第7話 残っていた不整合と、もうひとつの扉
しばらく、何も喋れなかった。
さっきまで見ていた光景――
白室α、会議層、分割された白室。
あの全部が、一気に遠ざかっていく。
代わりに戻ってきたのは、
祈核殿の冷たい空気と、石の床の感触だった。
指先から、祈り球の温度が消えている。
「……なぁシロ」
隣で、アスハがぽつりと言った。
「二回目の削除、
けっこうギリギリだったな」
「うん。あんまり笑えないギリギリ具合だったね」
声が、自分のものじゃないみたいに響く。
白室βへの転生。
白室αに残されたバックアップ。
そして、祈核殿にしまわれた“不整合付きログ”。
――それを、今ようやく見終わった。
◇
「で」
アスハが、祈り球の台座をコン、と指で突く。
「これで“不整合”は解決しました、
じゃないんだろ?」
「うん。たぶん、まだ半分」
俺は、祈核殿の中央に浮かぶ光の板を見上げる。
そこには、神界のログ一覧が層になって並んでいた。
【欠員枠発動会議ログ ※不整合フラグ】
【転生神席再構成会議ログ(白室α/β分割) ※不整合フラグ】
【統祈神ルカダス関連ログ 一部閲覧制限 ※不整合フラグ】
三つとも、“同じ印”がついている。
「今まで見てきたのが、一つ目と二つ目。
最初の欠員枠と、白室分割会議」
「で、三つ目」
アスハが、最後の一行を指でなぞった。
「“統祈神ルカダス関連ログ 一部閲覧制限 ※不整合フラグ”」
「名前、思いっきり出てるよね」
「ずっと胡散臭ぇと思ってたが、
ログの時点で胡散臭ぇな、あいつ」
アスハの言い方は相変わらずだが、
その瞳には、わずかな緊張が混じっていた。
◇
「詳細、開くよ」
俺は光の板に触れる。
祈りの文字列がほどけて、
新しい画面が展開された。
【統祈神ルカダス 独立統祈回路構築ログ】
【閲覧制限:統祈神界/コア神格/候補魂(欠員枠関連)】
【編集履歴:自動記録+手動追記】
【手動追記者:統祈神ルカダス】
【状態:一部欠損/不整合フラグ付与】
「自分で、自分のログに手ぇ入れてんのかよ」
「らしいと言えば、らしいけど」
俺は乾いた笑いを漏らす。
“手動追記者:統祈神ルカダス”。
つまり――
あの独立統祈の線を引いたあとで、
ルカダス自身がログを書き換えた。
その結果、不整合フラグが付いた。
「欠員枠の不整合ってさ」
アスハが、壁にもたれて腕を組む。
「今見た感じだと、
ただお前の記憶が削られたとか、
二回目の削除がどうとか、
そういう話だけじゃねぇよな」
「うん」
俺も壁に背中を預ける。
「最初の欠員枠で、俺が神界に行った。
二回目で、白室αからβに転生した。
そこで“転生神の枠”の扱いが変わった」
それに連動して――
「ルカダスが、統祈そのものを別ルートに持っていった。
たぶんそこにも、“枠の欠け方”が絡んでる」
「要するに」
アスハが指を折る。
「欠員枠の不整合=
“お前の神様としての座り方”と
“ルカダスの神としての座り方”が、
神界の想定からズレた痕ってことだな」
「解説ありがと、ゼロライン」
「嫌味で言ってんだろうが」
◇
光の板に、細かい警告文が点滅した。
【警告:当該ログは一部欠損しています】
【一部記録は統祈神本人による手動加工の可能性があります】
【閲覧には候補魂およびコア神格の同意が必要です】
「“候補魂の同意”って、たぶん俺だな」
アスハが眉をひそめる。
「欠員枠関連ってことは、
俺もどっかで噛んでるんだろうけどよ」
「見たくない?」
「見たいに決まってんだろ」
即答だった。
そのくせ、その顔はどこか苦そうだ。
「学院襲撃の時点で、
ルカダスが“独立統祈神”になってたのは分かってた。
でも、そこに至るまでの話は、
全部神界側に隠されてた」
「今見た分だけでも、けっこうアレだったしね」
