長が『伝染性の結膜炎』という事にして診断書を学校側に受理させてくれていた為、欠席は全部出席停止扱いになっていた。
まあ、嬉しい限りであるが、それでも一週間弱、十日近く休んだことには変わりは無い。
それなので先ず担任に完治報告とお礼を言いに行く事にしたのだ。
「まあ、元気になって何よりだ。…ところで藤谷、風邪でも引いてるのか?」
何故かそんな事を尋ねてくる今松先生(男子部一の三担任)
「いえ、至って健康ですけど」
「そうか…」
なんだか残念そうなのは気のせいだと思っておこう。
「それならいいんだ。ともかく、今日からまた頑張ってくれよ」
「はい、それでは失礼します」
職員室を後にする時、俺はちらりと鏡を見る。
鏡の向こう側から見返してくるのは、十数年間親しんだ『いつもの俺』だった。
たわわに実った胸も、腰まである長い髪の毛もない、いつも通りの姿。
…やっぱりコレが一番落ち着く。
HRと職員会議の間を狙った職員室訪問を終えた俺は自分の、ほぼ十日ぶりの教室に向かう。
吹っ飛んだ制服や各種所持品の再調達も無事にできたのでほぼ連休前の状態だ。
そんな状態で、俺は教室に入る。
そして、連休明けと同じくクラス中の注目を浴びた。
「…今度は何だ」
居心地の悪さにぶっきらぼうに尋ねたら
『マコトちゃん、カンバーック!』
他にも『俺たちは神に見放されたのか!?』とか『オアシスが…』とかのまるで悲劇の主人公のような悲鳴がいくつも上がっていた。
………とりあえず、こいつらの級友を辞めたくなった。
* * *
「へぇ、元に戻れたのか。どうやったんだ?」
放課後、居心地の悪い教室からさっさと離脱を果たした俺は生徒会室で氷室先輩と資料整理をしながら喋っていた。
「ええと、体の中にスイッチみたいなモノがあったんですよ。」
「スイッチ?」
それは、体の状態を詳しく見るために全身に魔力をいきわたらせた時に発見した、一つの術式だった。
「まあ、モノのスイッチが有る訳じゃないんですけど…そのスイッチを切り替えたら元に戻れたんですよ」
その術式は俺の心臓にあり、取り出したり、他人が見ようとする(まあその為には取りだす必要があるが)と俺が死ぬ。そして俺が死ぬと術式は消滅するようにできている…らしい。
「性別の切り替えスイッチか?」
それだけなら常時男で居ればいいのだが…
「実は、魔術のスイッチでもあるみたいで、この姿だと魔術が一切使えないんですよ。」
それは魔術師ではなく一般人化したという意味だ。
「ただ、スイッチを切り替えて女になれば使えるんですよね」
そう言いながら、俺はシーソー型スイッチを切り替えるイメージをする。
ぱちり、と音が鳴ったような感覚と同時、全身に封じ込められていた魔力が流れ出し体に変化が現れた。
背が縮み、髪が伸び、平坦だった体型に凹凸が生まれる。
それ以外にも微細な変化(顔つきとか、骨格とか)もあるがその辺は省略する。
「こんな感じですね」
そういう声はいつもの俺の声ではなく、高い少女の声だ。
「ほぉ…」
氷室先輩は関心した様子で俺をまじまじと眺める。
「この通り」
掌に小さめの魔力球を発生させる。
男の時は全くできなかった事がいとも簡単に出来てしまう。
「まったく、便利なんだか不便なんだか…」
そう言いながら再度スイッチを切り替えて元の姿に戻す。
「それはアレか。裏の仕事があると必ず女にならなきゃ戦力にならんってことか」
「まあ、そうなりますね。事務仕事や渉外なら問題は無いですけど。」
今、男の姿でもある程度の自衛ができるようにいろいろとアイディアを練っている最中だったりする。
一番の問題の『魔力の供給』さえ何とかすれば問題はさほど多くないし大きくもない。
「あとは、一回倒れるまで体を動かして、自分の限界と身体能力の限界とか、変わった重心やらリーチやらも把握しておかないと…」
それに、ちょっとかりできることが増えたりもしたので、戦術に組み込む練習もしておきたい。
