第6話 白室分割と、三人の別れ道(ログ)
光の輪の中心で、世界が俯瞰されていた。
転生神席。
統祈神の座。
ゼロライン。
その下に、祈りの流れと崩壊ラインが立体図になって揺れている。
転生神の領域だけが、真っ赤に滲んでいた。
【転生神席:負荷限界ライン接近】
【高効率転生ルート:運用限界】
【保留魂層:臨界ライン接近】
(……やっぱり、こうなるか)
白室αから一歩も動いていないはずの俺の心臓が、
別の場所で暴れているみたいにうるさかった。
◇
『転生神シロ』
機械じみた声が、会議層に響く。
『統祈神ルカダス』
『ゼロライン代表アスハ』
三つの名前が呼ばれ、
俺たちは光の輪の中心に並んだ。
地上で肩を並べていた頃と同じ順番。
でも今は、役目も立場もバラバラだ。
『現状報告』
上の声が、淡々と続ける。
『高効率転生ルート導入により、
一時的に世界循環は安定した』
「“一時的に”な」
アスハが、低く毒をこぼす。
『しかし、選別外とされた祈り・行き先保留魂が蓄積。
境界線および白室αにノイズ集中。
世界循環全体に歪みの兆候』
光の輪が切り替わる。
境目が黒ずみ、
保留魂層がぶくぶくと膨らんでいる様子が図にされていた。
『対策として、転生神席の再構成が必要』
「“再構成”ってのは、具体的にどういう意味だ」
アスハが睨み上げる。
『案一』
上の声が応じる。
『転生神シロの判断パターンを抽出し、
白室処理を自動化モジュールへ移行。
コア神格シロは祈核殿に固定し、
人格要素の大部分を削減』
「つまり、“ほぼ装置に戻せ”ってことだな」
アスハの言葉は、容赦がなかった。
『公平な転生と世界循環維持のための、
合理的再配置である』
「“合理的”って言葉で人一人潰すな」
アスハが、きっぱりと言い放つ。
◇
「……ルカダス」
俺は、隣の統祈神を見る。
「統祈の立場から見て、これは“正しい”のか?」
「“短期的には”だな」
ルカダスは、ため息みたいに息を吐いた。
「ここでシロを半分機械にすれば、
数字の上ではしばらく安定する。
でもそのあと、同じ種類の歪みが、
もっと深いところで爆発する」
『根拠を提示せよ』
「高効率ルートのときと同じだ」
ルカダスは、祈り板に指を走らせる。
勇者ループの推移。
保留魂のグラフ。
境界線ノイズの増加。
「“よく回る魂だけ”を選び続けた結果、
外側に弾かれた祈りが積もった。
今度は、“よく判断する神様だけ削って”
また同じことを繰り返す気か?」
『個体判断の偏りをなくすことが――』
「偏りまで含めて、“祈り”なんだよ」
アスハが、声をかぶせた。
「現場で祈り触ってると分かんだよ。
綺麗な平均値なんて、どこにもねぇ。
凸凹のまま、なんとか一緒に流してくのが仕事だろうが」
◇
機械の声が、わずかに沈黙した。
その一瞬を逃さず、ルカダスが口を開く。
「案を出す」
『代案を』
「白室を、分ける」
光の輪に、新しい線が引かれた。
「今の白室αを、祈核殿側の“深層処理”に固定する。
高効率ルートの外から落ちてくる祈りや、
保留魂層の出口になる部分は、ここが担当する」
図の一番底に、白い小さな部屋が印される。
それが白室α。
「そのうえに、もう一枚――
地上寄りの浅い層に、“白室β”を新設する」
今度は、世界寄りの位置にもう一つの白い部屋が浮かぶ。
「通常の転生処理や、
“高効率”とは無関係な日常的な祈りの流れは、
ほとんどβ側で自動処理する。
αは“どうしてもどこにも入らないもの”だけ見る」
『負荷分散案として、理解可能』
上の声は、さほど否定的ではなかった。
『しかし、その場合――
白室βの中核を誰が担う』
「決まってるだろ」
ルカダスではなく、アスハが答えた。
「シロだよ」
「……だよねぇ」
俺は自分のことなのに、他人事みたいに呟く。
◇
『転生神シロ』
機械の声が、真正面から俺を指した。
『あなたが白室βに“転生”する案が提示されている』
