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第6話 白室分割と、三人の別れ道(ログ)



 光の輪の中心で、世界が俯瞰されていた。


 転生神席。

 統祈神の座。

 ゼロライン。

 その下に、祈りの流れと崩壊ラインが立体図になって揺れている。


 転生神の領域だけが、真っ赤に滲んでいた。


【転生神席:負荷限界ライン接近】

【高効率転生ルート:運用限界】

【保留魂層:臨界ライン接近】


(……やっぱり、こうなるか)


 白室αから一歩も動いていないはずの俺の心臓が、

 別の場所で暴れているみたいにうるさかった。



『転生神シロ』


 機械じみた声が、会議層に響く。


『統祈神ルカダス』


『ゼロライン代表アスハ』


 三つの名前が呼ばれ、

 俺たちは光の輪の中心に並んだ。


 地上で肩を並べていた頃と同じ順番。

 でも今は、役目も立場もバラバラだ。


『現状報告』


 上の声が、淡々と続ける。


『高効率転生ルート導入により、

 一時的に世界循環は安定した』


「“一時的に”な」


 アスハが、低く毒をこぼす。


『しかし、選別外とされた祈り・行き先保留魂が蓄積。

 境界線および白室αにノイズ集中。

 世界循環全体に歪みの兆候』


 光の輪が切り替わる。


 境目が黒ずみ、

 保留魂層がぶくぶくと膨らんでいる様子が図にされていた。


『対策として、転生神席の再構成が必要』


「“再構成”ってのは、具体的にどういう意味だ」


 アスハが睨み上げる。


『案一』


 上の声が応じる。


『転生神シロの判断パターンを抽出し、

 白室処理を自動化モジュールへ移行。

 コア神格シロは祈核殿に固定し、

 人格要素の大部分を削減』


「つまり、“ほぼ装置に戻せ”ってことだな」


 アスハの言葉は、容赦がなかった。


『公平な転生と世界循環維持のための、

 合理的再配置である』


「“合理的”って言葉で人一人潰すな」


 アスハが、きっぱりと言い放つ。



「……ルカダス」


 俺は、隣の統祈神を見る。


「統祈の立場から見て、これは“正しい”のか?」


「“短期的には”だな」


 ルカダスは、ため息みたいに息を吐いた。


「ここでシロを半分機械にすれば、

 数字の上ではしばらく安定する。

 でもそのあと、同じ種類の歪みが、

 もっと深いところで爆発する」


『根拠を提示せよ』


「高効率ルートのときと同じだ」


 ルカダスは、祈り板に指を走らせる。


 勇者ループの推移。

 保留魂のグラフ。

 境界線ノイズの増加。


「“よく回る魂だけ”を選び続けた結果、

 外側に弾かれた祈りが積もった。

 今度は、“よく判断する神様だけ削って”

