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第4話 一年戦線チーム、正式編成



 朝の中庭は、やけにそわそわしていた。


 風祈学院の祈り板には、新しい札が一枚、目立つように貼られている。


【一年戦線チーム候補 講堂に集合】

【担当:学院長リツ/ユラ先生/カガリ先生/ミオ先生/境界代表アスハ】


「……顔ぶれがやたら豪華なんだけど」


 思わずつぶやくと、横からシエラが身を乗り出してきた。


「やばくない? 先生勢ぞろいだよ? 絶対なんかあるよ!」


「“なんかある”の、だいたい良くないほうだろ」


「勇、そういうこと言わないの。

 いいほうかもしれないじゃん。ほら、“正式チーム任命”とか!」


 シエラの目はきらきらしている。

 緊張よりも期待のほうが大きいらしい。


「勇」


 背後から、短い声がした。


 振り向くと、ヴァンが立っている。

 大きな盾を背負って、いつも通り無駄のない姿勢だ。


「講堂、行く」


「分かってるよ」


「ノノハは〜ここにいますよ〜」


 ふわふわした声と共に、ノノハが祈り板の向こうから顔を出す。


「シュンは?」


「ここだ」


 柱の影から、シュンが出てくる。

 いつも通り眉間にしわが寄っているが、目はどこか楽しそうだ。


「じゃあ一年戦線チーム候補、全員集合ってことで!」


 シエラが勝手にまとめ、俺たちは講堂へ向かった。



 講堂の扉を開けた瞬間、空気が少し変わった。


 広い空間の奥、壇上にはリツ学院長。

 その横にユラ先生が腕を組んで立ち、

 少し離れてカガリ先生とミオ先生。

 そして、壁際の柱にもたれている影がひとつ――アスハさんだ。


 講堂の中にいる生徒は、俺たち一年五人だけだった。


「お待ちしていました、一年戦線チーム候補の皆さん」


 リツが、童顔のまま柔らかく笑う。


「座らなくていいですよ。今日は、立ってたほうが話が早いですから」


 俺たちは講堂の中央に横一列に並ぶ。

 壇上からの視線が、一人ずつを丁寧に撫でていくのが分かった。


「では改めて、名前と得意分野の確認からいきましょう」


 リツは指先に小さな風を灯し、それを五つに分けた。


「天霧勇。線読み特化の風祈使い。

 ルーファ=シエラ。突破と先陣を担う槍風祈。

 ヴァン・グラッド。防御と固定に優れた壁風祈。

 ノノハ・フィル。支援と調律を司る歌風祈。

 シュン・カザミ。瞬間火力と突破に特化した雷鳴風祈」


 名前を呼ばれるたびに、風の欠片が形を変える。

 槍、盾、楽器、雷――最後に残ったひとつは、細い線の束だった。


「これら五つを、ひとつの“窓口”としてまとめるのが、

 これからの君たちの役目です」


「窓口、か」


 思わず口の中で繰り返す。


 第四祈路。

 世界と神界を結ぶ新しい線の、人間側の入り口。


「まず、ひとつお知らせがあります」


 リツが、いつもよりほんの少しだけ真面目な声になった。


「本日をもって、君たち五人は“候補”を外れます」


 シエラの肩がびくっと動いた。

 その隣で、ノノハが小さく息を飲む。


「天霧勇、ルーファ=シエラ、ヴァン・グラッド、

 ノノハ・フィル、シュン・カザミ」


 リツは一人ひとりの目を見て、はっきりと言った。


「君たちを正式に――

 風祈学院一年戦線チームとして登録します」


 講堂の空気が、少しだけ震えた気がした。


「……やった!」


 最初に声を上げたのは、やっぱりシエラだった。


「ほら勇、当たった! 正式チーム任命、きた!」


「まだ内容聞いてないだろ」


「内容はあとで! 今は喜ぶ!」


 勢いよく腕を上げるシエラに、シュンが小さく笑う。


「まあ、悪くない肩書きだな」


「ヴァンは?」


「責任、増えた」


 短いけれど、どこか誇らしげな声だった。


「ノノハは〜、なんだか緊張してきました〜」


 ノノハは胸に手を当てて、深呼吸をしている。



「はいはい、真面目な話はここからね〜」


 ユラ先生が一歩前へ出る。


「一年戦線チーム。

