#3‐7
当初は#4に回す予定でしたが流れ的にこっちの方がいいと判断してこっちに入れます。
『魔の五連休』最終日です。
『そこ』は異様な『場所』だった。
いや、『場所』という概念を当てはめる事すら躊躇われるような…
むしろ『空間』とでも言えばいいのだろうか。
どちらが上でどちらが下か判らない…いや、そもそもで上下という概念の存在すら疑わしい、何もない『そこ』
そんな『ところ』に『それ』は漂っていた。
「………多少の異差はあれこそ結果は同じ、か」
『それ』の傍らには虚無の空間に似つかわしくない、一人の少女の姿。
「それにしても、無茶をするわね」
見た目に反して尊大な雰囲気と態度を取るその少女は『それ』に手を触れる。
「『あの時』もそうだけど、ホント力技ね」
触れた手から広がる光が『それ』を包む
「さて、細工は終了。元の場所に戻りなさい。へっぽこ『魔法使い』クン」
とん、と軽く押された『それ』はどこかへと漂ってゆく
押した少女の姿はもう、なかった。
*-*-*-*-*
半円球の結界が割れた時、その場に居た全員の視界に『白いナニカ』が飛び込んできた。
それが『何なのか』を理性を持った知性が判断する前に
「男子は全員、後ろを向きなさい!」
奈緒のよく通る声が辺りに広まり、一斉に背を向ける男子たち。
この場で奈緒に逆らえる者などいない。
いれば女子によって袋叩きにされ魂に恐怖を刻みこまれるような目に遭うだろう。
だが、奈緒は何故そんな命令を出したのか。
それは結界の中身にあった。
結界に包まれていたのは胎児のように膝を抱えて横たわる、全裸の少女だったのだ。
「…なんで?」
一方で楓はそんな少女を目の前にして絶望に近い感情を味わっていた。
「どうして…」
本当なら結界から『参った参った』と苦笑いしながら誠が出てくる筈なのに
そんな思いが楓の頭の中を巡り続ける。
「撤収準備よ!氷室君、悪いけど学ラン借りるわ」
奈緒が啓作から上着の学ランを剥いで横たわる少女にかける。
「奈緒、事後処理は第六がやっておくわ。」
第六高校生徒会長の吉川信乃が奈緒の肩をポン、と叩く。
信乃には、奈緒が無理をしているように、無理に感情を押し殺しているように見えていた。
まあ、当然だろう。と信乃は思う。
なんせ、目の前で自分の後輩が誰だか判らない少女に変わってしまったのだ。
取り乱さないだけマシ、と言うのも酷なくらいだ。
「…頼むわ、信乃。何かあったら連絡を頂戴」
「判ってるわよ」
素直に申し出を呑んだことから信乃は予想を確信に変えた。
『奈緒は、かなり参っている』と
「さあ、さっさと隠蔽して撤収するわよ!」
信乃の、奈緒とはまた別の意味でよく通る声が結界で覆われて人気を失った公園を駆け巡った。
* * *
[5月7日 GW5日目]
楓はじい、とベッドに寝かされた少女を見つめていた。
昨夜はショックで我を忘れていたが落ち着いてみると『なんかとーやに似てる』と思えてきたのだ。
楓とそれほど大きくは差のない身長などは別として、顔立ちも面影があるし、髪の色も一緒で髪型も殆ど一緒だ。
………『断崖絶壁』と評せる胸は同じ女性として同情をおぼえてしまったようだが。
そして何よりマナが『判断しかねている』事が希望と絶望を要り混ぜたような感情を楓に抱かせていた。
コンコン、と部屋のドアがノックされ、その後に楓の友人、遥が入室してきた。
『あれ?おかしいな。』と思いつつも『昨日は佐伯会長に泊めてもらったんだっけ』と思い返す。
「楓、ご飯持ってきたよ」
「あ、…ごめん。心配かけちゃって」
「あ、いーのいーの。家んちは土日でもムダに早いから。…その人?」
『五時朝食はあり得ないでしょ』なんて言いながら部屋にある机にトレーを置く
「…うん」
楓は力なく頷いた。
遥も楓と並んで一向に目を覚まそうとしない少女を眺める。
笑ったら可愛いだろうな、なんて思って、笑顔を想像したらちょっとドキッとした。
「ホント、生きてるのか死んでるのか判らないわね。」
遥の言う通り、少女には生気と呼ばれるソレが欠如しているように見える。
だが、規則正しく上下する胸が生命活動は行われていることを証明している。
「…楓、ちょっと触ってみたら?」
「え?」
「何かショックを与えたら起きるかもしれないし…」
「う、…うん」
遥に促されるがままに毛布の下に埋まっていた手を握ってみる。
その時だった。
病的なまでに白かった顔色にすぅ、と朱がさした。
「あっ!」
遥の声で楓が顔を見た時、目がうっすらと開きかけていた。
* * *
………俺は、どうなったんだ?
まるで幽霊にでもなってしまったかのような『感覚の無さ』に俺は寒気がした。
冗談じゃない。
俺は楓に『大丈夫、ちゃんと戻って来る』と約束してしまったのだ。
楓との約束は破る訳にはいかない。
ふと、誰かに呼ばれているような気がした。
同時に体中にくすぐったさと手に触れる暖かく柔らかい感触がやって来る。
うすらぼやけた視界と、かすかに聞こえるようになってきた音。
これは…2人分の声か?
