第三話 神様、上司を付与しました。
あの一件から、三日が経った。
――もっとも、この白い部屋に“時間”という概念があるのかどうかは、いまだにわからない。
光は絶えず、朝も夜もない。
ただ、俺の中の「そろそろ面倒なことが起きそうだ」という予感だけが正確だった。
「第零課・白室の管理神、イチカミ・シロ。上層から通達です」
いつも無表情な書記官の声に、わずかに冷たい響きが混じっていた。
「ほら来た。俺、なんかやらかした?」
「“なんか”ではなく、重大な規則違反です。」
はい、やっぱりそう来ると思ってた。
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一 呼び出し
白い部屋の奥に、もうひとつの扉がある。
ふだんは閉ざされているが、今は静かに開いていた。
扉の先には、さらに白い光――その中心に、別の神がいた。
「初めまして、下級神イチカミ・シロ。私は監査神エフェリア。上位階層・第七神界の者です。」
声は美しいのに、温度がない。
まるで氷のような音だった。
「先日の自己領域使用について、説明をお願いします。」
やっぱりそれか。
俺は肩をすくめた。
「転生ルートが消えたんです。行き場を失った魂を見捨てるのは……できませんでした。」
「規則に反します。」
「人としては、当然のことだと思ってます。」
「あなたはもう“人”ではありません。」
その一言に、胸の奥がチクリとした。
――そうだ、俺はもう人じゃない。
死んで、神になった。
けれど、“人としての感情”まで消せとは、誰も言っていないはずだ。
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二 異変
エフェリアが手をかざすと、空間に光の糸が浮かんだ。
まるで世界の設計図のように、無数の線が交錯している。
その中に、ぽっかりと“穴”が空いていた。
「あなたが作った“自己領域”が、この歪みの原因です。」
「……原因?」
「あなたが作った小世界は、正式なルート外に存在しています。
このまま放置すれば、他の転生ルートが干渉され、崩壊します。」
あの女性の世界――
俺が、彼女のために作った小さな草原の世界。
それが、他の命を壊すかもしれない。
「削除してください。」
エフェリアは、冷たくそう言った。
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三 選択
「削除……って、つまり、あの女性を――」
「“存在ごと”消滅させる。それが規則です。」
神様の世界は、合理的だ。
ひとつの魂を救うために、多くを失うなら、救いは切り捨てる。
それが正しいのかもしれない。
でも――胸の奥が、拒絶した。
「彼女を消したら、俺は何のために神になったんだよ。」
エフェリアの金色の瞳が、わずかに揺れた。
「……あなたのような神は珍しい。感情を優先する神など、千体に一体です。」
「それ、褒めてる?」
「観測です。」
「……デジャヴだな。」
軽口を叩いたその瞬間、白い部屋が揺れた。
空間が、波打つ。
書記官が警告音のような声を上げた。
「転生ルート、再び消失! 未登録の魂が侵入しています!」
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四 侵入者
扉の向こうから、黒い影が歩み出てきた。
白い空間に、黒があるだけで、こんなにも不気味に見えるのか。
影の形は、かつての人間のようだった。
しかし、顔が――ない。
「……これは……?」
「“拒絶された魂”です。」エフェリアの声に、わずかな緊張。
「あなたの作った世界に弾かれ、行き場を失った魂が形を変えた。」
影が俺に向かって、手を伸ばした。
氷のような冷気が指先から伝わる。
――助けを、求めているのか?
それとも、怒っているのか?
「戻れ!」
反射的に叫んだ瞬間、俺の体から光が溢れた。
白い波紋が広がり、影を包み込む。
ほんの一瞬、影の奥に“人の瞳”が見えた気がした。
悲しそうで、優しそうで――。
そして、消えた。
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五 後
静寂。
部屋の光が、少しだけ弱まっていた。
書記官が淡々と報告する。
「未登録魂、消滅を確認。転生ルート、安定しました。」
エフェリアが俺を見つめる。
さっきまで冷たかったその目が、ほんの少しだけ柔らかい。
「……あなたの判断は、誤りではなかったのかもしれません。」
「え?」
「“消すべき魂”にも、まだ帰りたい場所があったのかもしれない。
あなたが光を放った時、私も感じました。――懐かしい感情を。」
エフェリアの口元が、わずかに笑う。
それは、神の笑みというより、人間の微笑みだった。
「正式な処罰は保留にします。あなたの観測を、もう少し続けましょう。」
「観測、ね。……つまり“様子見”か。」
「はい。上位神たちはあなたに興味を持ち始めています。」
「……めんどくせぇ。」
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六 再び白い部屋で
エフェリアが去り、静けさが戻る。
俺は深く息を吐いた。
神でも、息をしたくなる時がある。
書記官が端末を操作し、次の転生者の記録を開く。
「再起動完了。転生ライン、再開します。」
白い扉がゆっくりと光る。
――また、誰かが来る。
「次の方、どうぞ。」
静かな声が、光の中に響く。
そこに現れたのは――。
まだ幼い少年だった。
その手には、小さな種のような光。
「これ、落ちてた……。」
その瞬間、俺は思った。
あの“自己領域”の草原で見た、あの種だ。
――もしかして、彼女の世界はまだ、生きているのか。
白い部屋に、微かな風が吹いた気がした。




