表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/70

第Ⅱ章 『祈装連盟リーグと他学院』 第21話 世界が集まる風の駅



 出発の朝、風祈学院の空は、やけに澄んでいた。

 いつもの風より、少しだけ高く、遠くを見ているみたいな感じがする。

「ふあぁ〜……眠い……」

 寮の前に集まった代表チームの列の中で、ノノハが大きなあくびをした。

「お前、昨日“出発前夜会議”とか言って一番騒いでただろ」

 シュンが呆れたように笑う。

「だって〜、こういうのテンション上がるじゃないですかぁ。 ね、勇くんもほぼ寝てないですよね?」

「ちゃんと寝たよ。……三時間くらいは」

「寝てないって言うんだよ、そういうの」

 シエラが即ツッコミを入れてくる。

 ヴァンは荷物のベルトを確認しながら、いつも通り無駄のない動きだ。

「忘れ物、ないか?」

「祈装具一式、よし。予備の線板、よし。ノノハの非常用おやつ、よし」

「それは優先度高いんですね〜?」

 ノノハがうれしそうに自分の鞄を抱きしめた。

 寮の階段からは、見送り組の生徒たちがわっと顔を出している。

「がんばれよー!」「風祈一年戦線、ちゃんと戻ってこいよ!」「お土産〜!」

 最後の声は、十中八九シュン宛てだ。

「はいはい、拾える範囲で拾ってくるわ〜」

「拾える範囲でって何持って帰るつもりなんだよ」

 わいわいしていると、少し離れたところでユラ先生が、ひらひらと手を振った。

「連盟リーグ会場までは、例の“祈装列車”だよ〜。 途中から水祈と合流して、街の外れで炎祈とも合流する予定」

「炎祈とは、工房以来ですね」

 ミオ先生が補足する。

「向こうも代表チームを連れてきますから、 あくまで“再会”であって、“初対面”ではありませんよ?」

「そこ強調します?」

「ここ最近、“初めまして感のある再会”が多かったので念のためです」

 どこかで誰かに刺さる言い方を、さらっとしてくる人だ、この人は。

「じゃ、そろそろ行こっか」

 荷馬車ならぬ“風路乗り場”へ向かおうとしたところで――

「勇くん!」

 人混みをかき分けるようにして、千紗が駆けてきた。

 前に中庭で“見えなくなりかけた”彼女だ。

「これ……」

 差し出されたのは、小さな布袋。

「道中のおやつと……その……無事に帰ってきてくださいお守り、です」

「あ、ありがとう」

 受け取ると、千紗は真っ赤になって一歩下がった。

 すぐ横でリオが、呆れたような、それでいて優しい顔をしている。

「無理はしないでね。 って言っても、勇くんの場合“無理の線”引くの難しそうだけど」

「そのへんはシエラが殴って止めるから大丈夫だよ」

「なんであたし前提?」

「実績的に」

 リオとノノハの声が見事にハモった。

「……何その納得いくような、いかないような理由」

 ぶつぶつ言いながらも、シエラの口元は少しだけ緩んでいた。

 学院の門の前で、一度足を止める。

 風祈学院の校舎。 寮。 中庭。 工房の煙突。

 全部、風の向こうに見える。

「――行ってきます」

 思わず、小さく呟いた。

 誰に聞かせるでもない言葉。 でも、隣でシエラが、同じように口の中でもごもごと何か言っていた。

「今、“行ってきます”って言った?」

「言ってない」

「言ったよな?」

「うるさい」

 そんな他愛もないやり取りを背に、 俺たちは学院を後にした。

 風祈学院から祈装列車の駅までは、専用の風路馬車で移動する。

 透明な祈装板で囲われた車体の外側を、風がすべるように流れていく。

「おお〜、相変わらず酔いそう……」

 ノノハが窓に張り付きながら、うねうねしていた。

「外見すぎるからだろ」

 ヴァンがため息をつく。

「こういうのは、いっそ目を閉じて揺れを楽しむんだよ」

 シュンは、揺れる車内で器用にりんごを剥いている。 どこから持ってきたのかは、聞かないでおく。

 俺は、窓の外を見た。

 学院から少し離れると、風景は一気に変わる。

 風祈の塔が遠ざかり、 祈りの都へ続く街道が、細い線のように伸びていく。

「勇」

 隣から、小さく呼ばれた。

「ん?」

