#3‐4
今回はほぼ設定消化です。
が、どうしても必要な回でもあるんですよ?
[5月5日 GW三日目]
『橘高統夜似少女が強盗を鉄拳で撃退した』という話が広まった為に一日目以上に混雑したが、特にコレと言った事件もなく二日目は終わった。
代償として俺は精神力の殆どを消費してしまったが…
なので、愛想笑いのし過ぎでひきつる表情筋を休め、女に見せるために無理をさせた体を労り、消費しまくった精神力を回復させるべく、『ギリギリまで寝てやる』と定時起きした後に二度寝三度寝を敢行したのだが…
ピンポーン、ピンポーン
まるで『そんな怠惰は赦さない』と言わんばかりに鳴り響く呼び鈴。
ちなみに現在時刻は午前六時。
普通の訪問客が来るような時間じゃない。
「誰だよ………」
やっとまどろんできたのに呼び鈴で完全に目が覚めてしまった俺は寝る事を諦めて起き上がる。
インターフォンの設置されている玄関に出て画面を覗き、俺は絶望した。
『やっほー、誠。元気してる?』
巨大な段ボールを抱えた人懐こい笑みを浮かべる女性と、何やら金属製のケースを抱え、苦笑いする男性の姿がそこにあった。
ガチャガチャ、という音が少しして、ガチャンと鍵が開けられてゆく。
『いつの間に合鍵を?』と思ったが、本来ならこの家に四人で住む予定だったのだ。
合鍵はむしろ持っていて当然と言える。
上下二つの鍵が解除され、最後の砦チェーンロックに全てがかかる。
びぃん、と突っ張って開くことを拒むチェーンロックだったが、不意に入って来た金属製の『ソレ』を見て俺は青ざめた。
「わかった!今開けるから!」
流石に金属バサミでチェーンロックを切断されてはたまらない。
敗北宣言と共に俺はチェーンロックを解除する。
解除と同時にドアから離れるとドアの解放に必要なスペースから逃げ切った直後にドアが開いた。
「おっはよー!早速だけど撮影始めるよ。準備してるから朝ごはんの用意ヨロ。準備が終わったら撮影室に呼びに来てね。撮影室は玄関のつきあたりね」
言いたいだけ言って、すぐに行動を開始するこの女性こそが巷で名が知られているファッションデザイナー『ゆうきかずは』にして再婚で苗字が変わり『遠野』になった俺の実の母『藤谷和葉』その人である。
追随する男性は再婚相手…俺にとっては血のつながらない父親になる人はカメラマンの遠野純一さん。
彼も苦笑いしながら『楽しみにしてるよ』と言ってくる。
「はぁ…」
俺は盛大な溜め息をついた後にちょっと寄り道をしてから台所に、四人分の朝食を作りに行くことにした。
* * *
高槻楓は怒っていた。
『五月五日は開けておいてね』と念を押したにも関わらず完全にすっぽかされ、おまけに『ごめんなさい』のメール一通以外全く連絡も取れない幼馴染みに対して、物凄く怒っていた。
それこそ、周囲に居る動物がびっくりして逃げ、道行く人が道を譲る位に。
「うー」
折角、色々頑張ったのに。
折角、色々準備したのに。
折角…、折角…、折角…、
なんだか自分がバカにされているみたいな気分になって、楓はそれを誠にぶつけるべく、待ち合わせ場所から家に向かって直行していた。
で、門扉の前に着いた時。
「あれ?」
マナが黒ネコの姿のまま塀の上で昼寝をしているのを見つけた。
「やー、マナちゃん。とーやは?」
「ぅにゃぅ」
「え?お客さん?…ふーん」
傍から見ればネコと喋っているだけだが実際は思念通話的なもので普通に会話していたりする。
「…まあ、入ってみれば判るか。マナちゃんはどうする?」
「うにゃ」
「そっか。」
そのまま昼寝を続けるというマナをそのままに進んだ楓はドアの傍らにあるインターホンを押す。
ぴんぽーん
『はーい、どちらさま?』
思いがけず、女の人の声だった。
