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第15話 風祈学院代表、決まる。



 翌日の朝のホームルームは、いつもより少しだけ空気が張りつめていた。


 仮想決闘会の話題はまだ学院中を飛び回っているけれど、

 そのざわめきとは別の“緊張の糸”が、教室の天井あたりでぴん、と張っている。


 ユラ先生がいつものゆるい笑顔で教壇に立ち、

 ぱん、と一度だけ手を叩いた。


「はいは〜い、席ついて〜。

 今日はね、ちょっとだけ、いつもより重めのお知らせです」


 ざわ……と囁きが走る。


 シエラが前の席で背筋を伸ばし、

 ヴァンは無言で腕を組み、

 シュンは“来たな”って顔であくびを飲み込んだ。


 ノノハだけは、緊張と期待が半々みたいな顔で身を乗り出している。


「名前だけは、もう聞いたことあると思うけど」


 ユラ先生は黒板に、さらさらと大きな文字で書いた。


【祈装連盟リーグ】


「――風祈学院も、このリーグに参加します」


 その一言で、教室の空気が一段階変わった。



「祈装連盟リーグってさ」


 ユラ先生は、チョークを指先で転がしながら続ける。


「“学院同士の交流戦です〜”って、建前だけ聞くと楽しそうなんだけどね」


「建前だけ、ってことは」


 シュンが手を挙げずに口を開いた。


「本音は、そうでもないってこと?」


「うん、そうでもない」


 ユラ先生は、あっさり頷く。


「世界じゅうの祈りの線、だいぶ落ち着いてきたとはいえ――

 まだまだ変な揺れ方するところもある。

 無祈だって、完全にいなくなったわけじゃない」


 その言葉に、教室の何人かが息を詰めた。


 工房の夜を知っているやつら。

 ゼロライン研修の冷たさを覚えているやつら。


「だから、祈導局としてはね」


 ユラ先生は、黒板の横を指先で軽く叩く。


「各属性の学院から、“ちゃんと戦えるやつら”を集めておきたいわけですよ。

 ――何かあったときに、動かせるように」


 そこで初めて、ミオ先生が口を開いた。


「交流という名目での“選抜と試験”ですね」


 落ち着いた声だった。


「誰が、どういう祈装で、どんな場面なら動けるのか。

 その記録は、すべて祈導局に上がります」


 教室の空気が、さらに冷える。



「……っていう話を聞くとね」


 そこでユラ先生は、わざと肩の力を抜いた。


「“じゃあそんなところに出したくないんですけど〜”って気持ちになるのが、

 担任としての、正直な本音なんだけどさ」


 言いながら、こちらを見る。


 視線は、一年戦線の五人に、順番に向けられていた。


「昨日の仮想決闘会、見たでしょ?」


 こくり、と何人もが頷く。


「線を引くやつと、その先で風を振るやつ。

 守りを重ねるやつと、雷みたいに切り込むやつ。

 場の空気を支える歌」


 ひとりずつ、ユラ先生は指先で示す。


「“この子たちは、きっとどこに出しても恥ずかしくない”って思っちゃったんだよね。

 ……悔しいけど」


「悔しいって何すか」


 シュンが小声で突っ込む。


「先生のほうが強いんじゃないんですか」


「強いのと、前に出るのは、また別の話なんだよ〜?」


 ユラ先生は、わざとらしくため息をついた。


「だから、担任として――決めました」


 黒板をくるりと振り返る。


「風祈学院一年戦線代表は――」


 チョークが走る。


【天霧 勇】

【シエラ・ファルネ】

【ヴァン・レイド】

【シュン・アマハラ】

【ノノハ】


 書かれた五つの名前を見た瞬間、

 心臓が、どくんと一つ跳ねた。



「異議がある人?」


 教室を見回すユラ先生。


 誰も、手を挙げなかった。


 代わりに――視線が集まる。


 好奇心。

 不安。

 期待。

 羨望。


 それら全部が混ざった風が、俺たちの席のあたりをざわざわと揺らす。


「……ま、だいたいそうなると思ってた」


 シュンが小さく息を吐いた。


 ヴァンは、ほんの少しだけ表情を引き締める。


 ノノハは、こわいくらい真剣な顔で黒板を見つめていた。


「俺は、行きます」


 自然と、口が動いた。


「行って、ちゃんと見てきたいです。

 他の学院の祈りと、戦い方と、世界の線の“今”を」


 ユラ先生が、ふっと目を細める。


「シエラ」


「……何よ」


「行く? 行かない?」


 問われるまでもない、という顔だった。


「決まってるでしょ。

 どうせどこにいたって、前には出るんだから」


 強がりだけじゃない、真っ直ぐな声。


「だったら、一番風が荒れてるとこで振り回したほうが、楽しい」


「ヴァンくん」


