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第8話 はじめての本任務



 翌日。


 風祈学院の講義室は、朝からいつもと空気が違っていた。


 理由は簡単だ。

 教室の後ろの席に、炎色の装束を着た五人が並んでいるからだ。


「いや〜、他の学院の授業って新鮮だな」


 レイカが、腕を組んでふんぞり返る。


「静かにしてないと先生に怒られますよ、隊長」


 ユウゴが、半眼でつっこむ。


「ほら〜、ああやって注意してくれる子がいる隊は長生きするんだよ〜」


 教壇の前で、ユラ先生が笑う。


「じゃ、今日は特別に“風と炎の授業”にします。

 火祈のみんなも、遠慮なく参加してね〜」


 教室の前半分、風祈一年。

 後ろ半分、火祈代表戦線チーム。


 線だけじゃなく、視線までごちゃっと混ざっている感じだ。


「勇」


 隣で、シエラが小声で囁く。


「なんかさ、見られてる気がしない?」


「実際見られてるだろ」


「そうなんだけどさ!」


 確かに、後ろのほうから、ちょこちょこ視線が飛んできている。


 タケルは真面目に前を見ているが、

 サラは興味津々といった顔でノートを取っていて、

 ミレイは緊張したようにこちらと前を何度も見比べている。


 そしてレイカは――あからさまに俺を見ていた。


「線読みって、授業中も線見えてんの?」


 いきなりそんなことを聞かれた。


「授業中は、普通に黒板見てます」


「だよな。

 ずっと線見えてるとか言われたら、こっちが疲れるわ」


 レイカは笑い、すぐ真面目な顔に戻る。


「でも、さっきからちょくちょく、外の線に意識飛ばしてるだろ」


「……見てました?」


「隊長の目は節穴じゃない」


 言い方は軽いが、視線は鋭い。


(遠く見過ぎるな、って言われたばかりなんだけどな)


