#4‐3
現場に到着した時、既に第六高校の事後処理班が結界による包囲を行い、現場の観測を行っていた。
少数の戦闘班が彼ら事後処理班の前で『不意の会敵』に備えている。
俺たち聖奏学園先発組もその前衛の一部に加わり警戒に当たるが計測班からは『高まったまま妙な安定を見せている』という不思議な声しか上がらない。
だが、今いるメンバーでは『何かして最悪の事態になった場合対処が出来ない』という理由で手を出せずに居た。
その間も俺の胸騒ぎはだんだんと大きくなってくる。
まるで、体の中で何かが遠吠えをしているような、そんな感覚だ。
到着からしばらくたち、後発組の先輩や第六高校以外の学校の事後処理班の集結が完了した頃には、『胸騒ぎ』なんてかわいい物ではなくなっていた。
鈍痛が体の中を響くような感覚と体の中の魔力が渦巻くような熱っぽい感覚が入り混じって『何か』を引き起こそうとしている。
そんな気がした。
そして、時計の針が更に進んで日没を迎えた時
「グッ…!」
俺は突然の動悸に襲われその場にうずくまった。
「とーや!」
「藤谷くん!?」
すぐ近くで警戒に当たっていた二人が駆け寄って来るが俺には反応を返す余裕すらなく、ただ苦しさと戦うだけだった。
ワイシャツの心臓の辺りを握りしめ、体中を『熱いナニカ』が駆け巡る感覚と鼓動と同期してやってくる激痛に耐える。
「わっ!」
「きゃぁ!」
二人が『見えない壁』にでも跳ね飛ばされたかのように俺から遠ざかる。
実際、跳ね飛ばされたのだろう。
二人は尻もちをついているし、俺を中心として魔方陣らしき紋様が展開されていた。
「まさか、遅延発動するような術式でも仕掛――!?」
そんな佐伯先輩の声も足元からまきあがる魔力の渦が立てる音に掻き消されてしまう。
一体、何が――
『ぱちーん』という甲高い、何かのはじけるような音が頭の中で響いたかと思ったら目の前が真っ白になった。
だけど、不思議と恐怖は無くただ『暖かいな』とだけ思った
* * *
「………お手上げよ。」
聖奏学園化学部――術師連合の技術部でもある彼らの長の霧島紗枝は溜め息をついて仲間たちに報告した。
「そう………」
あからさまに落胆する奈緒。
その周辺には悔しさに顔をゆがめる『探査』が得意な術師たちと苦虫を噛みつぶしたような顰めつらをする各校の会長たち。
彼らの前には一つの物体があった。
それは人間一人が入れるようなサイズの『繭』に見えた。
曇りのない銀糸で編まれたように見えるそれは月の光を浴びて神々しいまでの美しい輝きを放っているが、この場でそんな事を考えられる者はほとんど皆無だった。
何故か。
それはその『繭』が同僚である藤谷誠を呑みこんだ魔力の渦が消えた跡に残されていたものだからだ。
その繭の出現と同時に妙な高まりを見せていた魔力反応は一気に沈静化してしまったのだが…
「ただ、一つ言えるのはこの塊は薄い膜の内側に膨大な魔力が渦巻いてるってこと。もしかすると本当に『繭』その物と言えるかも…」
繭と言うものは一般に昆虫の幼虫が成虫への変態をするために作る蛹の一種で、その中では幼虫の体を生存に必要な一部箇所を除いた全部を一度ドロドロに溶解させて再構成が行われていると言われる。
その為、繭や蛹はちょっとしたダメージで中の虫は死んでしまうと言われている。
その為、紗枝の『繭そのもの』という言葉は重大な意味を秘めていた。
ぞくり、と嫌な予感がその場に居る面々によぎる。
「でも、だからと言ってこの場所に放置するわけにはいかないし、結界を張り続ける訳にも………」
その時だった。
「え?」
繭が、魔方陣ごと浮かび上がったのだ。
ざわめく面々をよそに浮かび上がった繭の周囲に色とりどりの光が現れた。
「…精霊?」
誰かが呟く。
現れた精霊たちが何者なのか判る者はこの場に居なかった。
が、誠が見れば一発で気付いただろう。
彼らは先日、魔力の奔流に呑まれるまで彼に憑いていた精霊たちである、と。
「あー!あの連中!」
「知ってるの?マナちゃん」
声をあげたマナに尋ねる楓。
繭が現れた時は卒倒しかけた彼女だが、『今度もきっと戻って来る』と信じて毅然としている。
「知ってるも何も。アレ、みんなこの間まで誠に寄生してた精霊だよ。一昨日から見なくなったけど、ここに居たんだ。…ん、何なに?」
マナが何やら会話らしきものをする。
楓を初めとする異能者や魔術師には聞こえないが、元精霊のマナには聞こえるらしい。
「繭を運んでくれるって。場所を指定してくれれば安全に、振動一つ与えずに」
その申し出は渡りに船だった。
簡単な協議の結果、藤谷家の『撮影室』に繭が運び込まれることになった。
これには、繭の中に居るであろう誠の家であること、楓がそう希望したこと、そして『誰も立ち入らない場所にできる事』が理由となった。
運び込まれた繭は輝きを放ち続ける。
その中に、まだ影は見えなかった。
* * *
