第14話 先生たちの昔話(ログ越し)
次の日の放課後。
俺たちはまたしても、まとめて呼び出しをくらった。
「一年戦線、風祈塔上階の実習室に集合〜。
“祈りの歴史”の特別講義だってさ」
ノノハが、祈り板を振りながらそう言う。
「歴史って……またむずかしいほうのやつか?」
シュンがうんざりした声を出す。
「どうだろ。ユラ先生の“歴史”は、たぶん半分くらい昔話でできてると思うけど」
ヴァンが苦笑した。
「行ってみなきゃ分かんねぇな」
そんな話をしながら、俺たちは指定された実習室へ向かった。
◇
風祈塔の上階は、普通の教室より少し静かだ。
扉を開けると、窓際にユラ先生が座っていた。
机の上には、封の切られた祈り板が一枚。
その隣には、いつもの童顔で祈り板を抱えたリツ。
壁際にはミオ先生もいる。
「よく来たね〜。座って座って」
ユラ先生が、ゆるい手つきでソファを指さした。
俺たち五人は、いつもの並びで腰を下ろす。
シエラが少しだけ背筋を伸ばしたのが分かった。
「今日はね、“祈りとこじれ”の話のつづき、みたいなやつ」
ユラ先生は、指先で机の祈り板をとん、と叩いた。
「ここ最近、こじれた恋心がそのまま祈りになって暴走しちゃった事件が、
学院の中だけでも何件かあったでしょ〜?」
「“だけ”って言い方、やめてほしいんですけど」
ノノハが小さく抗議する。
「というわけで今日は、ちょっと昔話をしようかなと」
ユラ先生は、祈り板を軽く持ち上げる。
「アタシが“直接”体験した話じゃなくてね。
境界線に立ってる人たちと白室の神様から聞いた話と、
神界のログをまとめた“記録越しの昔話”」
「記録越し?」
俺が首を傾げると、リツが補足した。
「シロさんが神様になる前のことは、
“その場にいた人間”と、“神界の記録”にしか残っていません」
「ボクも人間側なので、細かいところはログから拾うしかないですね。
ユラさんも同じです」
「そうそう。だから、これは“ユラの青春”じゃなくて」
ユラ先生は、少しだけ笑う。
「シロとアスハと、もうひとりの誰かの――少し苦い昔話だと思って聞いて」
◇
「昔ね」
ユラ先生は、窓の外に視線をやる。
「今の風祈学院とは別に、“祈りを学ぶ場所”があったんだって。
名前はもう残ってない。ログにも、消されたところが多い」
「消されたんだ……」
ノノハが小さく呟く。
「世界の配線を引き直すときに、古い線図を塗り潰したからね。
でも、その塗り潰しきれなかった部分が、こうやって残ってる」
ユラ先生は、祈り板の上を指でなぞった。
「そこには“線を見るやつ”と、“線を守るやつ”と、
“線をぜんぶ背負おうとしたやつ”がいた」
「……シロと、アスハと」
ヴァンが目を細める。
「もうひとり、だな」
ユラ先生は、はっきりとは名前を出さない。
出さなくても、なんとなく分かる。
統祈神ルカダス。
◇
「アスハから聞いた話だとね」
ユラ先生は、珍しくちょっと真面目な声になった。
「その頃のアスハは、今と同じで“境界線に立つやつ”だった。
危ない祈りを全部自分のとこで止めて、
『ここから先は行かせねぇ』って顔してたって」
「想像できる……」
シエラが苦笑する。
「シロは、“線を見るやつ”。
どの祈りがどこへ向かおうとしてるか、
誰のところで詰まってるか。
そればっかり気にしてたってさ」
胸の奥が、じくりと鳴った。
今の白室のソファで、祈りを眺めている姿と、
重なって見える。
「もうひとり――ルカダスは、全体の線図を引いていた。
神界と地上と、境界線と。
それをどう繋げば世界がもつか、ずっと考えてた」
ユラ先生の声には、少しだけ敬意が混じっていた。
「でね。
その三人が、同じ誰かを好きになったときの話が、
