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第7話 残っていた不整合と、もうひとつの扉



 しばらく、何も喋れなかった。


 さっきまで見ていた光景――

 白室α、会議層、分割された白室。

 あの全部が、一気に遠ざかっていく。


 代わりに戻ってきたのは、

 祈核殿の冷たい空気と、石の床の感触だった。


 指先から、祈り球の温度が消えている。


「……なぁシロ」


 隣で、アスハがぽつりと言った。


「二回目の削除、

 けっこうギリギリだったな」


「うん。あんまり笑えないギリギリ具合だったね」


 声が、自分のものじゃないみたいに響く。


 白室βへの転生。

 白室αに残されたバックアップ。

 そして、祈核殿にしまわれた“不整合付きログ”。


 ――それを、今ようやく見終わった。



「で」


 アスハが、祈り球の台座をコン、と指で突く。


「これで“不整合”は解決しました、

 じゃないんだろ?」


「うん。たぶん、まだ半分」


 俺は、祈核殿の中央に浮かぶ光の板を見上げる。


 そこには、神界のログ一覧が層になって並んでいた。


【欠員枠発動会議ログ ※不整合フラグ】

【転生神席再構成会議ログ(白室α/β分割) ※不整合フラグ】

【統祈神ルカダス関連ログ 一部閲覧制限 ※不整合フラグ】


 三つとも、“同じ印”がついている。


「今まで見てきたのが、一つ目と二つ目。

 最初の欠員枠と、白室分割会議」


「で、三つ目」


 アスハが、最後の一行を指でなぞった。


「“統祈神ルカダス関連ログ 一部閲覧制限 ※不整合フラグ”」


「名前、思いっきり出てるよね」


「ずっと胡散臭ぇと思ってたが、

 ログの時点で胡散臭ぇな、あいつ」


 アスハの言い方は相変わらずだが、

 その瞳には、わずかな緊張が混じっていた。



「詳細、開くよ」


 俺は光の板に触れる。


 祈りの文字列がほどけて、

 新しい画面が展開された。


【統祈神ルカダス 独立統祈回路構築ログ】

【閲覧制限:統祈神界/コア神格/候補魂(欠員枠関連)】

【編集履歴:自動記録+手動追記】

【手動追記者:統祈神ルカダス】

【状態:一部欠損/不整合フラグ付与】


「自分で、自分のログに手ぇ入れてんのかよ」


「らしいと言えば、らしいけど」


 俺は乾いた笑いを漏らす。


 “手動追記者:統祈神ルカダス”。


 つまり――

 あの独立統祈の線を引いたあとで、

 ルカダス自身がログを書き換えた。


 その結果、不整合フラグが付いた。


「欠員枠の不整合ってさ」


 アスハが、壁にもたれて腕を組む。


「今見た感じだと、

 ただお前の記憶が削られたとか、

 二回目の削除がどうとか、

 そういう話だけじゃねぇよな」


「うん」


 俺も壁に背中を預ける。


「最初の欠員枠で、俺が神界に行った。

 二回目で、白室αからβに転生した。

 そこで“転生神の枠”の扱いが変わった」


 それに連動して――


「ルカダスが、統祈そのものを別ルートに持っていった。

 たぶんそこにも、“枠の欠け方”が絡んでる」


「要するに」


 アスハが指を折る。


「欠員枠の不整合=

 “お前の神様としての座り方”と

 “ルカダスの神としての座り方”が、

 神界の想定からズレた痕ってことだな」


「解説ありがと、ゼロライン」


「嫌味で言ってんだろうが」



 光の板に、細かい警告文が点滅した。


【警告:当該ログは一部欠損しています】

【一部記録は統祈神本人による手動加工の可能性があります】

【閲覧には候補魂およびコア神格の同意が必要です】


「“候補魂の同意”って、たぶん俺だな」


 アスハが眉をひそめる。


「欠員枠関連ってことは、

 俺もどっかで噛んでるんだろうけどよ」


「見たくない?」


「見たいに決まってんだろ」


 即答だった。


 そのくせ、その顔はどこか苦そうだ。


「学院襲撃の時点で、

 ルカダスが“独立統祈神”になってたのは分かってた。

 でも、そこに至るまでの話は、

 全部神界側に隠されてた」


「今見た分だけでも、けっこうアレだったしね」


「まだ“こじらせ序盤”だろ、あれ」


 言い方のひどさに、

