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第4話 勇者帰りの常連ができるまで



 ルカダスとアスハを送り出してから、

 白室αの日々は、また静かに続いていた。


 魂は来る。

 祈りを読む。

 行き先を決める。

 送り出す。


 気づけば、それが当たり前になっていた。


「はい、次の転生希望者どうぞー」


 俺の呼びかけに、中央の光が一つふわりと揺れる。


 ある意味、平和な日々だった。



 その日、空気が変わった。


 白室αの天井――世界と神界をつなぐ祈りの層に、

 妙な“波”が走ったのだ。


「……嫌な感じだな」


 眉をしかめたところで、

 祈り板がピコンと音を立てる。


 新しい通達が流れてきていた。


【高効率転生ルート・試験運用開始について】


 タイトルからして、ロクな予感がしない。


 詳細を開いた瞬間、

 胸の奥がひやりとした。


【“成功確率の高い魂”を優先的に転生させることで

 世界全体の祈り循環効率を向上させることを目的とする】


【対象:世界の危機に対し顕著な貢献を示した魂

(異世界勇者、魔王討伐者、世界修復者 等)】


「……魂を、装置みたいに書くなよ」


「装置扱いしているからこその、こういう文面ですよ」


 背後から、涼しい声が落ちてきた。


 振り向くと、祈りの柱を背にしてルカダスが立っていた。

 統祈神見習いの衣が、前よりも少し板についている。


「統祈側の窓口として、説明に来ました」


「また面倒な部署にいるな、お前」


「望んだ部署なので、否定はしません」


 ルカダスは祈り板を覗き込みながら、小さく息を吐いた。


「高効率転生ルート。

 要するに、“よく回る魂から再利用する”仕組みです」


「言い方最悪だな」


「仕組み自体は、数字の上では合理的です。

 世界循環が不安定なラインが増えているのは事実ですから」


 祈り板の別画面には、

 世界各地の“崩れかけた境目”のグラフが並んでいた。


「神席は足りない。

 転生枠も足りない。

 祈りは増え続ける――」


「だから、“当たりの魂”から先に回そうって?」


「簡単に言えば、そうです」


 ルカダスは、苦笑ともため息ともつかない表情で言う。


「……簡単に言ってほしくはない案ですが」



 候補リストは、すぐに届いた。


 白室αの空中に、何本もの光の糸が走る。

 その一本一本が、“高効率候補”の魂だった。


 普通の魂よりも、光が濃い。

 祈りの密度が異様に高い。

 そのくせ、どこか傷だらけだ。


 その中で、ひときわ目立つ魂が一つあった。


 淡い金色。

 ひびだらけなのに、光だけは妙に元気だ。


「……勇者だな、これ」


 祈り板の表示を見て、思わず呟く。


【生前:中規模異世界】

【役割:召喚勇者・魔王討伐】

【死因:魔王討伐後の寿命・複合要因】

【未練:“もう一回やれるなら、たぶんやる”】


「“たぶん”って何だよ」


「“やる”が本音で、“たぶん”が現実ですね」


 隣に立ったエフェリアが、静かに言った。


 いつの間に来ていたのか分からないが、

 監査神はいつも通り、気配を薄くしてそこにいる。


「この勇者、死ぬ直前まで“次に備えて”世界の構造を見ていました。

 神界としては、“ぜひもう一度お願いしたい”タイプです」


「言い方が完全に人材スカウトのそれなんだよな……」


「実際、人材不足ですから」


 エフェリアは言葉を選びながら続ける。


「高効率転生ルートは、

 神界の危険な“綱渡り案”です」


「分かっててやってるってのが、一番タチ悪いよ」



「シロ」


 ルカダスが、まっすぐこちらを見る。


「白室側には、裁量が渡されています」


「裁量?」


「高効率ルートそのものは神界の決定です。

 けれど、“どこまで魂本人の意思に寄せるか”は、

 転生神の判断に任されると」


 ルカダスは、祈り板に別の文面を映した。


【高効率転生ルート実行に際し、以下の権限を転生神に付与】

【・対象魂への事前説明義務】

【・対象魂の意思に反するループの停止権】


「……責任、丸投げじゃない?」


「そこをどう受け取るかは、あなた次第です」


 エフェリアが、小さく肩をすくめた。


「少なくとも、“全部機械的にやります”ではなく、

 最後のところであなたに任せると決めたのは事実です」


「まあ、任された以上はやるけどさ」


 俺は金色の魂を手前に引き寄せた。


「――じゃ、話してみるか」



「聞こえる?」


 声をかけると、金色の魂がぴょこんと跳ねた。


『あっ、聞こえます聞こえます!』


 元気のいい声だった。

 思ってた以上に、軽い。


『やっぱ白だ~。噂どおりの真っ白部屋ですねこれ』


「噂ってどこ経由だよ」


『死ぬ直前に一瞬だけ見えるんですよ、なんか“待合室”的なやつ。

 で、ここかな~って』


「よくもまあ軽口叩けるな、死んだ直後に」


『いやぁ、勇者職やってると、“あ、これ死んだなー”って

 わりと冷静に分かるようになりまして』


 言ってることは物騒なのに、

 声の調子は明るいままだ。


「生前ログ、見たよ」


 祈り板に視線を落とす。


「召喚勇者。魔王を倒して、世界も一応安定させて。

 で、そのあと好き勝手飲み食いして寿命縮めた、と」


『そこだけ切り取ると人としてどうかと思いますね!?』


「ログに書いてあることしか言ってないけど?」


『うぐ……まあ否定はしません……』


 金色の魂が、しょんぼりと少し曇る。

 でも、すぐにまた明るさを取り戻した。


『でも、一応ちゃんと世界は守りましたよ?

