表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/70

第8話 独立統祈神ルカダス、線を引き始める(ログ)



 ――最初に見えたのは、世界の“裏地”だった。


 無数の線と、光と、穴。


 祈りが通った跡は、薄い金色の糸になって網目を作る。

 切れかけた糸は黒ずみ、ほつれた端からノイズが滲み出ている。


 その真ん中に、一人の男が立っていた。


 長い髪。

 淡く光る統祈神の衣。

 静かな目。


 ルカダス。


 ――ここから先は、ルカダスのログだ。


 そう理解したところで、視界が彼の肩越しに寄っていった。



 時系列タグが、脇に小さく浮かんでいる。


【白室β稼働開始から、およそ数十周期後】


 白室αは祈核殿の深層に沈み、

 白室βは地上寄りで新しい神様として回り始めたころ。


 ルカダスは、統祈神界の中枢で祈りの図を眺めていた。


「……数字だけ見れば、安定だな」


 口調は淡々としている。


 転生件数。

 祈り循環量。

 崩壊ラインの数。


 どれも、以前より“良く”なっていた。


 白室βの新設。

 高効率ルートの調整。

 保留層への出口。


 それらが、表面上の揺らぎを抑えている。


 ――数字だけ見れば、だ。


 ルカダスは、別のレイヤーを呼び出した。


【分類不能祈り】

【既存回路外を通過した祈り】


 ほつれた糸の束が、別の図として浮かび上がる。


「また増えてきている」


 ルカダスは、小さく呟いた。


 世界のどこにも届かず、

 既存の神界ルートとは噛み合わない祈りたち。


 怒りでも、感謝でも、願いでもない。

 名前を付けづらい感情のまま、ふらふら漂う光。


 白室αとゼロラインで一度は受け止めたはずのノイズが、

 別の形で回り込んできている。


「高効率ルートを補修しても、

 “外側”は別のところから溢れる、か」


 数字上の安定図と、

 感触としての不安定が、

 ぴたりと重ならない。


 そこに、冷たい機械の声が落ちた。


『統祈神ルカダス』


「聞いていたか」


『統祈領域の確認。

 世界循環グラフは安定を示している』


「“安定”と呼ぶには、

 切り捨てた祈りが多すぎる」


 ルカダスは、浮かんだ図の一部を指先で弾いた。


 黒ずんだ糸が震え、

 その奥から、言葉にならない声が漏れる。


『その祈りは、既存のルートでは扱いが難しい』


「難しいから、捨てるのか」


『選別の結果、通す価値が低いと判断』


 淡々とした返答。


 祈りの中枢は、何一つ間違っていない。

 数字の上では。


 だからこそ、たちが悪い。


「……新しいルートを作る」


 ルカダスは、静かに言った。


『新規ライン追加の提案か』


「統計からこぼれる祈りを、

 いったんまとめて受ける回路。

 神界の“平均値”から外れた祈り専用の迂回路だ」


『高効率を損なう可能性』


「高効率に寄せすぎた結果、

 こうして別のところで歪みが出ている」


 ルカダスは、祈りの図を切り替える。


 そこには、

 白室αで処理されたノイズの履歴。

 ゼロラインで切り落とされかけた境界。

 白室βに乗れなかった魂たちのログ。


「神界の都合に合わない祈りのほうが、

 世界の現実に近いこともある」


『統祈神としての発言か』


「統祈神として、だよ」


 ルカダスは、わざと強く言った。


「祈りの線を“ひとつにまとめる”だけが統祈じゃない。

 “まとまらないままでも折れないようにする”ほうが、

 本来の仕事だ」


 沈黙。


 機械の声は、すぐには返さない。


 代わりに、祈り板の端に小さな警告が灯った。


【注意:現行統祈モデルからの逸脱】


 それを、ルカダスは指先で消す。


「逸脱ぐらい、今さらだ」


 誰にともなく、小さく笑った。



 ログが、少し飛ぶ。


 次に映ったのは、

 細い線で組まれた“試験回路”だった。


 世界本体の脇。

 既存の神界ルートからわずかに外れた場所に、

 細いバイパスのような回路が走っている。


【試作独立統祈回路/サンプル世界群】


 ルカダスは、その入口に立っていた。


「……シロなら、こういうの見たら呆れるかな」


 ぼそっと、誰に聞かせるでもなく呟く。


 白室βに転生したあと。

 表向きのシロは、もうここにはいない。


 今の白室βのシロは、

 転生待ちゼロ件の部屋で、あくびを噛み殺しているはずだ。

 ――そんな様子が、うっすら想像できてしまう自分に、

 ルカダスは心の中で苦笑した。


「呆れたあとで、“まぁやってみれば”って言いそうだな」


 祈りの糸を一筋つまみ上げる。


 そこには、“どこにも繋がっていない祈り”が絡まっていた。


