第二話 学院、襲撃戦(前編)
夕空が赤く染まり、学院の影が長く伸びていた。
その静寂を引き裂くように、突風が吹いた。
風ではない。
“風が消えた後に起こる”空気の歪みだった。
「伏せて!!」
ユラが叫び、ミオの肩を掴んで地面に押し倒す。
次の瞬間、黒い影が空気を噛み砕きながら降りる。
「祈れぬ少女よォ……。」
狼のような巨影。
眼は闇のように濁り、口の奥には風の渦が見える。
――風断ちのオルグ。
「来たか……!」
カガリが拳を握る。
祈りの風を拳にまとわせようとするが――
「お、おかしい……風が……集まらねえ!」
「言ったろ。」アスハが冷静に言う。
「こいつは“風そのものを食う”。風技は無効。」
「じゃあどうやって戦えってんだよ!」
「知らん。だが――」
アスハがミオを見る。
「狙いはあの少女だ。」
「え……?」
ミオは震えながら後ずさる。
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◆1 ナナシ、未完成の人型で降臨
空が白く輝いた。
風が戻り、空気が震える。
ナナシが現れた。
白い髪が風にゆれ、光る瞳は怒りと悲しみを帯びていた。
その身体はまだ不安定で、輪郭が時々風に溶ける。
『ミオに触らないで。』
柔らかい声なのに、空気を震わせる圧があった。
オルグが低く唸る。
「……風の神かァ。弱ってるクセに……人型とは笑わせる。」
『弱ってないわ。ただ……少し、寂しいだけ。』
「はァ?」
ナナシの風が、瞬く間に形を変えた。
風の羽衣が広がり、彼女は一歩踏み込む。
風が“消えない”。
オルグが驚いて後ずさる。
「な……なぜ風が消えねェ!!」
『リツが……私の風に“名前”をつけてくれたから。
名前のある風は、消えないの。』
ナナシが両腕を広げ、風を放つ。
白い光となり、オルグの巨体を弾き飛ばした。
轟音。
地面がえぐれ、砂煙が舞い上がる。
「す、すげぇ……!」
カガリの目が輝く。
「やっぱ神様ってすげぇ!」
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◆2 ミオを狙う理由
しかしオルグはすぐ立ち上がり、吠えた。
「貴様らの祈り……全て、王の邪魔!
あの少女を渡セェェェ!!」
ミオは震え、ユラの背に隠れる。
「どうして……私なんて……」
アスハが冷たく答えた。
「“祈れない”のではない。
君の祈りは“完全な空白”。
それは神にも風にも読めない。
――古代神族が最も恐れ、最も欲する祈りだ。」
「ど、どういうこと……?」
ユラが問う。
「空白は“可能性”。
ミオの祈りは、世界のどんな祈りにも変換できる。
ゆえに古代神族は――新世界の鍵だと考えている。」
その言葉に、ナナシの目が細められた。
『絶対に渡さない。ミオは私たちの……生徒よ。』
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◆3 オルグの本気
オルグが空気を噛み砕き、巨大な影をまとった。
「風断ち・獣顎……喰らエェ!!」
口から放たれた黒い渦が、学院を狙って迫る。
「やべぇ!!」
カガリが叫ぶ。
「ナナシさん、避けて!!」
『……避けない。』
ナナシは風の盾を展開する。
しかし――盾はふるふると揺れ、今にも崩れそうだった。
「ナナシ! 無理するな!!」
ユラが叫ぶ。
『……ごめんね。まだ身体が安定しないの。
でも……守りたいの。』
黒渦が迫る。
ナナシは必死に風を踏ん張った。
「くっ……!」
白い輪郭がゆがむ。
風が乱れ、ナナシの身体が一瞬“崩れかける”。
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◆4 ミオの力、覚醒の兆し
「ナナシさん!!」
ミオが叫んだその瞬間。
空気が静止した。
風でも炎でもない。
ただ“空白”が生まれた。
オルグの黒渦が――止まった。
「……は?」
カガリが声を失う。
アスハの目が鋭く光る。
「これが……“空白祈り”……!」
ミオは震えながら、自分の手を見つめた。
「な、何……これ……」
ナナシが微笑んだ。
『ミオ……あなたの祈り、ちゃんと届いてる。
“空白”は、風を止めるんじゃない。
風を“書き換える”力よ。』
「書き……換える……?」
『ええ。
あなたの祈りは、どんな風にも、どんな願いにも変われる。
無色で、透明で、強い……。』
ミオの祈りが、黒渦を消し去る。
空気が震え、オルグが後ずさった。
「バ……バカな……!
祈れぬ少女が……風を……!?
王が狙う理由……これか……!!」
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◆5 アスハの“正体”の片鱗
そのときアスハが歩み出た。
黒渦の残滓を手に取ると、眉をひそめる。
「……古代神族の祈り構造、変わってないな。」
「アスハくん?」
ユラが声をかける。
アスハは振り返らず呟いた。
「こいつの祈りは“支配型”……俺の転生前と同じだ。」
「えっ!? 転生前って……!」
「……話す必要はない。」
アスハの周りの空気が冷たく震えた。
オルグだけが怯えた目で叫ぶ。
「お前……まさか……“あの血”……!」
アスハが睨む。
「黙れ。今は生徒だ。」
オルグは一度震え、しかし牙を剥く。
「ならば貴様から喰らう!!」
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◆6 学院の風が鳴く
オルグが跳躍し、アスハに噛みつこうとした瞬間。
学院の風鈴が鳴った。
――鳴るはずのない音。
だが確かに聞こえる、祈りの“返礼”。
空から光が降った。
「……シロ?」
ナナシがつぶやく。
白室βから声が届く。
『状況は把握した。
リツが向かってる。
――ナナシ。踏ん張れよ。』
ナナシは微笑む。
『もちろん。私の生徒を……取らせない。』
風が、学院の屋上から渦を巻いて降りてきた。
リツが登場する。
「お待たせしました。
――さて、授業の続きをしましょう。」
オルグが吠える。
「貴様……祈りを“測る人間”かァァァ!!」
「ええ。」
リツが指を鳴らした。
「あなたの祈り波……解析済みです。」
風がリツの周囲で回転し、
新しい祈り術式が光る。
祈り式:“風縛・逆流”
オルグの巨体が風で縛られ、地面へ叩きつけられる。
「な……何ィィィ!!?」
「これは“あなたが食べた風”を逆に吐き戻す術です。
科学は便利ですよ。」
リツが笑う。
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◆ 学院襲撃戦、開幕
三獣士の気配が次々迫る。
学院は完全に戦場になった。
ナナシは不安定な身体で風を展開し、
ミオは震えながらも“空白”を使い始め、
アスハは正体を隠しつつ戦闘態勢に入り、
ユラとカガリは仲間を守るため動く。
リツは静かに宣言する。
「――風祈学院は、誰にも渡しません。」




