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第17話 他属性学院、風に乗ってやって来る



 翌朝の教室は、いつものざわめきに、少しだけよそ行きの気配が混ざっていた。


「なんか、空気違うよね?」


 ノノハが椅子にくるくる回りながら言う。


「昨日の適性テストの結果、もう出たとか?」


「それだけなら、先生の顔、もっと暗いと思うけどな」


 シュンが窓の外をちらりと見る。


 廊下を行き来する上級生たちの足取りが、いつもより整っている。

 祈装服もちゃんと着ていて、髪もちゃんと結んでいて――

 簡単に言えば、「外からの目」をやたら気にしている感じだ。


(たぶん、理由は一つだな)


 俺がそう思ったタイミングで、教室の扉が開いた。


「はーい、みんな。おはよう〜」


 いつもの調子で入ってきたユラ先生の後ろに、

 童顔の学院長――リツ先生がついてきていた。


 教室の空気が、一瞬だけぴんと張る。


「うわ、朝から学院長セットだ」


 シュンが小声でつぶやき、ヴァンが肘で小突く。


「ビビるな。どうせまた“そんなに怖い話じゃない”って前置きされる」


「前置きされるってことは、たいていややこしい話ってことだろ」


 そんな囁きを聞き流しながら、俺も姿勢を正した。



「じゃ、さっそくだけど」


 ユラ先生が教壇に立ち、教室をぐるりと見回す。


「祈装連盟リーグ、正式に“顔合わせの日程”が決まったから、お知らせしま〜す」


 教室のざわめきが、少し大きくなる。


「まずは、ここ風祈学院には――

 水祈学院と炎祈学院、それから雷祈学院の一部隊が、順番にやって来ます」


「順番に?」


「うん。

 最初に来るのが水祈学院。今日の午後だね。

 あさってに炎祈、そのあと雷祈の子たちが合流する予定」


 ノノハが、机の上で手をぱたぱたさせた。


「え、今日の午後!?

 もっとこう、“一週間前から心の準備を”みたいなのは……」


「ないよ〜。風の世界にそんなゆっくりした日程は、あんまり存在しない」


 ユラ先生は笑いながら、祈り板を指で弾く。


「で。

 うちの一年戦線は、その“最初の迎え役”兼、“交流戦線の看板”に抜擢されました〜」


「看板……」


 俺たちは顔を見合わせた。


 ヴァンは苦笑し、シュンは妙にやる気のある顔をしている。

 シエラは、窓のほうに視線を向けたまま、何かを考えていた。


 リツ先生が、一歩前に出る。


「詳しいリーグの形式は、また別の機会にお話しします。

 ただ、一つだけ先に伝えておきたいことがあります」


 さっきまで穏やかだった声が、少しだけ硬くなる。


「これは“学院同士の交流”であると同時に――

 “これから同じ戦線に立つかもしれない相手との顔合わせ”でもあります」


 教室の空気が、すっと静まる。


「だから、仲良くなるのも大事ですし、

 “この人たちとなら一緒に歩けるか”を見極めるのも、同じくらい大事です」


「見極める……」


 思わず、昨日の言葉を思い出す。


 誰となら、一緒に歩けるか。


「まあ、難しく考えなくていいですよ」


 リツ先生は、ふっと笑った。


「まずは、ちゃんと迎えて、ちゃんと話して、

 ちゃんと一緒にご飯でも食べてみてください」


「最後が急に生活感あるね〜」


 ユラ先生が笑いをこぼす。


「というわけで――

 午前中の授業は短縮。

 午後からは一年戦線、歓迎準備と中庭の整備に回ってもらいます」


「え、飾りつけとかするんですか?」


 ノノハが目を輝かせる。


「ほどほどにね〜。

 あんまり派手にやると、炎祈の子たちが張り合って燃やしかねないから」


「それはそれで見てみたい気もしますけど」


「見たいだけで言わない」


 シエラの冷静なツッコミに、教室の緊張が少しだけ緩んだ。



 午前の授業は、いつもよりあっという間に終わった。


 昼食を早めに済ませた俺たちは、

 ユラ先生に連れられて中庭へ向かう。


 昨日の仮想決闘会で使った立体足場は、すでに片づけられていた。


 かわりに、風祈学院の紋章が刻まれた布が、

 中庭の端々にかかっている。


「お〜、ちゃんと“迎える側”って感じになってきたな」


 シュンが腕を組む。


「一年は、あそこの入口と、中央の広場。

 それから、寮と食堂の案内係に分かれてもらうよ〜」


 ユラ先生が、祈り板を見ながら役割を振り分けていく。


「勇とシエラとヴァンは、中央の広場組。

 シュンとノノハは入口で歓迎の声かけ」


「やった、入口番!」


「番って言うと牢屋みたいだからやめなさい」


 ノノハのはしゃいだ声に、シュンが笑う。


 俺は中庭の中央――

 学院の旗の立つあたりに立って、空を見上げた。


 風の流れが、いつもと違う。


(遠くから、別の祈りが混ざってきてる)


