第Ⅱ章 『祈装連盟リーグと他学院』 第21話 世界が集まる風の駅
出発の朝、風祈学院の空は、やけに澄んでいた。
いつもの風より、少しだけ高く、遠くを見ているみたいな感じがする。
「ふあぁ〜……眠い……」
寮の前に集まった代表チームの列の中で、ノノハが大きなあくびをした。
「お前、昨日“出発前夜会議”とか言って一番騒いでただろ」
シュンが呆れたように笑う。
「だって〜、こういうのテンション上がるじゃないですかぁ。 ね、勇くんもほぼ寝てないですよね?」
「ちゃんと寝たよ。……三時間くらいは」
「寝てないって言うんだよ、そういうの」
シエラが即ツッコミを入れてくる。
ヴァンは荷物のベルトを確認しながら、いつも通り無駄のない動きだ。
「忘れ物、ないか?」
「祈装具一式、よし。予備の線板、よし。ノノハの非常用おやつ、よし」
「それは優先度高いんですね〜?」
ノノハがうれしそうに自分の鞄を抱きしめた。
◇
寮の階段からは、見送り組の生徒たちがわっと顔を出している。
「がんばれよー!」「風祈一年戦線、ちゃんと戻ってこいよ!」「お土産〜!」
最後の声は、十中八九シュン宛てだ。
「はいはい、拾える範囲で拾ってくるわ〜」
「拾える範囲でって何持って帰るつもりなんだよ」
わいわいしていると、少し離れたところでユラ先生が、ひらひらと手を振った。
「連盟リーグ会場までは、例の“祈装列車”だよ〜。 途中から水祈と合流して、街の外れで炎祈とも合流する予定」
「炎祈とは、工房以来ですね」
ミオ先生が補足する。
「向こうも代表チームを連れてきますから、 あくまで“再会”であって、“初対面”ではありませんよ?」
「そこ強調します?」
「ここ最近、“初めまして感のある再会”が多かったので念のためです」
どこかで誰かに刺さる言い方を、さらっとしてくる人だ、この人は。
◇
「じゃ、そろそろ行こっか」
荷馬車ならぬ“風路乗り場”へ向かおうとしたところで――
「勇くん!」
人混みをかき分けるようにして、千紗が駆けてきた。
前に中庭で“見えなくなりかけた”彼女だ。
「これ……」
差し出されたのは、小さな布袋。
「道中のおやつと……その……無事に帰ってきてくださいお守り、です」
「あ、ありがとう」
受け取ると、千紗は真っ赤になって一歩下がった。
すぐ横でリオが、呆れたような、それでいて優しい顔をしている。
「無理はしないでね。 って言っても、勇くんの場合“無理の線”引くの難しそうだけど」
「そのへんはシエラが殴って止めるから大丈夫だよ」
「なんであたし前提?」
「実績的に」
リオとノノハの声が見事にハモった。
「……何その納得いくような、いかないような理由」
ぶつぶつ言いながらも、シエラの口元は少しだけ緩んでいた。
◇
学院の門の前で、一度足を止める。
風祈学院の校舎。 寮。 中庭。 工房の煙突。
全部、風の向こうに見える。
「――行ってきます」
思わず、小さく呟いた。
誰に聞かせるでもない言葉。 でも、隣でシエラが、同じように口の中でもごもごと何か言っていた。
「今、“行ってきます”って言った?」
「言ってない」
「言ったよな?」
「うるさい」
そんな他愛もないやり取りを背に、 俺たちは学院を後にした。
◇
風祈学院から祈装列車の駅までは、専用の風路馬車で移動する。
透明な祈装板で囲われた車体の外側を、風がすべるように流れていく。
「おお〜、相変わらず酔いそう……」
ノノハが窓に張り付きながら、うねうねしていた。
「外見すぎるからだろ」
ヴァンがため息をつく。
「こういうのは、いっそ目を閉じて揺れを楽しむんだよ」
シュンは、揺れる車内で器用にりんごを剥いている。 どこから持ってきたのかは、聞かないでおく。
俺は、窓の外を見た。
学院から少し離れると、風景は一気に変わる。
風祈の塔が遠ざかり、 祈りの都へ続く街道が、細い線のように伸びていく。
「勇」
隣から、小さく呼ばれた。
「ん?」
「さっき門の前で、何か線引いた?」
「……分かった?」
