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第20話 出発前夜、風の行き先



 それから数日。


 風祈学院の空気は、少しずつ「いつも通り」からずれていった。


 授業はちゃんとあるし、宿題も出る。

 食堂のメニューも、寮の風呂の温度も、昨日とそう変わらない。


 なのに――


(風が、落ち着かない)


 廊下を歩くだけで、それが分かる。


 祈装連盟リーグの話。

 水祈学院との合同訓練の噂。

 さらに、炎祈学院との再合流の日程。


 いろんな話題が、風に混ざって飛び交っていた。



「――というわけで」


 放課後、講堂。


 全校生徒が集められた壇上で、リツ先生が淡々と告げた。


「明日の朝、風祈学院代表チームは、リーグ会場へ出発します」


 ざわっ、と空気が揺れる。


 一年から上級生まで、全員の視線が前に集まった。


「代表チームの顔ぶれは、既に発表している通りです」


 祈り板に、淡い光の文字が浮かぶ。


 ――風祈学院代表チーム。


 天霧 勇

 シエラ

 ヴァン

 シュン

 ノノハ


 プラス、上級生の名前が数人。

 前線経験のある先輩たちと、補佐役の祈装士。


「リーグは“お祭り”でもありますが」


 リツ先生は、一拍置いて続けた。


「それだけではありません」


 童顔のくせに、声はやけに落ち着いている。


「各属性の代表が集い、祈りの力を見せ合い、磨き合う場。

 同時に、“いざというときに誰をどこに出すか”を見極める場でもある」


 講堂の中の風が、少しだけ重くなった。


「無祈の気配は、まだ世界のあちこちに残っています。

 ……学内で、少し“穴”を見つけたのは、我々だけの秘密にしておきましょう」


 その一言に、一年戦線の何人かがぴくりと動いたのを、

 俺は横目で感じた。


「ですが、必要以上に怖がる必要もありません」


 リツ先生は、表情を緩める。


「祈りは、誰か一人のものではない。

 明日から皆さんが見てくるのは――“世界の風”そのものです」


「かっこつけるねぇ、リツ」


 壇の横で腕を組んでいたユラ先生が、ひょいと口を挟んだ。


「じゃ、こっからは“もうちょい生々しい話”しよっか」


 笑いが起きる。


「リーグに行くやつら。

 変に気負う必要はない」


 ユラ先生は、真っ直ぐこちらを見た。


「お前らが普段やってる、“線引いて・殴って・守って・歌って”、それをそのまま見せてくりゃいい」


「まとめかた雑すぎません?」


 ミオ先生が、軽くたしなめる。


「雑なくらいでいいんだよ。

 だってさ――」


 ユラ先生は、天井を見上げ、


「“世界のために”とか、“学院の未来のために”とか。

 そういうの、考え始めると、途端に足が止まるからね」


 と、肩をすくめた。


「まずは、自分と隣のやつの線。

 そこをちゃんと引けるかどうかで十分」


 その言葉に、胸の奥が少し楽になる。


 隣、という言葉と同時に、自然と視線がシエラのほうへ滑った。

 彼女は前を向いたまま、腕を組んでいる。


「最後に」


 講堂の一番端から、アスハさんが口を開いた。


 いつも通りぶっきらぼうな声。


「……リーグで、何が起こるかは分からない」


 その言い方に、少しざわめきが走る。


「向こうは“お祭り”だって言うかもしれないけどな。

 祈導局も、無祈も、“線が集まる場所”を見逃すほど、暇じゃねぇ」


 俺は思わず背筋を伸ばした。


「けど――だからこそ、だ」


 アスハさんは、壇から一歩降りた。


「行きたい線を選べ。

 自分がどこに立ちたいか。

 誰の隣に立ちたいか」


 視線が、ぐるりと講堂を一周する。


「“言われたから”じゃなくて、自分で選んで立て。

 それさえできりゃ、後はどう転んでも、そうそう後悔はしねぇ」


 短く、それだけ言うと、アスハさんは黙った。


 代わりに、ユラ先生が手を叩く。


「――以上。難しいことは全部まとめて、大人組がなんとかしとくから」


「今、一気に信頼が怪しくなりましたね」


 ミオ先生のぼそっとしたツッコミで、笑いが戻った。


「代表チームも、残るみんなも。

 それぞれの場所で、ちゃんと風を起こしておいで」


 講堂の空気が、ようやく少しだけ軽くなった。



 集会が終わると、講堂の外はちょっとしたお祭り状態になった。


「勇がんばれよ!」

「一年戦線、ちゃんと生きて帰ってこいよー!」


 上級生や同級生が、口々に声をかけてくる。


「生きて帰る前提の言いかた、やめてくれない?」


 シュンが苦笑した。


「でもまぁ、ありがたいっちゃありがたいけどな」


 ヴァンは、差し出された手をひとつひとつしっかり握り返している。


 ノノハはというと――


「では、本日これより“勝利祈願ミニライブ”を開催しま〜す!」


 なぜか講堂前の階段を勝手にステージにしていた。


「許可は出してませんよ〜」


 ミオ先生が遠くから声を飛ばす。


「あとでちゃんと書類出しますから〜!」


 返事が軽い。


 けれど、ノノハの歌声が響き始めると、

 さっきまでざわざわしていた風が、少しだけ整っていく。


 勇気。

 不安。

 羨ましさ。

 悔しさ。


 いろんな感情が、歌に触れてふっと丸くなった。


(……やっぱり、すごいな)