「……守りがいる場所なら、どこでも」


 短く、それだけ。


「シュン」


「面白そうだから、かな」


 いつもの調子で笑ってみせる。


「他の属性の“速いの”ともやってみたいし」


「ノノハちゃん」


 ノノハは、ぎゅっと両手を握りしめてから、顔を上げた。


「こわいのも、ぜんぜんないとは言わないですけど……

 勇くんたちの背中、ちゃんと見ながら歌えたらいいなって思います」


「うん、いい返事」


 ユラ先生は、満足そうに頷いた。


「じゃあ、風祈学院一年戦線代表――この五人で決定。

 祈導局にも、正式にそう出しておきます」



「……で、そこからが問題なんですよね」


 そこでようやく、ミオ先生が前に出た。


 黒板の横に、すっと立つ。


「代表を決めるだけなら、ここで話は終わります。

 でも、本当に必要なのは“ここから先”です」


 静かな声が、教室を落ち着かせていく。


「訓練。

 資料の分析。

 他学院の祈装パターンの研究」


 ひとつひとつを、丁寧に指折り数える。


「代表の五人だけではなく、クラス全体が“バックアップ”として動けるようにすること。

 これが、リーグまでの一年戦線の仕事です」


 その言葉に、ヴァンが小さく頷いた。


「バックアップがいない戦線なんて、すぐ折れちまうからな」


 教室の後ろから、カガリ先生のぼそっとした声が飛ぶ。


 いつの間にか職員席に来て、壁にもたれて腕を組んでいた。


「前に出るやつがこけたとき、

 どれだけ“当たり前みたいな顔して”支えに回れるか。

 そういうやつが揃ってる戦線は、そう簡単には崩れねぇ」


「……その役、うちのクラスにできますかね」


 シュンが、半分冗談、半分本音みたいな声で言った。


「やってもらうしかありません」


 ミオ先生は、淡々と返す。


「祈導局の本音は、“使える駒”を知りたい。

 学院側の本音は、生徒たちを無事に戻すことです」


 そこで一度、言葉を切った。


「その両方を叶えるには、ここにいる全員が動くしかありません」



「リーグまで、だいたい一月」


 ミオ先生は祈り板を軽く叩き、日付を示す。


「そのあいだに――」


 カリカリと文字が増えていく。


【代表五人の連携強化】

【クラス全体での情報共有】

【他学院についての事前学習】

【心のケア】


「最後のは、特に大事です」


 ミオ先生は、板書の「心のケア」を指先でとんとんと叩いた。


「これは、私とノノハちゃんの担当ですね」


「が、がんばります!」


 ノノハが、びしっと手を上げる。


「代表になると、“期待”と同じくらい“怖さ”も増えます。

 その揺れ方次第では、祈りが暴走することもあります」


 さっきの千紗の事件を、みんなが一斉に思い出した。


「だから、怖くなったり、分からなくなったりしたら――

 黙って抱え込まないで、ちゃんと誰かに言うこと。

 それが、リーグに出る条件です」


 ミオ先生は、そこでふっと表情を和らげる。


「“強い祈り”を持っている子ほど、

 自分ひとりでなんとかしようとしてしまいますからね」


 教室の何人かが、微妙に目をそらした。


 たぶん、その中に自分も入っている。



「じゃ、ここでいったん区切ろっか」


 ユラ先生が、ぱん、と手を叩く。


「詳しいスケジュールや、他学院のメンバーについては、

 放課後に代表組と希望者向けに説明会やります。

 出たい人は残ってね〜」


 鐘が鳴り、ホームルームはひとまず終了した。


 けれど、誰もすぐには席を立たなかった。


 黒板の五つの名前。

 「祈装連盟リーグ」という四文字。

 それらを見上げながら、それぞれが自分の胸の中を確かめている。


(……行くって決めたんだ)


 改めてそう思った瞬間、

 胸の奥で何かが、きゅっと締め付けられる。


 怖さ。

 楽しみ。

 責任。

 それから――ちょっとだけ、誰かに負けたくない気持ち。


 全部ひっくるめて、「前に出る」。


 その選択を、今自分はしたんだ。



 放課後。


 教室に残ったのは、代表五人と、

 「気になったから」と残った数人のクラスメイトたちだった。


 窓の外では、風がいつもより少しだけ高いところを走っている。


 ユラ先生が、祈り板に簡単な世界地図と、各学院の位置を映し出した。


「じゃ、ここからは“世界の話”ね」


 その言葉を合図に、

 風祈学院と他の祈りたちが、一本の線で結ばれていく。


 ――このときはまだ、誰も知らなかった。


 その線の先で待っているのが、

 ただの交流戦じゃないってことを。


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