 “カッコいい名前”だけど、中身はけっこう泥くさい仕事です」


 明るい声で、平然とそう言う。


「祈導局製の祈装兵の暴走止めたり、

 無祈が溜まりすぎた場所の風通しをしたり、

 線が絡まりすぎた街角なんかの整え役になったり」


「……それ、普通の一年の仕事じゃないですよね?」


 思わず言うと、ユラ先生は笑った。


「うん。普通じゃない。

 でも、君たちは普通じゃないから、ここにいるんだよ?」


 さらっと言いやがった。


「だからこそ、役割をちゃんと決めます」


 ユラ先生が、俺たちを指さしていく。


「勇は、線読みと現場の調整役。

 “どこがまだマシか”を一番早く見つける係」


「マシって言い切るんですね」


「最善なんて、そうそうおちてないからね〜」


 笑いながらも、その目は真面目だ。


「シエラは、突破と先陣。

 勇が見つけた“マシな線”を、実際にこじ開ける役」


「任せてよ!」


「ただし、突っ込むだけじゃなくて、戻る道もちゃんと考えること。

 先陣は“帰ってくる勇気”も必要だからね」


「……はい!」


 シエラの顔が少し引き締まる。


「ヴァンは、盾と支点。

 全体が崩れないように、ここぞって場所に壁を置く係」


「分かった。戻る場所、必ず残す」


「ノノハは、支援と調律。

 みんなの線を合わせて、乱れたところを整える。

 壊すより先に、“整える”のが得意な子が一人は必要だからね」


「がんばります〜」


「シュンは、切り札。

 どうしようもなく詰まったところを、雷鳴でぶち抜く係」


「簡単に聞こえるな」


「簡単じゃないよ。

 切り札は、“ここぞ”を間違えると全部台無しになる」


 ユラ先生の言葉に、シュンの表情が少しだけ引き締まる。


「とまあ、こんな感じで役割は決まりました」


「おい」


 そのとき、柱にもたれていたアスハさんが口を開いた。


「一番大事なのが抜けてるぞ」


「お、やっと喋った」


 ユラ先生が嬉しそうに振り向く。


「じゃあアスハさん、お願いします〜」


「お願いって言うな」


 アスハさんは、俺たちを一人ずつ見渡した。


 その視線は鋭いのに、どこか懐かしさを含んでいるようにも見える。


「戦線チームの一番大事な役割は――」


 少しだけ間を置いて、言った。


「“誰か一人で全部抱え込まない”ことだ」


 言葉が、胸にずしりと落ちる。


「線読みが線を全部どうにかしようとしたら、そいつがまず潰れる。

 突破役が全部真っ先に受けようとしたら、すぐに折れる。

 盾が全部受けようとしたら、ひびだらけになる」


「……無祈の話、ですか」


 俺がぽつりと聞くと、アスハさんは首を振った。


「無祈に限らねぇ。

 “誰か一人を部品にして全部片付ける”やり方は、もう終わりなんだよ」


 その言い方には、強い怒りと、それ以上に深い疲れが混じっていた。


「だから、お前らは最初から五人だ。

 誰か一人がゼロになる前に、他の四人が止めてやれ」


 ユラ先生が、にっと笑う。


「はい、そこ試験に出ます。覚えといてね」


「試験はやめてください」


 思わず漏らすと、講堂の空気が少しだけ和んだ。



「さてと」


 カガリ先生が、一歩前へ出る。


「口だけじゃ分からんこともある。

 身体で覚えたほうが早い役目もある」


 その目が、戦場のものに変わっていく。


「これから軽い模擬戦をやる」


 シエラの肩がぴくっと跳ねる。


「模擬戦! いいね!」


「“軽い”って言いましたよね、先生」


 ノノハが不安げに確認する。


「ああ。軽い。

 ただし――遠慮はするな」


 微妙に安心できない言い方だ。


「二組に分ける。

 ユラ組とカガリ組だ」


「え、先生が分かれるんですか」


「そうだ」


 カガリ先生はきっぱりと頷き、指をさした。


「ユラ組。勇、シエラ。

 カガリ組。ヴァン、ノノハ、シュン」


「え、勇だけ二人?」


 シエラがきょとんとする。


「線読みがどう動き、どう頼るかを見るには、そのほうがいい」


 カガリ先生の目は、試すように俺を見ていた。


