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第2話 初陣、祈装暴走



「で、勇。風祈学院、二日目の感想は?」


 昼休みの中庭。

 高台から街を見下ろせる小さな庭で、俺とシエラは並んで腰を下ろしていた。


「二日目で感想はやめろ。まだ授業で何回か寝そうになっただけだ」


「それ、だいぶ感想出てるよね」


 シエラはくすくす笑いながら、足をぶらぶらさせる。


 さっきまで受けていた祈理学は、確かに眠気を誘う内容だった。

 祈りの流れがどうとか、回路の基礎がどうとか。

 でも、つまらないわけじゃない。ただ、情報量が多すぎる。


「クラスメイトたちはどう? 濃いでしょ?」


「濃いな」


 思い返す。


 背中にでかい盾を背負ってる奴。

 歌いながらノート取ってる奴。

 頭の先が雷みたいに跳ねてる奴。


「あいつら、名前なんだっけ」


「はい復習タイム〜」


 シエラが指を折りながら言う。


「でかい盾がヴァン。

 ふわふわ歌ってるのがノノハ。

 雷頭がシュン」


「雑な覚え方するな」


「特徴で覚えたほうが早いじゃん。

 勇は、“線が見えすぎるやつ”ね」


 さらっと言う。


「そんな肩書きは嫌なんだが」


「でも見えてるんでしょ?」


 シエラが覗き込んでくる。


 視線を少し上げると、学院の上をいくつもの線が走っていた。

 教室で眠気と戦っている祈り。

 訓練場で風を起こそうとしている祈り。

 街のほうから届く、小さな心配と期待の線。


 それらが、第四祈路を通って学院に集まってくる。


「……まあ、うるさいくらいには」


「やっぱり!」


 シエラは嬉しそうに身を乗り出した。


「勇、線読み得意タイプだよね。

 動き出す前の“嫌な感じ”とか、掴むの早そう」


「嫌な感じを褒めるな」


 そう言いかけたとき――

 背中のほうで、ぴしりと空気が裂けたような感覚が走った。


(……今のは)


 視界の端。

 学院から少し離れた街のほうで、祈りの線の束が一瞬だけ歪んだ。


 色のついた線のあいだに、

 ちいさな“穴”がひとつ、ぽつりと浮かぶ。


 その穴のまわりで、線が弾かれている。


「勇?」


 シエラが首をかしげる。


「いや――」


 説明しようとしたその瞬間。

 中庭の上を、一枚の祈り板が風に乗って飛んできた。


 ひらり、と俺たちの目の前に落ちる。


【一年戦線チーム候補 至急集合】

【場所:中庭南門】

【内容:市場区画にて祈装暴走の兆候】


「……ほら、当たり」


 シエラがにやっと笑う。


「当たりって言うな」


 嫌な予感は、できれば外れてほしい。


「勇、行くよ!」


 シエラが立ち上がる。


「おーい、ノノハー、シュンー、ヴァーン!」


 呼び声に応えて、木陰やベンチの陰から次々に姿が現れる。


「は〜い、呼ばれました〜」


 ふわふわした声とともに、ノノハが駆け寄ってくる。

 その背中には、小さな風鈴のついた紐がいくつも下がっていた。


「祈り板、見た」


 ヴァンは無駄な言葉もなく、盾の位置を少しだけずらす。

 その動きだけで、周りの空気がピリッと引き締まった。


「市場か。……派手にやれるな」


 シュンが、口元だけで笑う。

 短い黒髪の先が白く跳ねていて、そこから小さく静電気が弾けた。


「派手にやる前に、壊すものと壊しちゃダメなもの、ちゃんと見ること」


 背後から、明るい声が飛ぶ。


「一年戦線チーム、集合は早いね。いいぞ!」


 振り向くと、ユラ先生がそこにいた。


 長い髪を高い位置で束ね、軽く動きやすそうな祈り装束。

 表情はきりっとしているのに、声はどこか弾んでいる。


「市場の人たちはほぼ避難完了。

 でも、祈装兵が一体、暴れてる。……っていうより、暴れかけてる。

 だから、その前に止める!」


「祈装兵……」


 昨日の授業で聞いた単語が、すぐ頭に浮かぶ。


「詳しい話は現地で! 行くよ!」


 ユラ先生が手をひらりと振ると、

 俺たちの足元に風が集まった。


 地面に描かれた祈り文字が光り、

 そのまま、街の市場区画へと一気に視界が跳ぶ。



 市場区画は、しんと静まり返っていた。


 本来なら、客の声と商人の呼び込みで賑やかな時間らしい。

 いまは、ひらひらと布屋根だけが風に揺れている。


 果物が転がったままの屋台。

 布が畳みかけられていない棚。

 人の気配だけが、きれいに抜けていた。


「避難は間に合ってるな。よしよし」


 ユラ先生が、ぱんと手を打つ。


「一年たちは、くれぐれも無茶しないこと!