ああ、起きなきゃ。
皆を待たせてるだろうから…
そして、ようやく意識が覚醒に辿り着いた。
* * *
やっとはっきりしてきた視界には見慣れた顔と、見知った顔とまったく見覚えのない天井が映っていた。
全身が違和感だらけで、なんだか自分が自分じゃないみたいな感覚。
だが、はっきりと『俺は藤谷誠である』と言える。
マナとのラインも生きてるし、何よりも『何か』がそう教えてくれる。
「…楓、それに佐伯さん?」
違和感に一つ追加、喉の調子もかなりおかしいらしい。
声のオクターブが二つ近くは高くなっている。
ようやくはっきりしてきた視界に映る二人は揃って驚いていた。
「まさか…とーやなの?」
「それ以外の誰に見えるんだよ」
まとわりつく違和感が酷くなる。
「ちょっと待ってて、姉さん呼んでくる」
佐伯(妹)が慌てて部屋を飛び出してゆく。
「何なんだ?」
「鏡…じゃ判らないか。」
そう言って楓は握っていた俺の手を俺に見せてきた。
まるで、小さい子供か女の子のようなか細い指だった。
でも、確かに握られている感覚があるからソレは俺の手なのだ。
「あれ?」
違和感が更に強まる。
「…あのね、佐伯先輩も一緒に確かめたんだけどね………」
楓は言いにくいのかかなり躊躇った後
「女の子、なんだよ」
「はぁぁぁ!?」
俺は余りの突拍子もない宣告に間の抜けた声を挙げた。
だが、そう考えれば体中の違和感も、この高い声も、細くなった指や腕にも納得がいく。
そして、原因となり得るものに心当たりも残念ながら、ある。
「ははは、冗談キツイな」
その少し後、佐伯会長が現れ俺に二、三質問をしてきた。
それらに即答したら『やっぱり、藤谷くんとしか考えられない…』とか呟きだす
「どうしたんですか?」
その問の答えはさっきの楓による宣告と同じく
「藤谷くん、あなたはどうやら女の子になってしまったみたいね」
そ、言うものだった。
流石に二度目なので取り乱しはしないで済んだ。
「どういう事なんですか?」
「考えられるのは、あの時の魔力で別次元の『藤谷誠』である存在と肉体が入れ替わったか、あるいは…」
ごくり、と楓と佐伯(妹)が息を呑む
「膨大な魔力を受け入れるために、体が変化したか」
「…なんですかそれ」
本気でそう思ったが会長は真面目な顔で
「魔力は性別で特性が違うのよ。男性は瞬間放出量が大きく、女性は最大魔力量が大きいっていうね。藤谷くんの場合は膨大な魔力を体に入れてしまったから、体が崩壊するのを防ぐために体を作り替えた可能性があるの。」
ちら、と斜め上を見る会長
「そこに居る、精霊たちがね」
会長が言うには俺が消えると俺を頼りにして存在している精霊たちも消滅するしかない。となると、何が何でも生き延びさせようとする。その方法として精霊の力を使い、俺の性別を変えた(具体的にどうやるのかは知らないが)とか。
「まあ、いいわ。藤谷くんが姿かたちは別として、無事で」
皆にも伝えないとね
そう言って退出していった会長。
その直後に楓が気付いた
「あ、そういえば服はどうする?」
「服?」
「うん。背も縮んでるし、全裸で町中に出る訳にはいかないでしょ」
流石に、それは無理だ。
「背丈としては姉さんと同じくらい…だったら私のでも大丈夫じゃないかな」
それから『着替え』を佐伯会長が持ってきてくれるまで、俺は二人によって着せ替え人形にされる羽目になった。
* * *
「…と言う訳なのよ」
聖奏学園生徒会の面々と会長陣の前で説明を終えた佐伯会長が俺の横に座る。
今いる場所は佐伯家のリビングだ。
事情説明の為に集まった面々に大体のいきさつと考えられる原因を伝えた結果、沈黙が続いている。
そんな中、
「まあ、無事で何よりだ」
と氷室先輩が言った。
「ところで学校はどうするつもりなの?」
そう聞いてきたのは第四高校の有沢会長だった。
「その件は大丈夫よ。体育さえ欠席させれば問題なくそのままで行けるわ」
「「…は?」」
思わず、俺と有沢会長の声が重なった。
性別が変わり身長が十センチ近く縮んだというのはかなりの問題な気がするのだが…
「男子部の生徒は俺みたいな例外を除けば殆ど女に飢えてるからな。クラスに女子っぽいヤツがいると喜ぶだけで追及とかしないだろうな」
氷室先輩が付け加えてきた。
何その、全然嬉しくない情報。
「まあ、問題なしってことよ」
「なら良いが」
「いや、全然よくないですから!」
思わずツッコミを入れた俺。だが
「なら女子部に編入する?読みは一緒で別の字を使えるから簡単よ」
「うぐぅっ」
そう言われると黙るしかない俺。
「とりあえず、今日一日で今の体に慣れときなさいよ」
その一言が解散の合図となり会長方や先輩方がそれぞれ帰宅の途につく。
そんな中で俺は
「さてとーや。リハビリがてら一緒に歩こ。具体的にはブティック巡りだけど」
「あ、楓。私も参加していい?」
「もちろん」
反論の余地もなく、楓と遥(名前で呼ぶようにと厳命された)の二人に連れ回されることが決定してしまっていた。
助け舟を出してくれる人は、誰一人としていなかった。
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我ながら、よくここまでやったなぁ…という感が