 また同じことを繰り返す気か?」


『個体判断の偏りをなくすことが――』


「偏りまで含めて、“祈り”なんだよ」


 アスハが、声をかぶせた。


「現場で祈り触ってると分かんだよ。

 綺麗な平均値なんて、どこにもねぇ。

 凸凹のまま、なんとか一緒に流してくのが仕事だろうが」



 機械の声が、わずかに沈黙した。


 その一瞬を逃さず、ルカダスが口を開く。


「案を出す」


『代案を』


「白室を、分ける」


 光の輪に、新しい線が引かれた。


「今の白室αを、祈核殿側の“深層処理”に固定する。

 高効率ルートの外から落ちてくる祈りや、

 保留魂層の出口になる部分は、ここが担当する」


 図の一番底に、白い小さな部屋が印される。

 それが白室α。


「そのうえに、もう一枚――

 地上寄りの浅い層に、“白室β”を新設する」


 今度は、世界寄りの位置にもう一つの白い部屋が浮かぶ。


「通常の転生処理や、

 “高効率”とは無関係な日常的な祈りの流れは、

 ほとんどβ側で自動処理する。

 αは“どうしてもどこにも入らないもの”だけ見る」


『負荷分散案として、理解可能』


 上の声は、さほど否定的ではなかった。


『しかし、その場合――

 白室βの中核を誰が担う』


「決まってるだろ」


 ルカダスではなく、アスハが答えた。


「シロだよ」


「……だよねぇ」


 俺は自分のことなのに、他人事みたいに呟く。



『転生神シロ』


 機械の声が、真正面から俺を指した。


『あなたが白室βに“転生”する案が提示されている』


「転生、ね」


 喉の奥が、乾いた笑いの形に引きつる。


「白室αから外れて、

 地上寄りの新しい白室で、もう一回“神様スタート”ってこと?」


『是』


『白室αには、神格としてのコアを残す。

 白室βには、転生神シロとしての新たな意識を立ち上げる』


「……それ、二回目の記憶削除じゃないのか」


 アスハが、低く問うた。


『完全削除は実施しない』


 上の声が、即座に返す。


『白室α側に、“コア記録”として保存。

 白室βの意識からは、

 公平性を損なう範囲のみマスクする』


「マスクって言い方もどうかと思うけど」


 俺は肩をすくめる。


「どのみち、白室βの俺は、

 “自分が一度目の神様だったこと”すら知らないんだろ」


『是』


「だったら、体感はほぼ二回目の削除だよ」


 分かっていて、それでも言う。



「……シロ」


 今度は、ルカダスが俺の名を呼ぶ。


「それでも、選ぶか?」


 選択肢は二つ。


 一つは、このまま白室αに縛られて、

 人格を限りなく削られた“装置”になる未来。


 もう一つは、白室βに転生して、

 また“何も覚えていない神様”から始める未来。


 どっちもロクでもない。


 それでも――


「白室から離れるって選択肢は、ないんだよなぁ」


 自分でも呆れるくらい、すんなり出た。


「祈り見て、

 迷ってる魂と話して、

 どこかに押し込まれそうなやつらを少しでもマシな場所に送る。

 それが俺の“やりたいこと”なんだとしたら」


 勇者の常連の顔が、ふっと浮かぶ。

 ノイズの向こうでうずくまっていた保留魂のざわめきも。


「完全に部品にされるより、

 もう一回“白室βの神様”からやり直すほうを選ぶ」


『選択を確認』


 上の声が、あっさり受理する。


『転生神シロは白室βへの転生を選択』


「“選択”って便利な言葉だな」


 苦笑しながらも、

 胸のどこかが少しだけ軽くなった。


 最悪ではない。

 それだけで、今は十分だった。



『ゼロライン代表アスハについて』


 機械の声が、次の対象に移る。


『境界線業務の負荷もまた、限界に近い』


「知ってるよ」


 アスハが、吐き捨てるように言う。


「崩壊ラインの穴塞いで回ってんのは、

 大体こっちだ」


『ゆえに、ゼロラインにも“分割案”を提示』


「分割?」


 ルカダスが、目を細めた。


『ゼロライン魂の一部を切り出し、

 未来の地上に“祈り観測用の候補魂”として転生させる』


「……地上側の観測点か」


 ルカダスが、祈り板を見やる。


「いずれ、地上に“祈りを扱う人間の集団”を組織する構想があったな」


『是』


『地上の祈りを人間側から観測し、

 神界の選別の偏りを早期検知するための組織』


「名前だけ立派で、中身はこれからってやつだろ」


 アスハが鼻で笑う。


『ゼロラインの分体をそこへ送ることで、

 境界線の状態を地上からも監視可能とする』


「要するに、俺の魂バラして“地上支店”作りたいってことか」


『是』


「嫌だな」


 即答だった。


『拒否権は限定的』


「知ってるよ。でも嫌なもんは嫌だ」


