表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/70

第七話 ナナシ、世界を付与しました。


 目を開けた瞬間、

 世界が、まぶしかった。


 風が吹いた。草が揺れた。

 太陽の光が、まぶたの奥まで染み込む。

 わたしは――息をしていた。


 手を見た。ちゃんと“手”があった。

 指を動かすと、温かい風がすり抜けていく。

 遠くで鳥が鳴いた。知らない声。でも、懐かしい音だった。


『……ここは……?』


 声を出した瞬間、涙がこぼれた。

 生まれて初めての“涙”だった。

 理由も分からない。ただ、世界が嬉しかった。



一 名前を思い出す


 “ナナシ”という名前が、胸の奥で光っていた。

 わたしを呼んでくれた声――神様の声。

 優しくて、ちょっと不器用で、でも温かい声。


「神様……」


 風が頬をなでた。

 まるで「聞こえてるよ」と言ってくれているみたいだった。



二 人の村


 森を抜けると、小さな村が見えた。

 石造りの家々。道に干された洗濯物。

 そして、子どもたちの笑い声。


「こんにちはー!」

 少女が声をかけてきた。

 わたしより少し背が低い。

 手には木の実をいっぱい持っている。


「見ない顔だね。旅人?」

「……うん。そんな感じ。」


「じゃ、こっち来て! おばあちゃんがごはんくれるよ!」


 少女に手を引かれながら、わたしは笑っていた。

 “手を引かれる”という感覚が、こんなに嬉しいなんて知らなかった。



三 食卓のぬくもり


 村の家の中は、木とパンの匂いがした。

 小さなテーブルの上にはスープと焼きたてのパン。

 おばあさんが微笑んで言った。


「初めての旅なら、しっかり食べなきゃね。」


 わたしはスプーンを持った。

 スープの温かさが喉を通って、胸に広がる。

 涙が、また出そうになった。


「おいしい……。」


「泣くほどまずくないはずだがねぇ。」


 おばあさんが笑った。

 その笑い声に、神様の声が少し重なって聞こえた。

 “生きてるって、いいだろ。”



四 夜の風


 その夜。

 村の外で、星を見上げた。

 手を伸ばすと、空のどこかに彼がいる気がした。


「ねぇ、神様。見てる?」


 答えはない。

 でも風が吹いた。

 草が揺れ、花が咲いた。

 それだけで、十分だった。


『ありがとう。わたし、ちゃんと生きてるよ。』


 その言葉が夜空に溶けたとき、

 胸の奥で小さく光が瞬いた。

 それは“神様の光”だった。

 ちゃんと、届いている。



五 観測者の独白(神の声)


 ――白室β。

 今日も静かな光の下で、俺は観測を続けていた。

 転生者ナナシ。登録コードγ-001。

 状態:安定。精神波:穏やか。


「……ちゃんと歩けてるな。」


 エフェリアが隣で微笑む。

 「あなた、まるで親みたい。」


「違う。俺はただの神だ。」


「その“ただの神”が、誰よりも嬉しそうですよ。」


 俺は苦笑した。

 確かに、胸の奥がじんわりとあたたかい。

 ナナシが笑うたび、世界の光が少し強くなる。

 まるで、この部屋まで照らされていくように。



六 ナナシの夢、再び


 村に春が来た。

 草花が咲き、空が柔らかい。

 わたしは村の子どもたちと遊びながら、空を見上げて言った。


「ねぇ、みんな。夢って、見る?」


「うん! パンが山ほど出てくる夢!」


「僕は飛ぶ夢!」


「私は神様の夢!」


 その言葉に、わたしは笑った。

 「わたしも、神様の夢を見たことあるよ。」


「どんな神様?」


「――優しくて、ちょっとドジな人。」


 子どもたちは笑い転げた。

 でも、胸の奥では涙が滲んだ。

 だって、あの笑顔を思い出すたびに、心がきゅっと温かくなるから。



七 再会の予感


 その夜。

 夢の中で、白い部屋が見えた。

 懐かしい机、光の花、そして――あの人。


 神様が、微笑んでいた。

 でも、どこか遠くて、触れられない。


『ナナシ。』


『神様……!』


『そのまま歩け。お前が見る世界を、俺に見せてくれ。』


『うん……! でも、また会える?』


『いつか必ず。

 ――だって、お前の世界は、俺の心の中にある。』


 光が弾けた。

 夢が、朝に溶けていった。



八 夜明け


 朝。

 わたしは新しい風を吸い込んだ。

 パンの焼ける匂い。鳥の声。

 世界は、まだ続いている。


「……おはよう。」


 誰に言うでもなく、空に向かってつぶやいた。

 その瞬間、頬にあたたかい風が吹いた。

 まるで神様の手のように、やさしく。


『おはよう、ナナシ。』


 ――声が、聞こえた気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