「場所を変える。訓練場へ移動だ」



 訓練場の地面には、すでにいくつかの簡易祈り陣が描かれていた。


 リツが指を鳴らし、線を浮かび上がらせる。


「ここを“街角”に見立てます」


 祈り板に簡単な地図が出る。

 中央に広場。周囲に路地。桶や木箱の簡易障害物。


「ユラ組は、中央の“穴”を塞ぐ側。

 カガリ組は、広場の外から“穴”に向けて圧をかける側」


「つまり、攻守に分かれての実戦形式ってことか」


 シュンが口元だけで笑う。


「面白ぇ」


「ヴァンは、防御しながら攻める感じですね〜」


 ノノハが肩を回す。


「勇」


 シエラがそっと肘でつついてくる。


「あたしたち、守る側だよ。どうする?」


「どうするって言われてもな……」


 目を閉じて、訓練場全体を走る線を見てみる。


 中央には、灰色の丸い“穴”の印。

 そこに向かって、訓練用の疑似祈り線が集まっている。


 穴を完全に消すことはできない。

 でも、風を通す方向は選べる。


「ユラ先生」


「はいよ」


「俺に、一本“線”をください」


 言ってから、自分でも何を言っているのか少し分からなくなった。


「一本?」


「はい。

 俺が“ここを通す”って選んだ線に、

 先生の風を一本だけ乗せてほしいです」


 ユラ先生は目を細め、それからにっと笑った。


「そういうの、嫌いじゃないよ。

 よし、一本だけね。他は一年たちで何とかしなさい」


「ありがとうございます」


「勇、カッコつけてるけど、ちゃんと守ってよ?」


 シエラが槍を構えながら笑う。


「そっちこそ、突っ込みすぎるなよ」


「分かってるってば」



「それじゃ、始めます」


 リツが、訓練場の端で手を上げる。


「ユラ組、防衛。カガリ組、突破。

 三十呼吸のあいだに、穴の位置をどこまで動かせるか」


「穴って動くんですか?」


 思わず聞くと、リツはにこっと笑った。


「祈りの流れを変えれば、穴の“立ち位置”も少し変わりますよ」


 言うなり、手を下ろす。


「――始め!」



 同時に、風が動き出した。


 カガリ組側から、重い圧がかかってくる。

 ヴァンの足元から、地面を押すような風。

 ノノハの歌に乗せられた追い風。

シュンの雷鳴が、ところどころで空気を揺らす。


(攻めでも、けっこういやらしい動きするな……)


 感心している場合じゃない。


 俺は足元から中央の穴まで走る線を見て、一本を選ぶ。


(ここだ)


 穴のすぐ横をかすめて、

 広場の端の祈祷柱へ向かう細い線。


 そこに、自分の風をそっと乗せる。


「ユラ先生、一本お願いします!」


「了解!」


 ユラ先生の風が、俺の作った通り道に重なる。


 細いはずの線が、一気に太くなった。


 穴は、少しだけ押しやられる。


「シエラ!」


「分かってる!」


 シエラがその“空いた隙間”に飛び込む。

 槍を構え、穴と広場のあいだに立つ。


 カガリ組の攻めが、そこにぶつかる。


「ヴァン!」


「押す」


 ヴァンの盾風が、正面からじわじわと圧をかけてくる。

 ノノハの歌が後ろから支えて、シュンの雷鳴がリズムを刻む。


「ひとりで全部受けるなよ!」


 ユラ先生の声が飛ぶ。


「勇、線!」


「分かってます!」


 正面だけ固めればいいわけじゃない。

 右から回り込もうとする“風の手”が見えた瞬間、

 そっち側に細い線をひとつ増やす。


(全部は防がない。

 危なくない方向には、あえて少し通す)


 攻める側も、本気だ。

 ヴァンは盾を横に滑らせながら、風の重心を変えてくる。

 シュンの雷が、フェイントのように空を鳴らす。


 そのたびに、頭がじんじんする。


(見すぎるな。

 無祈のときより範囲は狭い。落ち着いて――)


 どこかで覚えた「戦い方」が、身体の奥で騒ぎたがっている感覚はあった。

 剣を握って踏み込む足運び。

 相手の間合いの一歩外側に立つ癖。


 けれど今は、剣を握っていない。

 槍を振るうのはシエラで、盾を構えるのはヴァンだ。


(俺の武器は線だ)


