第4話 勇者帰りの常連ができるまで
ルカダスとアスハを送り出してから、
白室αの日々は、また静かに続いていた。
魂は来る。
祈りを読む。
行き先を決める。
送り出す。
気づけば、それが当たり前になっていた。
「はい、次の転生希望者どうぞー」
俺の呼びかけに、中央の光が一つふわりと揺れる。
ある意味、平和な日々だった。
◇
その日、空気が変わった。
白室αの天井――世界と神界をつなぐ祈りの層に、
妙な“波”が走ったのだ。
「……嫌な感じだな」
眉をしかめたところで、
祈り板がピコンと音を立てる。
新しい通達が流れてきていた。
【高効率転生ルート・試験運用開始について】
タイトルからして、ロクな予感がしない。
詳細を開いた瞬間、
胸の奥がひやりとした。
【“成功確率の高い魂”を優先的に転生させることで
世界全体の祈り循環効率を向上させることを目的とする】
【対象:世界の危機に対し顕著な貢献を示した魂
(異世界勇者、魔王討伐者、世界修復者 等)】
「……魂を、装置みたいに書くなよ」
「装置扱いしているからこその、こういう文面ですよ」
背後から、涼しい声が落ちてきた。
振り向くと、祈りの柱を背にしてルカダスが立っていた。
統祈神見習いの衣が、前よりも少し板についている。
「統祈側の窓口として、説明に来ました」
「また面倒な部署にいるな、お前」
「望んだ部署なので、否定はしません」
ルカダスは祈り板を覗き込みながら、小さく息を吐いた。
「高効率転生ルート。
要するに、“よく回る魂から再利用する”仕組みです」
「言い方最悪だな」
「仕組み自体は、数字の上では合理的です。
世界循環が不安定なラインが増えているのは事実ですから」
祈り板の別画面には、
世界各地の“崩れかけた境目”のグラフが並んでいた。
「神席は足りない。
転生枠も足りない。
祈りは増え続ける――」
「だから、“当たりの魂”から先に回そうって?」
「簡単に言えば、そうです」
ルカダスは、苦笑ともため息ともつかない表情で言う。
「……簡単に言ってほしくはない案ですが」
◇
候補リストは、すぐに届いた。
白室αの空中に、何本もの光の糸が走る。
その一本一本が、“高効率候補”の魂だった。
普通の魂よりも、光が濃い。
祈りの密度が異様に高い。
そのくせ、どこか傷だらけだ。
その中で、ひときわ目立つ魂が一つあった。
淡い金色。
ひびだらけなのに、光だけは妙に元気だ。
「……勇者だな、これ」
祈り板の表示を見て、思わず呟く。
【生前:中規模異世界】
【役割:召喚勇者・魔王討伐】
【死因:魔王討伐後の寿命・複合要因】
【未練:“もう一回やれるなら、たぶんやる”】
「“たぶん”って何だよ」
「“やる”が本音で、“たぶん”が現実ですね」
隣に立ったエフェリアが、静かに言った。
いつの間に来ていたのか分からないが、
監査神はいつも通り、気配を薄くしてそこにいる。
「この勇者、死ぬ直前まで“次に備えて”世界の構造を見ていました。
神界としては、“ぜひもう一度お願いしたい”タイプです」
「言い方が完全に人材スカウトのそれなんだよな……」
「実際、人材不足ですから」
エフェリアは言葉を選びながら続ける。
「高効率転生ルートは、
神界の危険な“綱渡り案”です」
「分かっててやってるってのが、一番タチ悪いよ」
◇
「シロ」
ルカダスが、まっすぐこちらを見る。
「白室側には、裁量が渡されています」
「裁量?」
「高効率ルートそのものは神界の決定です。
けれど、“どこまで魂本人の意思に寄せるか”は、
転生神の判断に任されると」
ルカダスは、祈り板に別の文面を映した。
【高効率転生ルート実行に際し、以下の権限を転生神に付与】
【・対象魂への事前説明義務】
【・対象魂の意思に反するループの停止権】
「……責任、丸投げじゃない?」
「そこをどう受け取るかは、あなた次第です」
エフェリアが、小さく肩をすくめた。
「少なくとも、“全部機械的にやります”ではなく、
最後のところであなたに任せると決めたのは事実です」
「まあ、任された以上はやるけどさ」
俺は金色の魂を手前に引き寄せた。
「――じゃ、話してみるか」
◇
「聞こえる?」
声をかけると、金色の魂がぴょこんと跳ねた。
『あっ、聞こえます聞こえます!』
元気のいい声だった。
思ってた以上に、軽い。
『やっぱ白だ~。噂どおりの真っ白部屋ですねこれ』
「噂ってどこ経由だよ」
『死ぬ直前に一瞬だけ見えるんですよ、なんか“待合室”的なやつ。
で、ここかな~って』
「よくもまあ軽口叩けるな、死んだ直後に」
『いやぁ、勇者職やってると、“あ、これ死んだなー”って
わりと冷静に分かるようになりまして』
言ってることは物騒なのに、
声の調子は明るいままだ。
「生前ログ、見たよ」
祈り板に視線を落とす。
「召喚勇者。魔王を倒して、世界も一応安定させて。
で、そのあと好き勝手飲み食いして寿命縮めた、と」
『そこだけ切り取ると人としてどうかと思いますね!?』
「ログに書いてあることしか言ってないけど?」
『うぐ……まあ否定はしません……』
金色の魂が、しょんぼりと少し曇る。
でも、すぐにまた明るさを取り戻した。
『でも、一応ちゃんと世界は守りましたよ?
