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第22話 開会式、祈りは空へ



 合同寮のホールでの顔合わせが一段落したあと、俺たちはいったん解散になった。


「開会式まではあと一時間ちょい、ですね〜」


 ノノハが、ホールの大きな時計を見上げながら言う。


「それまで自由時間ってことか?」


 シュンが伸びをする。


「“迷子にならない範囲で”ね」


 ヴァンが、さっきの自分の台詞をそのままなぞるように言った。


「勇、線引いとけよ。“ここからここまで迷子セーフ”」


「だからそういう線引きたくないって」


 口では否定しつつ、頭の中ではもう地図に線を引き始めていた。


 合同寮。

 競祈場への道。

 祈りの塔。

 それから、寮の屋上。


(ここからここまでは、“ちゃんと帰ってこられる”)


 そう決めておくだけで、少し息がしやすくなる。



「勇くんたちはどうします?」


 セラが声をかけてきた。


「早めに競祈場の“風”を見に行こうかと思ってたけど」


「いいですね。風祈の線の見え方、気になります」


 レイカが、横からひょいっと顔を出す。


「じゃあさ、軽く下見がてら一緒に行こっか。

 炎祈としても、“どこまで燃やしていい場所か”見ときたいし」


「燃やす前提で言うのやめてください」


 ミオ先生のツッコミが、半分本気だった。


「先生たちは?」


 俺が振り向くと、ユラ先生はひらひらと手を振る。


「ボクらは開会式の打ち合わせに呼ばれててね〜。

 生徒は、くれぐれも“開会式前に一騒ぎ起こさないように”」


「それ誰に言ってるんです?」


「全方向かな」


 あっさりした答えだった。



 合同寮から競祈場までは、歩いて十分ほどだった。


 広い石畳の道。

 左右には屋台の準備が進んでいて、簡易の祈装屋台が次々と組まれている。


「お〜、これ、本番始まったら絶対寄りたい……」


 ノノハが、焼き菓子の匂いに釣られてふらふらしている。


「開会式のあとならいくらでもどうぞ」


 ヴァンが前を歩きながら言う。


「その前にお腹壊したら全部台無しだ」


「は〜い……」


 口では返事しつつ、目はしっかり屋台をロックオンしていた。さすがだ。



 連盟競祈場の前に立つと、やっぱり圧倒される。


 さっき列車の中から見たときよりも、ずっと大きい。


 ぐるりと円形に広がる観客席。

 その真ん中に、祈りをぶつけ合うための“空の箱”がぽっかり空いている。


 地面には、まだ何も描かれていない。


(でも、ここに線が集まるんだ)