 でも、ちゃんと見て、ちゃんと動くこと! ね!」


 元気な声なのに、目は鋭く広場のほうを見ている。


 少し先で、別の風が立ち上がった。


「ユラ、こっち」


 声の主はカガリ先生だった。


 髪をひとつに束ね、袖を短くした祈り装束。

 露わになった腕には、古い傷がいくつも走っている。


 立っているだけで、戦場の空気をまとっているような人だ。


「市場中央。祈装兵一体。

 属性を混ぜすぎて、祈りがちぎれかけてる」


 カガリ先生は短く状況を告げる。


「近づきすぎると危ないから、一年たちはユラの後ろ」


「任せて。正面はあたしが受けるよ」


 ユラ先生が笑って、くるりと槍を回した。


 その動きには、迷いがない。

 たぶん、何度も前線に立ってきた人の動きだ。


「勇くん」


 背後から、リツの声がした。


 いつの間にか、童顔の学院長が市場の入り口に立っている。


「君は、線をよく見ておいてください。

 どこがまだ繋がっているか、どこがもう穴になっているか」


「……分かった」


 俺は、視線を上げた。


 市場を覆う祈りの線が、広場の中心に集まっている。

 そこに、黒くも白くもない“穴”がぽこりと浮かんでいた。


 その穴の中心に――祈装兵がいた。



 広場に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。


 重い。

 線が擦れ合う音が、耳の奥をざわつかせる。


 広場の中央に立つ祈装兵は、

 人の形をしているのに、人ではなかった。


 ぎこちない関節。

 身体のあちこちに刻まれた祈り陣。


 炎、水、土、雷。

 本来ならひとりにひとつの属性紋が、無理やりいくつも押し込まれている。


 そして、陣のすきまを、“穴”が食い荒らしていた。


 祈りの線が触れるたび、穴はそれを取り込み、じわりと大きくなる。


「うわ、最悪の混ぜ方してる……」


 ユラ先生が、顔をしかめた。


「祈導局製?」


「だろうな」


 カガリ先生が答える。


「効率性とか言いながら、祈りを雑に詰め込んだ結果がこれだ」


「一年はあたしの後ろ!」


 ユラ先生の声に、俺たちは反射的に動いた。


 ヴァンが前に出て盾を半分構え、

 シエラとシュンが左右に広がる。

 ノノハが俺の隣で、小さく口ずさみ始めた。


「勇、どう?」とシエラが囁く。


 俺は、祈装兵と市場のあいだを流れる線を必死に追った。


 祈装兵から伸びている線は、ほとんどが穴に飲まれている。

 まわりの屋台や建物からの線も、途中でぷつぷつと切れていた。


 でも――一本だけ、

 広場の右奥のほうへ向かって、かろうじて繋がっている線が見えた。


(まだ、生きてる)


「右の屋台の裏側。風、通る」


 言葉が先に出ていた。


「行ける?」


「行ける!」


 シエラの返事は迷いがない。


「シュン、右。ノノハ、あいつらに足風」


「りょーかい」


「は〜い」


 ノノハの歌が、俺たちの足元の風を軽くする。


 次の瞬間、祈装兵が動いた。


 ぎぎぎ、と関節の軋む音。

 身体じゅうの陣が一斉に光り、“穴”が大きく息を吸い込む。


「来るぞ!」


 ユラ先生が前に躍り出て、長槍を構えた。


 炎の祈りが、歪んだ風になって襲いかかる。

 ユラ先生は槍の柄でそれを受け、くるりと回して逸らした。


 動きが速い。

 視界で追うより先に、身体が「あの動きは正しい」と判断している感覚があった。


(……俺、こんな戦い方、どこで見たんだ)


