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第十話 風祈クロニクル・新しい世界のはじまり



 ミオが目を開けたとき、

 最初に聞こえたのは――


「ミオちゃん!!」


 ユラの泣きそうな声だった。

 視界がぼやけて、やがて輪郭が戻っていく。


 いつもの学院の中庭。

 ひび割れた石畳。

 傷だらけの校舎。


 そして――


 頬をくしゃくしゃにしているユラ。

 腕を組んでそっぽを向くカガリ。

 立ったまま肩で息をしているアスハ。


 そして少し離れたところに、

 片膝をついて荒く息をしながらも、

 こちらを見て笑っているリツがいた。


「……ただいま。」


 ミオがそう言うと、

 その言葉に反応するように、世界の空気が震えた。


 ふわり、と。


 止まっていたはずの空に――

 一筋の“風”が、通り抜けた。



◆1 世界に、最初の風が戻る


「……今の、風……?」

 ユラが目を見開く。


「お、おい……今、髪揺れたぞ……!?

 さっきまで空気、石みたいに固かったのに……!」

 カガリが自分の前髪を指さす。


 アスハは空を見上げ、

 静かに呟いた。


「始まったか……“再祈り”が。」


 ミオの胸の奥で、

 白い灯がぽうっと強くなる。


 それに共鳴するように、

 学院のあちこちで小さな変化が起こった。


 倒れていた風鈴が勝手に揺れ、

 割れていた祈り板の欠片が小さく光り、

 遠くの街から、誰かの笑い声が風に乗って流れてくる。


「……聞こえる。」

 ユラが震える声で言う。

「さっきまでなかった“祈りの音”が……

 少しずつ、戻ってきてる……!」


「マジか……」

 カガリが空に向かって叫ぶ。

「おい風!! もう一回吹いてみろ!!」


 ごう、と。


 勢いよく風が吹いた。

 カガリの髪が見事に逆立つ。


「調子乗ったなお前。」

 アスハがぼそっと言う。


「今の絶対、俺に対する悪意混じってたよな!? 風ォ!!」



◆2 ナナシの行方


「ナナシさん!!」


 ミオは慌てて空を見る。


 先ほどまで淡い線のように浮かんでいたナナシの姿は――

 もう、そこにはなかった。


 胸がひゅっと縮む。


「……消えちゃっ――」


『消えてないわよ。』


 背中から、やわらかい声がした。


 振り向けば、そこにナナシが立っていた。


 完全な人の姿。

 けれど髪の先は透明な風の線にほどけ、

 目の奥には空のような深さがある。


「ナナシさん……!」


 ミオは勢いよく抱きついた。


 ――今度は、ちゃんと触れた。

 腕の中に、あたたかい“体温”の感触がある。


『ふふ……くすぐったい。』


「……よかった……本当によかった……」


 ミオが泣きじゃくる横で、

 リツは安堵とともにその姿を見つめていた。


「ナナシさん。

 存在、安定してきましたね。」


『ええ。

  もう“神だけ”でも、“風だけ”でもない。

  人に近くて、風に近い……たぶん、

  リツが勝手に新しい分類を作るわね。』


「“半神風体存在ハーフウィンド”とかどうでしょう。」


「全部ダサいですね。」

 アスハが即座に切り捨てた。


「ひどい。」



◆3 リツの魂のひび


 笑いが戻り始めた空気の中で――

 ただ一人、リツの呼吸だけがまだ不安定だった。


「リツさん……」

 ユラが心配そうに覗き込む。


「魂のひび、大丈夫ですか?」

 アスハも眉をひそめる。


 リツは少しだけ苦笑した。


「……完全には、戻らないかもしれませんね。」


「そんな軽いノリで言う話じゃ……!」

 カガリが頭を抱える。


「でも、ひびは“傷跡”みたいなものです。」

 リツが続ける。

「痛みは残るかもしれませんが……

 それは、ボクがこの世界で“何を選んだか”の印なので。」


 ミオが小さく手を挙げた。


「あの……」


「はい?」


「それ、私も半分もらっちゃダメですか?」


 その場の全員が「は?」という顔になった。


「えっ、ミオちゃん?」

 ユラが目を丸くする。


「私の“空白”って、余白みたいなものでしょ?