「まだ“こじらせ序盤”だろ、あれ」
言い方のひどさに、
不意に笑いがこみ上げた。
笑いながら、喉が少し痛んだ。
◇
「シロ」
アスハが、いつになく真面目な声を出す。
「お前さ、自分のことはもういいのか」
「自分のこと?」
「一度目の神様時代と、
二回目の削除のギリギリ具合と、
白室βに落ちるまでの話」
アスハは言葉を選ぶように続ける。
「見たくねぇところまで、もう見ちまっただろ」
「うん。だいぶお腹いっぱい」
「それでも、まだ先を見る気か」
「……見るよ」
答えは、もう決まっていた。
「俺の記憶がどうだったか、
って話だけじゃ済まないから」
勇者常連。
保留層。
白室αとβ。
ゼロライン。
独立統祈。
「全部繋がって、今の世界になってる。
学院も、人間たちも、
今の白室βも」
そして――
あの学院襲撃も、だ。
「どこかでルカダスが“本当に道を踏み外した”場所があるはずで。
そこを見ないと、たぶん欠員枠の不整合は終わらない」
「……そういうとこだよ、お前」
アスハが小さく舌打ちする。
「自分の傷口見て“まぁいいか”って蓋したあとで、
他人のほうまで覗きに行こうとする」
「じゃあ止める?」
「止めねぇよ」
間髪入れず、返ってきた。
「俺も気になってる。
どの時点でルカダスがあそこまでこじらせたのか」
「正式にひどい言い方だなぁ」
「褒めてねぇ」
◇
「――閲覧同意、どうする?」
光の板が、淡い文字で問いかけてくる。
【閲覧しますか?
コア神格/候補魂の同意が必要です】
「俺は“はい”」
「俺も“はい”だ」
同時に、二人で手を伸ばした。
指先が光に触れる。
【同意を確認しました】
【統祈神ルカダス 独立統祈回路構築ログを開きます】
祈核殿の空気が、わずかに変わった。
白い壁が淡く揺らぎ、
奥のほうに新しい“扉”の輪郭が浮かび上がる。
さっきまで見ていた原初白室の扉とは違う。
今度の扉は、細い線が何本も絡み合ったような、
網目状の光でできていた。
「……いかにも“統祈”って感じの扉だな」
アスハが顔をしかめる。
「入った瞬間、
頭の中まで回路図だらけになりそうだ」
「ルカダスの頭の中って、たぶんあんな感じなんだろうね」
冗談めかして言いながら、
俺も喉を鳴らす。
緊張しているのが、自分でも分かる。
◇
「確認だけしとくけど」
扉の前で、アスハが立ち止まる。
「ここから先は、“俺たちのログ”じゃねぇ」
「統祈神ルカダスの、だね」
「そうだ。
俺たちは、あくまで“他人の記録”を覗きに行く」
アスハの目が、少しだけ細くなる。
「だから――
どこまで踏み込むか、ちゃんと覚えとけ」
「どういう意味?」
「ルカダスの選び方全部に、
俺たちが口出しできるわけじゃねぇってことだ」
それは、さっき自分自身に突き刺さった感覚と似ていた。
一度目の欠員枠。
二度目の分割。
どちらも、“当時の自分”が選んだ結果だ。
今の俺がそれを見ても、
「間違ってた」と簡単には言えない。
ルカダスのログも、きっとそうだ。
「……分かった」
息を吸い込む。
「全部を裁くためじゃなくて、
“今どうするか”決める材料として見る」
「それならいい」
アスハが、短く頷いた。
瞳の奥には、
それでも消えない怒りと、
手放せない友情が混ざっている。
◇
扉に手を伸ばす。
網目状の光が、指先に触れた瞬間――
世界がひっくり返った。
白い祈核殿の石の感触が消え、
代わりに、無数の線と光の“ざわめき”が飛び込んでくる。
祈りの回路そのもの。
世界の境目をなぞる線。
神界の都合から外れた“第二の統祈”。
その真ん中に、
長い髪の背中がひとつ、立っていた。
統祈神ルカダス。
――その始まりの場所へ、
俺たちは足を踏み入れた。
そこで、ログは一度ふっと暗転する。
次に続くのは、
“独立統祈神ルカダス”の物語だ。