 考えそうになった瞬間、自分で思考を切る。


 今は線だ。


「ヴァン、正面の風、重くできるか」


「できる」


 ヴァンの盾の前に、分厚い壁のような風が立ち上がる。

 祈装兵の放つ歪んだ祈りを、少しだけ鈍らせる。


「シエラ、右奥まで一気に抜けろ。

 ノノハ、シエラの足を途切れさせるな。

 シュン、シエラが穴の上通る瞬間、横から音鳴らしてやれ」


「了解!」


「お任せあれ〜」


「やってやる!」


 三人の声が重なる。


 俺たちの足元に、風の道が一本走る。

 それは、さっき見つけた“まだ生きている線”に沿うように伸びていた。


「行くよ、勇!」


 シエラが飛び出す。


 祈装兵の腕が、無理やりひねられた角度で伸び、

 穴が、そこに触れようとする線を喰おうと口を開けた。


「今!」


 俺の声に合わせて、シュンの雷鳴のような音が横から響く。


 一瞬、穴の周りの風が乱れた。


 そのすきに、シエラが駆け抜ける。

 槍を構え、右奥の屋台の陰から跳び上がる。


「――そこっ!」


 祈装兵の肩口。

 複数の祈り陣が重なっている継ぎ目。


 シエラの槍が、その一点に突き立った。


 バキン、と嫌な音がする。

 いくつかの陣が砕け、光がばらばらに散った。


 同時に、“穴”のひとつが小さく縮む。


「よし!」


 ユラ先生が、その隙を逃さない。


「カガリ!」


「任せろ」


 カガリ先生の拳が、祈装兵の胸部にめり込む。

 祈り陣ごと、歪んだ線が吹き飛ばされるのが見えた。


 その一撃は、俺たち一年とは比べ物にならない重さだった。


(……やっぱ、武闘派だ)


 場違いな感想が浮かぶ。


 祈装兵はふらつき、膝をついた。

 穴はまだ残っているが、勢いは明らかに削がれていた。


「勇、次!」


 シエラが叫ぶ。


 俺は、祈装兵の周りを走る線を再び追った。


 穴と穴のあいだ。

 まだギリギリ繋がっている祈りの橋。


 そこに、風の道を重ねる。


「左下、足元! ヴァン、そこ踏んづけて止めろ!」


「了解」


 ヴァンが踏み込む。

 その足元から、地面に風の杭が撃ち込まれた。


 祈装兵の脚が、そこで固定される。


「シュン、頭!」


「分かってる!」


 シュンの雷鳴風が、祈装兵の頭部の陣を貫いた。


 最後の“穴”が、悲鳴のような音を立てて縮む。


 祈装兵の身体から力が抜け、

 ぎしぎしと音を立てながら、ゆっくりと倒れ込んだ。



 広場に、静寂が戻る。


「ふぃー……」


 シエラが大きく息を吐いて槍を肩に担ぐ。


「初陣にしては、だいぶハードじゃない?」


「お前が楽しそうなのが一番怖い」


 シュンが肩で笑う。


 ヴァンは無言のまま、周囲を確認している。

 ノノハは、小さな歌でみんなの呼吸と鼓動を落ち着かせていた。


「天霧勇くん」


 背中から、リツが声をかけてきた。


「君、今どこまで見えてました?」


「……全部なんて言えないけど」


 まだ頭の奥がじんじんしている。

 視界の端では、さっきまで穴だった場所が、じわじわと普通の灰色に戻りつつある。


「祈装兵の中に、穴がいくつもあった。

 祈りの線を食って、大きくなってた。

 でも、市場の端のほうからの線は、まだ残ってた」


 言いながら、なんとなく地図を頭の中でなぞる。


「だから、その線に乗るように風を通せば、

 “届く”と思った」


「ふむふむ」


 リツは、満足そうに頷いた。


「やっぱり君は“線読み”ですね」


「その呼び方、あんまり好きじゃない」


「じゃあ、そのうちもっとカッコいい呼び名考えましょうか。

 今は仮で“線読み担当”ということで」


「仮って言いながら固定されるやつだろ、それ」


 シエラが割り込んでくる。


 ユラ先生が、俺たちのほうへ歩いてきた。


「はい、一年たち、お疲れさま!」


 元気な声でそう言って、親指をぐっと立てる。


「いい動きしてたよ。

 特に勇の“ここ通る!”ってやつ、あれ助かった」


「……たまたま、見えただけです」


「そういうのを“才能”って言うんだよ〜?」


 ユラ先生はにしっと笑う。


「でも、無理はしないこと。

 線を見すぎると、頭痛くなるでしょ?」


「まあ、少し」


「そのあたりの調整は、ミオに任せよう。

 保健室、寄ってから戻りなさい」


 そう言って、ユラ先生は軽く肩を叩いた。


「カガリ、残骸の処理頼んだ!」


「任せろ。こいつらの作りをもう少し見ておきたい」


 カガリ先生が、倒れた祈装兵を睨みつける。


 その横顔は、戦場で何度も敵を見てきた人のものだった。



 市場を後にする前に、俺はもう一度だけ空を見上げた。


 さっきより、祈りの線は少しだけ整っている。


 完全ではない。

 穴も、遠くのほうにはまだ見える。


(でも――)


 胸の奥で、ふっと何かが軽くなった。


 全部をどうにかするのは無理でも、

 “ここだけはマシにする”ことはできる。


 そんな感覚だけが、はっきりとそこにあった。


 それが、どこから来るものなのか。

 考えかけて、やめる。


 思い出せないことを、今無理に掘り返しても仕方がない。


「勇! ほら、保健室行くぞ〜」


 シエラの声が、現実に引き戻した。


「なんでお前まで来るんだ」


「当たり前でしょ。一年戦線チームの“線読み”が倒れたら困るんだから」


 悪びれもせずに言うシエラの笑顔に、

 俺は仕方なく肩をすくめて歩き出した。


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