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第2話 神界、ひび割れた祈りの都


 足元の感覚が、一度ふっと消えた。


 次の瞬間、俺とアスハは、

 白でも黒でもない、奇妙な“光の廊下”の上に立っていた。


 ここは、世界と神界のあいだ。

 祈りの層を束ねた回線――昔、誰かがそう呼んでいた気がする。


「……気持ち悪ぃな、この道」


 アスハが眉をひそめる。


 踏みしめているものは確かに“床”なんだけど、

 その下には、無数の声が流れていた。


 願いの声。

 諦めの声。

 感謝の声。

 呪いの声。


 全部、昔なら白室を通っていたはずの祈りたちだ。


「慣れればそうでもないよ。何百年も歩いてるとさ」


「そういう自慢いらねぇ」


 アスハのツッコミが、ほんの少しだけ緊張をほぐしてくれる。


 廊下の先に、門が見えてきた。


 光を何層にも重ねたような、半透明の扉。

 その向こうに、ぼんやりと“街の影”が見える。


「……あれが、神界か」


 アスハが、低く呟く。


 俺も、息を呑んだ。


 扉をくぐった先に広がっていたのは――


 祈りでできた都だった。


 空はない。

 代わりに、頭上いっぱいに祈りの文字列が光の川となって流れている。

 建物の輪郭は曖昧で、祈りの色によって形を変えていた。


 歓喜の祈りは温かい光の塔になり、

 怒りの祈りは黒ずんだ柱となって縦に伸び、

 静かな願いは薄い膜になって街全体を包んでいる。


 足元の道さえ、無数の祈りが固まってできたものだ。


 ここが、上層神界。


 俺が“転生神シロ”として組み込まれて以来、

 ほとんど足を踏み入れたことのない場所。


「……想像してたより、うるさいな」


 アスハがぽつりと言う。


 無理もない。

 音になっていない祈りの“ざわめき”が、

 肌を刺すように流れている。


「黙ってても、全部聞こえてくるからな。

 慣れないと頭おかしくなるよ」


「よくそれで平気な顔してたな、お前」


「平気なふりをする訓練だけは、神界がみっちりしてくれたからね」


「ブラックだな、神界」


「同感だ」


 そんな話をしていると、

 祈りの塔のあいだから、誰かがこちらへ歩いてきた。


 細身の人物。

 性別も年齢もよく分からない、淡い光の衣をまとった神界の使いだ。


「転生神シロ。

 並びに、候補魂“アスハ”。」


 感情の起伏の少ない声。


 アスハが、うっすらと顔をしかめる。


「候補って呼び方やめろ。気持ち悪ぃ」


「神界の記録上の呼称です。

 必要であれば、後で変更を申請することも可能です」


「二度とここ来たくねぇ前提でしゃべんな」


「……まぁまぁ、アスハ」


 俺が割って入る。


「で、用件は? “欠員枠”の話だろ」


 使いは、微かに頷いた。


祈核殿きかくでんへお越しください。

 欠員枠発動ログ、および原初白室“シロ室α”の封印は、

 すべてそこに保管されています」


 胸が、ドクンと鳴った。


 シロ室。

 それも、“α(アルファ)”。


 今の白室βが生まれる前――

 最初に作られた、原初の白い部屋。


 そこに、俺たち三人の“始まり”が眠っている。


 ――三人。


 勝手にそう思ってしまった自分に気づいて、

 苦笑がこぼれそうになる。


 ルカダスの名前は、まだ誰からも出ていないのに。


「案内してくれ」


 俺がそう言うと、

 使いは音もなく踵を返し、祈りの都の奥へ歩き出した。


 俺とアスハも、その後を追う。



 祈核殿は、神界の中心にあった。


 近づくほど、空気が重くなる。

 祈りの塔が途切れ、そのかわりに巨大な“柱”が立っているのが見えた。


 一つ一つが、人間の街ならビル何十棟分、という大きさ。

 表面には無数の祈りの文字が刻まれていて、

 その中央に、神格――神の“コア”が封じられている。


「あれ全部、神様の芯か」


「のはずだよ。

 転生神、風神、戦神、農神……昔はもっと沢山いたらしいけどね」


「“いた”って過去形やめろ。縁起でもねぇ」


「第三部でだいぶ減ったからねぇ」


「お前さらっと言うなよ」


 アスハが呆れたようにため息をつく。


 俺たちは、その柱群の中心にある建物――

 半ば埋もれたような“殿”の前に立った。


 祈核殿。

 神々の記録と核を保管する場所。


 使いが静かに説明する。


「ここから先は、コア神格と候補魂にのみ閲覧権があります。

 同行者はここまでです」


「“同行者”なんて連れてきてねぇよ」


「あなたは候補魂ですので、中に入れます」


「……だからその呼び方やめろって」


 アスハが頭を掻く。


 使いは形だけ頭を下げ、

 殿の扉を開いた。


 内側から、冷たい祈りの空気が流れ出してくる。


 俺は一歩踏み出し――

 アスハも、迷いなく隣に並んだ。



 祈核殿の中は、外の喧騒が嘘みたいに静かだった。


 高い天井。

 円形の空間。

 壁一面に、光の板が浮かんでいる。


 ひとつひとつが、神一柱分のログ。


 その奥、最も暗く、深い場所に、

 特別な“扉”が一枚だけ立っていた。


 装飾はない。

 ただ、何度も何度も塗り潰されたような白。


 扉には、小さく文字が刻まれている。


【原初白室 シロ室α

転生神欠員枠発動ログ 閲覧制限:コア神格+候補】


 喉が、からからになった。


 アスハも、じっとその扉を見ている。