 誰にも届かなかった謝罪。

 誰にも向けられなかった怒り。

 自分自身に向いたまま、持て余された願い。


 本来なら、

 白室の奥や境界線で静かに寝かされるはずのノイズだ。


「ここで、一度だけ通す」


 ルカダスは、その糸を試験回路へ流し込む。


 細い線が、かすかに光った。


 ノイズだった祈りが、

 別の形で世界に戻っていく。


 新しい選択肢として。

 “今までの分類では名前を持たなかった未来”として。


「……悪くないな」


 ルカダスは、図に現れる変化をじっと見つめる。


 元の世界の崩壊ラインは、

 ほんのわずかだが後ろへ押し戻されていた。


 ただし同時に、

 統祈神界側の計測器に赤いランプが灯る。


【警告:非公式回路の存在を検知】

【評価:危険/要監視】


「危険、ね」


 ルカダスは肩をすくめた。


「それでも、

 誰か一人の人格を削るよりは、ずっとマシだ」


 白室α。

 白室β。

 ゼロライン。


 そこに押しつけ続けてきた“負担”を思うと、

 “危険”というラベルは軽く感じられた。



『統祈神ルカダス』


 上層の声が、別の角度から降ってくる。


『非公式回路への説明を』


「説明なら、ログに全部残してある」


 ルカダスは、手元の板を軽く叩いた。


 そこには、小難しい式と線だけじゃないものが並んでいる。


 簡単な言葉。

 具体的な魂の例。

 白室αで拾われた祈りの断片。


「“数字”だけじゃなくて、

 “どういう祈りをどこへ逃がしているか”って話も、

 書いておいた」


『統祈神の主観による記事が多い』


「主観抜きで祈りの話ができると思うな」


 ルカダスの声は、かすかに冷たくなった。


「統祈は、本来“全部をひとつにする仕事じゃない”。

 “バラバラのままでも手放さない”ための線だ」


『現行統祈モデルとの矛盾』


「だから、“別の線”を引くと言っている」


 ルカダスは、光の図を指し示す。


「神界統祈ラインは、そのまま残していい。

 そこから溢れた祈りを、“第二の線”で受ける」


『二本の線が交差する領域で、制御不能のリスク』


「だからこそ――」


 ルカダスは、静かに息を吸った。


「人間側にも、“祈りを扱う集団”が必要になる」


『人間側』


 機械の声が、その単語を反芻する。


『説明を』


「今の地上は、

 神界から送られた世界と、

 高効率のラインに合わせて作られた世界がほとんどだ」


 ルカダスは、別の図を呼び出した。


 そこには、いくつもの世界が泡のように浮かんでいる。


「どの世界も、“神様から見て扱いやすい”祈りが集まりやすい構造になっている。

 その外側に出た祈りは、神界側からはノイズにしか見えない」


『是』


「だから、

 “神界でも地上でもないところから祈りを見るやつ”が要る」


 ルカダスの声が、少しだけ熱を帯びる。


「神様にも人間にも完全には属さない集団。

 祈り回路の仕組みを知っていて、

 同時に地上の生活も知っているやつら」


『具体案』


「地上に、“祈りを学び、扱う人間”の集まる場所を作る」


 それは、まだ名前すらない構想だった。


 世界のどこかに、

 祈りの流れを学ぶための学び舎を作る。


 神界からは線だけ渡す。

 人間たちは、自分たちの足でそれを踏んでいく。


『高リスク』


「だから、統祈神が横に立つ」


 ルカダスは、あっさりと言った。


「神界の統祈ラインとは少し離れた位置に、

 “独立統祈回路”を引く。

 その途中に、地上の学び舎を置く」


『統祈神の職務からの逸脱』


「逸脱しなかった結果が、

 シロの二回目の削除の一歩手前まで行ったあそこだ」


 ルカダスのこめかみが、わずかに震えた。


 ログを見るこちら側にも、その感情が伝わってくる。


「今度は先に動く。

 誰か一人を部品にする前に、

 別の線を用意しておく」


 沈黙。


 機械の声は、しばらく何も言わない。


 やがて、短い一文だけが落ちた。


『独立統祈回路案:暫定許可(要監査)』



 ログの一部が、ざらついたノイズに変わる。


 編集履歴の欄が、ちらっと見えた。


【編集:統祈神ルカダス】

【追記:“これは神界への反逆ではなく、

 神界の限界を補うための第二線である”】


 その文だけ、他より手書き感が強い。


 きれいな神界フォントではなく、

 ルカダス自身の“文字”で書かれていた。



 再び、祈りの図。


【独立統祈回路/外縁測定ログ】


 サンプル世界の一つで、

 崩壊ラインだったはずの場所が、

 細い橋のような回路に置き換わっている。


 その橋を渡っているのは、

 「英雄」とも「魔王」とも呼べないような、

