第4話 一年戦線チーム、正式編成
朝の中庭は、やけにそわそわしていた。
風祈学院の祈り板には、新しい札が一枚、目立つように貼られている。
【一年戦線チーム候補 講堂に集合】
【担当:学院長リツ/ユラ先生/カガリ先生/ミオ先生/境界代表アスハ】
「……顔ぶれがやたら豪華なんだけど」
思わずつぶやくと、横からシエラが身を乗り出してきた。
「やばくない? 先生勢ぞろいだよ? 絶対なんかあるよ!」
「“なんかある”の、だいたい良くないほうだろ」
「勇、そういうこと言わないの。
いいほうかもしれないじゃん。ほら、“正式チーム任命”とか!」
シエラの目はきらきらしている。
緊張よりも期待のほうが大きいらしい。
「勇」
背後から、短い声がした。
振り向くと、ヴァンが立っている。
大きな盾を背負って、いつも通り無駄のない姿勢だ。
「講堂、行く」
「分かってるよ」
「ノノハは〜ここにいますよ〜」
ふわふわした声と共に、ノノハが祈り板の向こうから顔を出す。
「シュンは?」
「ここだ」
柱の影から、シュンが出てくる。
いつも通り眉間にしわが寄っているが、目はどこか楽しそうだ。
「じゃあ一年戦線チーム候補、全員集合ってことで!」
シエラが勝手にまとめ、俺たちは講堂へ向かった。
◇
講堂の扉を開けた瞬間、空気が少し変わった。
広い空間の奥、壇上にはリツ学院長。
その横にユラ先生が腕を組んで立ち、
少し離れてカガリ先生とミオ先生。
そして、壁際の柱にもたれている影がひとつ――アスハさんだ。
講堂の中にいる生徒は、俺たち一年五人だけだった。
「お待ちしていました、一年戦線チーム候補の皆さん」
リツが、童顔のまま柔らかく笑う。
「座らなくていいですよ。今日は、立ってたほうが話が早いですから」
俺たちは講堂の中央に横一列に並ぶ。
壇上からの視線が、一人ずつを丁寧に撫でていくのが分かった。
「では改めて、名前と得意分野の確認からいきましょう」
リツは指先に小さな風を灯し、それを五つに分けた。
「天霧勇。線読み特化の風祈使い。
ルーファ=シエラ。突破と先陣を担う槍風祈。
ヴァン・グラッド。防御と固定に優れた壁風祈。
ノノハ・フィル。支援と調律を司る歌風祈。
シュン・カザミ。瞬間火力と突破に特化した雷鳴風祈」
名前を呼ばれるたびに、風の欠片が形を変える。
槍、盾、楽器、雷――最後に残ったひとつは、細い線の束だった。
「これら五つを、ひとつの“窓口”としてまとめるのが、
これからの君たちの役目です」
「窓口、か」
思わず口の中で繰り返す。
第四祈路。
世界と神界を結ぶ新しい線の、人間側の入り口。
「まず、ひとつお知らせがあります」
リツが、いつもよりほんの少しだけ真面目な声になった。
「本日をもって、君たち五人は“候補”を外れます」
シエラの肩がびくっと動いた。
その隣で、ノノハが小さく息を飲む。
「天霧勇、ルーファ=シエラ、ヴァン・グラッド、
ノノハ・フィル、シュン・カザミ」
リツは一人ひとりの目を見て、はっきりと言った。
「君たちを正式に――
風祈学院一年戦線チームとして登録します」
講堂の空気が、少しだけ震えた気がした。
「……やった!」
最初に声を上げたのは、やっぱりシエラだった。
「ほら勇、当たった! 正式チーム任命、きた!」
「まだ内容聞いてないだろ」
「内容はあとで! 今は喜ぶ!」
勢いよく腕を上げるシエラに、シュンが小さく笑う。
「まあ、悪くない肩書きだな」
「ヴァンは?」
「責任、増えた」
短いけれど、どこか誇らしげな声だった。
「ノノハは〜、なんだか緊張してきました〜」
ノノハは胸に手を当てて、深呼吸をしている。
◇
「はいはい、真面目な話はここからね〜」
ユラ先生が一歩前へ出る。
「一年戦線チーム。
“カッコいい名前”だけど、中身はけっこう泥くさい仕事です」
明るい声で、平然とそう言う。
「祈導局製の祈装兵の暴走止めたり、
無祈が溜まりすぎた場所の風通しをしたり、
線が絡まりすぎた街角なんかの整え役になったり」
「……それ、普通の一年の仕事じゃないですよね?」
思わず言うと、ユラ先生は笑った。