「なんとなく」
シエラは窓の外を見たままだ。
「帰ってくる線でしょ」
「まぁ、そんな感じ」
門から、屋上へ。 屋上から、中庭へ。 中庭から、寮へ。
そんなふうに、頭の中でいくつか線を結んでおいた。
帰り道を忘れないように。
「いいんじゃない?」
シエラは、あっさり言う。
「帰る場所決めてから出てくほうが、 あたしたちっぽいし」
「そうか?」
「そうだよ」
それきり、彼女は目を閉じた。
風の揺れに身を預けるように。
◇
祈装列車の駅は、街の外れにある“風の駅”だった。
大きな祈装塔を中心に、無数の線が枝分かれしている。
線路ではなく、空中に描かれた“風のレール”。
そこに、流線形の祈装車両が何本も停まっていた。
「何回来てもすごいよね〜、ここ」
ノノハが感嘆の声を漏らす。
「風祈の特注だっけ、これ」
シュンが感心したように見上げると、リツ先生が頷いた。
「ええ。風祈・水祈・炎祈の合同開発ですね。 長距離移動のための“祈装路”と思ってください」
「水祈と炎祈も?」
「列車の“冷却系”と“推進補助”は、向こうの技術が入っています」
説明しながら、リツ先生は手元の祈り板を操作した。
「さ、代表チームは一号車へ」
乗り場へ向かおうとしたとき――
「おーい! 風祈ベイビーたちー!」
派手な声が、駅の反対側から飛んできた。
オレンジ色の祈装マント。 炎の紋章。
炎祈学院の一団が、こちらに向かって手を振っていた。
◇
「レイカさんだ」
ヴァンが、自然と姿勢を正す。
先頭を歩いてくるのは、見慣れた赤髪の隊長――焔道レイカ。
「久しぶり! 元気してた? って言いたいところだけど、工房で会ってからそんな経ってないか」
「こっちはだいたい、いつも通りです」
俺がそう答えると、レイカはにやっと笑った。
「相変わらず、真面目くんだね〜」
その後ろには、 大柄な前衛・タケル、 眼鏡をかけたサポート・ユウゴ、 柔らかな雰囲気のサラ、 そして、少し控えめに手を振るミレイの姿もあった。
「おー、ヴァン。 工房のときは世話になったな」
タケルが、ごつい手を差し出す。
「こちらこそ。あの防壁がなかったら、持ちませんでした」
二人はがっちり握手を交わした。
「ノノハちゃん!」
ミレイが手を取りに来る。
「また一緒に歌えたらいいなって思ってたんです」
「ぜひぜひ〜! 今日は列車の中で“こっそり練習”しましょうね〜」
「こっそりの時点でバレそうなメンツだけどな」
シュンがぼそっと言うが、誰も否定はしなかった。
◇
「あ、そうだ」
レイカが、ふと思い出したようにこちらを向く。
「勇くん」
「はい?」
「あのさ、工房のときのこと。 ちゃんと礼言ってなかったなって思って」
真面目な顔だ。
「火祈の暴走、止めてくれてありがとね。 うちの子らも、あれでだいぶ線引き見直せたみたい」
「俺ひとりの力じゃなかったですよ」
「そういうとこだよね〜、真面目くん」
レイカは笑って、
「でもさ、その“全部ひとりのせいにしない線引き”、 あたし、結構好きだから」
軽く肩を叩いた。
「リーグでもさ。 また一緒に、“ここは守る”“ここは燃やす”を、一緒に決めよ」
「……はい」
自然と、返事が強くなる。
◇
炎祈との再会にわいわいしていると、 反対側の乗り場から、ひんやりとした気配が近づいてきた。
「お待たせしました、風祈・炎祈のみなさん」
青いマント。 水の紋章。
水祈学院の一団が到着したのだ。
「セラ」
思わず名前が口から漏れた。
セラは、こちらを見て、ほんの少しだけ表情を緩める。
「間に合ってよかったです。 列車、同じ編成なんですよね?」
「らしい」
シュンが口を挟む。
「ってことは、“風×水×炎のごちゃ混ぜ車両”ってこと?」
「賑やかになりそうですね」
セラは控えめに笑った。
その少し後ろには、元気印のユイと、 無口なナギの姿も見える。
「勇くん、“穴”の話、うちでも共有しておきましたから」
セラが、声を落として言った。
