第15話 風祈学院代表、決まる。
翌日の朝のホームルームは、いつもより少しだけ空気が張りつめていた。
仮想決闘会の話題はまだ学院中を飛び回っているけれど、
そのざわめきとは別の“緊張の糸”が、教室の天井あたりでぴん、と張っている。
ユラ先生がいつものゆるい笑顔で教壇に立ち、
ぱん、と一度だけ手を叩いた。
「はいは〜い、席ついて〜。
今日はね、ちょっとだけ、いつもより重めのお知らせです」
ざわ……と囁きが走る。
シエラが前の席で背筋を伸ばし、
ヴァンは無言で腕を組み、
シュンは“来たな”って顔であくびを飲み込んだ。
ノノハだけは、緊張と期待が半々みたいな顔で身を乗り出している。
「名前だけは、もう聞いたことあると思うけど」
ユラ先生は黒板に、さらさらと大きな文字で書いた。
【祈装連盟リーグ】
「――風祈学院も、このリーグに参加します」
その一言で、教室の空気が一段階変わった。
◇
「祈装連盟リーグってさ」
ユラ先生は、チョークを指先で転がしながら続ける。
「“学院同士の交流戦です〜”って、建前だけ聞くと楽しそうなんだけどね」
「建前だけ、ってことは」
シュンが手を挙げずに口を開いた。
「本音は、そうでもないってこと?」
「うん、そうでもない」
ユラ先生は、あっさり頷く。
「世界じゅうの祈りの線、だいぶ落ち着いてきたとはいえ――
まだまだ変な揺れ方するところもある。
無祈だって、完全にいなくなったわけじゃない」
その言葉に、教室の何人かが息を詰めた。
工房の夜を知っているやつら。
ゼロライン研修の冷たさを覚えているやつら。
「だから、祈導局としてはね」
ユラ先生は、黒板の横を指先で軽く叩く。
「各属性の学院から、“ちゃんと戦えるやつら”を集めておきたいわけですよ。
――何かあったときに、動かせるように」
そこで初めて、ミオ先生が口を開いた。
「交流という名目での“選抜と試験”ですね」
落ち着いた声だった。
「誰が、どういう祈装で、どんな場面なら動けるのか。
その記録は、すべて祈導局に上がります」
教室の空気が、さらに冷える。
◇
「……っていう話を聞くとね」
そこでユラ先生は、わざと肩の力を抜いた。
「“じゃあそんなところに出したくないんですけど〜”って気持ちになるのが、
担任としての、正直な本音なんだけどさ」
言いながら、こちらを見る。
視線は、一年戦線の五人に、順番に向けられていた。
「昨日の仮想決闘会、見たでしょ?」
こくり、と何人もが頷く。
「線を引くやつと、その先で風を振るやつ。
守りを重ねるやつと、雷みたいに切り込むやつ。
場の空気を支える歌」
ひとりずつ、ユラ先生は指先で示す。
「“この子たちは、きっとどこに出しても恥ずかしくない”って思っちゃったんだよね。
……悔しいけど」
「悔しいって何すか」
シュンが小声で突っ込む。
「先生のほうが強いんじゃないんですか」
「強いのと、前に出るのは、また別の話なんだよ〜?」
ユラ先生は、わざとらしくため息をついた。
「だから、担任として――決めました」
黒板をくるりと振り返る。
「風祈学院一年戦線代表は――」
チョークが走る。
【天霧 勇】
【シエラ・ファルネ】
【ヴァン・レイド】
【シュン・アマハラ】
【ノノハ】
書かれた五つの名前を見た瞬間、
心臓が、どくんと一つ跳ねた。
◇
「異議がある人?」
教室を見回すユラ先生。
誰も、手を挙げなかった。
代わりに――視線が集まる。
好奇心。
不安。
期待。
羨望。
それら全部が混ざった風が、俺たちの席のあたりをざわざわと揺らす。
「……ま、だいたいそうなると思ってた」
シュンが小さく息を吐いた。
ヴァンは、ほんの少しだけ表情を引き締める。
ノノハは、こわいくらい真剣な顔で黒板を見つめていた。
「俺は、行きます」
自然と、口が動いた。
「行って、ちゃんと見てきたいです。
他の学院の祈りと、戦い方と、世界の線の“今”を」
ユラ先生が、ふっと目を細める。
「シエラ」
「……何よ」
「行く? 行かない?」
問われるまでもない、という顔だった。
「決まってるでしょ。
どうせどこにいたって、前には出るんだから」
強がりだけじゃない、真っ直ぐな声。
「だったら、一番風が荒れてるとこで振り回したほうが、楽しい」
「ヴァンくん」
「……守りがいる場所なら、どこでも」
