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第16話 祈装適性テスト、はじまります



 祈装連盟リーグの正式通達が来てから、まだ二日しか経っていない。


 なのに、風祈学院の空気は、もう少しだけ違っていた。


 浮き足立っている、というより――

 どこか、腰を据えようとしている感じだ。


「はーい、全員そろったね〜」


 朝のホームルーム。

 教室の前で、ユラ先生がぱん、と手を叩いた。


「今日の一年戦線は、ちょっと特別メニューです」


「特別メニュー?」


 シュンが面白がるように眉を上げる。


「祈導局から、直々にお願いされましてね〜」


 先生が教卓の上に祈り板を置くと、淡い光が教室中に広がった。


【祈装連盟リーグ 出場候補者 適性測定のお願い】


「……なんか、物々しいですね」


 ヴァンが小さくつぶやく。


 ユラ先生は肩をすくめた。


「簡単に言うと、“リーグに出しても平気なやつかどうか”を、祈導局が直接見たいんだって」


「そこ、今さらなんですか?」


 ノノハが机に突っ伏したまま手をあげる。


「わたしたち、もう選ばれちゃってますけど〜」


「大人の都合ってやつだね〜」


 にっこり笑いながら、全然笑っていない目で先生が言う。


「まあ、そんな怖いものじゃないよ。

 前半は祈りと祈装の基礎測定。

 後半は、ボク……じゃなくて、リツ先生の特製・線読みテストです」


 名前を出された童顔の研究者が、教室の後ろで控えめに手をあげた。


「よろしくお願いします」


 いつもの柔らかい笑顔。でも、目の奥は真剣だ。



 テスト会場は、祈装実習棟の地下フロアだった。


 普段は上級生用に使っている場所らしい。


 広い空間のあちこちに、祈装器具や測定器がずらりと並んでいる。


「わ、なんか本格的……」


 ノノハが目を輝かせる。


「ここ、一年が入っていい場所なんだっけ?」


「今日は特別ですよ」


 ミオ先生が、柔らかく説明を添えた。


「順番に行きますね。

 祈りの量、祈装との適合度、負荷がかかった時の安定性。

 いつもの訓練に近いものですから、あまり構えなくて大丈夫ですよ」


「“あまり”って付くところが怖いんだよな」


 シュンがぼそっと言って、ヴァンに肘でつつかれていた。



 まずは基礎測定。


 両手を祈装盤に置いて、祈りを流し込む。


 盤の上を走る光が、量と流れ方を色で教えてくれる。


「シエラさん、祈りの出力は相変わらずですね。

 ただ、もう少しだけ“溜めてから出す”練習をすると、負荷が減ると思います」


「溜めてたら、殴る前に逃げられるんですけど」


「そういう性格込みでの評価なので、無理は言いません」


 ミオ先生のにこやかな返しに、シエラが微妙な顔をする。


 その横で、ヴァンは防壁用の祈装板に祈りを流し込み続けていた。


「持久力は問題ないですね。

 ただ、攻撃を“完全に受け止める”だけじゃなく、“流す”方向も少し試してみてください」


「……勇と同じことを言うんだな、先生は」


 ヴァンがちらりとこっちを見た。