 窓の外、学院の上の線は穏やかだ。

 けれど、その少し向こう――街のほうで、

 ほんの小さなひっかかりがある。


 昨日見た黒さではない。

 けれど、きれいに祈りが整っていない感じ。


 何かが、うまく回っていない。


「心ここにあらずな隊員がいるって、報告書に書いとくか」


「やめてください」


 レイカに軽口を返したところで、教室の扉がノックされた。



「はいは〜い、どうぞ〜」


 ユラ先生が返事をすると、扉が静かに開く。


「失礼します」


 童顔の学院長――リツが、祈り板を抱えて入ってきた。

 いつもの柔らかい笑顔……で、眉だけが少しだけ硬い。


 その後ろから、カガリ先生と、炎色の装束をまとった見知らぬ大人が一人。


「お、火祈の先生だ」


 レイカが小さく呟く。


「じゃあ、授業はここまで〜」


 ユラ先生が、ぱんぱんと手を叩く。


「みんな、一回立って。

 今から“本任務”の話をします」


 教室の空気が、一気に張りつめた。


 俺たち一年戦線チーム。

 火祈学院代表戦線チーム。


 視線が自然と前へ集まる。


「改めまして」


 リツが祈り板を胸の前に抱え直す。


「これより、“多属性合同戦線・第一任務”を発令します」


 教室の端で、炎祈の先生も静かに頷いた。


「風祈学院一年戦線チーム、および火祈学院代表戦線チームに、

 祈装兵暴走地区の調査および鎮圧をお願いします」


 やっぱり来たか、という感じだった。



 祈り板に、地図が浮かび上がる。


 学院から少し離れた、祈り街のひとつ。

 小さな祈祷塔と、いくつかの工房。

 祈装兵の集積場としても使われている場所だ。


「ここ数日、この地区で小規模な暴走が続いています」


 リツの指に合わせて、小さな赤い印がいくつも灯る。


「共通点は、“暴走した祈装兵の札が、途中から読めなくなっている”こと」


「途中から、ですか」


 ユウゴが食いつく。


「最初から乱れているわけではなく?」


「ええ。

 工房で組まれたときは正常です。

 現場でしばらく稼働したあと、突然文字が滲み、線がほどけている」


 昨日訓練場で見た、あの黒い染みが頭に浮かんだ。


「つまり、“途中で誰かが書き換えている”か、

 “途中で何かが入り込んでいる”か、ですね」


 炎祈の先生――落ち着いた女の人が口を開いた。


「火祈学院側、監督役のカレンです。よろしく」


 短く自己紹介し、すぐ本題に戻る。


「火祈側でも似た報告が出始めています。

 だからこそ、今回の任務は“合同”でお願いしたい」


「風の線の乱れと、熱の乱れ、両方から見る必要がある」


 カガリ先生が続ける。


「向こう側の“面倒くさがり”どもが、本格的にちょっかいかけてきてるかもしれん」


 教室の中で、何人かが小さく息を飲んだ。


「現場指揮は、風祈側が天霧勇。

 火祈側が焔道レイカ」


「え、俺ですか」


「俺か」


 同時に声が重なる。


「線読みと熱源管理、両方の視点が必要だからね」


 リツが穏やかに笑う。


「もちろん、君たちだけを前線に放り出したりはしません。

 カガリ先生とカレン先生が同行します」


「現場で変なことになったら、即座に叩き切る」


 カガリ先生の物騒な一言。


「その前に、君たちがどこまで“マシな線”を選べるか見せてもらうけどね」


 視線が、俺とレイカに向いた。


 喉が、少しだけ乾く。


(全部一人でどうこうしようとするな)


 ミオ先生の言葉を思い出す。


(任せるところは任せて、“ここまで”を決めるのが仕事だ)


「……やります」


 自分の声が、思ったよりはっきり出た。


 レイカも、にっと笑う。


「了解。火祈側も乗った」


「よろしい」


 リツが小さく頷いた。


「では一時間後、南塔前に集合。

 風祈・火祈、合同で現場へ向かいます」



 集合までの一時間は、妙に早かった。


 装備の確認。

 祈り板の簡易地図の写しを受け取る。

 ミオ先生に「怪しくなったら即撤退」と念押しされる。


 気づいたら、南塔の前に立っていた。


「移動には、これを使います」


 リツが手を広げると、

 塔の影から、風をまとった石の台座が滑り出てきた。


 脚のない、浮遊する石板。

 側面に風祈学院の紋章が刻まれている。


「風の舟か」


 ヴァンが小さく呟く。


「学院外任務用の簡易版です」


 リツが説明する。


「風祈側で操作しますが、

 今回は火祈側にも操作方法を共有しておきます」


「落ちない?」


 ミレイが、不安げに聞く。


「“たぶん”」


 ユラ先生が親指を立てる。


「たぶん、はやめてください〜」


 ノノハが青ざめた。


「大丈夫だよ」


 シエラが、ノノハの肩をぽんぽん叩く。


「あたしが吹き飛ばされても、勇がなんとかしてくれるから!」


「最初から落ちる前提でしゃべるな」



 風の舟に乗り込むと、

 足元から柔らかい風が身体を支えた。


 学院の塔が、ゆっくりと遠ざかっていく。


 下に広がる街の線が、遠くからでも見えた。


 祈祷塔から伸びる、まっすぐな祈りの線。

 人々の暮らしから立ち上る、小さな風の線。


 その中に、ところどころ、

 妙に“空白”が目立つ場所があった。


(あそこか)