 リツさんのひび割れ……そこに少し、

 “そっと包む場所”を作れないかなって……。」


 ナナシがふっと笑った。


『いい発想ね。』


 アスハも肩をすくめる。


「……お前、そういうとこずるいぞ。」


 ミオはリツの胸の前にそっと手を伸ばした。


「勝手に背負わせてばかりなの、やだもん。

 “みんなの世界”なんだから……痛みも、分け合いたい。」


 ミオの掌から、淡い白い光がこぼれた。


 それは風ではなく、

 祈りでもなく、

 “クッションみたいな何か”だった。


 リツの魂のひびに、

 その白い光がふわりと寄り添う。


「……あ。」


 リツは胸の奥の痛みが、

 鋭い“亀裂”から“鈍い傷跡”に変わるのを感じた。


「少し……楽になりました。」


「よかった……!」


 ミオはほっと息を吐く。


『ね、ミオ。

  あなたの空白はやっぱり、“誰かを受け止める場所”なのね。』


 ナナシがやさしく微笑んだ。



◆4 風祈学院の“新しい授業”


 数日後。


 世界各地から“風が戻り始めた”という報告が届いた。

 ただし、以前のように自動的に吹くのではなく、

 人々の“選んだ祈り”に応じて、強くなったり弱くなったりする。


 風祈学院の講堂に、

 新しい学年の生徒たちが集められた。


 前に立つのは、

 学院長リツと、その隣に立つ“風の神ナナシ”。


「えー……」

 リツは少し緊張した声で話し始めた。

「本日から、“新しい祈りの授業”を始めます。」


 ざわ……と生徒たちがざわめく。


「これまでは、“祈りを風に乗せる方法”を学んできましたが――

 今日からは、“祈るかどうかを選ぶ方法”も学びます。」


「選ぶ……?」

「祈るのって自然にやるもんじゃないの?」


 リツは頷いた。


「自然に祈ることも、とても大事です。

 でも、時々――祈らない方がいい時もある。

 誰かを縛る祈りや、

 誰かを傷つける祈りは、本当に必要かどうかを

 立ち止まって考える必要があります。」


 隣でナナシが続ける。


『祈りってね、“魔法”じゃないの。

  世界を動かす“相談”みたいなもの。

  神様に投げつけるんじゃなくて、

  風と世界と、自分の心に“話しかける”こと。』


 ミオは最後列で、その言葉を聞きながら、

 自分の胸に宿る白い灯の鼓動を確かめていた。



◆5 アスハと血統の答え


 講堂が解散してから少しあと。

 屋上で、アスハとリツが並んで空を見ていた。


「……結局、ルカダスは?」


「完全には消えていません。」

 リツが空を見上げたまま答える。

「ただ、“統祈”として世界を縛る力を失い、

 残ったのは“枠組みのヒント”だけでしょう。」


「……そうか。」


「あなたは、どうします?

 血統のこと。」


 アスハは少し考え、

 やがて短く言った。


「俺は――

 “祈りを強制しない枠組み”を作る方に使う。」


 リツが目を細める。


「あなたのゼロラインを?」


「ああ。

 祈りが暴走しそうになったとき、

 “ちょっと待て”って止めるブレーキ役は必要だ。

 俺の血は、そのために使う。」


「……いいですね。」

 リツが笑った。

「ルカダスさんも、それなら少しくらいは安心するでしょう。」


「そうだといいがな。」


 アスハがふと、屋上のドアの方を向く。


「ところで。」


 そこにはこっそり覗いているミオとユラとカガリがいた。


「い、今いい風が吹いてたからつい……!」

「完全に盗み聞きでしたすみません!!」

「お前ら声デカいんだよ。」


 アスハはため息をつき、

 それでもどこか嬉しそうに目を細めた。


「……ま、こういう世界なら、

 残ってみてもいいか。」



◆6 ルカダスの“最後の仕事”