 風祈、水祈、炎祈、土祈、雷祈、音祈、光祈。

 それぞれの“守りたいもの”が、形を持ってぶつかる場所。


「どう?」


 シエラが、観客席の一部に腰を下ろしながら聞いてきた。


「風」


「うるさい」


 素直にそう答えた。


「楽しくて、怖くて、張り合ってて、見栄張ってて。

 そういうやつが、全部まとめて飛び交ってる感じ」


「いいじゃん」


 レイカが笑う。


「祭りって感じで」


「祭りだけで終わってくれればいいんだけどな」


 思わず零れると、横でセラが小さく頷いた。


「でも、“祭りだからこそ”狙われる、っていうのもありますから」


 その言いかたに、水の気配が少しひんやりする。



「虚風っぽい“穴”は?」


 シエラが、当たり前のように聞いてくる。


「今のところ、はっきりしたのはない。

 けど――」


 言いながら、空を見上げる。


 競祈場の上空には、祈りの塔から伸びた細い線が、蜘蛛の巣みたいに広がっていた。


 まだ“本気の試合”が始まっていないせいか、

 線はどれも、薄くて柔らかい。


 そこに、今のところ“完全な空白”は見えない。


「……“止まりたがってる”とこは、少しある」


「止まりたがってる?」


 レイカが首をかしげる。


「風は今、全部“動け動け”って押し出されてるけど、

 その中に、“もう止まってもいいんじゃない?”って囁きが混ざり始めてる感じ」


「それって、無祈?」


「まだ断言はできない。

 ただ、“ああいう方向”の線ではある」


 ゼロラインで見た、祈りが白くなったあとの世界。

 あの冷たさを、ほんの少しだけ思い出す。


「……そういう話、開会式直前にする?」


 シュンが、なんとも言えない顔をした。


「でも、知っといたほうがいいかもな。

 “楽しいだけの場じゃない”って」


「楽しむのと、なめるのは違いますしね」


 セラの声は、いつも通り柔らかい。



 開会式開始十分前。


 俺たちは、代表チームとして競祈場の入り口付近に整列していた。


 各学院ごとに色の帯を分けられていて、

 風祈は淡い緑の帯の中に並ぶ。


「風祈学院代表、入場準備お願いします」


 係員の声が響く。


 観客席のざわめきが、少しずつ大きくなっていく。


「うわ、緊張してきた……」


 ノノハが、胸の前で両手をぎゅっと握った。


「歌うわけでもないのに?」


「“歌わないようにする”のも緊張するんですよ〜」


 それはたしかに、この人にとってはそうかもしれない。


 シエラは、珍しくちょっとだけ深呼吸していた。


「大丈夫?」


「大丈夫。

 ただ、“入場行進”ってのがどうにも好きじゃないだけ」


「なんで」


「歩いてるだけなのに、見られるから」


「それは、試合のほうがもっと見られるぞ」


「それは、殴れるからいいの」


 理屈はよく分からないが、彼女なりの線引きなんだろう。



 開会式の始まりを告げる鐘の音が、空に広がる。


「各学院代表、入場!」


 場内アナウンスの声に合わせて、土祈学院から順に競祈場へ入っていく。


 土祈の重たい足音。

 雷祈の弾む足音。

 音祈の軽やかなリズム。


 俺たち風祈学院は、四番目だった。


「行くぞ」


 ヴァンが一歩踏み出す。


 その後ろに、シエラ、シュン、ノノハ、俺の順で続く。


 観客席からの歓声が、一気に近くなる。


「うわぁ……ほんとに、世界中から来てるんだ……」


 ノノハが、思わず顔を上げる。


 祈りの都だけじゃない。

 地方の小さな村から来たらしい人たち。

 祈導局関係者。

 他の世界線の“風祈”たちも、もしかしたらどこかで見ているかもしれない。


(“世界に見られてる”って、こういう感じか)


 息を吸い込むと、胸の中にざわざわしたものが入り込んでくる。



 各学院の代表が中央の円に並び終えると、

 観客席側の一角が静かになった。


 そこから、ゆっくり一人の老人が歩み出てくる。


 祈導局・総導官、グラウス。


 祈り板では何度も見た名前だ。


「遠路、よく集まってくれました」


 静かな声が、祈りの増幅装置を通って競祈場全体に響く。


「祈りは、本来“願い”のためのものです。

 しかし同時に、“競い合う”ことでも研ぎ澄まされる」


 グラウスは、各学院の顔をゆっくり見回した。


「この祈装連盟リーグは、国と学院を越えた“祈りの共有”の場。

 ここで交わされる祈りは、すべて記録され、

 いずれ世界を守る線の一部となるでしょう」


 その言いかたに、アリアの影が少し見える気がした。


(“記録されない祈りは、最初からなかったのと同じ”)