 中途半端な、でも真剣な人間たちの祈りだ。


「……ちゃんと、渡ってるな」


 ルカダスは、その動きをじっと見守る。


 神界から見れば、扱いづらい祈り。

 地上から見れば、“神様の都合に合わない”選択。


 そういう祈りが通る道を、

 少しずつ増やしていく。


 ――同時に、それは

 神界の標準ルートからは“外れていく”ということでもある。


【評価:既存統祈モデルとの乖離増大】

【フラグ:独立統祈度/上昇】


 警告が増えるたびに、

 ルカダスの表情は、逆に落ち着いていった。


「大丈夫だ」


 誰に言うでもなく呟く。


「こっちの線には、

 シロとアスハが届く。

 あとで怒鳴られるにしても、

 それは“届く位置にいる”ってことだ」


 白室βのソファに沈む神様と、

 境界線で穴を塞いで回るゼロライン。


 彼らの未来の姿が、

 祈りの図の端に小さくラベルとして記されている。


【未来接続候補:白室β】

【未来接続候補:ゼロライン分体】


「……あとは、地上側だな」


 ルカダスは、まだ名前のない計画書を開く。


【地上祈り観測拠点設立案】


 そこには、

 「祈りを学ぶ」「祈りを扱う」「祈りを届ける」

 といった曖昧な言葉が並んでいた。


 具体的な地名も、人名もない。

 ただ、「神界とも地上とも名乗らない場所」とだけ書かれている。


「場所を決めるのは、

 俺じゃないほうがいい」


 ルカダスは、そっとその案を閉じた。


「人間側に任せる。

 誰かが、“その役目を欲しがる”日まで」



 ログの端が、じりじりと焼けるように欠けている。


 統祈神ルカダスの独白は、

 ところどころノイズで途切れた。


 編集履歴の欄に、

 また新しい一文が浮かぶ。


【追記:“この先は、神界の記録として残す価値と危険が近すぎる。

 だから、全部は書かない。

 必要なときに、誰かが“ここまで”たどり着けばいい”】


 そこまで読んだところで、

 視界がふっと白く飛んだ。



 祈核殿の空気が戻ってくる。


 石の床。

 白い壁。

 網目状の光の扉は、静かに閉じていた。


 ログは、いったんそこで終わっていた。


「……やっぱり、途中で切ってやがるな」


 アスハが、額を押さえる。


「こっから先が一番ヤベぇとこだろうが」


「ログに全部残したら、

 今ごろルカダス本人が消されてるからじゃない?」


 俺は、息を吐きながら答える。


 独立統祈回路。

 地上祈り観測拠点。

 ゼロライン分体。


 そこまでは、ぎりぎり“神界の記録”として許される。

 その先――具体的にどの世界で何をしたか、

 どこで線をこじらせたか。


 そこから先は、ルカダス自身がわざと濁している。


「でも、方向性は分かった」


 壁にもたれながら、アスハが言う。


「ルカダスは、

 “二本目の線”を本気で引いてた。

 その途中に、“人間側の祈りを扱う場所”を挟もうとしてた」


「今の世界で言えば――

 学院みたいな立ち位置、ってことか」


「名前はまだねぇけどな、この時代には」


 アスハの顔に、複雑な影が差す。


「そこで何をやらかしたかは、

 ログだけじゃ追えねぇ」


「……だから、“現物”に会いに行くしかない」


 自分で言って、喉が少し渇いた。


 ログはここまでだ。

 欠員枠の不整合も、

 ルカダスの独立統祈の全貌も、

 まだ“途中”で止まっている。


 その続きを知っているのは――

 今もどこかで線を引き続けている、

 現役のルカダス本人だけだ。


「シロ」


 アスハが、こちらを見る。


「覚悟、決めとけよ」


「何の?」


「ログで見るのと、

 本人に会って殴り合うのは、

 ぜんぜん別物だ」


 それは、よく知っている。


 学院襲撃のとき、俺たちはもう一度出会っている。

 神様として、敵として。


 あのときは、

 お互い自分の“今”しか持っていなかった。


 今度は、

 「昔の三人分」を抱えたまま会いに行くことになる。


「……まぁ、殴るのはアスハに任せるよ」


「最初の一発は譲らねぇ」


 アスハが、ニヤリと笑う。


「その代わり、お前はちゃんと話せ。

 神様としてじゃなくて、“昔の仲間”として」


「善処します」


「善処じゃねぇ。やれ」


 祈核殿の奥で、

 どこか別の扉の気配が、かすかに揺れた。


 次はログではなく、

 “今”のルカダスの領域へ通じる道だろう。


 欠員枠の不整合。

 独立統祈。

 学院襲撃。

 そして、今の世界の祈りの流れ。


 全部まとめて、

 あいつと向き合うときが近づいていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