 不意に笑いがこみ上げた。


 笑いながら、喉が少し痛んだ。



「シロ」


 アスハが、いつになく真面目な声を出す。


「お前さ、自分のことはもういいのか」


「自分のこと?」


「一度目の神様時代と、

 二回目の削除のギリギリ具合と、

 白室βに落ちるまでの話」


 アスハは言葉を選ぶように続ける。


「見たくねぇところまで、もう見ちまっただろ」


「うん。だいぶお腹いっぱい」


「それでも、まだ先を見る気か」


「……見るよ」


 答えは、もう決まっていた。


「俺の記憶がどうだったか、

 って話だけじゃ済まないから」


 勇者常連。

 保留層。

 白室αとβ。

 ゼロライン。

 独立統祈。


「全部繋がって、今の世界になってる。

 学院も、人間たちも、

 今の白室βも」


 そして――

 あの学院襲撃も、だ。


「どこかでルカダスが“本当に道を踏み外した”場所があるはずで。

 そこを見ないと、たぶん欠員枠の不整合は終わらない」


「……そういうとこだよ、お前」


 アスハが小さく舌打ちする。


「自分の傷口見て“まぁいいか”って蓋したあとで、

 他人のほうまで覗きに行こうとする」


「じゃあ止める?」


「止めねぇよ」


 間髪入れず、返ってきた。


「俺も気になってる。

 どの時点でルカダスがあそこまでこじらせたのか」


「正式にひどい言い方だなぁ」


「褒めてねぇ」



「――閲覧同意、どうする?」


 光の板が、淡い文字で問いかけてくる。


【閲覧しますか?

 コア神格シロ候補魂アスハの同意が必要です】


「俺は“はい”」


「俺も“はい”だ」


 同時に、二人で手を伸ばした。


 指先が光に触れる。


【同意を確認しました】

【統祈神ルカダス 独立統祈回路構築ログを開きます】


 祈核殿の空気が、わずかに変わった。


 白い壁が淡く揺らぎ、

 奥のほうに新しい“扉”の輪郭が浮かび上がる。


 さっきまで見ていた原初白室の扉とは違う。

 今度の扉は、細い線が何本も絡み合ったような、

 網目状の光でできていた。


「……いかにも“統祈”って感じの扉だな」


 アスハが顔をしかめる。


「入った瞬間、

 頭の中まで回路図だらけになりそうだ」


「ルカダスの頭の中って、たぶんあんな感じなんだろうね」


 冗談めかして言いながら、

 俺も喉を鳴らす。


 緊張しているのが、自分でも分かる。



「確認だけしとくけど」


 扉の前で、アスハが立ち止まる。


「ここから先は、“俺たちのログ”じゃねぇ」


「統祈神ルカダスの、だね」


「そうだ。

 俺たちは、あくまで“他人の記録”を覗きに行く」


 アスハの目が、少しだけ細くなる。


「だから――

 どこまで踏み込むか、ちゃんと覚えとけ」


「どういう意味?」


「ルカダスの選び方全部に、

 俺たちが口出しできるわけじゃねぇってことだ」


 それは、さっき自分自身に突き刺さった感覚と似ていた。


 一度目の欠員枠。

 二度目の分割。

 どちらも、“当時の自分”が選んだ結果だ。


 今の俺がそれを見ても、

 「間違ってた」と簡単には言えない。


 ルカダスのログも、きっとそうだ。


「……分かった」


 息を吸い込む。


「全部を裁くためじゃなくて、

 “今どうするか”決める材料として見る」


「それならいい」


 アスハが、短く頷いた。


 瞳の奥には、

 それでも消えない怒りと、

 手放せない友情が混ざっている。



 扉に手を伸ばす。


 網目状の光が、指先に触れた瞬間――

 世界がひっくり返った。


 白い祈核殿の石の感触が消え、

 代わりに、無数の線と光の“ざわめき”が飛び込んでくる。


 祈りの回路そのもの。

 世界の境目をなぞる線。

 神界の都合から外れた“第二の統祈”。


 その真ん中に、

 長い髪の背中がひとつ、立っていた。


 統祈神ルカダス。


 ――その始まりの場所へ、

 俺たちは足を踏み入れた。


 そこで、ログは一度ふっと暗転する。


 次に続くのは、

 “独立統祈神ルカダス”の物語だ。

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