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Magius!  作者: 高郷 葱惟
11/67

#3‐3

その日の『wisteria trellis』は大盛況だった。


普段の休日よりも倍近い客入りで中々にない出来事だ。


スタッフは嬉しい悲鳴をあげながら応客にまわる。



ふと手が開いた数瞬、遥はこの混雑の原因になっていると思しき少女に視線をやる。


『橙屋真琴』


遥の姉、奈緒が紹介したという『生贄(だいり)』。


同年代の同性の中では比較的背の高い部類に入る遥より十センチ以上高い身長を持つ、美少女。

ハスキーな声は彼女の女らしさと『雄々しさ』の同居した性格を端的に表すかのようだと遥は思う。

仕事も初めてだというのに怖気づいたりせずに動き回れるほどに順応している。


そしてそんな彼女が『橘高統夜』に似ているから、その噂を聞きつけて客が集まっている。


そんな彼女が、『なんでも出来る姉』の姿と重なって自分が抱くコンプレックスをズキズキと痛ませていた。



カラン


ふと、背後でドアの開く音がした。


ふと思考の海から脱出し頭を切り替える。


「いらっしゃいませウィステ――きゃっ」

遥の客を迎える定型文は悲鳴によって中断させられた。


「動くなよ!」


抱え込まれ、ごり、と側頭部に当てられた冷たく硬い感触に遥は息をのんだ。


 * * *


『動くな』


その単語が聞こえた時、俺は店の奥、厨房の側で運ぶ料理を受け取りに来ていた。


客が『強盗だ!』『銃を持ってるぞ!』と騒ぐので大体の状況は把握できた。


物影からこっそりと伺うと佐伯(妹)が人質にされている。


『別にアンタらをどうこうしようって訳じゃない。ここに居る『橘高統夜』に会わせてくれればそれでいい』


ズッコケそうになるのをなんとか堪えて男の持っている『モノ』を観察する。


手に握られているのはごつい回転(リボルバー)式の拳銃だ。

装弾数は…おそらく六発。

…俺だって男の端くれ、銃や刀剣にあこがれを持った時期はあるし、好きで調べた事もある。



なんで銃は警察と自衛隊(あと例外の執行部)だけの物である日本であんな物が?


ぱぁん。


『ごちゃごちゃうるせぇぞ!さっさと出せ!』


いきり立った男が天井に向けて発砲した。


撃鉄を引いている様子は無かったからおそらくダブルアクション方式かな、と当たりをつける。


………これは、ちょっと腹をくくる必要があるかな。


俺が表に出ようとすると側にいた悠里さんが腕を掴んで止めてきた。


「出ちゃダメよ。今、警察を呼んだから…」


「大丈夫。勝算あり、です」


それなりに荒事は経験してますから、とか『最悪の場合は制服の内側に防壁を張ればいい』なんて考えてるなんて、言える訳がない。


するり、と抜けて俺はフロアに入る。


物音に気付いたのか、再び銃を佐伯(妹)に向けている男がこっちを向いた。


「おお、やっぱり噂は本当だったんだ。………こっちに、きてもらえないかな」


何の噂か知らないが、とりあえず『犯罪者とテロリストに譲歩しない』は国際常識だ。


「その前に彼女を放してください。」


要求を呑んだら、こちらも要求を呑む。

先に要求を突き付けた側に対するカードのぶつけ方だ。


「こっちに来てくれたら放してあげるよ」


………


俺は黙って数歩だけ近づく


「近づきましたよ。残りは放してくれてからです」


幻魔なら交渉もへったくれもなく即殺し合いになる。


そういう意味では気分的に少し楽だった。


「…どうして」


男が呟きだす


「どうして、君は………」


哀しそうな声をあげる男。


「残念だよ………」


銃口が俺に向けられた。

銃口の向きからして、狙いは左胸…心臓だろう。


目には狂気の色が見え、リボルバーの残弾は三発。


『思い通りにならないから、殺す』ってか?


冗談じゃない。


佐伯(妹)は惨劇を予想してか目をぎゅっと閉じている。


男が引き金を引く指に力を入れようとしたのが見えたと同時、俺は床を盛大に蹴っていた。


ぱぁん

だん!


銃声と踏切った時の音が重なる。


肩をかすめた弾丸が床に突き刺さる音で勢いづけ、足払いをかける。

ついでに抱え込まれるようにして押さえられていた佐伯(妹)の手を引き倒れ込む男から引き剥がす。


痛かったようで顔をしかめるが、この場合は容赦してほしい



「ッ!?」


「さて、歯ァ食いしばれッ!」


腹を無防備に見せる男の鳩尾を狙って、全力で拳を叩きこむ。


おそらく、幻魔を殴る時以上に力が入っていただろう。


どごっ!


