第12話 シロ、アスハ、ルカダス、第四の線を付与しました。
――世界の配線は変わった。
……はずなのに、白室βのソファの座り心地は、相変わらずいい。
ふかふか。
動きたくなくなる魔性のクッション。
「仕事増えるって言ってたの、ここ座りながら考えたやつだろ、絶対」
自分で自分にツッコミを入れながら、天井を見上げる。
真っ白な天井。
だけど、そのずっと向こう側――
見えないところに、新しい線が一本、確かに通っている。
第四祈路。
人間祈流回路。
世界のどこかで誰かが「やめたい」と思ったり、
「もう一回だけやってみようかな」と迷ったりするたび、
その端っこが、この白室にもふっと触れてくる。
◇
最初の“変化”は、意外と静かだった。
白室βの中央に、小さな光がぽつんと浮かぶ。
いつもの転生待ち魂と違って、揺れ方が不安定だ。
完全にこっちに来ていないし、かといって向こうに戻る気もなさそうな、中途半端な揺れ。
「……半分、ってところかな」
『半分?』
光の中から、困惑した声が返ってきた。
『俺、死んだ?』
「身体は、まだ生きてるよ」
『は?』
「心のほうが先に、ここまで来ちゃっただけ」
光が、びくっと震える。
『そんなの、アリ?』
「今日からアリになった」
俺は笑ってみせる。
「新しく線を通したからね。
“死んでから”だけじゃなくて、
“投げ出したくなったとき”にも、こっちに来られるようになった」
『……ルール、ざるじゃない? それ』
「ざるにしたんだよ。
今まできっちりしすぎてて、そのぶん歪んでたから」
しゃがみ込んで、光と目線を合わせる。
「で。
何をそんなに投げ出したくなった?」
長い沈黙。
やがて、掠れた声が落ちてきた。
『……全部、かな』
『仕事も、人付き合いも。
期待されてることも、期待されてないことも。
どうでもよくなって』
「それで、ここまで来たわけだ」
『でも……本当に全部やめたいかって言われると、
それもよく分かんなくて』
ああ。
聞き覚えのある揺れだ。
今までは、“死んでから”じゃないと相談に来られなかった種類の祈り。
「いいよ。分かんなくても」
俺は、ゆっくり手を差し出す。
「ここは、迷ったまま立ち止まっていい場所になったから」
『立ち止まって……いいの?』
「代わりに、ひとつだけお願い」
光が、かすかにこちらを向く。
「この先どうするか、“誰のせい”にもせずに決めてほしい」
『……』
「世界のせいでも、親のせいでも、
会社のせいでも、神様のせいでもなくてさ。
“いまの自分が、どうしたいか”ってほうを、
一回ちゃんと見てみて」
光は、すぐには答えない。
沈黙の間も、第四の線が細く震えている感覚がある。
あっちの世界で、まだ呼吸をしている身体が、
ベッドの上あたりでじっとしている光景が、ぼんやり浮かぶ。
『……怖いな、それ』
「だろうね」
俺は笑う。
「誰かのせいにしてるほうが、楽だもん」
『楽って言われると、ムカつく』
「図星だからな」
小さな光が、かすかに明るくなる。
『……じゃあ、もう一回だけ、やってみる』
『全部投げ出す前に、
“どうしたいか”だけは決めてからにする』
「了解。じゃあ、それでいこう」
俺が手を握ると、光はすっと細くなり――
現世側へと戻っていく。
第四の線が、その背中に沿うように光った。
◇
「相変わらずだな、お前のやり方」
背中から、聞き慣れた声が落ちてきた。
振り向かなくても分かる。
境界線の、あの男だ。
「覗き見すんなよ、アスハ」
「ゼロライン通ってきたノイズの先が、たまたまここだっただけだ」
アスハが、壁にもたれながらあくびをする。
「で? 今のやつはどうする」
