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第12話 シロ、アスハ、ルカダス、第四の線を付与しました。



 ――世界の配線は変わった。


 ……はずなのに、白室βのソファの座り心地は、相変わらずいい。


 ふかふか。

 動きたくなくなる魔性のクッション。


「仕事増えるって言ってたの、ここ座りながら考えたやつだろ、絶対」


 自分で自分にツッコミを入れながら、天井を見上げる。


 真っ白な天井。

 だけど、そのずっと向こう側――

 見えないところに、新しい線が一本、確かに通っている。


 第四祈路。

 人間祈流回路。


 世界のどこかで誰かが「やめたい」と思ったり、

「もう一回だけやってみようかな」と迷ったりするたび、

 その端っこが、この白室にもふっと触れてくる。



 最初の“変化”は、意外と静かだった。


 白室βの中央に、小さな光がぽつんと浮かぶ。


 いつもの転生待ち魂と違って、揺れ方が不安定だ。

 完全にこっちに来ていないし、かといって向こうに戻る気もなさそうな、中途半端な揺れ。


「……半分、ってところかな」


『半分?』


 光の中から、困惑した声が返ってきた。


『俺、死んだ?』


「身体は、まだ生きてるよ」


『は?』


「心のほうが先に、ここまで来ちゃっただけ」


 光が、びくっと震える。


『そんなの、アリ?』


「今日からアリになった」


 俺は笑ってみせる。


「新しく線を通したからね。

 “死んでから”だけじゃなくて、

 “投げ出したくなったとき”にも、こっちに来られるようになった」


『……ルール、ざるじゃない? それ』


「ざるにしたんだよ。

 今まできっちりしすぎてて、そのぶん歪んでたから」


 しゃがみ込んで、光と目線を合わせる。


「で。

 何をそんなに投げ出したくなった?」


 長い沈黙。


 やがて、掠れた声が落ちてきた。


『……全部、かな』


『仕事も、人付き合いも。

 期待されてることも、期待されてないことも。

 どうでもよくなって』


「それで、ここまで来たわけだ」


『でも……本当に全部やめたいかって言われると、

 それもよく分かんなくて』


 ああ。


 聞き覚えのある揺れだ。


 今までは、“死んでから”じゃないと相談に来られなかった種類の祈り。


「いいよ。分かんなくても」


 俺は、ゆっくり手を差し出す。


「ここは、迷ったまま立ち止まっていい場所になったから」


『立ち止まって……いいの?』


「代わりに、ひとつだけお願い」


 光が、かすかにこちらを向く。


「この先どうするか、“誰のせい”にもせずに決めてほしい」


『……』


「世界のせいでも、親のせいでも、

 会社のせいでも、神様のせいでもなくてさ。


 “いまの自分が、どうしたいか”ってほうを、

 一回ちゃんと見てみて」


 光は、すぐには答えない。


 沈黙の間も、第四の線が細く震えている感覚がある。

 あっちの世界で、まだ呼吸をしている身体が、

 ベッドの上あたりでじっとしている光景が、ぼんやり浮かぶ。


『……怖いな、それ』


「だろうね」


 俺は笑う。


「誰かのせいにしてるほうが、楽だもん」


『楽って言われると、ムカつく』


「図星だからな」


 小さな光が、かすかに明るくなる。


『……じゃあ、もう一回だけ、やってみる』


『全部投げ出す前に、

 “どうしたいか”だけは決めてからにする』


「了解。じゃあ、それでいこう」


 俺が手を握ると、光はすっと細くなり――

 現世側へと戻っていく。


 第四の線が、その背中に沿うように光った。



「相変わらずだな、お前のやり方」


 背中から、聞き慣れた声が落ちてきた。


 振り向かなくても分かる。

 境界線の、あの男だ。


「覗き見すんなよ、アスハ」


「ゼロライン通ってきたノイズの先が、たまたまここだっただけだ」


 アスハが、壁にもたれながらあくびをする。