 冷たくて、でもやわらかい。

 水の面を渡る風みたいな感触だ。


「来るよ〜」


 屋上から声がした。


 見上げると、ユラ先生が手を振っている。

 隣には、リツ先生の姿もあった。


 学院の門のほうから、ゆっくりと行列が近づいてくる。



 最初に見えたのは、水祈学院の紋章だった。


 青い布に、波と雫を組み合わせたような印が揺れる。


 その後ろを歩いてくる一団は、全体的に落ち着いた雰囲気だった。


 祈装服は、白と淡い水色。

 肩や裾に、流れを思わせる模様。


 その先頭にいるのが――


(あの人、か)


 背筋の伸びた女性だった。


 長い髪を一つに束ね、肩まで流している。

 穏やかな顔立ちなのに、目だけは油断なく周囲を見ている。


 歩き方が静かで、足音がほとんどしない。

 でも、通ったあとに残る空気は、確かに“隊長”のそれだった。


「水祈学院・前衛隊長、セラ・リヴェル。

 お招きに預かり、感謝します」


 中庭の中央で立ち止まり、彼女は丁寧に頭を下げた。


 その視線の先――

 風祈学院側の代表として、リツ先生が前に出る。


「風祈学院・学院長、リツです。

 遠いところ、ようこそ」


 童顔の笑みはいつも通りだが、声にはきちんとした威厳が乗っている。


 横でユラ先生が「ほんとに“学院長の顔”だ」と小声でつぶやいていた。



 セラ隊長の後ろには、水祈のメンバーが並んでいた。


 鋭い目をした短髪の男性。

 癒し手らしい、柔らかな雰囲気の女性。

 大きな水壺のような祈装を背負った少年。

 小柄で、やたらと視線がよく動く少女。


 それぞれの祈りが、静かな波のように揺れている。


「わぁ、きれい……」


 いつの間にか近くまで来ていたノノハが、うっとりとつぶやいた。


「祈りの粒ひとつひとつが、ちゃんと丸い感じがします……」


「丸いってなんだよ」


 シュンが笑う。


 でも、分からなくはない。


 風祈学院の祈りが“風にちぎられた光”だとしたら、

 水祈学院の祈りは、“つながった雫”みたいだ。



 簡単な挨拶が済んだあと、

 各学院の代表同士で少しだけ言葉を交わす時間が設けられた。


「一年戦線の代表として、天霧勇くんたちを紹介しておきますね」


 ミオ先生に呼ばれ、俺たちはセラ隊長の前に並んだ。


「風祈学院一年戦線、小隊長候補の天霧勇です」


 少し緊張して名乗ると、セラは穏やかに頷いた。


「こちらこそ、よろしくお願いします。

 水祈学院・前衛隊長、セラ・リヴェルです」


 近くで見ると、瞳の色は深い湖のような青だった。


 真剣な目つきなのに、どこか柔らかさも含んでいる。


「……“線の色”が、面白いですね」


「線の、色?」


 思わず聞き返すと、セラは少しだけ目を細めた。


「水祈のやり方では、祈りの流れを“筋”として見ることがあります。

 あなたの筋は、途中で何度も分岐しながら、

 それでも“戻ってくる先”がきちんと決まっている」


「戻ってくる先……?」


「ええ」


 セラは視線を横に滑らせた。


 そこには、俺の隣に立つシエラたち一年戦の面々。


 シエラは、セラと俺の視線が重なったのを見て、

 ほんの少しだけ眉をひそめた。


「仲間のもとに、ですね」


 セラは、静かに言った。


「そういう筋を持つ人は、戦線にとって、とても心強い」


 褒め言葉のはずなのに、なんとなくくすぐったい。


「ありがと……ございます」


 思わず言いかけて、余計にぎこちなくなる。


 横でノノハが「勇くん、かたい〜」と小声で笑っていた。



 歓迎の儀は、それほど長くは続かなかった。


 水祈学院の一行は、そのまま寮へ案内される。

 炎祈学院は明日到着なので、今日は水祈との顔合わせが中心だ。


「午後は、軽く合同訓練をしましょう」


 ミオ先生が、双方の代表を集めて言った。


「実戦形式ではなく、“お互いの祈りの癖を知る”ことが目的です。

 全力はまだ取っておいてくださいね」