「どうもしないよ」
ソファに腰を落としながら、俺は天井を見上げる。
「起きた先で、また投げ出したくなったら、
またここに来ればいい」
「甘くねぇか」
「甘くしてやらないと、
二回目に来る勇気が出なくなるんだよ、ああいうタイプは」
アスハが、鼻を鳴らす。
「そうやって窓口広げた結果、
こっち側が忙しくなるんだが」
「そこはほら、ゼロラインのエラい人が何とかしてくれるって聞いた」
「エラくねぇよ。境界線の現場だっつの」
口ではそう言いながらも、
アスハの表情は、どこか晴れやかだった。
「……で。あっち(学院)のほうは?」
「リツが頑張ってるよ。
ほら」
指先で天井をなぞると、
白室βの上空に細い線が浮かび上がる。
風祈学院――祈り実験棟のほうから伸びている線だ。
◇
場面は切り替わる。
風祈学院・祈り実験棟。
「……はい、今日も見事にガタガタですね」
リツが、計測器のグラフを見ながらため息をついた。
「先生、その“ガタガタ”って褒め言葉なんですか、悪口なんですか」
隣で覗き込んでいるユラが、首をかしげる。
「最高級の褒め言葉ですよ」
「ほんとかなぁ……」
画面には、色とりどりの線が走っている。
祈りの強さ。
迷い。
決断。
諦めと、まだ残っている期待。
以前は、もっと単調だった。
「前までは、上から配られたテンプレみたいな祈りが多かったんです」
リツが、指で古いデータを表示する。
「“世界のために役立ちたい”“勇者になりたい”“立派な大人になりたい”」
ユラが苦笑いを浮かべる。
「教科書に載ってそうなやつですね」
「そう。悪くはないけど、
“それ、本当に君の言葉?”って聞きたくなるタイプ」
今、画面に映っているのは、もっと雑だ。
「今日一日だけ頑張り切れますように」
「告白するかしないか決めたい」
「仕事やめたいけど、やめたあとが怖い」
「……なんか、生々しいですね」
「生々しいの、大事ですよ」
リツは、目を細めた。
「第四祈路は、“生々しい祈り”をちゃんと拾う線ですから」
「線って、見えるんですか?」
「多分、君たちには見えないです」
リツは肩をすくめる。
「でも、“誰かに届くかもしれない”って思って祈るのと、
“どうせ誰にも届かない”って思って祈るのとでは、
最初から線の太さが違うんですよ」
「へぇ……」
ユラは、窓の外を見上げる。
青い空。
風に揺れる学院旗。
そこには何も見えない。
けれど、確かにどこかで、細い何かがきらりと光った気がした。
「とりあえず今日の宿題は、“自分の言葉で祈ること”です」
「またハードル高いやつ出してきた!」
ユラの叫びが、実験棟にこだまする。
「でも、ちょっとだけ、楽しそうですね」
その小さな一言に、
第四の線がふっと明るくなる。
◇
第四の線は、学院だけを繋いでいるわけじゃない。
別の場所にも、ちゃんと届いている。
例えば――とある世界の、とある街角。
前世で“勇者常連”だった男が、
コンビニの立ち読みコーナーで雑誌をめくっていた。
「……腰、いてぇ」
肩を回しながら、ぼやく。
転生ループを抜けたあと、彼は結局、
「普通の会社員」としてそこそこ忙しい毎日を送ることになった。
モンスターはいない。
魔王もいない。
世界の命運なんて、背負わされていない。
代わりに、月末締めと、上司と、取引先がいる。
「どっちが楽かって聞かれたら……」
缶コーヒーを片手に、ため息をつく。
「どっちも別の意味でしんどいんだよなぁ」
ふと、空を見上げる。
そこには、ただの曇り空しかない。
けれど――
かつて何度も通された“転生ルート”は、もう閉じている。
彼の祈りは、
今いる世界の中でだけ響く。