「で? 今のやつはどうする」


「どうもしないよ」


 ソファに腰を落としながら、俺は天井を見上げる。


「起きた先で、また投げ出したくなったら、

 またここに来ればいい」


「甘くねぇか」


「甘くしてやらないと、

 二回目に来る勇気が出なくなるんだよ、ああいうタイプは」


 アスハが、鼻を鳴らす。


「そうやって窓口広げた結果、

 こっち側が忙しくなるんだが」


「そこはほら、ゼロラインのエラい人が何とかしてくれるって聞いた」


「エラくねぇよ。境界線の現場だっつの」


 口ではそう言いながらも、

 アスハの表情は、どこか晴れやかだった。


「……で。あっち(学院)のほうは?」


「リツが頑張ってるよ。

 ほら」


 指先で天井をなぞると、

 白室βの上空に細い線が浮かび上がる。


 風祈学院――祈り実験棟のほうから伸びている線だ。



 場面は切り替わる。


 風祈学院・祈り実験棟。


「……はい、今日も見事にガタガタですね」


 リツが、計測器のグラフを見ながらため息をついた。


「先生、その“ガタガタ”って褒め言葉なんですか、悪口なんですか」


 隣で覗き込んでいるユラが、首をかしげる。


「最高級の褒め言葉ですよ」


「ほんとかなぁ……」


 画面には、色とりどりの線が走っている。


 祈りの強さ。

 迷い。

 決断。

 諦めと、まだ残っている期待。


 以前は、もっと単調だった。


「前までは、上から配られたテンプレみたいな祈りが多かったんです」


 リツが、指で古いデータを表示する。


「“世界のために役立ちたい”“勇者になりたい”“立派な大人になりたい”」


 ユラが苦笑いを浮かべる。


「教科書に載ってそうなやつですね」


「そう。悪くはないけど、

 “それ、本当に君の言葉?”って聞きたくなるタイプ」


 今、画面に映っているのは、もっと雑だ。


「今日一日だけ頑張り切れますように」

「告白するかしないか決めたい」

「仕事やめたいけど、やめたあとが怖い」


「……なんか、生々しいですね」


「生々しいの、大事ですよ」


 リツは、目を細めた。


「第四祈路は、“生々しい祈り”をちゃんと拾う線ですから」


「線って、見えるんですか?」


「多分、君たちには見えないです」


 リツは肩をすくめる。


「でも、“誰かに届くかもしれない”って思って祈るのと、

 “どうせ誰にも届かない”って思って祈るのとでは、

 最初から線の太さが違うんですよ」


「へぇ……」


 ユラは、窓の外を見上げる。


 青い空。

 風に揺れる学院旗。


 そこには何も見えない。

 けれど、確かにどこかで、細い何かがきらりと光った気がした。


「とりあえず今日の宿題は、“自分の言葉で祈ること”です」


「またハードル高いやつ出してきた!」


 ユラの叫びが、実験棟にこだまする。


「でも、ちょっとだけ、楽しそうですね」


 その小さな一言に、

 第四の線がふっと明るくなる。



 第四の線は、学院だけを繋いでいるわけじゃない。


 別の場所にも、ちゃんと届いている。


 例えば――とある世界の、とある街角。


 前世で“勇者常連”だった男が、

 コンビニの立ち読みコーナーで雑誌をめくっていた。


「……腰、いてぇ」


 肩を回しながら、ぼやく。


 転生ループを抜けたあと、彼は結局、

「普通の会社員」としてそこそこ忙しい毎日を送ることになった。


 モンスターはいない。

 魔王もいない。

 世界の命運なんて、背負わされていない。


 代わりに、月末締めと、上司と、取引先がいる。


「どっちが楽かって聞かれたら……」


 缶コーヒーを片手に、ため息をつく。


「どっちも別の意味でしんどいんだよなぁ」


 ふと、空を見上げる。


 そこには、ただの曇り空しかない。


 けれど――

 かつて何度も通された“転生ルート”は、もう閉じている。


 彼の祈りは、

 今いる世界の中でだけ響く。


 それが、第四の線の答えだ。


「ま、いっか」