「さっき門の前で、何か線引いた?」

「……分かった?」

「なんとなく」

 シエラは窓の外を見たままだ。

「帰ってくる線でしょ」

「まぁ、そんな感じ」

 門から、屋上へ。 屋上から、中庭へ。 中庭から、寮へ。

 そんなふうに、頭の中でいくつか線を結んでおいた。

 帰り道を忘れないように。

「いいんじゃない?」

 シエラは、あっさり言う。

「帰る場所決めてから出てくほうが、 あたしたちっぽいし」

「そうか?」

「そうだよ」

 それきり、彼女は目を閉じた。

 風の揺れに身を預けるように。

 祈装列車の駅は、街の外れにある“風の駅”だった。

 大きな祈装塔を中心に、無数の線が枝分かれしている。

 線路ではなく、空中に描かれた“風のレール”。

 そこに、流線形の祈装車両が何本も停まっていた。

「何回来てもすごいよね〜、ここ」

 ノノハが感嘆の声を漏らす。

「風祈の特注だっけ、これ」

 シュンが感心したように見上げると、リツ先生が頷いた。

「ええ。風祈・水祈・炎祈の合同開発ですね。 長距離移動のための“祈装路”と思ってください」

「水祈と炎祈も?」

「列車の“冷却系”と“推進補助”は、向こうの技術が入っています」

 説明しながら、リツ先生は手元の祈り板を操作した。

「さ、代表チームは一号車へ」

 乗り場へ向かおうとしたとき――

「おーい! 風祈ベイビーたちー!」

 派手な声が、駅の反対側から飛んできた。

 オレンジ色の祈装マント。 炎の紋章。

 炎祈学院の一団が、こちらに向かって手を振っていた。

「レイカさんだ」

 ヴァンが、自然と姿勢を正す。

 先頭を歩いてくるのは、見慣れた赤髪の隊長――焔道レイカ。

「久しぶり! 元気してた?  って言いたいところだけど、工房で会ってからそんな経ってないか」

「こっちはだいたい、いつも通りです」

 俺がそう答えると、レイカはにやっと笑った。

「相変わらず、真面目くんだね〜」

 その後ろには、 大柄な前衛・タケル、 眼鏡をかけたサポート・ユウゴ、 柔らかな雰囲気のサラ、 そして、少し控えめに手を振るミレイの姿もあった。

「おー、ヴァン。 工房のときは世話になったな」

 タケルが、ごつい手を差し出す。

「こちらこそ。あの防壁がなかったら、持ちませんでした」

 二人はがっちり握手を交わした。

「ノノハちゃん!」

 ミレイが手を取りに来る。

「また一緒に歌えたらいいなって思ってたんです」

「ぜひぜひ〜! 今日は列車の中で“こっそり練習”しましょうね〜」

「こっそりの時点でバレそうなメンツだけどな」

 シュンがぼそっと言うが、誰も否定はしなかった。

「あ、そうだ」

 レイカが、ふと思い出したようにこちらを向く。

「勇くん」

「はい?」

「あのさ、工房のときのこと。 ちゃんと礼言ってなかったなって思って」

 真面目な顔だ。

「火祈の暴走、止めてくれてありがとね。 うちの子らも、あれでだいぶ線引き見直せたみたい」

「俺ひとりの力じゃなかったですよ」

「そういうとこだよね〜、真面目くん」

 レイカは笑って、

「でもさ、その“全部ひとりのせいにしない線引き”、 あたし、結構好きだから」

 軽く肩を叩いた。

「リーグでもさ。 また一緒に、“ここは守る”“ここは燃やす”を、一緒に決めよ」

「……はい」

 自然と、返事が強くなる。

 炎祈との再会にわいわいしていると、 反対側の乗り場から、ひんやりとした気配が近づいてきた。

「お待たせしました、風祈・炎祈のみなさん」

 青いマント。 水の紋章。

 水祈学院の一団が到着したのだ。

「セラ」

 思わず名前が口から漏れた。

 セラは、こちらを見て、ほんの少しだけ表情を緩める。

「間に合ってよかったです。 列車、同じ編成なんですよね?」

「らしい」

 シュンが口を挟む。

「ってことは、“風×水×炎のごちゃ混ぜ車両”ってこと?」

「賑やかになりそうですね」

 セラは控えめに笑った。

 その少し後ろには、元気印のユイと、 無口なナギの姿も見える。

「勇くん、“穴”の話、うちでも共有しておきましたから」

 セラが、声を落として言った。

