⑬ 大前提
犬王にとっては会議の翌日…サン・ジェルマンにとっては、真田雪子に黒いビートルを見せた翌日、犬王アヌビスは、名護屋テレビ塔の、亜空間レストランにやって来た。
好都合な事に、サン・ジェルマン本人以外は出払っていた。
「ああ、犬王さん、いらっしゃい。やっぱり来ましたか。」
サン・ジェルマンは、彼の訪問を予期していたようだった。
「ちょうど良かった。今日はたまたま水曜日で、皆、非番なんですよ。」
「…ほう。そんな日が、あるのだな。」
「例の件でいらしたのですね?」
「うん、そうだ…。」
そこでレモンティーを飲みながら、35歳の男と黒毛・麻呂眉の柴犬は、一服する。
「さてと…。」
アヌビスが語り始める。
「今さら、"釈迦に説法"とは思うが、今日は貴殿に、一言モノ申しに来た。」
「はい。謹んで承ります。」
伯爵も神妙な態度でそれを聞く。
「まず、大前提の話だ。0次元の住人たちは、一つの点の世界に居て、そこから一歩も動けなかった。まあ、ビッグバン以前の宇宙は、そんな感じかな?」
「はあ…。」
おお、そこからか。と、伯爵は思った。
「次に1次元の住人たちは、一つの線上に居て、前後にしか動けなかった。そして、2次元の住人たちは前後左右に。さらに3次元の住人たちは、前後左右に加えて、高さ方向への移動が自由になった。そうだな?」
「…はい。」サン・ジェルマンは素直に頷いた。
「しかし、我々…つまり、貴殿と犬族・猫族は、並行世界への移動も可能にしてしまった。コレが意味する事はナニか。自覚しておろうな?」
「はい。時間の前後の移動の自由を得た時点で、4次元人のチカラ。別の世界線に旅する振る舞いは、更にその上の、5次元の住人に相当するモノである、という事ですね?」
「そうだ。事の重大性を、流石に良く理解しているな。では、吾輩の言いたい事も、分かるな?」
「…例のスパイダーマンの決まり文句、"大いなるチカラには、大いなる責任が伴う"、というヤツですな?」
「うむ。その通りだ。くれぐれもヨロシク頼むぞ。先日行なわれた超時空犬猫会議では、可哀想に、猫王子が、責任を追求されておったのだ。そんなヤツの気持ちも、汲んでやってくれよ?」
その点は、サン・ジェルマンにとっても気がかりではあったが…やはり予想通りの事態になっていた。
「それは、しかと、キモに銘じておきます。」
「うん、その返事が聞けて安心したぞ。くれぐれも技術の利用には、細心の注意を払ってくれよ?」
「解りました。困った時は、ご相談に乗っていただけますか?」
「ああ、それはもちろんだとも。そうだ。良い機会だから、貴殿のデバイスに、我が国の座標を入力しておいてやろう。」
犬王はそう言うと、伯爵の腕のリングに入力した。
「これで、良しと。今日は貴殿と、サシで話しが出来て良かった。どうか今後とも、よしなに頼むぞ。」
「勿体ないお言葉です。コチラこそ、どうぞよろしくお願い致します。」
伯爵は最敬礼で答えた。
「では、また、な?」
犬王はそう言うと、例によって、その場からスマートに姿を消した。何時もながら、鮮やかな去り方だった。