ログにも、アスハの口からも残ってる」
◇
空気が、少し止まった。
「え、何それ聞きたい」
ノノハが机に乗り出す。
「待てノノハ、落ち着け」
シュンが慌てて引き戻す。
俺も、思わず息を飲んだ。
「同じ“誰か”って……」
「その人が誰だったかは、アスハもシロさんもハッキリ言わなかったんだよね〜」
ユラ先生は、肩をすくめる。
「ログ上も、うまいことぼかされてる。
名前だけ削ったのか、最初から書かれてないのか」
「なんでそんな中途半端なんです?」
ヴァンが眉を寄せる。
「たぶん、“守りたかった”んでしょ」
ユラ先生は、あっさり言う。
「世界か、その人か、その両方か。
とにかく、誰かの“具体的な顔”だけは伏せて、
“こじれた線”の話だけ残した」
◇
「で、三人はそれぞれ違うこじれ方をしたらしい」
ユラ先生は、指先で机の上に三本の線を描いた。
「アスハは、“線を守るやつ”だからさ。
自分の気持ちよりも、その人の安全とか、世界の安定とか、
そういうもんを優先しようとした」
「らしい……」
シエラが苦笑した。
「シロは、“自分だけゼロにすりゃ丸く収まる”って考え方をした」
先生の声が、わずかに低くなる。
「ログにも、はっきり残ってる。
『俺が降りれば、お前らはまだ別の道を選べる』ってね」
胸の奥が、じくっと熱くなった。
「ルカダスは、“全部背負う側”に行こうとした。
自分が統祈に残って、二人を前からも後ろからも守ればいいって」
「……それ、どっちも折れそうなやつじゃないですか」
ヴァンが顔をしかめる。
「そうだね〜。
どれもこれも、“自分の気持ちをちゃんと見る”ってことからは逃げてる」
ユラ先生は、自分で言いながらため息をついた。
「誰かを守るためとか、世界のためとか。
そういう言い訳ばっかり上手くなってさ」
◇
「結果として、世界の線は何とか繋がった。
三人の誰かが“神様側に行く”ことでね」
ユラ先生は、ちらりと俺たちを見る。
「ただ、その人に向かって伸びていた祈りは、
全部中途半端なまま、どこかに置いてきた」
「どこかって……」
ノノハが、心配そうな顔になる。
「白室のソファかもしれないし、
統祈の奥のほうかもしれないし。
あるいは、その人自身の胸の奥かも」
先生は首を傾げた。
「アタシも、“直接”見たわけじゃないからさ。
あくまでログと、境界線組から聞いた話をつぎはぎした想像だけどね」
「境界線組って……アスハさんと、ルカダスさんと?」
「そう。
それに白室の神様が少しだけ話してくれたことを足して、
今の話になってる」
ユラ先生は、祈り板を指先でとん、と叩いた。
「それでもよく分かんないところが残ってるのが、
たぶんいちばん大事なんだろうな〜って」
◇
「……今は?」
気づけば、口が動いていた。
「その“置いてきた祈り”って、今どうなってるんですか」
「さぁね〜」
ユラ先生は、肩をすくめる。
「世界の線を引き直したときに、
少しは溶けて流れたかもしれないし。
まだどこかで、形を変えて残ってるかもしれない」
そう言って、俺たちを見回した。
「ただ、アスハもシロもルカダスも――
“世界のために自分の気持ちをゼロにするやり方は、もう終わりにする”
ってことだけは、何度も言ってた」
それは、記録を越えた“本人たちの言葉”だ。
◇
「だからさ」
ユラ先生は、祈り板をぱたりと伏せた。
「祈装連盟リーグの話が来たとき、
アタシは最初、“また誰かを部品にする気か?”って警戒した」
「部品……?」
シュンが眉をひそめる。
「誰かひとりだけ酷い目に遭わせて、
“世界のためでした”って顔して終わらせる線」
ユラ先生は、あからさまに嫌そうな顔をする。
「でも、祈導局や他の学院から送られてきた線図と条件を見る限り、