「転生、ね」
喉の奥が、乾いた笑いの形に引きつる。
「白室αから外れて、
地上寄りの新しい白室で、もう一回“神様スタート”ってこと?」
『是』
『白室αには、神格としてのコアを残す。
白室βには、転生神シロとしての新たな意識を立ち上げる』
「……それ、二回目の記憶削除じゃないのか」
アスハが、低く問うた。
『完全削除は実施しない』
上の声が、即座に返す。
『白室α側に、“コア記録”として保存。
白室βの意識からは、
公平性を損なう範囲のみマスクする』
「マスクって言い方もどうかと思うけど」
俺は肩をすくめる。
「どのみち、白室βの俺は、
“自分が一度目の神様だったこと”すら知らないんだろ」
『是』
「だったら、体感はほぼ二回目の削除だよ」
分かっていて、それでも言う。
◇
「……シロ」
今度は、ルカダスが俺の名を呼ぶ。
「それでも、選ぶか?」
選択肢は二つ。
一つは、このまま白室αに縛られて、
人格を限りなく削られた“装置”になる未来。
もう一つは、白室βに転生して、
また“何も覚えていない神様”から始める未来。
どっちもロクでもない。
それでも――
「白室から離れるって選択肢は、ないんだよなぁ」
自分でも呆れるくらい、すんなり出た。
「祈り見て、
迷ってる魂と話して、
どこかに押し込まれそうなやつらを少しでもマシな場所に送る。
それが俺の“やりたいこと”なんだとしたら」
勇者の常連の顔が、ふっと浮かぶ。
ノイズの向こうでうずくまっていた保留魂のざわめきも。
「完全に部品にされるより、
もう一回“白室βの神様”からやり直すほうを選ぶ」
『選択を確認』
上の声が、あっさり受理する。
『転生神シロは白室βへの転生を選択』
「“選択”って便利な言葉だな」
苦笑しながらも、
胸のどこかが少しだけ軽くなった。
最悪ではない。
それだけで、今は十分だった。
◇
『ゼロライン代表アスハについて』
機械の声が、次の対象に移る。
『境界線業務の負荷もまた、限界に近い』
「知ってるよ」
アスハが、吐き捨てるように言う。
「崩壊ラインの穴塞いで回ってんのは、
大体こっちだ」
『ゆえに、ゼロラインにも“分割案”を提示』
「分割?」
ルカダスが、目を細めた。
『ゼロライン魂の一部を切り出し、
未来の地上に“祈り観測用の候補魂”として転生させる』
「……地上側の観測点か」
ルカダスが、祈り板を見やる。
「いずれ、地上に“祈りを扱う人間の集団”を組織する構想があったな」
『是』
『地上の祈りを人間側から観測し、
神界の選別の偏りを早期検知するための組織』
「名前だけ立派で、中身はこれからってやつだろ」
アスハが鼻で笑う。
『ゼロラインの分体をそこへ送ることで、
境界線の状態を地上からも監視可能とする』
「要するに、俺の魂バラして“地上支店”作りたいってことか」
『是』
「嫌だな」
即答だった。
『拒否権は限定的』
「知ってるよ。でも嫌なもんは嫌だ」
アスハが、光の輪を睨み上げる。
「魂バラされて、
地上に放り込まれたほうが“神界寄りの都合”だけ見て動くなんざ、
目に見えてるからな」
『そのリスクを軽減するため、
地上側の候補魂には“神界統制外の観察者”としてのフラグを付与』
上の声が、さらりと言った。
『地上側の判断は、
神界の制御から一定距離を取る仕様とする』
「……珍しく、まともなこと言ったな」
アスハが、少しだけ眉を上げる。
「地上の俺は、あくまで“見て判断する側”ってわけか。
神界の指示だけで動かないなら――」
ほんの一瞬、迷ったあと。
「条件付きで、乗る」
『条件を提示せよ』
「地上の俺は、
地上の“誰か”と一緒に祈りを見る。
神界の声より、その“誰か”のほうを優先していいようにしろ」
『曖昧な指定』
「いいんだよ、曖昧で」
アスハが、きっぱり言う。
「そういう“曖昧な祈り”と繋がってないと、