 アスハが、光の輪を睨み上げる。


「魂バラされて、

 地上に放り込まれたほうが“神界寄りの都合”だけ見て動くなんざ、

 目に見えてるからな」


『そのリスクを軽減するため、

 地上側の候補魂には“神界統制外の観察者”としてのフラグを付与』


 上の声が、さらりと言った。


『地上側の判断は、

 神界の制御から一定距離を取る仕様とする』


「……珍しく、まともなこと言ったな」


 アスハが、少しだけ眉を上げる。


「地上の俺は、あくまで“見て判断する側”ってわけか。

 神界の指示だけで動かないなら――」


 ほんの一瞬、迷ったあと。


「条件付きで、乗る」


『条件を提示せよ』


「地上の俺は、

 地上の“誰か”と一緒に祈りを見る。

 神界の声より、その“誰か”のほうを優先していいようにしろ」


『曖昧な指定』


「いいんだよ、曖昧で」


 アスハが、きっぱり言う。


「そういう“曖昧な祈り”と繋がってないと、

 俺の分体なんざ意味ねぇからな」


 上の声が、短く沈黙した。


『……許可。

 地上側の候補魂には、“人間側の祈り観測者との優先リンク”を付与』


「よし」


 アスハが、少しだけ息を吐く。


「じゃあ、魂の切り分けは好きにしろ。

 境界線側で死守しなきゃいけないラインは、

 こっちで握っとく」



『統祈神ルカダスについて』


 次に、視線がルカダスへ向かう。


『統祈神界は、現行構造の維持を望む』


「俺は、望まない」


 ルカダスは、静かに答えた。


「高効率ルートを通して分かった。

 “神界全体の都合”だけで祈りを流している限り、

 同じ歪みが何度でも出る」


『異議申し立ては、統祈神界内部で――』


「内部で回していた結果が、今だろう」


 ルカダスの声には、珍しく棘があった。


「だから俺は、

 “神界統祈”から少し外れたラインを引く」


『独立を宣言するか』


「独立じゃない」


 ルカダスは首を振る。


「“もう一つの統祈回路”を作る。

 神界の都合だけじゃない線を、世界に通す」


『危険な試み』


「だからこそ、監視点が必要になる」


 ルカダスは、光の図に新しい印を加えた。


 深層の白室α。

 地上寄りの白室β。

 未来のどこかに作られる、人間側の祈り観測点。


「こいつらがいれば、

 俺が暴走したとき、止められる」


「自分で自分の保険かけてんじゃねぇよ」


 アスハが呆れたように言う。


「どうせお前、その“もう一つの回路”通すために、

 地上で余計なことやらかすんだろ」


「余計かどうかは、そのときの祈りが決める」


 ルカダスは、ほんの少しだけ笑った。


「……その結果、お前たちと敵として会うことになっても、

 そのほうが“本気でぶつかれる”だろ」


「最悪だな」


 アスハと俺の声が、見事に重なった。



『決定をまとめる』


 機械の声が、会議を締めくくる。


『一、白室αを深層処理層として祈核殿に固定。

 高負荷案件および保留魂層の出口とする』


『二、白室βを地上寄りに新設し、

 転生神シロを転生させる。

 白室βは自動転生処理を主とし、

 白室αはコア神格シロの裁量を維持』


『三、ゼロライン代表アスハの魂の一部を切り出し、

 未来の地上に祈り観測用候補魂として転生させる。

 当該候補魂は、人間側の祈り観測者を優先リンク対象とする』


『四、統祈神ルカダスによる“第二統祈回路”構築を条件付き許可。

 白室α/白室βおよび地上観測点を監視点とする』


『以上』


 淡々とした声で、

 世界の都合と、俺たち三人のわがままが、同時に決定された。



 会議が解散となり、光の輪が薄れていく。


 残ったのは、俺と、アスハと、ルカダスだけだった。


「……決まっちまったな」


 アスハが、ぽつりと言う。


「お前は白室βに落ちる。

 俺は、魂を割られていつか地上に行く。

 ルカダスは、神界から半歩外れた線を引く」


「ろくな未来図じゃないな」


「でも、何もしない未来よりはマシだ」


 ルカダスが、静かに言う。


「シロ」


「ん?」


「白室βで、再起動しても――

 “お前自身の判断”だけは、どこかに残る」


「どこか、ね」


 祈核殿。

 白室α。

 不整合フラグ付きのログ。


 それらが、深いところで俺の背骨になる。


「白室βの俺が、

 また世界の“効率”だけで魂を切ろうとしたらさ」


 俺は、アスハとルカダスを見た。


「殴って止めろよ」


「言われなくてもそうする」


 アスハは、即答だった。


「世界のためとか公平とか言い出したときの顔、

 見飽きてんだよ」


「数字のために魂を削るのは、統祈側の恥だ」


 ルカダスも、淡々と続ける。


「その恥を、何度でも指摘しに行く」


