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第10話 第四の線の設計図



 独立統祈領域の空気が、少しだけ熱を帯びていた。


 無数の祈りの線。

 交差する回路。

 ところどころに赤い警告が灯り、じわじわと世界の“許容量”が削られていっている。


【統祈ライン負荷:上昇】

【独立統祈回路:監査対象】

【神界中枢:監査視線接近中】


「……来るの、早くない?」


 思わず、ため息混じりに言った。


「欠員枠いじったときもそうだったが、

 “自分の都合に関わる話”だと動きだけは早いな、上は」


 アスハが、肩をすくめる。


「で、ルカダス。監査が来る前に、どこまでこっちで準備できる」


「“第四の線”の設計までは、なんとか間に合わせる」


 ルカダスの目が、網目状の世界図を鋭く射抜く。


「実装は――

 おそらく、監査と同時進行になるだろうな」


「つまり」


 アスハが指を折る。


「神界に図面ぶん投げながら、

 同時に回路の組み替えもやる。

 監査が『規約違反』って判定出したら、その場で殴り返す」


「要約すると、そうなる」


「クソ面倒な工事だな」


 アスハはそう言いながら、

 どこか目を輝かせていた。


 やれやれ、と心の中で苦笑する。


 ――こういう状況で目が輝くの、

 昔から変わらないな、こいつ。



「まず、現状の線を整理する」


 ルカダスが、指先を動かす。


 世界図がいくつかのレイヤーに分解されていった。


「一本目――神界統祈ライン」


 均一な太さの線が、世界の上側を走っている。

 神界の規約と数字に基づいて、

 「扱いやすい祈り」を優先的に通す本流だ。


「二本目――独立統祈回路」


 その少し下に、

 黒ずんだ糸を集めたようなバイパスが走る。


「神界の基準から外れた祈りを拾う迂回路だ。

 ただし、今はまだ“公式には認められていない”」


「三本目が、白室か」


 俺が言うと、ルカダスが頷いた。


「白室α/βを通る線。

 転生神の裁量でルートを調整するラインだ」


 白室αの深層回路。

 白室βから地上へ伸びる細い線。


「四本目が、ゼロライン」


 アスハが自分で言う。


「世界と世界の境目。

 崩壊ラインを切り、

 時には繋ぎ直すための、刃みてぇな線だ」


「そして――」


 ルカダスは、図の片隅に光の塊を浮かべた。


 そこには、小さな線が幾重にも絡んでいた。


「ここが、“まだ線として認められていない部分”」


 世界の、特定の一点。


 祈りが集まり、学び、流れを変えようとしている場所。


 そこに、俺は見覚えがあった。


「……学院だ」


「そう」


 ルカダスがうなずく。


「風祈学院。

 祈りを学ぶ人間たちの集まり。

 勇者帰りの転生常連――

 あのしぶとい魂が行き来していた場所だ」


 胸が、少しだけ熱くなる。


「勇者の常連、覚えてるんだな」


「忘れられるなら、とっくに忘れたいさ」


 ルカダスの口元に、僅かな笑みが浮かぶ。


「何度も何度も白室に戻ってきて、

 “じゃあ次はあっちのルートで”とか言いながら

 世界をまたいでいった、あいつ」


「最後はさ」


 俺は、白室βでのあの会話を思い出す。


「“もういいです、普通の人生で”って笑ってた」


 誰にも期待されない、

 誰も期待しない、

 ただの生活。


「その選択を、俺は通した」


「だから、神界の数字から見ると『効率低下』だ」


 ルカダスが補足する。


「でも、そのあとだ」


 ルカダスは、世界図の下に別のレイヤーを呼び出した。


 そこには、小さな泡みたいな世界がいくつも浮かんでいた。


「勇者常連がいなくなった世界で、

 人間たちが“自分の祈りの流し方”を探し始めた」


 数字上は下がった効率。

 けれど、その裏で生まれた微かな変化。


「それが、“第四の線”の始まりだった」



「――だったらさ」


 アスハが口を開く。


「もうそれ、ちゃんと線にしちまおうぜ」


「同意だ」


 ルカダスが即答する。


「問題は、“どういう条件なら神界が認めるか”だ」


「認めなくていいだろ、そんなもん」


 アスハが即座に噛みつく。


「こっちで勝手に線引いて、

 “これが世界の新しい標準です”って見せつけりゃいい」


「“見せつける”ために、形を整える必要がある」


 ルカダスの声は、珍しく少し熱を帯びていた。


「神界は、数字と言葉でしか判断できない。

 だったら――」


 彼は、光の塊を指す。


「第四の線を、“正式な祈り回路”として定義し直す」


「定義?」


「『人間が、自分の祈りを自分の手で流すライン』」


 ルカダスの指先が空をなぞると、

 文字が一つ一つ、祈りの層に刻まれていく。


【第四祈路:人間祈流回路】


「名前ダサくない?」


 思わず口を挟む。


「仮称だ」


 即座に返される。


「大事なのは中身だ。

 この線に、どんな条件を紐づけるか」



「条件ねぇ」


 アスハが腕を組んで考え込む。


「神界の都合だけで決めねぇことは、絶対条件だな」


「それと、世界を壊す選択肢を認めないことも」


 俺は続ける。


「“全部ぶっ壊してリセット”とか、

 そういう祈りを通す線にはしたくない」


「同意」


 ルカダスがうなずく。


「じゃあ、こうしよう」


 彼は、第四の線の条件を一つずつ、

 祈りの層に埋め込んでいく。


【条件一:神界の都合を最優先しない】

【条件二:世界全体の崩壊を目的とする祈りは通さない】

【条件三:祈りの“持ち主自身”の責任を伴う】


「三つ目?」


 アスハが眉をひそめる。


「どういう意味だ、それ」


「神界や白室は、ある程度“責任の肩代わり”をしてきた」


 ルカダスの声が、少しだけ静かになる。


「誰かを生かす/誰かを救う/誰かを諦める――

 本来はその世界の人間たちが負うべき“選択の負債”を、

 神側が引き受けてきたんだ」


「まぁな」


 アスハが苦笑する。


「“世界のために”って言って、

 神様側が勝手に納得してくれるからな」


「それを、少し返す」


 ルカダスは、第四の線を軽く叩いた。


「人間側の祈り回路では、

 “自分で選んだ結果”を、

 自分たちで背負うことを前提にする」


 それは冷たい言葉にも聞こえる。

 でも同時に、どこか希望にも近かった。


 誰かの都合で決められる生き方じゃなくて、

 自分で選ぶ生き方。


(勇者常連も、たぶんそれを望んでたんだろうな)