鈍い、それでもって痛々しい音がフロアに響いた。


「ぁ………」


その一撃が極まったらしく男は意識を失ってそのまま動かなくなった。


「店長!ロープロープ!」


フロアの誰かが叫ぶと同時、


カラン


「警察だ!…って、あれ?」


制服警官が数人飛び込んできた。

しっかりと火器装備の相手に対する装備を用意してきているが、相手が居なくて困惑する。


スタッフの一人がちょいちょい、としたを指さし、ようやく床で伸びている犯人の姿を見つけた彼らは拍子抜けしつつも銃の押収と犯人の拘束をする。


そんな様子を脇目に俺は無理矢理引っ張ってしまい床にへたり込んでいる佐伯(妹)に手を差し伸べた。


「大丈夫か?」


「う、うん………」


手を取ってなんとか立ちあがるも腰が抜けているのか、膝が笑っているのか、バランスを崩す佐伯(妹)。


流石に腕だけで受け止めきれそうにないので抱きとめる。


この際、バレるとかバレないとかは気にしないでおく。


ほぼ確実に俺が(間接的ではあるが)原因になったのだから。



「店長、バックヤード開けてもらっていいですか?」


「いいわよ。あちらさんも事情とか聞きたいみたいだし、二人とも一度下がって」


悠里さんのお墨付きをもらい、俺はマトモに歩けなくなった佐伯(妹)に手をかしつつ更衣室兼待機室(バックヤード)に引っ込む。


同行するは店長の悠里さんと事情聴取にあたる警察官が一人。


店の方は残ったスタッフが客と一緒になってざわめきながらも営業が続けられた。


 * * *


「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」


控室のさらに奥、店長である悠里さんの自宅部分のリビングは聴取の為に来た警官と佐伯(妹)の二人分の驚愕の声があふれていた。


予想はしていた俺と悠里さんは耳を塞いで二人が落ち着きを取り戻すまで待つ。


何故二人がこんなに驚いているかというと、俺がなんとか『隠していたもの』をさらけ出したからだ。


具体的に言うと性別について。

最初はウィッグを外しただけでは信じてもらえず生徒手帳(性別もしっかり明記されてる公的な身分証明だ)を見せたりもした。

その結果があの悲鳴に近い叫びなのだが…


「文句はお宅の姉に言ってくれ。俺だって、ここに来るまでこうなるなんて予想もしてなかったんだ」


あくまで、『偶然似てしまった』を装う。


「ま、まあ、それならあの犯人を一撃でのしたのも納得、かな」


警官は苦笑いしながら調書を眺める。


大体の状況はもう説明を済ませてしまって、最後に当事者の確認の段階で黙っていた部分を開示したのだから調書の取り直しになりかねない。


「とりあえず、最後の部分はオフレコって事にしておくから。流石にやり直しは面倒事になりそうだ」


苦笑を微笑にかえて警官は調書を仕舞う。


「それでは、失礼します。」


そのまま表に出ないで退出してゆく警官を見送ると半ば放心していた佐伯(妹)が我を取り戻し


「悠里姉さん!知ってたの!?」


と悠里さんに詰めよる


「まあ、ね。奈緒ちゃんからも事前に伝えられていたわよ。まあ、ここまで『彼女』に似るとは予想外だったけど。」


と、嘘をつく悠里さん。


実際は『俺』が女装させられた結果が『橘高統夜』であると知って逃がさなかったのだが、それを佐伯(妹)には今教える気はないようだ。


「じゃ、じゃあずっと演技してたの!?完璧に女の子だと思ったわよ!?」


「…まあ、それなりに気を使ってはいたし、意識して演技はしてたけどな」


コレも嘘。

女装中はほぼ無意識にああなる。


………幼少期からの調教(きょういく)の成果、とでもいえば良いのだろうか。

される側としてはたまったもんじゃなかったが。


「頼むから女装趣味とか言わないでくれよ。俺だって好き好んでやってるわけじゃないんだからさ」


自分で言って、なんか物凄く哀しくなった。

好き好んでやってる訳じゃなかったけど、『これは変だ』と自覚するまでに六年以上かかったからなぁ…


「い、言わないわよ…何落ち込んでるの?」


「いや、自爆しただけだよ…」


我ながら見事な自爆だ。


「…とりあえず、この後はどうしましょうかね。二人とも今日は上がらせるのが一番なんだけど…」


プルルル、と内線が鳴り、悠里さんがスピーカーモードに切り替えると