 地図で見た暴走地区の位置と、違和感のある空白が重なる。


「見えてる?」


 隣でレイカが、小声で聞いてきた。


「ざっくりなら」


「こっちには、熱の偏りが見える」


 レイカは、下の街を睨みながら言う。


「通常稼働の祈装兵がいる区画は、一定の温度で落ち着いてる。

 でも、あの辺――」


 レイカの指先が、俺の見ている場所とほぼ一致していた。


「妙に冷えたり、妙に熱くなったりしてる」


「冷えたり、ですか」


「火が消えたあとみたいな場所と、

 誰もいないのに炉だけが燃え続けてるみたいな場所が、同じ区画に並んでる」


 それはたしかに、健全な祈りの動き方じゃない。


 風と炎、別々の視点で見ても同じ場所が“おかしい”と言っている。


 それだけで、背筋が少し冷えた。



 目的の祈り街に到着すると、

 風の舟はゆっくり高度を下げた。


 地上に降り立つと、

 最初に感じたのは、妙な静けさだった。


 本来なら、祈装兵の足音や、

 工房の祈り歌が響いているはずの場所だ。


 それが、今日はほとんど聞こえない。


「人の気配は、ありますね」


 ヴァンが周囲を見回す。


 窓の陰や、屋台の裏から、

 不安そうな視線がのぞいていた。


「学院の子たちだ……」


 誰かの呟きが聞こえる。


「風祈と火祈……? なんで……?」


 怯えと期待が入り混じった空気。


「風祈学院一年戦線チーム、および火祈学院代表戦線チームです」


 リツが、街の中央に向かって声を上げた。


「祈装兵暴走の調査に来ました。

 危険な場所には近づかないでください。

 祈り塔の職員の方は、こちらへ」


 しばらくして、祈祷塔の管理者らしき中年の男が駆けてきた。


「来てくださったんですね……!」


 顔色は青く、目の下にはくまがある。


「状況を簡潔に」


 カレン先生が前に出る。


「ここのところ、祈装兵が突然暴れ出すようになりまして……。

 最初は一体だけだったんです。

 札が破れて、制御を失って」


 管理者の手が震える。


「でも昨日から、暴走した札が、

 どれも黒くにじんだあと、文字ごと消えてしまうんです」


「暴走した祈装兵は?」


「工房の奥に。

 動かないように縛り付けてありますが……」


 工房の奥。

 線の濁り方が、一番ひどい方向だ。


「勇」


 レイカが、小さく俺の名を呼ぶ。


「どう見る?」


 視線を、工房のほうへ向ける。


 祈装兵の線がいくつも重なっている場所。

 そこに、本来あるはずの“安定した祈りの柱”が、見えない。


 代わりに、

 何かにかじられたような穴が、ぽつぽつ開いていた。


「……悪い予感しかしません」


「よし、じゃあマシなほうを選ぼう」


 レイカが、にっと笑う。


「行くぞ、“線読み”」



 工房の扉を開けると、すぐに空気の違いが分かった。


 焼けた金属の匂い。

 焦げた木と油の匂い。

 そして、その下に沈んだ、薄い“空白”の匂い。


「……嫌な感じ」


 ノノハが、思わず鼻を押さえる。


「歌が響きづらい空気です」


「祈装兵は、奥だ」


 タケルが、重い足取りで先へ進む。


 工房の一番奥――

 そこに、何体かの人型祈装兵が鎖で固定されていた。


 表面の装甲には、焦げ跡と打撃痕。

 完全に沈黙しているが、

 祈り札のあった場所だけが、不自然にぽっかり空いている。


「札は?」


「こちらに」


 管理者が、布に包まれたものを差し出す。


 リツが受け取り、そっと布をめくった。


 中から現れた札は――

 ほとんど真っ黒だった。


 祈り文字は欠片も残っていない。

 黒い染みが、紙そのものを変質させている。


 見ているだけで、

 ゼロラインで感じた冷たさが指先を舐めてくる。


「触るな」


 アスハさん――境界代表として同行していたアスハさんが、低く言った。


「線読み。遠くから見るだけにしろ」


「はい」


 近づかなくても、分かる。


 これは祈りですらない。

 “何もしない”の中に、妙な重さだけがある。


「……ねえ」


 小さな声が、工房の入口のほうから聞こえた。


 振り向くと、

 十歳くらいの子どもが、扉の隙間からこちらを見ていた。


 見覚えのある目だった。

 昨日のゼロライン実習で、遠くに見えた“まだ諦めていない光”の色に少し似ていて――

 いや、今はそれを追いかけている場合じゃない。


「中は危ない。外に――」


 そう言いかけたとき、

 子どもがぽつりと呟いた。


「あいつら、また来るよ」


「……あいつら?」


 シエラがしゃがんで目線を合わせる。


「誰のこと?」


「黒い人たち」


 子どもの声は、ひどく乾いていた。


「祈るの、やめちゃいなよって。

 めんどくさいでしょって。

 笑いながら言ってた」


 工房の空気が、一気に冷えた。


 ゼロラインの向こうの“何か”が、

 顔も形も持ち始めた瞬間だった。


「勇」


 レイカが、小さく囁く。


「嫌な予感、当たった?」


「当たりすぎて、笑えない」


 喉の奥が、きゅっと狭くなる。


(“全部めんどくさいから、やめよう”か)


 それは、たしかに楽だ。

 祈らなければ、願わなければ、

 傷つくことも期待することもない。


 でも、その先に残るのは――

 何もない黒だけだ。


「……少し、外の線を見ます」


 工房の中から一歩だけ後ろへ下がり、

 街全体の線を見渡す。


 さっきよりも、黒い染みが増えている。

 見ている間にも、どこかの祈り札が“面倒くさい”に飲まれている。


(ここで全部をどうにかしようとしたら、また潰れる)


 ゼロラインで学んだことを、強制的に思い出す。


(できる範囲を決めろ)


 足元の線を確かめる。


 風祈の仲間たち。

 火祈の仲間たち。

 そして、この街のまだ切れていない祈り。


「レイカ」


「おう」


「ここから“外側”に黒が広がる前に、

 この工房の中だけでも“マシな状態”に戻します」


 レイカが、目を細める。


「工房ごと燃やすのは、最後の手段にしておく?」


「できれば、祈りが残ってる分は守りたいです」


「気が合うな」


 レイカは、口の端を上げた。


「じゃあ、一緒にやろうぜ。

 “めんどくさがり”どもの顔、拝んでやろうじゃないか」


 火と風の線が、工房の中で静かに動き始める。


 黒い札。

 祈装兵の空白。

 「祈るのをやめちゃいなよ」と笑っていたという“誰か”。


 俺たちの最初の本任務は、

 その気配と真正面からぶつかることになりそうだった。


 ――工房の奥、止まっているはずの祈装兵の指が、

 小さく、かすかに、黒く震えた。


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