 思わず立ち止まって、聞き入ってしまう。


「何、見惚れてんのよ」


 脇から肘でつつかれた。


「痛っ」


「ぼーっとしてると、“置いてくぞ”?」


 シエラが、階段の端にもたれかかって、ノノハの歌を聞いていた。


「明日から、あたしたちは“こっち側”じゃなくて、“あっち側”に立つんだし」


「あっち側?」


「見送る側じゃなくて、見送られる側ってこと」


 彼女は、少しだけ口角を上げる。


「どうせなら、かっこいいとこ見せて帰ってきたいでしょ」


「それは、まぁ……そうだな」


「だから、今くらいちゃんと“期待されてるな〜”って自覚しときな」


 そう言うと、シエラは階段を降りていった。


 ノノハの歌に合わせて、何人かが手拍子を打ち始める。


 風祈学院の前庭に、細い風の道がいくつも伸びていた。


 その先が、明日の行き先と重なって見える。



 夕食の時間が過ぎると、学院は少し静かになった。


 代表チームは荷物の最終確認をし、

 残る生徒たちは「留守番中の係決め」に追われている。


 そんな中――


「……やっぱり、ここ来るよね」


 寮の屋上。


 風祈学院の屋上は、いつ来ても風の通りがいい。


 すでにそこには、シエラがいた。

 柵にもたれかかって、夜の学院を見下ろしている。


「あんたも、どうせ来ると思った」


「俺も、同じこと考えてた」


 隣に立つ。


 下では、まだ講堂前で小さな明かりが揺れている。

 誰かが残って、明日のための祈り灯りをともしているのだろう。


「……実感、湧いてきた?」


 シエラがぽつりと聞いた。


「明日、学院を出ること?」


「それもそうだし。

 “戻ってくる頃には、いろんなものが変わってるかもしれない”ってことも」


「縁起でもないこと言うなよ」


「変わるって、悪いことだけじゃないでしょ」


 シエラは、夜空を見上げた。


「新しい友達が増えたり。

 嫌いなやつができたり。

 今まで見たことない祈りに出会ったり」


「嫌いなやつは、わざわざ増やさなくていいと思うけど」


「勝手にできるときもあるんだよ、そういうの」


 そんなやり取りに、自然と笑いがこぼれる。


 少しの沈黙のあと、俺は口を開いた。


「……怖くないのか」


「何が?」


「リーグのこともそうだし。

 無祈のことも。

 今日みたいに、“穴”みたいなのが増えるかもしれないし」


 シエラは、少し考えてから答えた。


「怖くないわけないでしょ」


 風が、彼女の髪を揺らす。


「でもさ。

 “怖い”より先に、“ムカつく”が来るんだよね、あたし」


「ムカつく?」


「風止められたり。

 誰かの祈りが勝手に削られたり。

 そういうの、“ふざけんな”ってなる」


 それは、シエラらしい答えだった。


「だから、たぶんあたしは。

 怖いって思ってる暇があったら、一発ぶん殴りに行く」


「お前らしい」


「そっちは?」


 逆に問われる。


「勇は、何を一番怖いって思ってるの」


 即答はできなかった。


 無祈の穴。

 リーグでの事故。

 誰かが戻ってこない可能性。


 いろんな「怖い」が頭をかすめていく。


 でも、胸の一番奥でちくりと刺さるのは――


「……線、間違えるのが一番怖いかも」


「線?」


「どこを守るか。

 誰を優先するか。

 何を“切り捨てない”って決めるか」


 足元の屋上の床を見下ろす。


「全部は守れないって分かってるのに。