「うん。普通じゃない。
でも、君たちは普通じゃないから、ここにいるんだよ?」
さらっと言いやがった。
「だからこそ、役割をちゃんと決めます」
ユラ先生が、俺たちを指さしていく。
「勇は、線読みと現場の調整役。
“どこがまだマシか”を一番早く見つける係」
「マシって言い切るんですね」
「最善なんて、そうそうおちてないからね〜」
笑いながらも、その目は真面目だ。
「シエラは、突破と先陣。
勇が見つけた“マシな線”を、実際にこじ開ける役」
「任せてよ!」
「ただし、突っ込むだけじゃなくて、戻る道もちゃんと考えること。
先陣は“帰ってくる勇気”も必要だからね」
「……はい!」
シエラの顔が少し引き締まる。
「ヴァンは、盾と支点。
全体が崩れないように、ここぞって場所に壁を置く係」
「分かった。戻る場所、必ず残す」
「ノノハは、支援と調律。
みんなの線を合わせて、乱れたところを整える。
壊すより先に、“整える”のが得意な子が一人は必要だからね」
「がんばります〜」
「シュンは、切り札。
どうしようもなく詰まったところを、雷鳴でぶち抜く係」
「簡単に聞こえるな」
「簡単じゃないよ。
切り札は、“ここぞ”を間違えると全部台無しになる」
ユラ先生の言葉に、シュンの表情が少しだけ引き締まる。
「とまあ、こんな感じで役割は決まりました」
「おい」
そのとき、柱にもたれていたアスハさんが口を開いた。
「一番大事なのが抜けてるぞ」
「お、やっと喋った」
ユラ先生が嬉しそうに振り向く。
「じゃあアスハさん、お願いします〜」
「お願いって言うな」
アスハさんは、俺たちを一人ずつ見渡した。
その視線は鋭いのに、どこか懐かしさを含んでいるようにも見える。
「戦線チームの一番大事な役割は――」
少しだけ間を置いて、言った。
「“誰か一人で全部抱え込まない”ことだ」
言葉が、胸にずしりと落ちる。
「線読みが線を全部どうにかしようとしたら、そいつがまず潰れる。
突破役が全部真っ先に受けようとしたら、すぐに折れる。
盾が全部受けようとしたら、ひびだらけになる」
「……無祈の話、ですか」
俺がぽつりと聞くと、アスハさんは首を振った。
「無祈に限らねぇ。
“誰か一人を部品にして全部片付ける”やり方は、もう終わりなんだよ」
その言い方には、強い怒りと、それ以上に深い疲れが混じっていた。
「だから、お前らは最初から五人だ。
誰か一人がゼロになる前に、他の四人が止めてやれ」
ユラ先生が、にっと笑う。
「はい、そこ試験に出ます。覚えといてね」
「試験はやめてください」
思わず漏らすと、講堂の空気が少しだけ和んだ。
◇
「さてと」
カガリ先生が、一歩前へ出る。
「口だけじゃ分からんこともある。
身体で覚えたほうが早い役目もある」
その目が、戦場のものに変わっていく。
「これから軽い模擬戦をやる」
シエラの肩がぴくっと跳ねる。
「模擬戦! いいね!」
「“軽い”って言いましたよね、先生」
ノノハが不安げに確認する。
「ああ。軽い。
ただし――遠慮はするな」
微妙に安心できない言い方だ。
「二組に分ける。
ユラ組とカガリ組だ」
「え、先生が分かれるんですか」
「そうだ」
カガリ先生はきっぱりと頷き、指をさした。
「ユラ組。勇、シエラ。
カガリ組。ヴァン、ノノハ、シュン」
「え、勇だけ二人?」
シエラがきょとんとする。
「線読みがどう動き、どう頼るかを見るには、そのほうがいい」
カガリ先生の目は、試すように俺を見ていた。
「場所を変える。訓練場へ移動だ」
◇
訓練場の地面には、すでにいくつかの簡易祈り陣が描かれていた。
リツが指を鳴らし、線を浮かび上がらせる。
「ここを“街角”に見立てます」
祈り板に簡単な地図が出る。
中央に広場。周囲に路地。桶や木箱の簡易障害物。
「ユラ組は、中央の“穴”を塞ぐ側。
カガリ組は、広場の外から“穴”に向けて圧をかける側」
「つまり、攻守に分かれての実戦形式ってことか」
シュンが口元だけで笑う。
「面白ぇ」
「ヴァンは、防御しながら攻める感じですね〜」
ノノハが肩を回す。
「勇」
シエラがそっと肘でつついてくる。