楓にも聞き覚えがある声だが、疑問も生じる。
「えっと、高槻です。ま『ああ、楓ちゃん?いま開けるわ』…あれぇ?」
なんでかインターホンの向こう側で『止めてくれ!』とか叫ぶ声、それも誠の声が聞こえた気がして楓は首をかしげる。
おまけに『家に居るなら電話出ろ!』という怒りも再燃しふつふつと再沸騰が始まる。
『かえで の いかり の ボルテージ が あがった』
そうコメントが表示されてもおかしくないくらいに。
「久しぶりね。三か月ぶりくらいかしら。」
「あれ?和葉おばさん?」
その背後に逃げようとして逃げ切れなかった『誰か』が居た。
外からだとちょうど影で顔は見えないが着ているものとかでたぶん女性だろう、と楓はあたりをつけた。
「誠に用があるの?」
「えっと、今日一緒に出かける約束したんですけど…」
楓の中でふつふつと燃え広がる怒りの炎は
「ちょっと、誠!女の子との約束をすっぽかしたって言うの!?」
「朝の六時半に突然来て、『撮影するから朝飯用意しとけ』、で朝飯食いながら『昼用の分作っとけ』、昼飯の用意が終わったら即拘束…なんて事して人の話を全く聞かなかった人のセリフか!」
憤慨して怒るその『女の人』は言ってから『あ、マズイ』と後ずさった。
「えっと…とーや?」
「………とりあえず、上がってくれ」
誠の敗北宣言ともとれるセリフに、楓はマナを呼んでから一緒に従った。
* * *
「へー、びっくりだよ」
大体の説明を終えたところで楓はそんな感想を言ってきた。
まあ、『びっくり』で済んでしまうところが大分『定規のズレ』が大きくなってきた証拠なのだが。
「まさか、とーやがあの人気モデルだとはねぇ」
「頼むから秘密にしておいてくれ。場合によっては俺が殺される」
社会的、生物的、その他いろんな方面で殺されかねない。
………ウチのクラスの連中的にあり得そうな対応が「『俺を女にする』という選択肢を選ぶ」なのが一番怖い。
朝起きたら『おはよう。改造は無事終了した。』的な定型文はご免被りたい。
「まあ、次回分の撮影はもう終わったから、今から出かけたら?」
とか言ってくる母さん。
「…全ての元凶のセリフかよ」
「お昼時はちょっと過ぎちゃってるけど、二人で食べに行ったら?誠はどうだか知らないけど楓ちゃんは外食、あまりしないでしょ?」
上、仕事にのめり込んで家事を全部俺(当時小学生)に任せた人のセリフな。
当然、俺も外食は滅多にせず自炊だ。
「まあ、そうですね」
「それじゃ、軍資金はだしたげるから二人で行っておいで。」
俺はちら、と楓の表情をうかがう。
目を輝かせてる………完全に行く気満々のようだ。
「…OK、判った。判ったから身支度をさせてくれ」
俺は今日何度目になるか判らない溜め息をついてから自分の部屋に戻らせてもらう。
いつも通りの私服に着替えた俺は『行きたい店がある』という楓に引っ張られて家を出発することになる。
塀の上に戻り、欠伸するマナだけが見送りだった。
* * *
『行ってみたいお店があるんだ』
そう言われて付いて行った先にあった店の店名を見て、俺は愕然とした。してしまった。
『wisteria trellis』
昨日まで俺が臨時バイトに入っていた店だった。
「あれ?とーや、どうしたの?」
「いや…どうしてこの店を?」
「んー、噂で『橘高統夜』そっくりの娘がいるって話だったから、面白そうだなーって」
店の外までかなりの人数が並んでいる状況で『それ、俺』と言う勇気は俺には無かった。
「とりあえず、並ぶか?」
なんとなく『ちらちら』とこちらをうかがうような視線を感じるが、おそらく俺が楓といるからだろう。
そう判断し、列の最後尾に並んだと同時、口を押さえられ路地に引き摺りこまれた。