 守れなかったとき、自分で選んだ線のせいだと思うのが、多分一番怖い」


 しばらく、風の音だけが流れた。


「……めんどくさい性格してるよね、あんた」


「自覚はある」


「でも、嫌いじゃないよ、そういうの」


 シエラは、あっさりと言った。


「だってさ。

 “全部は守れない”って分かってるくせに、

 それでも一番マシな線探そうとするんでしょ?」


「まぁ……そう、だな」


「じゃあ、あたしの仕事、決まりだわ」


 彼女は、ぐっと拳を握る。


「勇が“ここ守りたい”って決めたところに、一番に突っ込む」


 胸の奥が、少しだけ熱くなった。


「それで守りきれなかったら、そのとき一緒に悩めばいい」


 シエラは、俺を見ないまま続ける。


「ひとりで線引いて、ひとりで抱え込むから怖いんでしょ。

 だったら、“一緒にやるやつ”増やせばいいだけ」


「……ありがとう」


 自然と、その言葉が出た。


「なに、それ。

 今さら?」


「今さらでも言っとかないと、あとで文句言われそうだから」


「賢いような、ずるいような」


 そう言って、シエラは笑った。



 しばらく二人で風に当たっていると、

 屋上への扉ががちゃりと開いた。


「やっぱりいた〜」


 ノノハの声だ。


「ねぇねぇ、二人だけでいい感じの空気出してるところ悪いんだけど〜」


「出してないから」


 即否定する。


「明日出発組の“出発前夜会議”やろうって、シュンたちが言ってるよ〜」


「会議って名目だけで、どうせお菓子広げるやつだろ」


「正解〜」


 ノノハはけらけら笑った。


「でもさ。

 こういうの、けっこう大事なんだよ?」


「分かってるよ」


 シエラが軽く伸びをして、柵から離れる。


「じゃ、行こっか。

 “ここに帰ってくる”場所の味、ちゃんと覚えとかなきゃね」


 その言葉が、妙にしっくりきた。


 屋上の風。

 寮の廊下の匂い。

 食堂のざわめき。


 全部、“帰ってくる線”の目印になる。


 俺は、一度だけ夜空を見上げてから、扉のほうへ歩き出した。



 その夜遅く。


 風祈学院の灯りがひとつ、またひとつと落ちていく頃――


 学院から少し離れた丘の上に、静かな影が座っていた。


 フードを深くかぶった細い影。


 風は、そこだけ妙に静かだ。


「……うるさい、風だ」


 虚風のジルは、学院のほうを見下ろした。


 笑い声。

 歌。

 明日の不安と期待。

 「気をつけて」と「がんばれ」の祈り。


 風に乗って、全部ここまで届いてくる。


「全部、そのうち止まるくせに」


 呟いて、指先で空をなぞる。


 ジルの周りだけ、風が一瞬止まった。


 止まって、淀んで、沈む。


 けれど――


「……」


 ふと、彼は指を止める。


 学院のほうから、ひときわ強い風が吹いた。


 笑い声でも、歌でもない。

 ただ、“これから行く先”を見つめているような、真っ直ぐな風。


 それが一瞬、ジルの虚風とぶつかり、かすかに軌道を変えた。


「――まだ、届かない」


 ジルは、目を細める。


「けど、そのうちこっちに来るだろ」


 虚風の騎士は、空を仰いだ。


 明日、風祈学院の代表チームは学院を出る。

 祈装連盟リーグへ。

 各学院の祈りと、祈導局の思惑と、無祈の影が集まる場所へ。


 風は、確かにそちらへ向かっていた。



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