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第14話 先生たちの昔話(ログ越し)



 次の日の放課後。

 俺たちはまたしても、まとめて呼び出しをくらった。


「一年戦線、風祈塔上階の実習室に集合〜。

 “祈りの歴史”の特別講義だってさ」


 ノノハが、祈り板を振りながらそう言う。


「歴史って……またむずかしいほうのやつか?」


 シュンがうんざりした声を出す。


「どうだろ。ユラ先生の“歴史”は、たぶん半分くらい昔話でできてると思うけど」


 ヴァンが苦笑した。


「行ってみなきゃ分かんねぇな」


 そんな話をしながら、俺たちは指定された実習室へ向かった。



 風祈塔の上階は、普通の教室より少し静かだ。


 扉を開けると、窓際にユラ先生が座っていた。

 机の上には、封の切られた祈り板が一枚。


 その隣には、いつもの童顔で祈り板を抱えたリツ。

 壁際にはミオ先生もいる。


「よく来たね〜。座って座って」


 ユラ先生が、ゆるい手つきでソファを指さした。


 俺たち五人は、いつもの並びで腰を下ろす。

 シエラが少しだけ背筋を伸ばしたのが分かった。


「今日はね、“祈りとこじれ”の話のつづき、みたいなやつ」


 ユラ先生は、指先で机の祈り板をとん、と叩いた。


「ここ最近、こじれた恋心がそのまま祈りになって暴走しちゃった事件が、

 学院の中だけでも何件かあったでしょ〜?」


「“だけ”って言い方、やめてほしいんですけど」


 ノノハが小さく抗議する。


「というわけで今日は、ちょっと昔話をしようかなと」


 ユラ先生は、祈り板を軽く持ち上げる。


「アタシが“直接”体験した話じゃなくてね。

 境界線に立ってる人たちと白室の神様から聞いた話と、

 神界のログをまとめた“記録越しの昔話”」


「記録越し?」


 俺が首を傾げると、リツが補足した。


「シロさんが神様になる前のことは、

 “その場にいた人間”と、“神界の記録”にしか残っていません」


「ボクも人間側なので、細かいところはログから拾うしかないですね。

 ユラさんも同じです」


「そうそう。だから、これは“ユラの青春”じゃなくて」


 ユラ先生は、少しだけ笑う。


「シロとアスハと、もうひとりの誰かの――少し苦い昔話だと思って聞いて」



「昔ね」


 ユラ先生は、窓の外に視線をやる。


「今の風祈学院とは別に、“祈りを学ぶ場所”があったんだって。

 名前はもう残ってない。ログにも、消されたところが多い」


「消されたんだ……」


 ノノハが小さく呟く。


「世界の配線を引き直すときに、古い線図を塗り潰したからね。

 でも、その塗り潰しきれなかった部分が、こうやって残ってる」


 ユラ先生は、祈り板の上を指でなぞった。


「そこには“線を見るやつ”と、“線を守るやつ”と、

 “線をぜんぶ背負おうとしたやつ”がいた」


「……シロと、アスハと」


 ヴァンが目を細める。


「もうひとり、だな」


 ユラ先生は、はっきりとは名前を出さない。

 出さなくても、なんとなく分かる。


 統祈神ルカダス。



「アスハから聞いた話だとね」


 ユラ先生は、珍しくちょっと真面目な声になった。


「その頃のアスハは、今と同じで“境界線に立つやつ”だった。

 危ない祈りを全部自分のとこで止めて、

 『ここから先は行かせねぇ』って顔してたって」


「想像できる……」


 シエラが苦笑する。


「シロは、“線を見るやつ”。

 どの祈りがどこへ向かおうとしてるか、

 誰のところで詰まってるか。

 そればっかり気にしてたってさ」


 胸の奥が、じくりと鳴った。


 今の白室のソファで、祈りを眺めている姿と、