「ナギとユイにも、怪しい流れには注意するように伝えてあります」

「助かる」

「こちらこそ。 ……あ、それと」

 一瞬だけ躊躇してから、セラは言葉を継いだ。

「リーグ、楽しみましょうね」

「楽しむ?」

「はい。 怖さや不安だけで行くには、もったいない場所ですから」

 その言い方が、妙にセラらしくて、肩の力が少し抜けた。

 三学院が乗り込む祈装列車は、全部で五両編成だった。

 一号車:代表チーム用。 二号車:祈装士・補佐。 三号車以降:一般参加・観戦組。

 俺たちは、一号車に案内された。

 車内は、思ったよりも広い。

 向かい合った長椅子。 天井には淡い光のライン。 窓の外には、風が透明な壁になって流れている。

「おお〜、これだけでちょっとテンション上がる〜」

 ノノハが早速、窓際の席を陣取った。

「風祈と水祈と炎祈で、適当に混ざって座ってください」

 ミオ先生の案内に従って、それぞれ席を決める。

 結局、俺の周りは、 シエラ、セラ、レイカ、ヴァン、シュンという、 妙に前線寄りのメンバーになった。

「なんかこの席、物騒じゃない?」

「何かあっても一番耐えられる席だろ」

 ヴァンの言い方は、たぶん褒め言葉だ。

 列車が動き出すときは、ほとんど衝撃がなかった。

 ただ、窓の外の風が、すうっと流れ方を変える。

 線路の代わりに、空中の“風のレール”を滑る感覚。

「うわ〜……」

 セラが、珍しく小さく感嘆の声を漏らした。

「風の路って、水祈の祈装とはまた違う“流れ”ですね」

「そっちは“落ちないように”組まれてるけど、 こっちは“飛んでいきたがる”のを抑えてる感じだな」

 レイカが、窓の外を眺めながら言う。

「炎祈だと、こういうの全部“燃料”にしたくなるんだけど」

「やめてください」

 ミオ先生の制止が、即座に飛んだ。

 列車の中では、自然と“情報交換会”が始まった。

「雷祈は、リドってやつが隊長なんだっけ?」

 シュンが、祈り板のメモを見ながら言う。

「スピード系の前衛だな。 風祈と組ませると、たぶん吐きそうな速さになる」

 レイカが肩をすくめる。

「土祈は、ガイとミリア。 守りと再構築が得意なコンビだ」

 ヴァンが補足する。

「音祈はリラさんたちですよね」

 ノノハの目が輝く。

「光祈は、リィナ」

 セラが静かに言う。

「……理想が高くて、少し不器用な人ですけど。 本当は、とても真っ直ぐな光です」

 その言い方に、レイカとセラの間に、何か“昔話がある”感じがにじんだ。

「他学院と、前に現場で一緒になったことあるんですか?」

 俺が聞くと、レイカが顎に手を当てた。

「小さい無祈の鎮圧とかでね。 雷祈と組んで“逃げる無祈の塊を追い回す”とか、 土祈と一緒に“崩れた現場を固め直す”とか」

「それ、全部楽しそうに言うのやめてください」

 ミオ先生の声が、少しだけ疲れた。

 そんなふうに話しているうちに、 列車は祈りの都の外縁部へと差し掛かっていた。

 窓の外に、巨大な祈装建造物が見えてくる。

 円形のスタジアムのような、でも屋根はなく、 代わりに空そのものを天井にしたような構造。

 そこから、各属性の祈りの光が立ち上っていた。

「あれが――」

「祈装連盟リーグの会場、“連盟競祈場”です」

 リツ先生が説明する。

「各学院の代表チームが、そこで祈りを交えます」

 窓に額をくっつけたノノハが、うっとりと呟いた。

「わぁ……歌ったら気持ちよさそう……」

「歌う前提なんだな、お前は」

 シュンが笑う。

 列車が駅に滑り込むと、 すでに他学院の色とりどりのマントがホームに溢れていた。

 土色のマント。 雷の紋章。 光の白金色。 音祈の五線譜模様。

「お〜……」

 思わず、声が出る。

 風祈と水祈と炎祈だけでも十分賑やかだったのに、 さらにそこへ他属性が加わると、世界の色が一気に増えた感じがした。

「迷子になるなよ」

 ヴァンが、小声で釘を刺す。

「勇、線引いとけ。 “ここからここまでは迷子になっても許される”みたいな線」

「そんな線引きたくないんだけど」

「じゃあ最初から迷子になるな」

 正論だ。

 ホーム中央に、ひときわ高い台が設けられていた。