俺の分体なんざ意味ねぇからな」
上の声が、短く沈黙した。
『……許可。
地上側の候補魂には、“人間側の祈り観測者との優先リンク”を付与』
「よし」
アスハが、少しだけ息を吐く。
「じゃあ、魂の切り分けは好きにしろ。
境界線側で死守しなきゃいけないラインは、
こっちで握っとく」
◇
『統祈神ルカダスについて』
次に、視線がルカダスへ向かう。
『統祈神界は、現行構造の維持を望む』
「俺は、望まない」
ルカダスは、静かに答えた。
「高効率ルートを通して分かった。
“神界全体の都合”だけで祈りを流している限り、
同じ歪みが何度でも出る」
『異議申し立ては、統祈神界内部で――』
「内部で回していた結果が、今だろう」
ルカダスの声には、珍しく棘があった。
「だから俺は、
“神界統祈”から少し外れたラインを引く」
『独立を宣言するか』
「独立じゃない」
ルカダスは首を振る。
「“もう一つの統祈回路”を作る。
神界の都合だけじゃない線を、世界に通す」
『危険な試み』
「だからこそ、監視点が必要になる」
ルカダスは、光の図に新しい印を加えた。
深層の白室α。
地上寄りの白室β。
未来のどこかに作られる、人間側の祈り観測点。
「こいつらがいれば、
俺が暴走したとき、止められる」
「自分で自分の保険かけてんじゃねぇよ」
アスハが呆れたように言う。
「どうせお前、その“もう一つの回路”通すために、
地上で余計なことやらかすんだろ」
「余計かどうかは、そのときの祈りが決める」
ルカダスは、ほんの少しだけ笑った。
「……その結果、お前たちと敵として会うことになっても、
そのほうが“本気でぶつかれる”だろ」
「最悪だな」
アスハと俺の声が、見事に重なった。
◇
『決定をまとめる』
機械の声が、会議を締めくくる。
『一、白室αを深層処理層として祈核殿に固定。
高負荷案件および保留魂層の出口とする』
『二、白室βを地上寄りに新設し、
転生神シロを転生させる。
白室βは自動転生処理を主とし、
白室αはコア神格シロの裁量を維持』
『三、ゼロライン代表アスハの魂の一部を切り出し、
未来の地上に祈り観測用候補魂として転生させる。
当該候補魂は、人間側の祈り観測者を優先リンク対象とする』
『四、統祈神ルカダスによる“第二統祈回路”構築を条件付き許可。
白室α/白室βおよび地上観測点を監視点とする』
『以上』
淡々とした声で、
世界の都合と、俺たち三人のわがままが、同時に決定された。
◇
会議が解散となり、光の輪が薄れていく。
残ったのは、俺と、アスハと、ルカダスだけだった。
「……決まっちまったな」
アスハが、ぽつりと言う。
「お前は白室βに落ちる。
俺は、魂を割られていつか地上に行く。
ルカダスは、神界から半歩外れた線を引く」
「ろくな未来図じゃないな」
「でも、何もしない未来よりはマシだ」
ルカダスが、静かに言う。
「シロ」
「ん?」
「白室βで、再起動しても――
“お前自身の判断”だけは、どこかに残る」
「どこか、ね」
祈核殿。
白室α。
不整合フラグ付きのログ。
それらが、深いところで俺の背骨になる。
「白室βの俺が、
また世界の“効率”だけで魂を切ろうとしたらさ」
俺は、アスハとルカダスを見た。
「殴って止めろよ」
「言われなくてもそうする」
アスハは、即答だった。
「世界のためとか公平とか言い出したときの顔、
見飽きてんだよ」
「数字のために魂を削るのは、統祈側の恥だ」
ルカダスも、淡々と続ける。
「その恥を、何度でも指摘しに行く」
「頼もしいね、ほんとに」
皮肉混じりに笑ってみせる。
◇
「……じゃあ、そろそろか」
白室αの気配が近づく。
会議層の光が溶け、
いつもの白い部屋の輪郭が現れる。
まだムラの多い、原初の白室。
α。
ここから俺は、一度退くことになる。
「またな」
アスハが、壁にもたれたまま手を上げる。
「境界線で、適当に待っててやる」