 まだ会ってもいない導官の言葉が、

 ふと頭をよぎる。


「同時に――」


 ほんの一拍置いてから、グラウスは続けた。


「この場にいる全員に、伝えておきたいことがあります」


 空気が、少しだけ締まった。


「無祈。

 “何も祈らない”という祈りが、世界のあちこちで強くなりつつある」


 観客席のあちこちで、ざわめきが上がる。


「祈導局は、その脅威に対処するために動いています。

 しかし同時に――祈りの現場にいる皆さんの力も、必要となるでしょう」


 グラウスの目が、ほんの一瞬だけこちらをかすめた気がした。


「リーグは“競技”。

 けれど、それだけでは終わらないかもしれない」


 そう言ってから、老人の声は少しだけ柔らかくなる。


「それでも、祈りは楽しんでいい。

 誰かを思って、誇りを持って、譲れないものを抱えて――

 それをぶつけ合うことを、恐れないでほしい」


 その言葉に、観客席から自然と拍手が起こった。



「代表チームから、一名だけ前へ」


 司会役の声が響く。


「リーグ開会にあたっての“選手宣誓”をお願いします」


「誰が行く?」


 ヴァンが、横目でこちらを見る。


「隊長か、線引きか」


「どっちでもいいけど?」


 シエラは肩をすくめた。


「“守る線”の話するなら、あんたのほうが向いてる気はするけど」


「いや、でもさすがに初回から前に出るの、どうなんだろ」


 そう言っているあいだに――


「風祈学院代表は、“線を引く一年”にお願いします」


 グラウスが、さらっと指名してきた。


「……は?」


 声には出さなかったが、頭の中では派手に叫んでいた。


「行け」


 ヴァンが、背中を小突く。


「こういうの、逃げたくないだろ」


「……分かってる」


 足が、勝手に前へ出る。



 中央の壇上に一人で立つと、

 さっきまでよりも観客席が遠く感じた。


 でも、その分、空は近い。


「名前と学院名を」


 司会役が小さく促す。


「風祈学院一年、天霧勇です」


 声が、増幅装置を通って広がる。


 胸の内側で、さっきまでぐるぐるしていたものが、少しだけ静かになった。


「えっと――」


 一瞬だけ迷ってから、言葉を選ぶ。


「俺たちは、全部は守れません」


 ざわ、と小さく空気が揺れた。


「全部守ろうとして、逆に何も守れない線を選ぶのは、

 ……きっと、無祈と大差ないから」


 虚風の穴。

 ゼロライン。

 “誰もこれ以上傷つかない世界にしたい”っていう、無祈王の線。


 まだそこまで届いていない言葉を、

 今言える範囲で、絞り出す。


「だから俺は、“ここからここまでは守る”って線を、ちゃんと引きます」


 自分の足元を一度見てから、顔を上げる。


「その中に、

 うちの学院の仲間も、

 他の学院で一緒に戦う誰かも、

 それから――」


 一度だけ振り返る。


 そこには、シエラ、ノノハ、シュン、ヴァン。

 少し向こうに、レイカやセラや、他学院の隊長たち。


「ここで一緒に“祈ろうとしてくれてる”全員も、入れておきたい」


 言いながら、自分でもちょっと欲張りだなと思う。


 でも、一度口にした以上、引っ込めるつもりはない。


「それが“甘い線”かどうかは、

 ここで確かめます」


 光祈のリィナが、ほんの少しだけ目を細めたのが見えた。


 挑発とも、興味ともつかない表情。


「以上です」


 深く一礼する。


 拍手が、少し遅れてから広がった。



 列に戻ると、シエラが小声で笑った。


「……らしいね」


「らしいって何が」


「なんかこう、“世界守ります!”でもなく、

 “絶対勝ちます!”でもなく、

 “ここからここまではやります”ってとこ」


 レイカが、肩をぽんと叩いた。


「いいじゃん。

 “ここまではちゃんと責任持ちます”って宣言したわけだし」


「甘いかどうかは、これからですね」


 セラの声は穏やかだった。


「少なくとも、私はその線、好きですよ」


 そう言って微笑む顔を見て、

 胸の奥が少しだけ熱くなる。



 開会式の最後に、祈りの演出が行われた。


 各学院から一人ずつ前に出て、

 自分の属性の小さな祈りを空へ放つ。


 土祈の光の粒。

 雷祈の細い稲妻。

 音祈の音符。

 光祈の眩しい筋。


 風祈の番になったとき、

 シエラが俺のほうを見る。


「行ってきなよ。線の始まり、描いてきな」


「お前じゃなくて?」


「“殴るほう”は、本番に取っとく」


 その言葉に押されて、一歩前に出る。


 掌に、小さな風の線を描く。


「――帰ってくる線」


 それを、空へ放った。


 細い風の線が、他の学院の光と絡まりながら、

 競祈場の上空でひとつの輪になっていく。



 開会式が終わり、代表チームは一度解散となった。


「ふ〜〜〜……緊張した……!」


 ノノハが、ホールの椅子にばたりと倒れ込む。


「見てたよ〜、勇くん。

 “全部は守れません”ってとこ、

 ちょっと泣きそうになりましたからね?」


「泣くポイントそこ?」


「そこです」


 ノノハはきっぱり言った。


「だって、“なんでも守ります”って言うほうが簡単ですよ。

 “できないことはできない”って言ったうえで、

 “それでもここは守る”って言ったの、すごくかっこよかったです」


「……ありがと」


 照れくさくて、視線を逸らす。



 そのころ。


 観客席の最上段、一般客がほとんどいないエリアで。


 ひとりの青年が、顎に手を当てて空を見上げていた。


 終灯のルーメン。


 まだ名前も姿も、誰にも知られていない“無祈の騎士”が、

 勇の放った線をぼんやり眺めていた。


「“全部は守れません”、か」


 皮肉とも、感心ともつかない声。


「最初から諦めてるのか、

 それとも、そこから先が欲張りなのか」


 ルーメンの足元には、

 この場所に来る前に“折れた”誰かの祈りが、小さく灯っている。


 負けたくないのに負けた祈り。

 届かなかった恋の祈り。

 世界に見てもらえなかった、ちっぽけな光。


「……まあ、いいや」


 ルーメンは肩をすくめた。


「折れたときに、どんな光を出すか。

 それを眺めるのが、こっちの仕事だしね」


 そう呟いて、

 開会式の喧騒から一歩だけ離れた闇の中へと消えていった。


  祈装連盟リーグは、ついに幕を開けた。


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