第七話 ナナシ、世界を付与しました。
目を開けた瞬間、
世界が、まぶしかった。
風が吹いた。草が揺れた。
太陽の光が、まぶたの奥まで染み込む。
わたしは――息をしていた。
手を見た。ちゃんと“手”があった。
指を動かすと、温かい風がすり抜けていく。
遠くで鳥が鳴いた。知らない声。でも、懐かしい音だった。
『……ここは……?』
声を出した瞬間、涙がこぼれた。
生まれて初めての“涙”だった。
理由も分からない。ただ、世界が嬉しかった。
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一 名前を思い出す
“ナナシ”という名前が、胸の奥で光っていた。
わたしを呼んでくれた声――神様の声。
優しくて、ちょっと不器用で、でも温かい声。
「神様……」
風が頬をなでた。
まるで「聞こえてるよ」と言ってくれているみたいだった。
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二 人の村
森を抜けると、小さな村が見えた。
石造りの家々。道に干された洗濯物。
そして、子どもたちの笑い声。
「こんにちはー!」
少女が声をかけてきた。
わたしより少し背が低い。
手には木の実をいっぱい持っている。
「見ない顔だね。旅人?」
「……うん。そんな感じ。」
「じゃ、こっち来て! おばあちゃんがごはんくれるよ!」
少女に手を引かれながら、わたしは笑っていた。
“手を引かれる”という感覚が、こんなに嬉しいなんて知らなかった。
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三 食卓のぬくもり
村の家の中は、木とパンの匂いがした。
小さなテーブルの上にはスープと焼きたてのパン。
おばあさんが微笑んで言った。
「初めての旅なら、しっかり食べなきゃね。」
わたしはスプーンを持った。
スープの温かさが喉を通って、胸に広がる。
涙が、また出そうになった。
「おいしい……。」
「泣くほどまずくないはずだがねぇ。」
おばあさんが笑った。
その笑い声に、神様の声が少し重なって聞こえた。
“生きてるって、いいだろ。”
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四 夜の風
その夜。
村の外で、星を見上げた。
手を伸ばすと、空のどこかに彼がいる気がした。
「ねぇ、神様。見てる?」
答えはない。
でも風が吹いた。
草が揺れ、花が咲いた。
それだけで、十分だった。
『ありがとう。わたし、ちゃんと生きてるよ。』
その言葉が夜空に溶けたとき、
胸の奥で小さく光が瞬いた。
それは“神様の光”だった。
ちゃんと、届いている。
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五 観測者の独白(神の声)
――白室β。
今日も静かな光の下で、俺は観測を続けていた。
転生者ナナシ。登録コードγ-001。
状態:安定。精神波:穏やか。
「……ちゃんと歩けてるな。」
エフェリアが隣で微笑む。
「あなた、まるで親みたい。」
「違う。俺はただの神だ。」
「その“ただの神”が、誰よりも嬉しそうですよ。」
俺は苦笑した。
確かに、胸の奥がじんわりとあたたかい。
ナナシが笑うたび、世界の光が少し強くなる。
まるで、この部屋まで照らされていくように。
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六 ナナシの夢、再び
村に春が来た。
草花が咲き、空が柔らかい。
わたしは村の子どもたちと遊びながら、空を見上げて言った。
「ねぇ、みんな。夢って、見る?」
「うん! パンが山ほど出てくる夢!」
「僕は飛ぶ夢!」
「私は神様の夢!」
その言葉に、わたしは笑った。
「わたしも、神様の夢を見たことあるよ。」
「どんな神様?」
「――優しくて、ちょっとドジな人。」
子どもたちは笑い転げた。
でも、胸の奥では涙が滲んだ。
だって、あの笑顔を思い出すたびに、心がきゅっと温かくなるから。
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七 再会の予感
その夜。
夢の中で、白い部屋が見えた。
懐かしい机、光の花、そして――あの人。
神様が、微笑んでいた。
でも、どこか遠くて、触れられない。
『ナナシ。』
『神様……!』
『そのまま歩け。お前が見る世界を、俺に見せてくれ。』
『うん……! でも、また会える?』
『いつか必ず。
――だって、お前の世界は、俺の心の中にある。』
光が弾けた。
夢が、朝に溶けていった。
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八 夜明け
朝。
わたしは新しい風を吸い込んだ。
パンの焼ける匂い。鳥の声。
世界は、まだ続いている。
「……おはよう。」
誰に言うでもなく、空に向かってつぶやいた。
その瞬間、頬にあたたかい風が吹いた。
まるで神様の手のように、やさしく。
『おはよう、ナナシ。』
――声が、聞こえた気がした。