「ナギとユイにも、怪しい流れには注意するように伝えてあります」
「助かる」
「こちらこそ。 ……あ、それと」
一瞬だけ躊躇してから、セラは言葉を継いだ。
「リーグ、楽しみましょうね」
「楽しむ?」
「はい。 怖さや不安だけで行くには、もったいない場所ですから」
その言い方が、妙にセラらしくて、肩の力が少し抜けた。
◇
三学院が乗り込む祈装列車は、全部で五両編成だった。
一号車:代表チーム用。 二号車:祈装士・補佐。 三号車以降:一般参加・観戦組。
俺たちは、一号車に案内された。
車内は、思ったよりも広い。
向かい合った長椅子。 天井には淡い光のライン。 窓の外には、風が透明な壁になって流れている。
「おお〜、これだけでちょっとテンション上がる〜」
ノノハが早速、窓際の席を陣取った。
「風祈と水祈と炎祈で、適当に混ざって座ってください」
ミオ先生の案内に従って、それぞれ席を決める。
結局、俺の周りは、 シエラ、セラ、レイカ、ヴァン、シュンという、 妙に前線寄りのメンバーになった。
「なんかこの席、物騒じゃない?」
「何かあっても一番耐えられる席だろ」
ヴァンの言い方は、たぶん褒め言葉だ。
◇
列車が動き出すときは、ほとんど衝撃がなかった。
ただ、窓の外の風が、すうっと流れ方を変える。
線路の代わりに、空中の“風のレール”を滑る感覚。
「うわ〜……」
セラが、珍しく小さく感嘆の声を漏らした。
「風の路って、水祈の祈装とはまた違う“流れ”ですね」
「そっちは“落ちないように”組まれてるけど、 こっちは“飛んでいきたがる”のを抑えてる感じだな」
レイカが、窓の外を眺めながら言う。
「炎祈だと、こういうの全部“燃料”にしたくなるんだけど」
「やめてください」
ミオ先生の制止が、即座に飛んだ。
◇
列車の中では、自然と“情報交換会”が始まった。
「雷祈は、リドってやつが隊長なんだっけ?」
シュンが、祈り板のメモを見ながら言う。
「スピード系の前衛だな。 風祈と組ませると、たぶん吐きそうな速さになる」
レイカが肩をすくめる。
「土祈は、ガイとミリア。 守りと再構築が得意なコンビだ」
ヴァンが補足する。
「音祈はリラさんたちですよね」
ノノハの目が輝く。
「光祈は、リィナ」
セラが静かに言う。
「……理想が高くて、少し不器用な人ですけど。 本当は、とても真っ直ぐな光です」
その言い方に、レイカとセラの間に、何か“昔話がある”感じがにじんだ。
「他学院と、前に現場で一緒になったことあるんですか?」
俺が聞くと、レイカが顎に手を当てた。
「小さい無祈の鎮圧とかでね。 雷祈と組んで“逃げる無祈の塊を追い回す”とか、 土祈と一緒に“崩れた現場を固め直す”とか」
「それ、全部楽しそうに言うのやめてください」
ミオ先生の声が、少しだけ疲れた。
◇
そんなふうに話しているうちに、 列車は祈りの都の外縁部へと差し掛かっていた。
窓の外に、巨大な祈装建造物が見えてくる。
円形のスタジアムのような、でも屋根はなく、 代わりに空そのものを天井にしたような構造。
そこから、各属性の祈りの光が立ち上っていた。
「あれが――」
「祈装連盟リーグの会場、“連盟競祈場”です」
リツ先生が説明する。
「各学院の代表チームが、そこで祈りを交えます」
窓に額をくっつけたノノハが、うっとりと呟いた。
「わぁ……歌ったら気持ちよさそう……」
「歌う前提なんだな、お前は」
シュンが笑う。
◇
列車が駅に滑り込むと、 すでに他学院の色とりどりのマントがホームに溢れていた。
土色のマント。 雷の紋章。 光の白金色。 音祈の五線譜模様。
「お〜……」
思わず、声が出る。
風祈と水祈と炎祈だけでも十分賑やかだったのに、 さらにそこへ他属性が加わると、世界の色が一気に増えた感じがした。
「迷子になるなよ」
ヴァンが、小声で釘を刺す。
「勇、線引いとけ。 “ここからここまでは迷子になっても許される”みたいな線」
「そんな線引きたくないんだけど」
「じゃあ最初から迷子になるな」
正論だ。