 そう言い聞かせ、視界を少しだけ狭める。


 穴と広場と、シエラの足元。

 それだけを見る。


「シエラ、半歩下がれ!」


「了解!」


 シエラが言われたとおりに下がった瞬間、

 さっきまで彼女がいた場所を、ヴァンの重い風が通り過ぎた。


「ナイス!」


 シエラが笑う。


「今の、もし前に出てたら吹っ飛ばされてた!」


「だから言っただろ。突っ込みすぎるなって」


「はいはい、助かりました〜」


 軽口を叩きながらも、シエラの槍さばきは鋭い。

 攻めてくる風の流れを、何本もはじき返していく。


「……ふん」


 カガリ先生が、遠くから腕を組んで見ている。


「悪くない。

 ただ、守るだけじゃ退屈だろ?」


 その言葉の直後、

 シュンの雷鳴風が、突然正面からではなく、上から降ってきた。


「うわ、上か!」


「勇!」


「分かってる!」


 空からの線は、まだ細い。

 そこに、俺は自分の風をちょっとだけ乗せる。


 完全には弾かない。

 進む方向を、ほんの少しだけずらす。


 雷鳴風は、穴の真上ではなく、

 広場の端の空石に落ちた。


 空石がばちんと音を立て、

 空気が一瞬、ぱっと明るくなる。


「……今の、わざと?」


 シュンが目を細める。


「完全に止めると、こっちの線が折れる。

 だから、“逃がしていいほう”に曲げただけです」


 自分で言って、少しだけ怖くなった。


 いつの間にか、こういう判断が自然に出てきている。


「――そこまで!」


 リツの声が訓練場に響いた。


 風が一度、すっと引く。



「三十呼吸、終了です」


 リツが世界図の簡易版を浮かべる。

 中央の穴は、訓練前よりほんの少し、広場の端に寄っていた。


「防衛側の勝ち。

 穴の位置は、“マシなところ”にずれました」


「よっしゃ!」


 シエラが槍を肩に担いでガッツポーズをする。


 息は上がっているが、まだ余裕はありそうだ。


「ヴァン、どうだった?」


「重くした風、半分かわされた」


 ヴァンは淡々と自己評価を口にする。


「でも、全部止められたわけじゃない」


「ノノハは?」


「みんなの息が合ってくの見るの、楽しかったです〜。

 でも、勇くんが見てる線と、あたしが感じてるリズム、

 まだちょっとズレてる気がします」


「シュンは?」


「上からの一発、逃がされたのが悔しいな」


 シュンが、ちらっと俺を見る。


「でも、“あっちに落とされたら本当に危なかった”ってのは分かる」


 ユラ先生が、にんまり笑った。


「いいじゃん、一年戦線チーム。

 初日にしては、相当やれてるよ」


「……まだ初日なんですね、これ」


 思わず漏らすと、カガリ先生が短く笑った。


「当たり前だ。

 今から嫌というほどたたき込む」


「こわっ」


 シエラが肩をすくめる。



「じゃ、最後にひとつだけ」


 訓練が一段落したところで、アスハさんが口を開いた。


「お前らの“線”を、もう少しちゃんと見る必要がある」


 その声に、空気が少しだけ張りつめる。


「ここは学院の中。

 地面も空も、かなり整えてある」


 訓練場の土を、つま先で軽く蹴る。


「本当にひどいところは、こんなもんじゃない」


 ゼロライン――境界の上で見た穴を、俺は思い出す。

 まだ行ったことはないのに、

 胸の奥がざわつく言葉だ。


「だから」


 アスハさんの視線が、まっすぐ俺たちに向く。


「明日、一日かけて境界実習をやる。

 ゼロラインに立って、自分の線がどこまで伸びてるか見てこい」


「……ゼロライン」


 ノノハが小さく呟く。


「境界線、ですよね」


「そうだ」


 アスハさんはあっさりと言う。


「世界と世界のあいだの線。

 切る場所であり、繋ぎ換える穴でもある場所だ」


 シエラが、ごくりと唾を飲んだのが聞こえた。


「ビビるなら今のうちに言っとけ。

 境界の空気は、慣れてるやつでも気持ち悪い」


「ビビってないし!」


 シエラが即座に反論する。


「……ちょっとだけ怖いけど」


 最後だけ小さく付け足した。


「ヴァンは?」


「行く。

 怖い場所ほど、どんな風が吹いてるか確かめたくなる」


「ノノハは〜……歌、ちゃんと届くといいなぁ」


 ノノハは不安そうに、でもどこか楽しそうに笑った。


「シュンは?」


「面白そうだ。

 “外れ”の風、一度くらいは体で覚えておいていいだろ」


 四人の答えを聞いてから、アスハさんの視線が俺に向いた。


「天霧勇は?」


 名前をはっきり呼ばれ、背筋が少しだけ伸びる。


 ゼロライン。

 穴だらけの景色。

 そこに立って、線を見ろと言われている。


 怖くないと言えば嘘になる。

 でも――


「……行きます」


 自分の声は、思ったよりもはっきりしていた。


「見ないと、分からないことがあるなら。

 見てから嫌がったほうがいいかなって」


 アスハさんの口元が、わずかに上がる。


「そうか。

 じゃあ明日、境界で会おうぜ、一年戦線チーム」


 その言葉に、俺たちはそれぞれ頷いた。


 訓練場の風が、一瞬だけ強く吹き抜ける。


 学院の中の整った風と、

 その向こうに待っている、まだ見ぬ“外れ”の風。


 その境目に立つことになる明日を想像して、

 胸の奥が、不安と期待で同時にざわついた。


 ――こうして、一年戦線チームとしての最初の一日が終わり、

 世界の端に触れる二日目が、静かに近づいていた。

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