 セラは頷き、こちらを振り向く。


「天霧くんたち一年戦線も、参加してもらえますか」


「もちろんです」


 答えると、シエラがちらりと俺を見る。


「……面白くなってきたじゃん」


 口調はいつも通りなのに、目の奥に負けん気の光が宿っている。


「風祈学院の“軸”、ちゃんと見せてあげないとね」


「プレッシャーのかけかた間違ってない?」


「間違ってない」


 即答された。


 ヴァンも、静かに頷く。


「水祈との共闘は、きっとリーグ本番でも必要になりますからね。

 今のうちに、どこまで合わせられるか確かめておきたい」


「俺、濡れるの嫌なんだけどな〜」


 シュンがぼやくと、ノノハが「雷祈来たらもっと大変ですよ〜」と笑った。



 午後。


 中庭の半分を使って、

 風祈と水祈の“合わせ”が始まった。


「じゃあまずは、簡単な守りと流しからね」


 ミオ先生の指示で、祈りの流れが組み替えられていく。


 水祈のメンバーが、薄い水の膜のような防護を張る。

 その外側で、俺たち風祈組が風の動きを調整する。


「風、強すぎると水面が崩れるわ」


 セラが、淡々と指示を飛ばす。


「もっと、“なでる”感じに」


「なでるってどういう……」


「こう」


 セラは、俺の手の甲を指先でなぞるように触れた。

 祈りが、その軌跡をなぞって流れていく。


 ぴり、と肌が震えた。


「……こう、ですか?」


 真似をして、風を少しだけ弱める。


 水の膜が、ばらけそうだった形を整え、

 きれいな楕円を描いた。


「それです。それなら、水が崩れない」


 セラは満足そうに頷く。


「風と水は、喧嘩させなければ、相性は悪くありません」


「喧嘩させなければ、ね」


 横からシエラが割り込んできた。


 水面ぎりぎりの高さを、風の刃が走る。

 寸前で、水膜がそれを受け止めて、力を溶かした。


「……ちゃんと合わせると、気持ちいい」


「でしょ?」


 セラが少し笑う。


「単純な突撃だけじゃなくて、

 “守りと一緒に動く突撃”も、試してみませんか」


「面白そう」


 シエラの目が、さらに鋭くなる。


(うん、これはこれで、やばい組み合わせだな)


 風で生まれた隙間に、水が滑り込み、

 水が作った滑らかな面を、風の突撃が走る。


 攻めも守りも、速度も重さも、

 思っていた以上に噛み合っていく。



 その様子を、少し離れたところから見ている視線があった。


 中庭の外壁にある小さな塔の上。

 誰も使っていない見張り台。


 そこに、風の流れから切り離された影が一つ、

 じっと座り込んでいた。


 長い前髪が顔の半分を隠している。

 祈装服でも学院服でもない、灰色がかった外套。


 風が吹いているのに、その外套だけはまったく揺れない。


「……やっぱり、動きすぎる」


 かすれた声が、空に溶けた。


「風も、水も。

 生きたいほうに、好きに流れていく」


 塔の上の人物――

 虚風の騎士、ジルは、

 中庭で笑い合う生徒たちを見下ろしていた。


 風祈の祈り。

 水祈の祈り。

 それらが重なって、きらきらと光る。


「そんなの、長く保つわけないのに」


 口調は淡々としていた。


 けれど、瞳の奥には、

 消えかけた炎のような色が、かすかに残っている。


「……まあ、いいか」


 ジルは外套の裾を握りしめた。


 その指先から、風が音もなくほどけていく。


 学院の外側――

 誰も見ない空白の空間へと、

 祈りの流れを切り離すように。


「どうせ、そのうち止まる」


「風が止まったときに、

 まだ立っているやつだけを、拾えばいい」


 塔の上に、風のない空気が広がった。


 学院中庭の賑やかな声は、そこまでは届かない。


 ただ、どこか遠くで、

 誰かが新しい線を引く気配だけが――

 かすかに、虚風の騎士の皮膚をかすめていた。


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