 彼はぽつりと呟く。


「次の休みこそ、どっかうまいカレー食いに行こう」


 その、ささやかな決意に、

 どこか遠くの白い部屋で、ひとつのログが静かに光った。


 ――勇者常連、その後も元気です。

 世界の命運は背負ってませんが、今日もカレーで生きてます。


「報告雑だな、書記官」



 白室β。


 ソファの背もたれに頭を預けながら、俺は微笑む。


「見てたな?」


 いつの間にか、隣に誰かが座っていた。


 気配を消すのが上手すぎる、長髪の男だ。


「ルカダス。仕事は?」


「仕事中だ」


 彼は淡々と答える。


「統祈ログの確認。

 第四祈路経由の“普通の暮らし”が、

 ちゃんと世界の安定に寄与しているかどうかの監視」


「そんな大げさな」


「大げさではないさ」


 ルカダスは、柔らかく目を細めた。


「ああいう“どうでもいいように見える一日”の積み重ねが、

 世界を支えているのだから」


「言うねぇ、統祈神」


「事実だ」


 それから、少しだけ声を落とす。


「……お前が欠員枠を選んだとき、

 俺は“世界全体のため”と言いながら、

 どこかで数字だけ見ていた」


「前の話だろ。もう終わった」


「終わらせるために、ここまで来たんだ」


 ルカダスは、立ち上がる。


「第四の線が通った世界で、

 統祈神として何をするかは――これから考えるさ」


「真面目か」


「真面目だ」


 そう言って、彼は祈核殿のほうへと歩いていった。



「……結局みんな、忙しくなってんじゃねぇか」


 白室βに戻ってきたアスハが、呆れ顔で言う。


「第四の線引いたぶん、やること増えたな」


「でも、“誰か一人を削る仕事”よりはマシだろ」


「そりゃそうだ」


 アスハは、壁に背中を預ける。


「ゼロラインの現場も、だいぶ変わった」


「前みたいに、片っ端からブツ切りじゃなくなった?」


「ああ」


 アスハは、目を閉じる。


「“世界ごと消してくれ”とか、“全部黒にしてくれ”みたいな祈りが来たとき、

 前なら即切断して終わりだった」


「今は?」


「一回、止める」


 アスハは、拳を握る仕草をした。


「止めて、第四の線に投げる。

 ――“本当にそれがしたいのか、

 それとも、今が苦しいだけなのか”って確認してもらうためにな」


 それは、ゼロラインにとっても簡単な変化じゃないはずだ。


「面倒だぞ。正直」


 アスハは笑う。


「でも、

 ただ切って終わりよりは、

 少しだけマシな仕事になった」


 それが、彼なりの褒め言葉なんだろう。



 第四の線は、毎日どこかで揺れている。


 白室β。

 境界線。

 祈核殿。

 学院。

 そして、勇者常連だった誰かの、今日の一歩。


 完璧でもないし、

 綺麗でもないし、

 管理もしづらい。


 でも――


「……まぁ、悪くないか」


 ソファに沈み込みながら、ぽつりと呟く。


「世界のために誰か一人を削る線よりは、

 ずっとマシだ」


 天井の向こうで、細い光がひとつまたたいた。


 それが誰の祈りかは、もういちいち確認しない。


 第四の線は、

 ここから先、“渡るやつら”のものだからだ。


「――今日も、世界は続いてる」


 かつて三人だった神様たちのオリジン編は、

 ここでひとまず幕を引く。


 この先はきっと、

 白室βに相談に来る誰かと、

 学院の教室で悩む誰かと、

 普通のカレーを食べに行くだけの誰かの話になる。


 つまり――


 第四の線を渡りながら生きていく、

 “ただの人間たち”の物語だ。




 最後に一言。

 「次の方、どうぞ。」


 転生者が最初に来る白い部屋の神様に転生した俺 。

を読んでいただきありがとうございます。

 第4部完結です。

一応今、いろんな方に読んでいただいているので新章製作中です。

 読んでいただけるように頑張ります。



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