 重なって見える。


「もうひとり――ルカダスは、全体の線図を引いていた。

 神界と地上と、境界線と。

 それをどう繋げば世界がもつか、ずっと考えてた」


 ユラ先生の声には、少しだけ敬意が混じっていた。


「でね。

 その三人が、同じ誰かを好きになったときの話が、

 ログにも、アスハの口からも残ってる」



 空気が、少し止まった。


「え、何それ聞きたい」


 ノノハが机に乗り出す。


「待てノノハ、落ち着け」


 シュンが慌てて引き戻す。


 俺も、思わず息を飲んだ。


「同じ“誰か”って……」


「その人が誰だったかは、アスハもシロさんもハッキリ言わなかったんだよね〜」


 ユラ先生は、肩をすくめる。


「ログ上も、うまいことぼかされてる。

 名前だけ削ったのか、最初から書かれてないのか」


「なんでそんな中途半端なんです?」


 ヴァンが眉を寄せる。


「たぶん、“守りたかった”んでしょ」


 ユラ先生は、あっさり言う。


「世界か、その人か、その両方か。

 とにかく、誰かの“具体的な顔”だけは伏せて、

 “こじれた線”の話だけ残した」



「で、三人はそれぞれ違うこじれ方をしたらしい」


 ユラ先生は、指先で机の上に三本の線を描いた。


「アスハは、“線を守るやつ”だからさ。

 自分の気持ちよりも、その人の安全とか、世界の安定とか、

 そういうもんを優先しようとした」


「らしい……」


 シエラが苦笑した。


「シロは、“自分だけゼロにすりゃ丸く収まる”って考え方をした」


 先生の声が、わずかに低くなる。


「ログにも、はっきり残ってる。

 『俺が降りれば、お前らはまだ別の道を選べる』ってね」


 胸の奥が、じくっと熱くなった。


「ルカダスは、“全部背負う側”に行こうとした。

 自分が統祈に残って、二人を前からも後ろからも守ればいいって」


「……それ、どっちも折れそうなやつじゃないですか」


 ヴァンが顔をしかめる。


「そうだね〜。

 どれもこれも、“自分の気持ちをちゃんと見る”ってことからは逃げてる」


 ユラ先生は、自分で言いながらため息をついた。


「誰かを守るためとか、世界のためとか。

 そういう言い訳ばっかり上手くなってさ」



「結果として、世界の線は何とか繋がった。

 三人の誰かが“神様側に行く”ことでね」


 ユラ先生は、ちらりと俺たちを見る。


「ただ、その人に向かって伸びていた祈りは、

 全部中途半端なまま、どこかに置いてきた」


「どこかって……」


 ノノハが、心配そうな顔になる。


「白室のソファかもしれないし、

 統祈の奥のほうかもしれないし。

 あるいは、その人自身の胸の奥かも」


 先生は首を傾げた。


「アタシも、“直接”見たわけじゃないからさ。

 あくまでログと、境界線組から聞いた話をつぎはぎした想像だけどね」


「境界線組って……アスハさんと、ルカダスさんと?」


「そう。

 それに白室の神様が少しだけ話してくれたことを足して、

 今の話になってる」


 ユラ先生は、祈り板を指先でとん、と叩いた。


「それでもよく分かんないところが残ってるのが、

 たぶんいちばん大事なんだろうな〜って」



「……今は?」


 気づけば、口が動いていた。


「その“置いてきた祈り”って、今どうなってるんですか」


「さぁね〜」


 ユラ先生は、肩をすくめる。


「世界の線を引き直したときに、

 少しは溶けて流れたかもしれないし。

 まだどこかで、形を変えて残ってるかもしれない」


 そう言って、俺たちを見回した。


「ただ、アスハもシロもルカダスも――

 “世界のために自分の気持ちをゼロにするやり方は、もう終わりにする”