「あたしたち、守る側だよ。どうする?」
「どうするって言われてもな……」
目を閉じて、訓練場全体を走る線を見てみる。
中央には、灰色の丸い“穴”の印。
そこに向かって、訓練用の疑似祈り線が集まっている。
穴を完全に消すことはできない。
でも、風を通す方向は選べる。
「ユラ先生」
「はいよ」
「俺に、一本“線”をください」
言ってから、自分でも何を言っているのか少し分からなくなった。
「一本?」
「はい。
俺が“ここを通す”って選んだ線に、
先生の風を一本だけ乗せてほしいです」
ユラ先生は目を細め、それからにっと笑った。
「そういうの、嫌いじゃないよ。
よし、一本だけね。他は一年たちで何とかしなさい」
「ありがとうございます」
「勇、カッコつけてるけど、ちゃんと守ってよ?」
シエラが槍を構えながら笑う。
「そっちこそ、突っ込みすぎるなよ」
「分かってるってば」
◇
「それじゃ、始めます」
リツが、訓練場の端で手を上げる。
「ユラ組、防衛。カガリ組、突破。
三十呼吸のあいだに、穴の位置をどこまで動かせるか」
「穴って動くんですか?」
思わず聞くと、リツはにこっと笑った。
「祈りの流れを変えれば、穴の“立ち位置”も少し変わりますよ」
言うなり、手を下ろす。
「――始め!」
◇
同時に、風が動き出した。
カガリ組側から、重い圧がかかってくる。
ヴァンの足元から、地面を押すような風。
ノノハの歌に乗せられた追い風。
シュンの雷鳴が、ところどころで空気を揺らす。
(攻めでも、けっこういやらしい動きするな……)
感心している場合じゃない。
俺は足元から中央の穴まで走る線を見て、一本を選ぶ。
(ここだ)
穴のすぐ横をかすめて、
広場の端の祈祷柱へ向かう細い線。
そこに、自分の風をそっと乗せる。
「ユラ先生、一本お願いします!」
「了解!」
ユラ先生の風が、俺の作った通り道に重なる。
細いはずの線が、一気に太くなった。
穴は、少しだけ押しやられる。
「シエラ!」
「分かってる!」
シエラがその“空いた隙間”に飛び込む。
槍を構え、穴と広場のあいだに立つ。
カガリ組の攻めが、そこにぶつかる。
「ヴァン!」
「押す」
ヴァンの盾風が、正面からじわじわと圧をかけてくる。
ノノハの歌が後ろから支えて、シュンの雷鳴がリズムを刻む。
「ひとりで全部受けるなよ!」
ユラ先生の声が飛ぶ。
「勇、線!」
「分かってます!」
正面だけ固めればいいわけじゃない。
右から回り込もうとする“風の手”が見えた瞬間、
そっち側に細い線をひとつ増やす。
(全部は防がない。
危なくない方向には、あえて少し通す)
攻める側も、本気だ。
ヴァンは盾を横に滑らせながら、風の重心を変えてくる。
シュンの雷が、フェイントのように空を鳴らす。
そのたびに、頭がじんじんする。
(見すぎるな。
無祈のときより範囲は狭い。落ち着いて――)
どこかで覚えた「戦い方」が、身体の奥で騒ぎたがっている感覚はあった。
剣を握って踏み込む足運び。
相手の間合いの一歩外側に立つ癖。
けれど今は、剣を握っていない。
槍を振るうのはシエラで、盾を構えるのはヴァンだ。
(俺の武器は線だ)
そう言い聞かせ、視界を少しだけ狭める。
穴と広場と、シエラの足元。
それだけを見る。
「シエラ、半歩下がれ!」
「了解!」
シエラが言われたとおりに下がった瞬間、
さっきまで彼女がいた場所を、ヴァンの重い風が通り過ぎた。
「ナイス!」
シエラが笑う。
「今の、もし前に出てたら吹っ飛ばされてた!」
「だから言っただろ。突っ込みすぎるなって」
「はいはい、助かりました〜」
軽口を叩きながらも、シエラの槍さばきは鋭い。
攻めてくる風の流れを、何本もはじき返していく。
「……ふん」
カガリ先生が、遠くから腕を組んで見ている。
「悪くない。
ただ、守るだけじゃ退屈だろ?」
その言葉の直後、
シュンの雷鳴風が、突然正面からではなく、上から降ってきた。
「うわ、上か!」
「勇!」
「分かってる!」
空からの線は、まだ細い。
そこに、俺は自分の風をちょっとだけ乗せる。
完全には弾かない。
進む方向を、ほんの少しだけずらす。