少なくとも今回は、“こじれた祈りをどう扱うか”を、
各学院に見せてもらうほうに傾いてる」
リツが頷いた。
「無祈の気配もありますし、
完全にきれいごとでは済まないと思いますが……」
「“誰か一人をゼロにする案”は、
少なくとも統祈モデルからは外されてる」
ミオ先生が静かに言葉を継いだ。
「だから――送り出せます。
あなたたちを」
◇
「……やっぱり、行くんだな」
ヴァンが小さく息を吐く。
「行きたくないの?」
ノノハが首をかしげる。
「行きたくないってわけじゃねぇけどさ。
“お祭りだ〜”って喜んでるだけじゃ済まなそうだなって」
「それはそうだな」
シュンも肩をすくめる。
シエラは、ずっと黙っていた。
けれど、その目はどこか遠くを見ている。
「シエラ?」
「……なんかさ」
ゆっくりと口を開く。
「今の話、全然“昔話”に聞こえなかった」
風が、静かに鳴った。
「好きな誰かがいて。
でも、自分の気持ちより“守ること”とか“世界”とかを優先して。
その結果、途中で全部置いてくような線の話」
胸の奥が、きゅっと鳴った。
「……そうなりたくないなって思った」
シエラは、はっきりと言う。
「誰を好きになるのかなんて、今はまだよく分かんないけどさ。
“どうせ世界のほうが大事だから”って言い訳して、
自分の祈りを丸ごとゼロにするのだけは、絶対嫌だ」
ユラ先生が、目を細める。
「いいねぇ」
「いいの?」
「うん。
世界のために自分を諦めるって、すごくカッコよく聞こえるけど」
先生は、掌をひらひらさせた。
「ログの向こう側で実際にやってみた人たちは、
全員“二度とやりたくない”って顔してたからね〜」
それは、記録越しの“経験者の声”だった。
◇
「――というわけで」
ユラ先生は、立ち上がった。
「祈装連盟リーグ。
風祈学院一年戦線は、代表として参加する方向で話が進んでます」
「“方向”ってことは、まだ決まりじゃないんだ?」
俺が尋ねると、リツが頷く。
「他学院との調整もありますからね。
ただ向こうも、“風の一年戦線”はかなり注目しているようです」
「まぁ、あんだけ暴れてればな」
シュンが肩をすくめる。
「暴れてるのは主にあんたとシエラちゃんですけどね〜」
ノノハが笑った。
「正式な通達が来たら、改めて説明します。
そのときまでに――」
ミオ先生は、少しだけ間を置いた。
「今日の話、
“誰かの記録だったこじれ”を、
今度は自分たちのほうでどう繋ぎ直すか、
ちょっと考えておいてください」
◇
実習室を出ると、塔の上からの風が一気に吹き込んできた。
「……なんかさ」
階段を降りながら、シエラがぽつりと言う。
「先生たち、ずるいよね」
「どこが?」
「ログ越しの話だけ見て、
“二度と同じことさせないぞ”って顔でこっち見るとこ」
そう言いながら、少しだけ笑った。
「でもまぁ――ありがたいけどさ」
「うん」
俺も、同じくらい小さく笑う。
きっとあの人たちは、
記録と昔話の向こう側でこじれた線の続きに、
俺たちを立たせないために、
こうしてわざわざ話をしてくれている。
(なら――)
その線の先で、どう祈るかは、こっちの仕事だ。
「リーグ、どうする?」
ヴァンが言う。
「どうするって?」
「勝ちに行くのか、学びに行くのか。
それとも――誰かのこじれ、拾いに行くのか」
「欲張りだな」
シュンが笑った。
「全部、やれるところまでやりゃいいだろ」
ノノハも、両手を上げる。
「恋と祈りと戦いと〜、全部ごちゃまぜのほうが、風祈学院っぽいですよ!」
「それは否定できねぇな……」
俺たちは顔を見合わせて、笑った。
風が、階段を駆け抜ける。
その先――学院の門の外、まだ見ぬ他の学院たちの祈りが、
かすかにこちらをうかがっている気がした。