「さて、藤谷。」
「なんですか?」
ポン、と手を肩に乗せてくる氷室先輩に俺はなんとなく『あ、巻き込まれた』と思った。
そしてそれは
「体育祭の来賓への招待状作り、手伝え」
見事に当たった。
「…了解」
苦笑いしながら自分のデスクについて渡された封筒(学校の名前が入った公用の物だ)に宛名と住所を書きいれる作業に加わった。
五月も半ば…、気がつけばあと一、二週間で五月が終わり体育祭のある六月を迎えようとしていた。
「…そうだ」
最後の一枚を書き終えた俺はふと、『いい方法』を思いついてそれを作る作業に入ってしまった。
* * *
「いやー、だいぶ暗くなったな」
「そうですね」
俺と氷室先輩はだいぶ遅くなってきた日没を超え暗くなったころにようやく下校を始めたのだった。
「手紙書きに暇かかってた俺はともかくとして、お前は先に帰ってもよかったんだぞ?」
「ちょうどよくアイディアが浮かんだんで、コレ作ってたんです」
そう言いながら俺は一枚の紙切れを見せる。
大きさと言えば名刺サイズくらいだ。
「何だそれ」
氷室先輩にその一枚を渡す。
その紙には文字が円をはじめとした記号が書き込まれていた。
「防御符、って所ですかね。まだ試作版もいいところで『数秒間障壁を張れる』程度です」
強度は不明で継続時間はほんの一撃分。
実戦じゃ使い物にならないというのが現段階の評価だ。
「それでも、俺自身が張る障壁の延長とか強化とかには使えそうなんで何枚か作ってみたんですけど」
用はその護符に魔力が供給され続ければいいという事。
それならば魔力を流し続ければ破壊されにくい障壁を張れる。
「ふーん。よくそんな事できるな」
「まあ、色々ありましたから」
それから分かれ道まで『攻撃用は作れないのか』とか『精霊の支援になるようなモノは無いのか』とか『移動手段になるようなのは無いのか』とか、色々なアイディアを出し合いながら歩いた
* * *
そんでもって翌日。
放課後に生徒会室で昨日の護符を結界符に改造し、新しく『十分な強度の障壁を展開する』為の護符作りをしていたら
「ちょっといいかしら?」
と会長に呼ばれ、俺は隣の部屋に引き摺りこまれた。
「なんか用ですか?」
「ええ。あなたにしか頼めないと思って。」
最近働くようになってきた『危険』を知らせる勘が全力で警報を鳴らす。
「…嫌な予感しかしないんですけど」
『会長の頼みごと』にいい思い出の無い俺としてはぜひとも辞退したいのだが
「大丈夫よ。拘束されるのは一日だけだから」
このパターンは…
「…俺に何をさせたいんですか、今度は」
「人聞きが悪いわね。ちょっとお見合いの身代りをしてもらうだけよ。」
「お見合い?」
やっぱり、厄介事の押しつけだった。
「ええ。もっとも、私も遥もする気は全くないから断るつもりだったんだけど、ウチの叔父が妙に頑張ってくれちゃって」
「…で、なんで俺が会長の家のゴタゴタに巻き込まれなきゃならないんですか」
「お見合い写真にあなたの女装写真を送ったから」
「なッ!?」
なんてことしてくれたんだ、この人は
「なんとかして相手から断るように仕向けて頂戴」
「んな、無理難題を…」
「日時は今度の土曜日。金曜日までに準備はしておくからその日に家に来てもらうわよ。」
「…どうせ拒否権は無いんでしょう」
「もう引き返せないのは確かね」
はぁ…と湿気った溜め息をつく。
なんというか、この会長に付いている限り苦労が絶えないような気がしてならない。
「今さらですけど、生徒会に入ったこと後悔しましたよ」
そもそもで『生徒会に入る』だって強制であって自主ではない。
「後悔って、『後に悔む』って書くのよ」
「判ってますよ。愚痴ぐらい言わせてください」
それくらい、巻き込まれる側の権利として認められてもいいと思う。
「それじゃあ、お願いね。」
それから先に戻った会長に続いて部屋に戻った俺は一心不乱に護符に魔改造を加えて色々な鬱憤とかをぶちまけることにした。