短く、それだけ。
「シュン」
「面白そうだから、かな」
いつもの調子で笑ってみせる。
「他の属性の“速いの”ともやってみたいし」
「ノノハちゃん」
ノノハは、ぎゅっと両手を握りしめてから、顔を上げた。
「こわいのも、ぜんぜんないとは言わないですけど……
勇くんたちの背中、ちゃんと見ながら歌えたらいいなって思います」
「うん、いい返事」
ユラ先生は、満足そうに頷いた。
「じゃあ、風祈学院一年戦線代表――この五人で決定。
祈導局にも、正式にそう出しておきます」
◇
「……で、そこからが問題なんですよね」
そこでようやく、ミオ先生が前に出た。
黒板の横に、すっと立つ。
「代表を決めるだけなら、ここで話は終わります。
でも、本当に必要なのは“ここから先”です」
静かな声が、教室を落ち着かせていく。
「訓練。
資料の分析。
他学院の祈装パターンの研究」
ひとつひとつを、丁寧に指折り数える。
「代表の五人だけではなく、クラス全体が“バックアップ”として動けるようにすること。
これが、リーグまでの一年戦線の仕事です」
その言葉に、ヴァンが小さく頷いた。
「バックアップがいない戦線なんて、すぐ折れちまうからな」
教室の後ろから、カガリ先生のぼそっとした声が飛ぶ。
いつの間にか職員席に来て、壁にもたれて腕を組んでいた。
「前に出るやつがこけたとき、
どれだけ“当たり前みたいな顔して”支えに回れるか。
そういうやつが揃ってる戦線は、そう簡単には崩れねぇ」
「……その役、うちのクラスにできますかね」
シュンが、半分冗談、半分本音みたいな声で言った。
「やってもらうしかありません」
ミオ先生は、淡々と返す。
「祈導局の本音は、“使える駒”を知りたい。
学院側の本音は、生徒たちを無事に戻すことです」
そこで一度、言葉を切った。
「その両方を叶えるには、ここにいる全員が動くしかありません」
◇
「リーグまで、だいたい一月」
ミオ先生は祈り板を軽く叩き、日付を示す。
「そのあいだに――」
カリカリと文字が増えていく。
【代表五人の連携強化】
【クラス全体での情報共有】
【他学院についての事前学習】
【心のケア】
「最後のは、特に大事です」
ミオ先生は、板書の「心のケア」を指先でとんとんと叩いた。
「これは、私とノノハちゃんの担当ですね」
「が、がんばります!」
ノノハが、びしっと手を上げる。
「代表になると、“期待”と同じくらい“怖さ”も増えます。
その揺れ方次第では、祈りが暴走することもあります」
さっきの千紗の事件を、みんなが一斉に思い出した。
「だから、怖くなったり、分からなくなったりしたら――
黙って抱え込まないで、ちゃんと誰かに言うこと。
それが、リーグに出る条件です」
ミオ先生は、そこでふっと表情を和らげる。
「“強い祈り”を持っている子ほど、
自分ひとりでなんとかしようとしてしまいますからね」
教室の何人かが、微妙に目をそらした。
たぶん、その中に自分も入っている。
◇
「じゃ、ここでいったん区切ろっか」
ユラ先生が、ぱん、と手を叩く。
「詳しいスケジュールや、他学院のメンバーについては、
放課後に代表組と希望者向けに説明会やります。
出たい人は残ってね〜」
鐘が鳴り、ホームルームはひとまず終了した。
けれど、誰もすぐには席を立たなかった。
黒板の五つの名前。
「祈装連盟リーグ」という四文字。
それらを見上げながら、それぞれが自分の胸の中を確かめている。
(……行くって決めたんだ)
改めてそう思った瞬間、
胸の奥で何かが、きゅっと締め付けられる。
怖さ。
楽しみ。
責任。
それから――ちょっとだけ、誰かに負けたくない気持ち。
全部ひっくるめて、「前に出る」。
その選択を、今自分はしたんだ。
◇
放課後。
教室に残ったのは、代表五人と、
「気になったから」と残った数人のクラスメイトたちだった。
窓の外では、風がいつもより少しだけ高いところを走っている。
ユラ先生が、祈り板に簡単な世界地図と、各学院の位置を映し出した。
「じゃ、ここからは“世界の話”ね」
その言葉を合図に、
風祈学院と他の祈りたちが、一本の線で結ばれていく。
――このときはまだ、誰も知らなかった。
その線の先で待っているのが、
ただの交流戦じゃないってことを。