それから一週間、楓は帰りに誠の家に寄ってから帰るのが日課になっていた。
「ヒスイさん、様子はどうですか?」
安置所となった撮影室に入り、楓は付きっきりでいられない役員たちの代わりにマナと一緒に見守り続けている元精霊に話しかける。
彼女は元は睦斗学院の藤澤会長の契約精霊だった。
『襲撃事件』の一件の時に消滅の危機に瀕したが誠に依って生き長らえていたのだ。
そんな彼女が恩人の為とついてくれていた。
「時々、動いてるみたいですが…」
「まだ、羽化には時間がかかりそうだよ」
そういうヒスイとマナ。
三人で繭を見つめると光の中にうっすらと胎児のように膝を抱える影が映っている。
部屋の片隅には七日の件で吹き飛んでしまった制服や生徒手帳、生徒会役員章などの持ち物と一緒に用意された携帯電話(バックアップがあった電話帳は復旧できた)。
手にとって開いてみると(表向きは流行性の結膜炎出席停止中になっているので)彼の知り合いやクラスメイトからの見舞いのメールがかなりの数届いていた。
その時だった。
ピロロロロ…
「あっ」
誠の携帯電話が鳴り、思わず取ってしまった。
『ああ、やっとつながった。誠、聞こえてる?』
「和葉おばさま?」
『あれ、その声は楓ちゃん?どうして誠の携帯にかけて楓ちゃんが…まあいいわ。誠は今手が離せない?』
「あ、はい。ちょっと身動きが取れないみたいです」
決して、『繭』を見せる訳にはいかない。
そう思って楓は答えを選ぶ。
『ふーん。何やってるの?』
「え、えっと…」
その問に『たぶん繭にこもってます』なんて答えられるはずもなく、また良い答えも思い付かずに楓は言い淀む。
『まあ、いいわ。今、誠の家に居るんでしょ?ちょっとそのまま待ってて。これから行くから』
「えっ!?」
『今、誠の家に居ると知っている』『これから来る』二つの意味で楓は声をあげてしまった。
『じゃ、待っててね』
ぷつ
「あ、あのッ……切られちゃった」
楓は頭を抱えたくなった。
(たぶん)一般人の和葉に『魔術師』や『精霊』といった『裏』を知られる訳にはいかない。
「ヒスイさん、認識阻害とかできませんか?」
「私は『風』の精霊だから…できるとすれば結界で覆って入れなくすることぐらいしか…」
「何でもいいから、繭を見せないようにすればいいの」
「…判りました。やってみます」
楓は撮影室の外に出ると、撮影室をヒスイが結界で覆う。
「マナちゃんは猫になって、飼い猫のフリをお願い。」
「判った」
黒猫の姿になるマナ。
あとは最悪に供えるだけと記憶操作や認識阻害と言った術の専門家である奈緒に連絡を入れるがあいにく話中で、連絡が取れない。
生徒会室に電話をかけでも同じく『会長は留守』との事。
(どうしよう)
いい案が見つからずに刻一刻と時間が進み、インターホンが鳴った時『気付かないで』と祈るばかりだった
「今、開けます」
マナと一緒に玄関に出て鍵を開ける。
「楓ちゃん、誠は?」
入って来るなり和葉はそう言ってきた。
「えっと、今はこの子のご飯を買いに…」
苦しい嘘
だが、和葉は『ふーん』、というとしゃがんでマナに目線を合わせ
「かわいい子じゃない」
と頭を撫で始める。
マナもゴロゴロ、と喉を鳴らして気持ち良さそうに目を細める。
『よかった。気を逸らせた』
そう思った時、和葉は撫でる手と逆の手で空中に円を描く
するとマナの足元に空色の魔方陣らしきものが現れる
「えっ!?」
猫の姿を取っていたマナが強制的に人の姿に戻された。
「それに、優秀そうな使い魔ね」
楓は『使い魔の擬態を強制的に解除させた』事に、マナは『擬態を強制的に解除させられた』事に目を丸くする。
「さて、と」
靴を脱いで上がり、一周見まわした後、和葉は迷う事なく撮影室の方へと進んだ。
楓も追うと撮影室のドアの前に立った和葉が丁度ドアの鍵を解除しようとして、鍵が刺さらなくなっているところだった。
「中々強力な結界ね。これって誰が張ってるの?」
楓は答えない、いや驚きで答えられない。
「でも、この和葉さんを舐め過ぎじゃないかな?」
さっきと同じように宙にマルを書きその中に何やら紋を切る。
それから鍵を刺したら、何の抵抗もなく鍵が開けられた。
「結界が、あっさり破られた?」
もう、驚くしかなかった。
「さて、何を隠そうとしてるのやら…」
ノブをひねろうとした時、ドアの前にマナが飛び込み立ち塞がった。
「あら」
「ふーッ、」
猫みたいな威嚇の声を出すマナ。
だが、
「ずいぶんと主人思いなのね。大丈夫。私はあなたの御主人に害を与える気は無いわよ」
和葉はにこりと笑って頭を撫でる。
撫でられたマナは害意が無いことを察したのか、いつでも飛びかかれるように強張らせていた体の力を抜く
「通してもらえる?」
マナはコクリ、と頷いてドアの前から退く。
和葉はドアを開け、中を見てこう言った。
「楓ちゃん、知ってる限りのこと話してくれるわよね?」
その声には感情があまりこもっていなかった。