 最後に選んだ、“普通の人生”。

 あれは、勝手に与えられたルートじゃなかった。


 彼自身が、「もうこれでいい」と言葉にした選択だ。



「それともうひとつ」


 ルカダスが、世界図の一角を拡大する。


 そこには、学院と白室βの線が絡み合っていた。


「第四の線は、

 白室βと学院を“同格の節”として扱う」


「同格?」


 俺とアスハの声が揃った。


「白室βは、神側の窓口だ。

 学院は、人間側の窓口だ」


 ルカダスの指が、

 白室βの印と、学院の印を交互に示す。


「今までは、“神の補助装置としての学院”って扱いだった。

 それを、“神と並ぶ祈りの起点”に格上げする」


「……そんなこと、できるのかよ」


 アスハの声が、わずかに震えた。


 それは、ある意味で“神様の特権”を手放す行為だ。


「できるかどうかじゃない」


 ルカダスは、静かに言った。


「やる」


 その一言に、

 統祈神としての重みがこもる。



 祈りの層に、新しい定義が刻まれていく。


【白室β:神側祈り窓口】

【学院:人間側祈り窓口】

【第四祈路:両者を等価ノードとして接続】


 その瞬間、世界図がわずかに揺れた。


 学院の印が、ほんの少しだけ明るくなる。

 白室βから伸びる線も、同じ太さでそこに繋がる。


「……お前さ」


 アスハがぼそっと言う。


「最初からここまでもっていくつもりで、

 学院襲撃とかやってたのか」


「最初からではない」


 ルカダスは、首を振る。


「襲撃のときは、まだ“試験場”としか見ていなかった。

 その結果、お前たちに殴られた」


「まだ殴ってねぇよ」


「心の中で、だ」


 ルカダスの口元が、少しだけ緩む。


「そのあと、学院が“俺抜きで”立ち上がるのを見て、

 ようやく理解した」


「何をだよ」


「“人間が、自分で線を引ける”ってことを」


 静かな言葉だった。


 ルカダスの視線の先で、

 学院の印が、子どもたちの笑い声みたいに揺れる。


 祈りを学ぶ者たち。

 祈りを使って戦う者たち。

 祈りで誰かを支える者たち。


 そこにはもう、“神界の試験場”というラベルはなかった。



「――第四の線の骨組みは、これでいい」


 ルカダスが、息を吐く。


「あとは、神界に“これが新しい標準です”って叩きつけるだけだ」


「簡単に言うな」


 アスハが舌打ちする。


「どうせ『規格外』『違反』『前例なし』の三点セットで怒鳴られるぞ」


「怒鳴るくらいなら、まだマシだ」


 ルカダスが世界図の上部を指差す。


 そこには、新しい警告が浮かび始めていた。


【警告:独立統祈領域への監査回廊開通準備】

【提案:独立統祈回路の一時停止/切断】


「来るのは、“切断命令”だ」


 喉の奥が、きゅっと鳴る。


「独立回路ごと、この領域を消して、

 神界統祈ライン一本に戻す。

 それが上層の狙いだ」


「そうだろうな」


 アスハが、ぎりっと奥歯を噛みしめた。


「だから、先に線を引き終わらせる」


 ルカダスは、静かに言う。


「第四の線を、世界図に組み込む。

 独立統祈回路を、“裏ルート”じゃなく正式なサブ統祈として接続する。

 白室とゼロラインは、その“実行役”になる」


 視線が、俺とアスハに向く。


「お前たちにしかできない仕事だ」



「シロ」


 アスハが、いつもの調子で肩を小突いてくる。


「白室の神様として、どうする」


「どうって……」


 問い返しかけて、

 自分の胸の奥を探る。


 勇者常連。

 こぼれ祈り。

 学院で出会った連中。

 今も白室βの扉をノックしてくる、迷ってる魂たち。


 その全部が、

 一本の細い線に重なっていく。


「決まってるだろ」


 自分でも驚くくらい、声は素直だった。


「“世界のために誰かを部品にする”線じゃなくて、

 “世界のために線のほうを変える”ほうを選ぶ」


 欠員枠の一度目。

 二度目の分割。