 ってことだけは、何度も言ってた」


 それは、記録を越えた“本人たちの言葉”だ。



「だからさ」


 ユラ先生は、祈り板をぱたりと伏せた。


「祈装連盟リーグの話が来たとき、

 アタシは最初、“また誰かを部品にする気か?”って警戒した」


「部品……?」


 シュンが眉をひそめる。


「誰かひとりだけ酷い目に遭わせて、

 “世界のためでした”って顔して終わらせる線」


 ユラ先生は、あからさまに嫌そうな顔をする。


「でも、祈導局や他の学院から送られてきた線図と条件を見る限り、

 少なくとも今回は、“こじれた祈りをどう扱うか”を、

 各学院に見せてもらうほうに傾いてる」


 リツが頷いた。


「無祈の気配もありますし、

 完全にきれいごとでは済まないと思いますが……」


「“誰か一人をゼロにする案”は、

 少なくとも統祈モデルからは外されてる」


 ミオ先生が静かに言葉を継いだ。


「だから――送り出せます。

 あなたたちを」



「……やっぱり、行くんだな」


 ヴァンが小さく息を吐く。


「行きたくないの?」


 ノノハが首をかしげる。


「行きたくないってわけじゃねぇけどさ。

 “お祭りだ〜”って喜んでるだけじゃ済まなそうだなって」


「それはそうだな」


 シュンも肩をすくめる。


 シエラは、ずっと黙っていた。

 けれど、その目はどこか遠くを見ている。


「シエラ?」


「……なんかさ」


 ゆっくりと口を開く。


「今の話、全然“昔話”に聞こえなかった」


 風が、静かに鳴った。


「好きな誰かがいて。

 でも、自分の気持ちより“守ること”とか“世界”とかを優先して。

 その結果、途中で全部置いてくような線の話」


 胸の奥が、きゅっと鳴った。


「……そうなりたくないなって思った」


 シエラは、はっきりと言う。


「誰を好きになるのかなんて、今はまだよく分かんないけどさ。

 “どうせ世界のほうが大事だから”って言い訳して、

 自分の祈りを丸ごとゼロにするのだけは、絶対嫌だ」


 ユラ先生が、目を細める。


「いいねぇ」


「いいの?」


「うん。

 世界のために自分を諦めるって、すごくカッコよく聞こえるけど」


 先生は、掌をひらひらさせた。


「ログの向こう側で実際にやってみた人たちは、

 全員“二度とやりたくない”って顔してたからね〜」


 それは、記録越しの“経験者の声”だった。



「――というわけで」


 ユラ先生は、立ち上がった。


「祈装連盟リーグ。

 風祈学院一年戦線は、代表として参加する方向で話が進んでます」


「“方向”ってことは、まだ決まりじゃないんだ?」


 俺が尋ねると、リツが頷く。


「他学院との調整もありますからね。

 ただ向こうも、“風の一年戦線”はかなり注目しているようです」


「まぁ、あんだけ暴れてればな」


 シュンが肩をすくめる。


「暴れてるのは主にあんたとシエラちゃんですけどね〜」


 ノノハが笑った。


「正式な通達が来たら、改めて説明します。

 そのときまでに――」


 ミオ先生は、少しだけ間を置いた。


「今日の話、

 “誰かの記録だったこじれ”を、

 今度は自分たちのほうでどう繋ぎ直すか、

 ちょっと考えておいてください」



 実習室を出ると、塔の上からの風が一気に吹き込んできた。


「……なんかさ」


 階段を降りながら、シエラがぽつりと言う。


「先生たち、ずるいよね」


「どこが?」


「ログ越しの話だけ見て、

 “二度と同じことさせないぞ”って顔でこっち見るとこ」


 そう言いながら、少しだけ笑った。


「でもまぁ――ありがたいけどさ」


「うん」


 俺も、同じくらい小さく笑う。


 きっとあの人たちは、

 記録と昔話の向こう側でこじれた線の続きに、

 俺たちを立たせないために、

 こうしてわざわざ話をしてくれている。


(なら――)


 その線の先で、どう祈るかは、こっちの仕事だ。


「リーグ、どうする?」


 ヴァンが言う。


「どうするって?」


「勝ちに行くのか、学びに行くのか。

 それとも――誰かのこじれ、拾いに行くのか」


「欲張りだな」


 シュンが笑った。


「全部、やれるところまでやりゃいいだろ」


 ノノハも、両手を上げる。


「恋と祈りと戦いと〜、全部ごちゃまぜのほうが、風祈学院っぽいですよ!」


「それは否定できねぇな……」


 俺たちは顔を見合わせて、笑った。


 風が、階段を駆け抜ける。


 その先――学院の門の外、まだ見ぬ他の学院たちの祈りが、

 かすかにこちらをうかがっている気がした。




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