「ふー。即戦力、確保」
俺は『もがもが』、としか言えないが抗議の声をあげる。
声で誰が犯人かは検討がつく。
流石に昨日まで聞いていた店長の声を忘れるほど鳥頭じゃない。
「さて、今日も臨時バイトやってもらうよ。この混雑の火付け役サン?」
そのまま俺はずるずると引き摺られ、路地側の入り口から店内へと拘束されることとなった。
着替えさせられている間に店長が
「この間の押し入り強盗、精神鑑定の結果『正気を失っていた』ってことになったそうよ」
なんて『何かのフラグじゃないだろうか』と思うような情報をくれた。
* * *
「あれ?とーやが消えた?」
楓は突然いなくなった相方をきょろきょろ、と探していた。
「あれ?楓じゃない。一人でどうしたの?」
そんな楓に声をかける少女が一人。
「あ、遥。珍しいね。こんなところで」
同じクラスの友人、佐伯遥だった。
「んと、昨日までここで臨時バイト頼まれててね。ちょっと様子見。楓は?」
「えっと、と…幼馴染みと遅いお昼食べに」
『名前を出しても判らないだろう』と思い楓はあえて『幼馴染み』という単語を使ったが、
遥はそれを聞き、にやりと笑い
「そーか、そーか。彼氏と来たのか。で、その当の彼氏は?」
そう、深読みして肩をポンポン、と叩く
「そんなんじゃないって。まだ外堀埋めてる最中。それがさっき忽然と消えちゃって」
そんな遥に隠しもせずに現状を語る楓。
遥は触れて惚気られても困るのであえて触れないことにした。
「不思議な事もあるもんだね。よかったら一緒に入る?戻ってきたら私は出るからさ。」
「うーん、お願いするね。一人で入るのって、なんか躊躇っちゃうんだよね」
「あ、判る。」
それから少々、二人で取りとめない話をしていると順番が回って来た。
席に案内された二人が注文を終えたところで突然店内がざわめき始める。
「なんだろ」
周囲の客の視線を追うとバックヤードと表の境目あたりで二人のウェイトレスがなにやら話しあっている。
「ねえ、遥。」
「なに?」
「ウワサの人って『あの人』?」
楓が『アレアレ』と指さす方向を見て遥は『ああ』と納得顔になる。
「ああ、『例の』ね。そうよ」
へぇ、と感心したような声をあげまじまじ、と眺める楓
「なんか、プロっぽいね」
なんのプロだよ、と突っ込みをいれつつ、
「まあ、ああ見えて腕も立つ見たいだし…この間の押し入り強盗、片づけたのもか…彼女だし」
危うく『彼』と言いそうになった遥は内心で冷や汗をかいていた。
「へぇー。『天は二物を与えず』って言うけど、例外もいるもんだね」
「意外と、生活破綻者だったりして」
「あははは、有りそう」
「そういやさ、楓の『幼馴染み』とやらはどんなヤツ?」
「うんとねぇ」
遥は話をそらせた事でホッとし、半ば惚気話を聞きつつ料理が来るのを待った。
だが、お互いに知らない。
(ホンモノの『橘高統夜』が幼馴染みの『藤谷誠』だなんて)
(あの『橘高統夜似少女』が本当は男で『藤谷誠』って名前なんだって)
((言える訳ないよね))
お互いに『言ってはいけない』と思っている部分に居る人物が同一人物であることを。
(………)
傍らを通り過ぎでもまったく気付かれないことに誠は溜め息半分、安心半分だった。
結局、楓と遥が『食後のお茶』まで終わらせ、『いい加減出ようか』となっても誠は戻って来ることは無かった。
まあ、悠里店長に閉店前に逃がす気が全く無かったから、だが。
「さて、また埋め合わせさせないと」
「それじゃ、その時はあたしも呼んでもらおうかな?評価したげるから」
「………」
気付かれないままの誠は笑顔で送り出しながら内心で滝のような涙を流していた。
これにて『魔の五連休編』前編の終了です。
が、まだ第三話は続きますよ?