◇
ホーム中央に、ひときわ高い台が設けられていた。
その上に立つのは、祈導局の使者らしき人物たち。 七導官……ではなさそうだが、それなりに偉そうな一団だ。
「代表チームは、これから合同寮へ向かってもらいます」
案内役の係員が告げる。
「開会式は三時間後。 それまでに荷物を置いて、各学院との顔合わせと、 簡単なオリエンテーションを行います」
「顔合わせか……」
シエラが、少しだけ口元を引き締めた。
「どうせなら、一発殴り合ってから自己紹介したいんだけど」
「物騒な自己紹介だな、おい」
シュンが笑う。
「でもまぁ、このメンツだとそういうほうが早いかもな」
◇
合同寮は、競祈場から少し離れた場所にあった。
六角形の中庭を囲むようにして建てられた建物。 それぞれの辺が、違う学院のフロアに割り当てられているらしい。
「風祈と炎祈は、この棟ですね」
係員に案内され、俺たちは自分たちの部屋の前へと辿り着いた。
「荷物置いたら、一階のホールに集合です。 全学院の代表が顔合わせしますので」
「了解です」
言いながら、俺はちょっとだけ胸が高鳴るのを感じていた。
世界中から集まった祈り。 それぞれの“守りたいもの”と、“譲れないもの”。
それら全部が、これからぶつかり合う。
(……ここまで来たんだな)
風祈学院の屋上から伸ばした線が、 ちゃんとこの場所まで届いているのを感じる。
◇
荷物を置いて一息つく暇もなく、 俺たちは一階のホールへと向かった。
すでに、いくつかの学院は揃っているようだ。
土祈のガイとミリア。 雷祈のリド。 音祈のリラ。 光祈のリィナ。
名前だけ聞いていた人たちが、 そこにいた。
「風祈学院代表、一年戦線です」
リツ先生に促され、一歩前に出る。
その瞬間――
「へぇ、あんたが“線を引く風祈”?」
光祈の隊長らしき少女が、まっすぐこちらを見た。
眩しい金の瞳。 少し高い顎。
「光条リィナ。光祈学院代表です」
彼女は礼儀正しく頭を下げてから、続けた。
「あなたの線が“甘い”かどうか、楽しみにしてますね」
挑発とも、期待ともつかない言い方。
シエラが、一瞬だけ肩を揺らした。
「面白いの、いるじゃん」
小さく、そう呟く。
雷祈のリドが、ちゃらっとした笑みで手を振る。
「オレは雷祈のリド〜。速さ担当。 風と雷のタッグなんて、ロマンしかないよな?」
土祈のガイは、寡黙に頷くだけだが、 隣のミリアがにこっと笑った。
「よろしくね、風祈。 また一緒に“立て直す”仕事、できるといいな」
音祈のリラは、穏やかな声で言った。
「ノノハさん。 あなたの歌、前に録音で少しだけ聞きました。 ぜひ一緒に、歌わせてください」
「ひゃ〜〜〜光栄です〜〜〜!」
ノノハが、ほぼ魂の抜けた声を出した。
◇
その賑やかな空気の、少し後ろ。
人混みの隙間から、俺たちをじっと見ている視線があった。
祈導局の職員に紛れるように立つ、細身の人物。
光でも闇でもない色の瞳。 手には、古い型の祈り板。
(……観客、って顔じゃないな)
直感的に、そう思った。
祈りの流れを読む癖が、勝手にそいつの周りの空気を探り始める。
そこにあるのは、興味。 分析。 そして――
(“もし折れたら、どう光るか見てみたい”みたいな……)
妙な期待。
視線が合いそうになった瞬間、 そいつはふっと目を逸らした。
そして、祈導局側の列の中に紛れ込む。
「勇?」
シエラの声で、我に返る。
「どうかした?」
「いや……なんでもない」
今は、顔合わせの場だ。
ここで余計な線を追いかけて、足を止めるわけにはいかない。
(でも、今のは――覚えておこう)
胸の奥で、一本線を結ぶ。
祈装連盟リーグ。 各学院代表。 祈導局。 そして、そこに混ざり込もうとしている、無祈と、その騎士たち。
世界中の風が、この場所に集まってきている。
――その少し外側で、虚風のジルが静かに目を閉じる。
「……さあ、“動かない風”の準備でも、始めようか」
誰にも聞こえない声が、風の底に沈んでいった。