人間も魔族も、そこそこ平和に暮らせるようにしてから死んだんで』
「そこは評価してるよ。偉い偉い」
『子ども扱いしないでください!?』
◇
「で、本題」
軽口をひとしきり交わしてから、
俺はわざと真面目な声に切り替えた。
「世界がさ。
“もう一回やってくれない?”って言ってる」
『あー……』
金色の光が、目に見えて揺れた。
『やっぱり、そうなります?』
「高効率転生ルートって言ってね。
成功実績のある魂を、優先的に何度も勇者にする、
っていう、世界側の苦肉の策だ」
『ネーミングからブラックの匂いしかしない……』
「中身もだいたいそんな感じ」
『ですよね』
金色の魂が、少しだけ沈む。
『正直に言えば、
“やれ”って言われたら、たぶんやると思います』
「たぶん?」
『一回世界救っちゃうと、
次の危機見たときに、
“前もできたんだから、今回もできるだろ”って
自分で自分に言っちゃうんですよね』
「それ、世界のセリフじゃなくて?」
『世界にも言われるし、自分でも言っちゃうんですよ。
めんどくさい性格だって分かってます』
「自覚あるだけマシだな」
◇
「選択肢、三つ用意する」
俺は祈り板に、三本のルートを描く。
「一つ。
神界案どおり、高効率勇者ルートに乗る。
危機があるたびに呼ばれて、何度でも勇者をやる」
『ブラック』
「二つ。
勇者と無関係な世界に行く。
記憶はぼやけるけど、そこそこ平和で普通の人生を送るルート」
『ホワイト寄りグレー』
「三つ」
最後の一本だけ、祈り板に名前がない。
俺が自分で書き足す。
「高効率勇者ルートに乗りつつ、
どこかのタイミングで、俺の判断でループを止める」
『……止められるんですか?』
「止めていい権限は、一応もらってる。
“魂が壊れそうになったら、転生神の判断で終了可”って」
『それ、神様の肩に全部乗せてません?』
「そういうとこだぞ、神界」
エフェリアが、聞こえないふりをしているのが分かった。
ルカダスは、横で小さく目を伏せる。
『じゃあ――』
金色の魂が、少しだけ静かになる。
『三つ目で、お願いします』
「いいのか」
『はい。
俺、多分“もう無理だろ”って言われても、
まだ少しでも動けたら剣取りに行くタイプなんで』
「やっぱりめんどくさい性格だな、お前」
『だから、“ここまで”って言ってくれる神様がいるなら、
そのラインまでは働こうかなって』
そう言う声には、冗談だけじゃない本気が混じっていた。
◇
「分かった」
俺は、祈り式に一行書き足す。
【高効率勇者ルート/停止権:転生神シロ】
エフェリアが、わずかに目を細める。
「じゃあ行ってこい、勇者」
『はい、行ってきます、神様』
金色の魂が、まっすぐに伸びていく。
勇者としての“二度目の人生”へ。
これが、あとで白室βで
「またお前か」と言うことになる、
“勇者帰りの常連”の、一周目だった。
◇
それから、何度か同じ光が帰ってきた。
『どうも、またやりました』
「おかえり。今度はどう死んだ」
『勇者引退して、畑やってたら腰やって、そのまま……』
「平和な死に方するなよ、勇者」
あるときは、別の世界の魔王を倒して帰ってきて。
あるときは、勇者じゃなく“賢者ポジ”で戦って帰ってきて。
またあるときは、
恋人と老衰まで幸せに暮らしてから、静かに帰ってきた。
そのたびに、俺は問う。
「まだ行く?」
『……もう一回ぐらいなら』
最初のうちは、迷いなくそう答えていた。
回数を数えるのが馬鹿らしくなってきた頃。
金色の光は、少しだけ疲れた色を混ぜるようになった。
『ねえ、神様』
「ん」
『俺、ちゃんと“勇者以外の人生”もやれてましたかね』
「やれてたよ」
それだけは、胸を張って言えた。
「酒飲んで怒られてたし、
くだらねぇことで泣いてたし、
失恋もしてたし、
どうでもいいことで大笑いしてた」
『そこだけ抜き出すと恥ずかしいんですけど』
「だからこそ、ちゃんと“人間の人生”だろ」
金色の魂が、ふっと明るくなる。
『……じゃあ、そろそろいいかもしれないですね』
「いいのか」
『はい。
もし次、本当にどうしようもない危機が来たら、
そのときは、“誰か別のやつ”に剣渡しますよ』
「珍しく、勇者っぽい台詞だな」
『今までだって、それなりに勇者やってましたよ!?』
笑い合ってから、
俺は最後の祈り式を書いた。
「高効率勇者ルート、ここで終了。
次は、普通の転生ルートに乗せる。
勇者じゃない人生、単体で一回分」
『了解しました。
……今までありがと、神様』
「こっちこそ。長付き合ってくれてありがとな、常連」
金色の魂は、今度は本当に、
勇者と関係ない世界へと流れていった。
◇
勇者帰りの転生常連。
白室βで「やあ、また来たね」と笑い合っていたあの相手は、
こうして白室αの時代に、その“基礎”ができていた。
高効率転生ルート。
世界の都合。
使い回されそうになる魂。
そして、それでも誰かを守ろうとする祈り。
全部まとめて、白室で受け止めて、
少しだけマシな形に変える。
それが、転生神シロの仕事だった。
――ただ、その裏で。
勇者以外の魂たちが、少しずつ“保留”として溜まっていく
グラフが、じわじわと伸び始めていることに。
このときの俺は、まだ本気で危機感を覚えていなかった。
もう一度、欠員枠が動き出すほどの歪みだなんて、
思ってもいなかったのだ。