「頼もしいね、ほんとに」


 皮肉混じりに笑ってみせる。



「……じゃあ、そろそろか」


 白室αの気配が近づく。


 会議層の光が溶け、

 いつもの白い部屋の輪郭が現れる。


 まだムラの多い、原初の白室。

 α。


 ここから俺は、一度退くことになる。


「またな」


 アスハが、壁にもたれたまま手を上げる。


「境界線で、適当に待っててやる」


「“適当に”って言うなよ」


「じゃあ、“そこそこ真面目に”待っとく」


 アスハが笑う。

 その笑い方が、胸に刺さる。


「……今度会うとき、お前は俺のこと覚えてねぇかもしれねぇけどな」


「そうなったら、そのときもう一回仲良くなればいいだろ」


 それしか言えなかった。



「シロ」


 ルカダスは、多くを語らない。


「白室βは、きっと今より“うるさい”場所になる。

 地上に近いぶん、祈りも生活音も混ざる」


「静かなのに慣れすぎたかな」


「うるささに紛れた祈りを拾えるやつが、

 そこには必要だ」


 ルカダスは、白室の天井を見上げる。


「……いつか、

 “お前のいる白室β”を、

 俺が壊しに行く日が来るかもしれない」


「物騒な宣言やめろ」


「そのときは、

 “壊される価値がある世界になってる”ってことだ」


 どこか寂しげに笑って、

 ルカダスは背を向けた。



 白室αの中央に立つ。


 原初のソファ。

 まだ不揃いな白。

 祈核殿へと繋がる見えない糸。


 上から、機械じみた声が降ってきた。


『転生神シロ。

 白室βへの転生処理を開始する』


「二回目は、もう少しマシな神様になりますように、って祈ればいいのかな」


『祈りは任意』


「そうかよ」


 苦笑して、目を閉じる。


 色が、一度全部溶けた。


 音も、輪郭も、

 アスハとルカダスの気配も、まとめて白に飲まれていく。


 ――世界の色が消えるときの感覚には、

 やっぱり慣れそうにない。


(それでも、もう一回)


 白い部屋で、

 誰かの祈りに耳を傾ける。


 そのためだけに。


 そう思ったところで、

 意識がふっと途切れた。



 真っ白な部屋の、場違いにふかふかしたソファに沈んでいる。


 さっきまで、どこで何をしていたのか、思い出せない。


 ここは白室β。

 転生待ちがゼロ件の、暇な神様の部屋。


「……今日もヒマだなぁ」


 天井を見上げて、あくびを噛み殺す。


 背中が三つ並んでいたような気がする。

 長い髪の誰かと、短くてよく怒鳴る誰かと。


 でも、輪郭は霧の向こうに溶けてしまった。


(思い出さなくていい)


 いつものように、自分にそう言い聞かせる。


 そのあとで、

 扉がノックされる音を聞いた。


 ――ここで、ログはぷつりと途切れた。


 白い光が引いていく。


 視界に、祈核殿の冷たい空気が戻ってきた。



 扉の前。

 原初白室“シロ室α”の前。


 俺と、アスハが並んで立っていた。


 手のひらから、さっきまで触れていた祈り球の感触が消えていく。


「……ここまでが、“白室βに落ちるまで”か」


 アスハが、小さく息を吐く。


「会議層で白室分割決めて、

 お前が一回目の神様やめて、

 βの“暇な神様”になったところまで」


「あの時代には、まだ学院も、リツもいない」


 自分で言いながら、

 胸の奥がじんと熱くなる。


「でも、ゼロラインの分体を地上に落とす計画とか、

 人間側に祈りの観測点を作る話とか――

 あとでリツや風祈学院になる“種”は、

 あそこで撒かれてたんだな」


「ルカダスの独立線もな」


 アスハが、扉を軽く小突く。


「神界統祈に幻滅して、

 “もう一つの回路”引くって決めてた。

 そりゃ学院襲撃までこじらせるわ」


「言い方」


 苦笑しながらも、否定はできなかった。


 あのとき決めた別ラインが、

 後の“敵としてのルカダス”に繋がっているのは間違いない。


「……でもまぁ」


 アスハが、こちらを横目で見る。


「二回目の削除、ギリギリで“全部じゃなかった”のは分かったろ」


「そうだな」


 祈核殿。

 白室α。

 不整合フラグ付きのログ。


 全部が、今ここで俺たちが“見に来れた”事実として、重なっている。


「もう一回、同じことされたら殴ってくれる?」


「殴る。三回目はない」


 アスハの答えは、迷いがなかった。


「世界の都合でお前の記憶弄るのは、

 二回目でもう限界だ」


「頼もしいな、ゼロライン」


「皮肉で言ってんだろ」


 それでも、少しだけ口元が緩んでいた。


 ログは終わった。


 ここから先は、もう“今の俺たち”の話だ。

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