 俺は苦笑して肩をすくめる。


「ノノハさんは……うん、やっぱり場の空気に対しての感度が高いですね」


「わ〜、褒められました〜」


「そのぶん、自分の気持ちが揺れたときの影響も大きいので、

 “自分のための歌”と“みんなのための歌”を、もう少し分けてみましょう」


「う……そこは耳が痛いです……」


 そんな具合に、一人ひとりに細かいコメントが入っていく。


 俺の番が来たのは、けっこう後半だった。



「天霧くんは……そうですね。

 まずは通常の測定をしてから、少しだけ追加でお願いしたいことがあります」


 リツ先生が祈り板を持って近づいてくる。


「追加……?」


「大丈夫。痛いことはしません」


「先生がそれ言うと、余計不安になるんですけど」


 思わず漏らすと、リツ先生は笑った。


「じゃあ、少しだけ“変わったこと”をしてもらうだけ、と言っておきましょう」


 変わったこと、か。


 俺は祈装盤に手を置き、いつものように祈りを流し込む。


 光が走る。

 量は平均より少し多め、流れ方は素直……らしい。


 そこまでは、前にもやったことがある。


「はい、ありがとうございます。ここまでは問題なしです」


 リツ先生が数値を祈り板にメモし、それから顔を上げた。


「では、追加のお願いに移りましょうか」


「何をすればいいですか?」


「“線を引く”だけですよ」


 先生は、ほんの少しだけ声を落とした。


「いつもみたいに。

 自分の足元から、前に向かって一本」


 それだけなら、難しくない。


 俺は一歩前に出て、足元の床を意識する。


 祈りを、細く長く伸ばすイメージ。


(ここから、ここまで)


 目の前の空間に、一本の線が走った。


 俺以外には見えないはずのそれを、

 リツ先生は祈り板を通して眺めている。


「では、その線を“戦いたくない方向”に一度折り曲げてみてください」


「戦いたくない方向?」


「はい。例えば、“ここから先には踏み込ませたくない”とか。

 “一歩だけでも退きたい”とか。

 そういう気持ちを込めてみてください」


 言われて、少しだけ考える。


 戦いたくない相手。

 踏み込ませたくない場所。


 頭の奥で、ゼロラインの境界がちらりと浮かんだ。


 けれど、そこに具体的な光景が結びつく前に、

 俺はそっと思考を切る。


(今は、学院の中だけだ)


 足元の線を、一度だけ緩やかに折る。


 “ここから先は、まだ行きたくない”。


 そんな気持ちを乗せて。


 祈り板の上の数値が、一瞬だけ揺れた。


「ふむ……」


 リツ先生の目が、わずかに真剣になる。


「では今度は、“それでも行くしかないときの線”に引き直せますか?」


「……行くしかないとき」


「はい。怖くても、迷っていても。

 それでも足を出さなきゃいけない、ってときの線です」


 胸の奥が、かすかにざわつく。


 工房で、仲間を守らなきゃいけなかったとき。

 ゼロラインで、震えながら前に出たとき。


 似た感覚が、少しだけ蘇りかける。


(でも、“なんだったか”までは、分からなくていい)