『店長!人手が足りません!早く、早く増援を…次、三番に持ってって!…お願いですから、増援を…』


厨房前で繰り広げられる喧騒の生ライブ。


本気で忙しそうだ。


「…とりあえず、俺はフロアに出ますよ。」


一度は外したウィッグをつけ直し控室から持ってきていた生徒手帳は控室のロッカーに私物と共に再度封印。


「遥ちゃんは…今日は帰ってもらってもいいわよ?」


「わ、私も出ます。」


抜けた腰も戻った様でよどみなく立ちあがる。


「元々、スタッフが足りないからヘルプ要請だしたんでしょ?あたし等が抜けたら完全に人手不足じゃない」



俺らを眺め呆れたふうに溜め息をついた悠里さんは軽く目を瞑り、


「それじゃあ、二人とも。閉店まで、休めないと思ってよ?」


目の色を仕事人のそれに切り替えた悠里さんはそう宣言する。


「望むところですよ」

「任せて」



その後、本当に閉店で最後の客を送り出すまで休憩どころか立ち止まるヒマすらあまりなかったのだが、それはまあ、嬉しい悲鳴だ。



「「「「「ありがとうございました」」」」」


最後の客を全員で送り出し懸看板を『close』に改める。



「はぁ…すごい混みようだった」


「もうクタクタ」


「一大事件もあったし、ねぇ」


そんなふうに言いながら近場の椅子にもたれかかる他のスタッフたち。


そんな中で俺は一人、まだ残っている片づけを進める。


「橙屋さん、まだ平気なんだ。パワフルねぇ」


誰かがそう言うのを聞いて、佐伯(妹)が苦笑いを浮かべるのが見えた。


…まあ、現役男子高校生のスタミナはわりとバカにならない。

オマケに俺は町中を走りまわっての戦闘やら校庭中を駆け回る戦闘やら、と普通じゃない経験も積んでいる。



「度胸もあるし、なんか判らないけど強いし」

「それになんだか男勝りっぽいところもあるよね」

「きっと学校だと『お姉さま』て寄って来る後輩とかいるんじゃないの?」


そんな会話が聞こえてくるが俺は務めて聞き流すようにする。


「なんか好き勝手言われてるぞ?」


と厨房からコック長のおじさんが言ってくるが俺は苦笑をうかべて


「まあ、妄想させるだけさせときます。止めても無駄でしょうから」


「ははは、違いない。が、それは尻に敷かれた男の考え方だぞ」


わはは、と笑うコック長。


そんなセリフにちょっとだけ安心できてしまった俺がいる。


「こら、そこ。臨時バイトの橙屋さんに全部任せる気!」


悠里さんが見かねて発破をかけて動き出した彼女たち。


視線がなんとなく、怖かった。








「それでは、今日一日ご苦労様でした。色々とトラブルもありましたが、無事で何よりでした。」


全ての片づけが終わったところで悠里さんが解散前の声かけをする。


「臨時アルバイトの二人は本当にごくろうさま。また明日もあるけれども、頑張って頂戴。それではお疲れ様でした。」


「「「「「お疲れ様でした!」」」」」


めいめいに散って帰路につく他のスタッフ。


一方で他の人と一緒に着替える訳にはいかない俺はまだ制服のままだ。


「さて、俺も着替えると…?」


こんこん、とノックする人影。


悠里さんがドアを開けに行く。



「お疲れ様。二人ともどうだった?」


「会長!」

「姉さん!」


現れたのは今回に限っては諸悪の根源と言ってもいい佐伯会長。


「二人とも頑張ってくれたわよ。とくに藤谷くんのほうは、『彼女に似てる』から。それにいい警備員(ガードマン)がわりになってくれたし、正式にアルバイトとして雇いたいわね」


「生徒会の方に影響の出ない程度…土日くらいなら良いんじゃないかしら?」


「………勘弁してください」


溜め息をつきながら、俺は着替えの為に控室に逃げ込むことにした。



着替え終わって、化粧(もちろん、化粧していないようにしか見えないようにしたモノ)を落して出たら


『あ、普通に男だ』


と言われて嬉しいやら哀しいやら、なんだか判らない入り混じった感情に襲われた俺だった。


現在の主人公(誠)は 一般人<誠<人外の化け物、って感じです。

銃に対しては…まあ、マシンガンで撃たれる経験が生かされたってことで。

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