第四話 神様、記憶の花を付与しました。
あの少年が持ってきた“光の種”は、今も俺の机の上で淡く輝いている。
指で触れると、あたたかい。
心臓の鼓動みたいに、静かに明滅している。
「未登録物質です。保管を推奨します」と書記官。
「いや、保管じゃなくて――育ててみたいんだが。」
「育てる、ですか?」
「植物ってのは、根がある。魂も同じだろ。」
書記官は理解不能といった顔で(というより表情がないが)、淡々とログを取る。
俺はその光の種を、部屋の片隅の床にそっと置いた。
白い床が、ほんの少しだけ色を帯びる。
芽が、出た。
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一 監査神、再来
「あなた、また何かしましたね。」
声の主はエフェリア。
今日も完璧に無表情……のはずが、目の下に少しだけ“疲れ”が見える。
神様にも疲労があるのかと、少し安心した。
「観測記録に異常光波。新しい世界を生成中と判断。」
「違う違う。これは――“育ってる”だけだ。」
エフェリアが種を見下ろす。
白い部屋の床に、小さな青い花が咲いていた。
光でできたような花弁が、ふわりと揺れている。
「……これ、私の記憶にあるものと同じ。」
「え?」
エフェリアが花を見つめたまま、わずかに息をのんだ。
「この花、人間界では“ネムリバナ”と呼ばれていました。夜になると閉じ、朝にはまた開く。
……私が、人だった頃に好きだった花です。」
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二 神にも過去がある
「……あんた、人間だったのか。」
「ええ。もう何千周期も前のことですけれど。」
エフェリアの声は、かすかに震えていた。
普段は冷徹そのものの彼女の瞳に、ほんの一滴だけ“人”の色が宿る。
「記憶を持ったまま神になるのは稀です。
通常は、神格化の際に“感情”が消去される。
けれど私は、少しだけ残してしまった。」
「残して、“しまった”?」
「はい。
感情は、神の判断を鈍らせる欠陥。
でも――」
エフェリアが手を伸ばし、光の花びらに触れた。
花弁が淡く光を返す。
「――それでも、たまに、恋しくなるのです。
“人として、迷うこと”が。」
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三 神のくしゃみ
「……ふっ。」
「今、笑いましたね?」
「いや、笑ってない。花粉が……光ってただけ。」
「神様が花粉に弱いとは。」
「神様でも鼻はあるんだよ。」
エフェリアが、思わず口元を押さえて笑った。
それは彼女自身が一番驚いたようで、すぐに表情を引き締める。
でも、もう遅い。
俺は見てしまった。
“神の笑顔”というやつを。
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四 過去の断片
「ねえ、エフェリア。」
「……なんですか。」
「人間だった頃、何してた?」
少しの沈黙。
そして、淡い声。
「――記録によれば、私は“巫女”でした。
人々の祈りを集め、神に捧げる側。
でも、祈りの意味が分からなくなった。
“見えない存在”に頼るばかりの人間たちが、何を信じているのか分からなかった。」
「それで、神になった?」
「ええ。皮肉ですね。信じられなくなった神に、私はなった。」
その言葉に、何も返せなかった。
白い部屋の中で、光の花が揺れた。
音もない風が吹いたような気がした。
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五 異変、再び
「……あ。」
花の根元から、光が滲み出していた。
細い糸のような光が、床を這うように広がっていく。
やがてそれは、空中に淡い輪を描いた。
小さな“転生ルート”だ。
「これ、……新しいルートを、生み出してる?」
エフェリアが目を見開いた。
「まさか、魂の自然再生……!?」
書記官が記録を読み上げる。
「未登録世界コード検出。“自己生成ルートβ”――発生源、光の花。」
つまり、俺が育てたこの花が、“消えた世界”の代わりを作っている。
「……生命の、再帰。」
エフェリアが呟く。
その声には、確かな驚きと――希望があった。
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六 神の手のひらに
花の上に、小さな光が浮かんでいた。
掌に乗るほどの、やわらかな光。
それはまるで、息をするように揺れている。
「新しい魂が、生まれたようです。」
書記官の無機質な報告。
俺はその光を両手で包み込んだ。
あたたかい。
たしかに、そこに“誰か”がいる。
「この魂、どうしますか?」と書記官。
「……預かるよ。」
エフェリアが俺の手元を見つめ、静かに言った。
「その光が消えなければ、転生システムに“新たな道”が開く。
あなたが選んだ“人としての判断”が、もしかしたら正しかったのかもしれません。」
「……観測結果、変わった?」
「ええ。少しだけ。」
彼女は微笑んだ。
その笑みは、白い花よりも柔らかく、そして少し寂しかった。
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七 花の意味
新しく生まれた魂を見つめながら、俺は思う。
神様ってのは、正しい答えを持つ存在じゃない。
たぶん、迷いながら選び続けるだけだ。
それでも――たとえ一瞬でも、“生まれた理由”を見つけられたなら。
それはきっと、奇跡なんだ。
白い部屋の花が、淡い光を放つ。
エフェリアが小さく呟いた。
「……この光、懐かしい。」
「もしかして、あんたの祈りが、まだどこかで残ってるのかもな。」
彼女は少しだけ、うつむいて笑った。
「……神様に祈るのは、もうやめたのです。」
「じゃあ、俺に祈ればいい。」
「あなたに?」
「俺、人間上がりの神だからさ。融通きくよ。」
――そして、ふたりは笑った。
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八 白い部屋に、色が差す
その瞬間、部屋の天井に微かな色が流れた。
白だけだった世界に、淡い青と金の光。
花の光が広がり、部屋の隅々にまで柔らかな明かりを投げる。
書記官がぼそりと呟いた。
「白室、彩度変化確認。――転生ルート再起動。」
エフェリアが俺を見た。
その目は、もう冷たくなかった。
「……イチカミ・シロ。あなた、やっぱり変な神です。」
「褒め言葉として受け取っとく。」
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白い部屋に、初めて“風”が吹いた。
それは新しい世界の息吹。
光の花の香りが、淡く漂う。
俺は小さな魂を見つめながら、呟いた。
「――ようこそ。転生へ。」