 自分でそう決めて、息を吸い込んだ。


 折り曲げた線を、まっすぐ前に伸ばす。


 さっきより、ほんの少しだけ深く、強く。


 足が床を踏む感覚と一緒に、祈りを走らせる。


 祈り板の光が、今度ははっきりと色を変えた。


「……なるほど」


 リツ先生が、低く呟く。


「天霧くん」


「はい」


「今の線、“誰かと一緒に歩く”前提で引いてますね?」


「え?」


 思わず顔を上げる。


「自分ひとりで行く線じゃない。

 隣に誰かがいて、その人を巻き込んででも進もうとしている線です」


「……」


 そこまで言われると、下手なごまかしは効かない。


 頭の中に浮かんでいたのは――

 きっと、一緒に前に出てくれる誰かの背中だった。


 シエラかもしれないし。

 ヴァンかもしれない。

 シュンやノノハ、先輩たちの姿も混ざっている。


「……たぶん、ひとりで行く度胸は、あんまりないです」


 正直にそう言うと、リツ先生はふっと笑った。


「それでいいと思いますよ」


 先生は祈り板に指を滑らせながら、続ける。


「祈導局の基準では、“ひとりでどこまで行けるか”を測りたがる人も多いですけどね。

 学院としては、“誰となら一緒に歩けるか”のほうを重視したいので」


「それ、祈導局が聞いたら怒りません?」


「怒ったら、数式で説得すればいいだけです」


 さらっと言ってのける。


 童顔なのに、言っていることは物騒だ。



 全員の測定が終わるころには、

 昼前だったはずなのに、妙な疲労感があった。


「ふ〜……数字って、意外と疲れるんですね……」


 ノノハがその場でぺたんと座り込む。


「お前の場合、途中から歌いながらやってたから余計だろ」


 シュンが笑って水を渡す。


 シエラは、まだ少しだけ落ち着かない顔で祈装盤を見つめていた。


「何か気になる?」


 隣に立って声をかける。


「……あたしの祈り、やっぱり“突撃”に寄りすぎてるってさ」


「それは、いいことなんじゃない?」


「いいことなんだけどさ」


 シエラは髪をかき上げた。


「リーグって、“誰が一番派手に殴れるか”大会じゃないでしょ。

 あたしの風、どこまで役に立つのかなって」


「昨日の仮想決闘会、十分役に立ってたと思うけど」


「あれは学院の中だから」


 ぽつりとこぼした言葉は、妙に現実的だった。


 リーグには、他の学院も来る。

 そして、その向こうには――

 祈導局や、無祈の影や、もっと面倒くさいものがいる。


「……まぁ、今日の数値見てから考える」


 シエラはそう言って、先に出口のほうへ歩いていった。


 その背中を見送りながら、俺もゆっくりと息を吐く。


(“誰となら一緒に歩けるか”、か)


 リーグ。

 その先にあるかもしれない、もっと大きな戦い。


 どこまでいっても、多分俺はひとりでは戦えない。


 だからこそ――

 一緒に歩いてくれるやつらのことを、ちゃんと見ておかないといけない。



 そのころ、別室。


 教師陣とリツ先生が、さっきの測定結果を囲んでいた。


「ふむふむ……なるほどね〜」


 ユラ先生が、祈り板の表示を逆さまから覗き込む。


「やっぱり一年戦線、全体的に“線が素直”だね」


「悪く言えば、まだ青いですけどね」


 ミオ先生が苦笑する。


「でも、そのぶん伸びしろは大きいと思います」


「天霧くんは?」


「はい、例の“線引きくん”」


 リツ先生が、勇の欄を指で示す。


「祈りの量は、正直そこまで突出していません。

 ただ、“線の切り替え”が異常に速いですね」


「異常って言い方やめなよ〜。

 祈導局に聞かれたら、“そこが可愛いところです”って言っときな」


「可愛いかどうかはともかくとして」


 真面目な顔のまま、リツ先生は続けた。


「一番怖いのは、“全部をひとりで背負うタイプ”なんですが……

 天霧くんは、そこからは外れているようです」


「ほっとした?」


「ええ、正直に言えば」


 リツ先生は小さく頷いた。


「誰かと一緒に歩く前提で線を引ける人は、

 長期戦には向いていますから」


「祈導局に、それ分かってもらえるかな〜」


 ユラ先生が、ひょいと椅子の背にもたれた。


「リーグが終わったあと、また勝手なこと言ってこなきゃいいけど」


「だからこそ、ですね」


 リツ先生の目が、少しだけ鋭くなる。


「リーグの“前後”を含めて、

 ボクたち学院側がちゃんと線を引いておかないと」


 祈り板の片隅には、小さな別枠が表示されていた。


【無祈関連反応:微増傾向】


「……学内の微妙なこじれにも、反応が出てきています」


「千紗ちゃんの件だけじゃないってことか」


 ミオ先生が、静かに目を伏せる。


「はい。小さなものは、まだいくらでも拾えるうちに」


 リツ先生は、祈り板を閉じた。


「リーグは、お祭りであり――

 同時に、“次の線”を決める場になります」


 その言葉は、地下室の空気を少しだけ重くした。



 俺たちが、そんな会議の存在を知るのは、

 もう少し先の話だ。


 このときの俺はまだ、

 自分の線がどこまで伸びるのかも、

 その先で誰と何を選ぶことになるのかも知らない。


 ただ一つだけ、分かっていたのは――


(どこに行くことになっても、

 この学院から始まった線は、きっと切りたくない)


 風祈学院。

 一年戦線。

 シエラたちの笑い声。


 その全部を、ちゃんと持っていける線を探さなきゃいけない。


 そんな、まだ形にならない決心だけが、

 胸の奥で小さく灯っていた。

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