 世界のどこか、

 誰も知らない薄暗い空間で――

 灰色の光がひとつ、静かに揺れていた。


『……ふ……

  私は……世界を統べ損ねたか……』


 それは、ルカダスの“残響”だった。


『だがまあ……

  あの空白の器と、

  あの愚直な記録官と、

  あの人間くさい風神なら……

  まあ、悪くない世界にするだろう。』


 灰色の光はふと、

 どこか楽しそうに震えた。


『祈りが暴走したときだけでいい。

  たまに、私を思い出してくれ。

  “少し枠を見直すか”と、

  誰かが言ってくれれば、それで……。』


 光は細くなり、

 世界の奥深く――新しい“祈りの構造層”へと沈んでいった。



◆7 風の時代へ


 夕方。

 学院の丘の上。


 あの日と同じ場所で、

 ミオ、ユラ、カガリ、アスハ、リツ、ナナシが並んで座っていた。


 空には、

 いくつもの風の筋が見える。


 あちこちで、誰かの祈りが

 誰かのもとへ風として返っていく。


「賑やかになりましたね。」

 リツが目を細める。


『そうね。

  みんな、ちゃんと“選んで”祈ってる。』


「“共祈時代”は終わって……

 今はなんて呼べばいいんだろう。」

 ユラが空を見上げる。


「“風祈時代”とか?」

 カガリが適当に言う。


「普通にいいと思っちゃった自分が悔しい。」

 アスハがぼそっと言う。


 ミオは風を受けながら、

 胸の奥の灯の鼓動を感じていた。


「……私、まだ怖いけど。」


「何が?」

 ナナシが問う。


「世界の“土台の一部”になってるって思うと、

 やっぱりプレッシャーで……。

 でも――」


 ミオは笑った。


「それでも、みんなと一緒なら、

 ちょっとくらい重くても、

 持っていける気がする。」


『大丈夫。

  重くなったら……風で少し、軽くしてあげる。』


「それと、どうしてもダメなときは――」

 アスハが肩をすくめる。

「俺が一回“白紙に戻す”。

 また描き直せばいい。」


「うん。」

 ミオは大きく頷いた。

「何度でも、描き直せばいいんだよね。」


「そうですね。」

 リツが微笑む。

「祈りは、一度決めて終わりじゃない。

 揺れて、迷って、変わって――

 だからこそ、生きている。」


 風が、丘を撫でていく。


 遠くで、誰かの笑い声。

 どこかで、誰かの涙の祈り。

 それらすべてが、風に乗って世界を巡る。


『……ねぇリツ。』


「なんですか、ナナシさん。」


『また、白い部屋からやり直しになったとしても――

  あなたと、みんなと、

  もう一度こうやって風を感じたいな。』


「そのときは。」

 リツは空を見上げた。


「今度はボクが一番最初に、

 “ようこそ”って言いますよ。」


 ナナシは、風の神らしい笑顔で笑った。


 風が吹いた。

 どこまでも、どこへでも行ける風が。


 その中で、

 誰かがそっと祈った。


 ――どうか、明日も。


 その小さな祈りを、

 風は確かに、受け取った。


 そして、世界へ返した。


 「おやすみ。また明日。」


 そう告げるように。


――第三部「風祈クロニクル編」 完


第3部まとめ 


祈りと風の時代になった世界で、風祈学院を舞台にしたお話です。

祈れないと思っていた少女ミオ、祈りを聞きすぎるユラ、拳で祈るカガリ、転生神族の血を引くアスハたちが、学院を襲う古代神ルカダスと戦います。ルカダスは「祈りを一つにまとめた世界=統祈」を望み、自由な祈りが広がった今の世界を壊そうとします。


ミオの「空白祈り」と、リツの「祈りを回路として組み直す力」、ナナシの新しい風の姿によって、ルカダスの神界は崩壊。しかし副作用で世界から祈りがほとんど消えかけます。最後にミオが自分の意思で「みんなが違う祈りを持ちながら共に生きられる世界」を願い、祈りと風が新しいルールで戻ってくる――という、“祈りの形をつくり直す”物語です。


読んでいただきありがとうございました。

第四部は何通りも話があるのでどの話にするか迷っています決まり次第連載致します。

意見などあればよろしくお願いします。

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