 その上に立つのは、祈導局の使者らしき人物たち。 七導官……ではなさそうだが、それなりに偉そうな一団だ。

「代表チームは、これから合同寮へ向かってもらいます」

 案内役の係員が告げる。

「開会式は三時間後。 それまでに荷物を置いて、各学院との顔合わせと、 簡単なオリエンテーションを行います」

「顔合わせか……」

 シエラが、少しだけ口元を引き締めた。

「どうせなら、一発殴り合ってから自己紹介したいんだけど」

「物騒な自己紹介だな、おい」

 シュンが笑う。

「でもまぁ、このメンツだとそういうほうが早いかもな」

 合同寮は、競祈場から少し離れた場所にあった。

 六角形の中庭を囲むようにして建てられた建物。 それぞれの辺が、違う学院のフロアに割り当てられているらしい。

「風祈と炎祈は、この棟ですね」

 係員に案内され、俺たちは自分たちの部屋の前へと辿り着いた。

「荷物置いたら、一階のホールに集合です。 全学院の代表が顔合わせしますので」

「了解です」

 言いながら、俺はちょっとだけ胸が高鳴るのを感じていた。

 世界中から集まった祈り。 それぞれの“守りたいもの”と、“譲れないもの”。

 それら全部が、これからぶつかり合う。

(……ここまで来たんだな)

 風祈学院の屋上から伸ばした線が、 ちゃんとこの場所まで届いているのを感じる。

 荷物を置いて一息つく暇もなく、 俺たちは一階のホールへと向かった。

 すでに、いくつかの学院は揃っているようだ。

 土祈のガイとミリア。 雷祈のリド。 音祈のリラ。 光祈のリィナ。

 名前だけ聞いていた人たちが、 そこにいた。

「風祈学院代表、一年戦線です」

 リツ先生に促され、一歩前に出る。

 その瞬間――

「へぇ、あんたが“線を引く風祈”?」

 光祈の隊長らしき少女が、まっすぐこちらを見た。

 眩しい金の瞳。 少し高い顎。

「光条リィナ。光祈学院代表です」

 彼女は礼儀正しく頭を下げてから、続けた。

「あなたの線が“甘い”かどうか、楽しみにしてますね」

 挑発とも、期待ともつかない言い方。

 シエラが、一瞬だけ肩を揺らした。

「面白いの、いるじゃん」

 小さく、そう呟く。

 雷祈のリドが、ちゃらっとした笑みで手を振る。

「オレは雷祈のリド〜。速さ担当。 風と雷のタッグなんて、ロマンしかないよな?」

 土祈のガイは、寡黙に頷くだけだが、 隣のミリアがにこっと笑った。

「よろしくね、風祈。 また一緒に“立て直す”仕事、できるといいな」

 音祈のリラは、穏やかな声で言った。

「ノノハさん。 あなたの歌、前に録音で少しだけ聞きました。 ぜひ一緒に、歌わせてください」

「ひゃ〜〜〜光栄です〜〜〜!」

 ノノハが、ほぼ魂の抜けた声を出した。

 その賑やかな空気の、少し後ろ。

 人混みの隙間から、俺たちをじっと見ている視線があった。

 祈導局の職員に紛れるように立つ、細身の人物。

 光でも闇でもない色の瞳。 手には、古い型の祈り板。

(……観客、って顔じゃないな)

 直感的に、そう思った。

 祈りの流れを読む癖が、勝手にそいつの周りの空気を探り始める。

 そこにあるのは、興味。 分析。 そして――

(“もし折れたら、どう光るか見てみたい”みたいな……)

 妙な期待。

 視線が合いそうになった瞬間、 そいつはふっと目を逸らした。

 そして、祈導局側の列の中に紛れ込む。

「勇?」

 シエラの声で、我に返る。

「どうかした?」

「いや……なんでもない」

 今は、顔合わせの場だ。

 ここで余計な線を追いかけて、足を止めるわけにはいかない。

(でも、今のは――覚えておこう)

 胸の奥で、一本線を結ぶ。

 祈装連盟リーグ。 各学院代表。 祈導局。 そして、そこに混ざり込もうとしている、無祈と、その騎士たち。

 世界中の風が、この場所に集まってきている。

 ――その少し外側で、虚風のジルが静かに目を閉じる。

「……さあ、“動かない風”の準備でも、始めようか」

 誰にも聞こえない声が、風の底に沈んでいった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