それが、第四の線の答えだ。
「ま、いっか」
彼はぽつりと呟く。
「次の休みこそ、どっかうまいカレー食いに行こう」
その、ささやかな決意に、
どこか遠くの白い部屋で、ひとつのログが静かに光った。
――勇者常連、その後も元気です。
世界の命運は背負ってませんが、今日もカレーで生きてます。
「報告雑だな、書記官」
◇
白室β。
ソファの背もたれに頭を預けながら、俺は微笑む。
「見てたな?」
いつの間にか、隣に誰かが座っていた。
気配を消すのが上手すぎる、長髪の男だ。
「ルカダス。仕事は?」
「仕事中だ」
彼は淡々と答える。
「統祈ログの確認。
第四祈路経由の“普通の暮らし”が、
ちゃんと世界の安定に寄与しているかどうかの監視」
「そんな大げさな」
「大げさではないさ」
ルカダスは、柔らかく目を細めた。
「ああいう“どうでもいいように見える一日”の積み重ねが、
世界を支えているのだから」
「言うねぇ、統祈神」
「事実だ」
それから、少しだけ声を落とす。
「……お前が欠員枠を選んだとき、
俺は“世界全体のため”と言いながら、
どこかで数字だけ見ていた」
「前の話だろ。もう終わった」
「終わらせるために、ここまで来たんだ」
ルカダスは、立ち上がる。
「第四の線が通った世界で、
統祈神として何をするかは――これから考えるさ」
「真面目か」
「真面目だ」
そう言って、彼は祈核殿のほうへと歩いていった。
◇
「……結局みんな、忙しくなってんじゃねぇか」
白室βに戻ってきたアスハが、呆れ顔で言う。
「第四の線引いたぶん、やること増えたな」
「でも、“誰か一人を削る仕事”よりはマシだろ」
「そりゃそうだ」
アスハは、壁に背中を預ける。
「ゼロラインの現場も、だいぶ変わった」
「前みたいに、片っ端からブツ切りじゃなくなった?」
「ああ」
アスハは、目を閉じる。
「“世界ごと消してくれ”とか、“全部黒にしてくれ”みたいな祈りが来たとき、
前なら即切断して終わりだった」
「今は?」
「一回、止める」
アスハは、拳を握る仕草をした。
「止めて、第四の線に投げる。
――“本当にそれがしたいのか、
それとも、今が苦しいだけなのか”って確認してもらうためにな」
それは、ゼロラインにとっても簡単な変化じゃないはずだ。
「面倒だぞ。正直」
アスハは笑う。
「でも、
ただ切って終わりよりは、
少しだけマシな仕事になった」
それが、彼なりの褒め言葉なんだろう。
◇
第四の線は、毎日どこかで揺れている。
白室β。
境界線。
祈核殿。
学院。
そして、勇者常連だった誰かの、今日の一歩。
完璧でもないし、
綺麗でもないし、
管理もしづらい。
でも――
「……まぁ、悪くないか」
ソファに沈み込みながら、ぽつりと呟く。
「世界のために誰か一人を削る線よりは、
ずっとマシだ」
天井の向こうで、細い光がひとつまたたいた。
それが誰の祈りかは、もういちいち確認しない。
第四の線は、
ここから先、“渡るやつら”のものだからだ。
「――今日も、世界は続いてる」
かつて三人だった神様たちのオリジン編は、
ここでひとまず幕を引く。
この先はきっと、
白室βに相談に来る誰かと、
学院の教室で悩む誰かと、
普通のカレーを食べに行くだけの誰かの話になる。
つまり――
第四の線を渡りながら生きていく、
“ただの人間たち”の物語だ。
最後に一言。
「次の方、どうぞ。」
転生者が最初に来る白い部屋の神様に転生した俺 。
を読んでいただきありがとうございます。
第4部完結です。
一応今、いろんな方に読んでいただいているので新章製作中です。
読んでいただけるように頑張ります。