雷鳴風は、穴の真上ではなく、
広場の端の空石に落ちた。
空石がばちんと音を立て、
空気が一瞬、ぱっと明るくなる。
「……今の、わざと?」
シュンが目を細める。
「完全に止めると、こっちの線が折れる。
だから、“逃がしていいほう”に曲げただけです」
自分で言って、少しだけ怖くなった。
いつの間にか、こういう判断が自然に出てきている。
「――そこまで!」
リツの声が訓練場に響いた。
風が一度、すっと引く。
◇
「三十呼吸、終了です」
リツが世界図の簡易版を浮かべる。
中央の穴は、訓練前よりほんの少し、広場の端に寄っていた。
「防衛側の勝ち。
穴の位置は、“マシなところ”にずれました」
「よっしゃ!」
シエラが槍を肩に担いでガッツポーズをする。
息は上がっているが、まだ余裕はありそうだ。
「ヴァン、どうだった?」
「重くした風、半分かわされた」
ヴァンは淡々と自己評価を口にする。
「でも、全部止められたわけじゃない」
「ノノハは?」
「みんなの息が合ってくの見るの、楽しかったです〜。
でも、勇くんが見てる線と、あたしが感じてるリズム、
まだちょっとズレてる気がします」
「シュンは?」
「上からの一発、逃がされたのが悔しいな」
シュンが、ちらっと俺を見る。
「でも、“あっちに落とされたら本当に危なかった”ってのは分かる」
ユラ先生が、にんまり笑った。
「いいじゃん、一年戦線チーム。
初日にしては、相当やれてるよ」
「……まだ初日なんですね、これ」
思わず漏らすと、カガリ先生が短く笑った。
「当たり前だ。
今から嫌というほどたたき込む」
「こわっ」
シエラが肩をすくめる。
◇
「じゃ、最後にひとつだけ」
訓練が一段落したところで、アスハさんが口を開いた。
「お前らの“線”を、もう少しちゃんと見る必要がある」
その声に、空気が少しだけ張りつめる。
「ここは学院の中。
地面も空も、かなり整えてある」
訓練場の土を、つま先で軽く蹴る。
「本当にひどいところは、こんなもんじゃない」
ゼロライン――境界の上で見た穴を、俺は思い出す。
まだ行ったことはないのに、
胸の奥がざわつく言葉だ。
「だから」
アスハさんの視線が、まっすぐ俺たちに向く。
「明日、一日かけて境界実習をやる。
ゼロラインに立って、自分の線がどこまで伸びてるか見てこい」
「……ゼロライン」
ノノハが小さく呟く。
「境界線、ですよね」
「そうだ」
アスハさんはあっさりと言う。
「世界と世界のあいだの線。
切る場所であり、繋ぎ換える穴でもある場所だ」
シエラが、ごくりと唾を飲んだのが聞こえた。
「ビビるなら今のうちに言っとけ。
境界の空気は、慣れてるやつでも気持ち悪い」
「ビビってないし!」
シエラが即座に反論する。
「……ちょっとだけ怖いけど」
最後だけ小さく付け足した。
「ヴァンは?」
「行く。
怖い場所ほど、どんな風が吹いてるか確かめたくなる」
「ノノハは〜……歌、ちゃんと届くといいなぁ」
ノノハは不安そうに、でもどこか楽しそうに笑った。
「シュンは?」
「面白そうだ。
“外れ”の風、一度くらいは体で覚えておいていいだろ」
四人の答えを聞いてから、アスハさんの視線が俺に向いた。
「天霧勇は?」
名前をはっきり呼ばれ、背筋が少しだけ伸びる。
ゼロライン。
穴だらけの景色。
そこに立って、線を見ろと言われている。
怖くないと言えば嘘になる。
でも――
「……行きます」
自分の声は、思ったよりもはっきりしていた。
「見ないと、分からないことがあるなら。
見てから嫌がったほうがいいかなって」
アスハさんの口元が、わずかに上がる。
「そうか。
じゃあ明日、境界で会おうぜ、一年戦線チーム」
その言葉に、俺たちはそれぞれ頷いた。
訓練場の風が、一瞬だけ強く吹き抜ける。
学院の中の整った風と、
その向こうに待っている、まだ見ぬ“外れ”の風。
その境目に立つことになる明日を想像して、
胸の奥が、不安と期待で同時にざわついた。
――こうして、一年戦線チームとしての最初の一日が終わり、
世界の端に触れる二日目が、静かに近づいていた。