 人間も魔族も、そこそこ平和に暮らせるようにしてから死んだんで』


「そこは評価してるよ。偉い偉い」


『子ども扱いしないでください!?』



「で、本題」


 軽口をひとしきり交わしてから、

 俺はわざと真面目な声に切り替えた。


「世界がさ。

 “もう一回やってくれない?”って言ってる」


『あー……』


 金色の光が、目に見えて揺れた。


『やっぱり、そうなります?』


「高効率転生ルートって言ってね。

 成功実績のある魂を、優先的に何度も勇者にする、

 っていう、世界側の苦肉の策だ」


『ネーミングからブラックの匂いしかしない……』


「中身もだいたいそんな感じ」


『ですよね』


 金色の魂が、少しだけ沈む。


『正直に言えば、

 “やれ”って言われたら、たぶんやると思います』


「たぶん?」


『一回世界救っちゃうと、

 次の危機見たときに、

 “前もできたんだから、今回もできるだろ”って

 自分で自分に言っちゃうんですよね』


「それ、世界のセリフじゃなくて?」


『世界にも言われるし、自分でも言っちゃうんですよ。

 めんどくさい性格だって分かってます』


「自覚あるだけマシだな」



「選択肢、三つ用意する」


 俺は祈り板に、三本のルートを描く。


「一つ。

 神界案どおり、高効率勇者ルートに乗る。

 危機があるたびに呼ばれて、何度でも勇者をやる」


『ブラック』


「二つ。

 勇者と無関係な世界に行く。

 記憶はぼやけるけど、そこそこ平和で普通の人生を送るルート」


『ホワイト寄りグレー』


「三つ」


 最後の一本だけ、祈り板に名前がない。

 俺が自分で書き足す。


「高効率勇者ルートに乗りつつ、

 どこかのタイミングで、俺の判断でループを止める」


『……止められるんですか?』


「止めていい権限は、一応もらってる。

 “魂が壊れそうになったら、転生神の判断で終了可”って」


『それ、神様の肩に全部乗せてません?』


「そういうとこだぞ、神界」


 エフェリアが、聞こえないふりをしているのが分かった。


 ルカダスは、横で小さく目を伏せる。


『じゃあ――』


 金色の魂が、少しだけ静かになる。


『三つ目で、お願いします』


「いいのか」


『はい。

 俺、多分“もう無理だろ”って言われても、

 まだ少しでも動けたら剣取りに行くタイプなんで』


「やっぱりめんどくさい性格だな、お前」


『だから、“ここまで”って言ってくれる神様がいるなら、

 そのラインまでは働こうかなって』


 そう言う声には、冗談だけじゃない本気が混じっていた。



「分かった」


 俺は、祈り式に一行書き足す。


【高効率勇者ルート/停止権:転生神シロ】


 エフェリアが、わずかに目を細める。


「じゃあ行ってこい、勇者」


『はい、行ってきます、神様』


 金色の魂が、まっすぐに伸びていく。