 あのときできなかった選び方を、

 今ここでやり直す。


「白室βは、“第四の線”の片側支点になる。

 迷ってる祈りを、

 人間側の窓口にも流せるようにする」


 新しいルールは面倒だ。

 きっと、もっと仕事は増える。


 それでも――

 胸の奥が、少しだけ熱くなっていた。


「俺の部屋から、“世界の新ルート”が始まるって、

 ちょっとワクワクするし」


「そこは素直なんだよな、お前」


 アスハが呆れたように笑う。


「ゼロラインは?」


「決まってんだろ」


 アスハの答えは、迷いがなかった。


「切断専門は、今日でやめる」


 一拍置いて、続ける。


「これからは、“繋ぎ換え”もやる」


 境界線に立つ者の役割。

 それを、自分の口で言い換えた。


「壊れかけの線は切る。

 でも、そのあと“繋ぎ直すほうにも関わる”。

 それが第四の線が通った世界でのゼロラインだ」


「……頼もしいな」


 本心から、そう思った。



「決まりだな」


 ルカダスが、掌を開く。


「第四の線――人間祈流回路。

 白室βと学院を等価ノードとし、

 独立統祈回路をサブ統祈として接続。

 ゼロラインは切断と再配線の両方を担う」


 祈りの世界図が、大きく震えた。


 新しい線が、網目の中にすべり込んでいく。

 細いけれど強い、まだ若い線だ。


 その線が、

 今まで潜在的に存在していた流れとぴたりと重なった瞬間――


【第四祈路:暫定構築完了】


 淡い光が、世界中を駆け抜けていった。


 学院の教室で、誰かがふと窓の外を見上げる。

 勇者帰りの常連だった魂が、遠いどこかで小さく笑う。

 白室βの扉の前で、転生待ちの魂がぽかんと天井を見上げる。


 全部を言葉にしなくても、分かる。


 “何かが変わった”。


「――なぁ」


 アスハが、ぽつりと言った。


「これ、結構やべぇことやってね?」


「今さらだよ」


 自分でも笑ってしまうくらい、

 胸の奥が熱かった。


 怖さもある。

 不安もある。


 でも同時に、

 ワクワクする。


 世界の配線図を、三人で書き換えている。

 その真っ最中に、自分が立っている。



「……来るぞ」


 ルカダスが、小さく呟いた。


 世界図の上部――

 神界統祈ラインのさらに上から、

 冷たい視線が降りてくる気配がした。


【神界中枢監査:開始】

【対象:独立統祈回路/第四祈路/欠員枠系列ログ】


 空間の一角に、

 重く冷たい門が現れる。


 祈核殿の扉とも、白室αの扉とも違う。

 これは、“審判”のための門だ。


「第四の線はもう通した」


 ルカダスが、静かに言う。


「これからは、“通したあと”の話だ」


「通したあと?」


「神界が『認めるか』『認めないか』じゃない」


 ルカダスの瞳が、強く光る。


「“認めさせるかどうか”の話だ」


「上等だな」


 アスハが、口角を上げる。


「じゃあ、監査とやらに見せてやろうぜ。

 これが新しい世界の配線図だって」


「うん」


 俺も頷いた。


 怖さよりも、熱さのほうが勝っている。

 ここまで来たら、やるしかない。


 白室の神様として。

 ゼロラインとして。

 独立統祈として。


 三本の線が、第四の線と一緒になって、

 神界中枢の門へと向き合う。


 ――これはもう、

 誰か一人の「犠牲」で片付けられる話じゃない。


 世界そのものの“やり方”を、

 まとめて殴り直すタイミングだ。


 胸の奥で、心臓が高鳴る。


 ワクワクと、怖さと、

 それから――少しの爽快感を抱きながら。


「行くか」


「行くぞ」


「――行こう」


 三人の声が重なる。


 光と線の交差する世界で、

 俺たちは神界の門へと歩き出した。


 クライマックスは、

 もう目の前まで来ていた。

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