「……ここか」


「ああ。ここだ」


 俺の声が、少し震えた。


 扉の横に、小さな台がある。

 そこに、透明な球体――祈り記録がひとつ、ぽつんと乗っていた。


 使いが、珍しくわずかに表情を変える。


「まずはこちらをご覧ください。

 “欠員枠決定会議”の抜粋ログです」


 俺とアスハは顔を見合わせ、

 同時に球へ手を伸ばした。


 指先が触れた瞬間――


 視界が反転した。



 暗闇の中に、三つの光が浮かんでいた。


 一つは俺。

 一つは、長い髪の誰か。

 一つは、短くてよく笑う――いや、よく怒鳴る誰か。


 その三つの前に、巨大な影が立っていた。


『転生神席、欠員。

循環維持のため、新たな神格を立てる必要がある』


 どこかで聞いたことのある、

 神界の機械じみた声。


『ただし、個人の記憶と感情を残した神格は、

判断に偏りを生じさせる恐れがある。

よって――』


『記憶を、消すって話か』


 低い声が遮った。


 ああ、この声を俺は知っている。


 ログの中の短髪の光が、一歩前に出る。

 アスハだ。

 前の世界の、アスハ。


『ふざけんなよ。

誰か一人を“部品”みたいに扱う前提の話なんざ、

受け入れられるかよ』


『アスハ』


 今度は、長い髪の光が静かに口を開いた。

 落ち着いた、けれど張り詰めた声。


 ルカダス。


『世界の循環が止まれば、

祈りは淀み、魂は行き場をなくす。

そうなれば、もっと多くが苦しむ』


『だからって、

誰か一人の記憶ぶっ壊して神席に座らせるのが“最適解”かよ』


『……それしか、提示されていない』


『選ばせんなら、俺が行く。』


 短髪の光――アスハが、

 ぐっと影に向かって言い放つ。


『俺は統祈の一族だ。

元からこういう役目押しつけられる血なんだよ。

記憶なんざ、無くなっても――』


『違う』


 そこで、三つ目の光が動いた。


 小さい。

 頼りない。

 でも、その声だけははっきりしていた。


『俺が行く』


 自分の声だ、と分かるのに、

 耳が拒否しそうになる。


『シロ――』


『俺が行く。』


 光の俺は、はっきりと繰り返した。


『世界の祈りを一番見てきたのは、多分俺だ。

アスハは現場で体張ってて、ルカダスは全体を背負ってて。

だったら――中途半端に真ん中見てる俺が行くのが、一番マシだろ』


『ふざけるな』


 アスハの光が、ぐっと近づく。


『お前、自分が何言ってるか分かって――』


『分かってるよ。』


 ログの中の俺は、

 それでも笑ってみせた。


『俺は、世界が続いてほしい。

俺たちが守ろうとしてきたものが、

“これで終わり”になるのは嫌なんだ』


『だからって――』


『ルカダス。』


 俺は、長い髪の光に向き直る。


『俺が行ったらさ、

お前は……違う道を選べるか?』


『……』


『全部揃えるんじゃなくてさ。

バラバラな祈りのまま、なんとか一緒に生きていく道。

それを、お前なら探せるか?』


 しばしの沈黙。


 やがて、ルカダスの光がわずかに揺れた。


『……お前がいない場所で、

それを探す自信はない』


『なら、決まりだな』


 自分の声が、軽く笑った。


『俺は神界に行って、

転生神ってやつをやってみる。

お前は――神席に縛られる前に、

もう一度ちゃんと、自分の道を選べ』


 そこまで言って、ログはぷつりと切れた。



「……」


 視界が祈核殿に戻る。


 冷たい空気。

 白い扉。

 隣には、険しい顔のアスハ。


 胸の奥で、心臓が忙しなく暴れていた。


「おい」


 アスハが、低い声で言う。


「今の、聞いてどう思った」


「どう、って……」


 どう言えばいい。


 知らないはずの自分が、

 アスハとルカダスと並んで立っていた。


 世界の終わりみたいな場所で、

 笑って、勝手に決めてしまった。


 自分一人を犠牲にする役を。


「……最低だな」


 気づいたら、その言葉が口をついていた。


「勝手だし、自己満足だし、

 残される側の気持ち、全然考えてない」


 アスハが、目を見開く。


「自分で言うか、それ」


「言わなきゃいけない気がして」


 喉がひりつく。


 でも、認めないと。

 そうしないと、前に進めない。


 アスハはしばらく黙っていたけれど――

 やがて、ふっと笑った。


「……そうだな。

 最低で、勝手で、ムカつく選び方だった」


 それから、言葉を続ける。


「でも、お前があそこで降りなかったら、

 世界は多分、その場で死んでた」


 その声に、怒りと一緒に、

 諦めと、感謝と、喪失が混じっているのが分かる。


「だから、俺はずっと許せなかったし、

 同時に――ずっと、お前を止められなかったことを後悔してた」


「……ごめん」


「謝んな。今さらだ」


 アスハは、扉を顎でしゃくる。


「続きがあるんだろ、“決まりだな”の後がよ」


 扉の向こう。

 原初白室、シロ室α。


 そこに、多分――

 俺が神様に“なってしまった”瞬間の記録がある。


 喉を鳴らして、息を整える。


「行くか」


「行くぞ」


 俺たちは並んで立ち、

 原初白室への扉に、手をかけた。


 ――開いた先に、

 もう一人の仲間の答えが待っている気がしてならなかった。

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