 勇者としての“二度目の人生”へ。


 これが、あとで白室βで

 「またお前か」と言うことになる、

 “勇者帰りの常連”の、一周目だった。



 それから、何度か同じ光が帰ってきた。


『どうも、またやりました』


「おかえり。今度はどう死んだ」


『勇者引退して、畑やってたら腰やって、そのまま……』


「平和な死に方するなよ、勇者」


 あるときは、別の世界の魔王を倒して帰ってきて。


 あるときは、勇者じゃなく“賢者ポジ”で戦って帰ってきて。


 またあるときは、

 恋人と老衰まで幸せに暮らしてから、静かに帰ってきた。


 そのたびに、俺は問う。


「まだ行く?」


『……もう一回ぐらいなら』


 最初のうちは、迷いなくそう答えていた。


 回数を数えるのが馬鹿らしくなってきた頃。

 金色の光は、少しだけ疲れた色を混ぜるようになった。


『ねえ、神様』


「ん」


『俺、ちゃんと“勇者以外の人生”もやれてましたかね』


「やれてたよ」


 それだけは、胸を張って言えた。


「酒飲んで怒られてたし、

 くだらねぇことで泣いてたし、

 失恋もしてたし、

 どうでもいいことで大笑いしてた」


『そこだけ抜き出すと恥ずかしいんですけど』


「だからこそ、ちゃんと“人間の人生”だろ」


 金色の魂が、ふっと明るくなる。


『……じゃあ、そろそろいいかもしれないですね』


「いいのか」


『はい。

 もし次、本当にどうしようもない危機が来たら、

 そのときは、“誰か別のやつ”に剣渡しますよ』


「珍しく、勇者っぽい台詞だな」


『今までだって、それなりに勇者やってましたよ!?』


 笑い合ってから、

 俺は最後の祈り式を書いた。


「高効率勇者ルート、ここで終了。

 次は、普通の転生ルートに乗せる。

 勇者じゃない人生、単体で一回分」


『了解しました。

 ……今までありがと、神様』


「こっちこそ。長付き合ってくれてありがとな、常連」


 金色の魂は、今度は本当に、

 勇者と関係ない世界へと流れていった。



 勇者帰りの転生常連。


 白室βで「やあ、また来たね」と笑い合っていたあの相手は、

 こうして白室αの時代に、その“基礎”ができていた。


 高効率転生ルート。

 世界の都合。

 使い回されそうになる魂。

 そして、それでも誰かを守ろうとする祈り。


 全部まとめて、白室で受け止めて、

 少しだけマシな形に変える。


 それが、転生神シロの仕事だった。


 ――ただ、その裏で。


 勇者以外の魂たちが、少しずつ“保留”として溜まっていく

 グラフが、じわじわと伸び始めていることに。


 このときの俺は、まだ本気で危機感を覚えていなかった。


 もう一度、欠員枠が動き出すほどの歪みだなんて、

 思ってもいなかったのだ。

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