「“適当に”って言うなよ」
「じゃあ、“そこそこ真面目に”待っとく」
アスハが笑う。
その笑い方が、胸に刺さる。
「……今度会うとき、お前は俺のこと覚えてねぇかもしれねぇけどな」
「そうなったら、そのときもう一回仲良くなればいいだろ」
それしか言えなかった。
◇
「シロ」
ルカダスは、多くを語らない。
「白室βは、きっと今より“うるさい”場所になる。
地上に近いぶん、祈りも生活音も混ざる」
「静かなのに慣れすぎたかな」
「うるささに紛れた祈りを拾えるやつが、
そこには必要だ」
ルカダスは、白室の天井を見上げる。
「……いつか、
“お前のいる白室β”を、
俺が壊しに行く日が来るかもしれない」
「物騒な宣言やめろ」
「そのときは、
“壊される価値がある世界になってる”ってことだ」
どこか寂しげに笑って、
ルカダスは背を向けた。
◇
白室αの中央に立つ。
原初のソファ。
まだ不揃いな白。
祈核殿へと繋がる見えない糸。
上から、機械じみた声が降ってきた。
『転生神シロ。
白室βへの転生処理を開始する』
「二回目は、もう少しマシな神様になりますように、って祈ればいいのかな」
『祈りは任意』
「そうかよ」
苦笑して、目を閉じる。
色が、一度全部溶けた。
音も、輪郭も、
アスハとルカダスの気配も、まとめて白に飲まれていく。
――世界の色が消えるときの感覚には、
やっぱり慣れそうにない。
(それでも、もう一回)
白い部屋で、
誰かの祈りに耳を傾ける。
そのためだけに。
そう思ったところで、
意識がふっと途切れた。
◇
真っ白な部屋の、場違いにふかふかしたソファに沈んでいる。
さっきまで、どこで何をしていたのか、思い出せない。
ここは白室β。
転生待ちがゼロ件の、暇な神様の部屋。
「……今日もヒマだなぁ」
天井を見上げて、あくびを噛み殺す。
背中が三つ並んでいたような気がする。
長い髪の誰かと、短くてよく怒鳴る誰かと。
でも、輪郭は霧の向こうに溶けてしまった。
(思い出さなくていい)
いつものように、自分にそう言い聞かせる。
そのあとで、
扉がノックされる音を聞いた。
――ここで、ログはぷつりと途切れた。
白い光が引いていく。
視界に、祈核殿の冷たい空気が戻ってきた。
⸻
扉の前。
原初白室“シロ室α”の前。
俺と、アスハが並んで立っていた。
手のひらから、さっきまで触れていた祈り球の感触が消えていく。
「……ここまでが、“白室βに落ちるまで”か」
アスハが、小さく息を吐く。
「会議層で白室分割決めて、
お前が一回目の神様やめて、
βの“暇な神様”になったところまで」
「あの時代には、まだ学院も、リツもいない」
自分で言いながら、
胸の奥がじんと熱くなる。
「でも、ゼロラインの分体を地上に落とす計画とか、
人間側に祈りの観測点を作る話とか――
あとでリツや風祈学院になる“種”は、
あそこで撒かれてたんだな」
「ルカダスの独立線もな」
アスハが、扉を軽く小突く。
「神界統祈に幻滅して、
“もう一つの回路”引くって決めてた。
そりゃ学院襲撃までこじらせるわ」
「言い方」
苦笑しながらも、否定はできなかった。
あのとき決めた別ラインが、
後の“敵としてのルカダス”に繋がっているのは間違いない。
「……でもまぁ」
アスハが、こちらを横目で見る。
「二回目の削除、ギリギリで“全部じゃなかった”のは分かったろ」
「そうだな」
祈核殿。
白室α。
不整合フラグ付きのログ。
全部が、今ここで俺たちが“見に来れた”事実として、重なっている。
「もう一回、同じことされたら殴ってくれる?」
「殴る。三回目はない」
アスハの答えは、迷いがなかった。
「世界の都合でお前の記憶弄るのは、
二回目でもう限界だ」
「頼もしいな、ゼロライン」
「皮肉で言ってんだろ」
それでも、少しだけ口元が緩んでいた。
ログは終わった。
ここから先は、もう“今の俺たち”の話だ。




