第二話 神様、システム障害を付与しました。
この白い部屋にも、だんだん慣れてきた。
最初は“死後の空間”というより、何もない会議室みたいで落ち着かなかったけど、
最近はここが「俺の職場」って感覚になってきた。
光の書記官も相変わらず無表情だし、転生者たちは今日もひっきりなしにやってくる。
生も死も、止まらない。
神様も残業する時代らしい。
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1 今日の第一希望者:異世界農業志望(再)
「おっす神様! 久しぶり!」
いきなり来た。あの草しか育たない勇者だ。
名簿を見ると“転生回数:100”。三桁突入。おめでとうございます。
「あなた……前回、“草”しか育たない世界で暮らしてませんでした?」
「そうそう、でもさぁ、あの草、神経草って言って、食うと記憶消えるんだよ! 最悪!」
「……そりゃ、草だし。」
書記官が無音で端末を操作し、俺に新しいルールを表示する。
《常連転生者への制限:転生先はランダム》とある。
「次、希望聞きますが……」
「うん、今度は動物系で頼む! できればドラゴン!」
「了解。“虫”に転生。」
「おい神!?」
光に吸い込まれて消える勇者。
神様のささやかな仕返しである。
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2 システム障害というもの
その後も順調……かと思ったら、
部屋の光がチカチカと点滅した。
こんなこと、今までなかった。
「……停電?」
「異常事態です」書記官が初めて声のトーンを変えた。
「“転生ルート”が一部消失しました。」
「ルート? それって……転生者の行き先?」
「はい。いくつかの世界が“存在しなくなった”ようです。」
存在しなくなった世界。
そんなこと、あるのか?
俺の胸の奥がざわめく。
神様になって以来、初めて“恐怖”に近い感情が湧いた。
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3 迷子の転生者
その直後、扉が光った。
ひとりの女性が転がり込むように現れた。
ボロボロの服。息を荒げ、目を見開いている。
「……ここ、どこ?」
「落ち着いて。あなたは転生の途中にいます。」
「途中……? え、私、消えるところだった……!」
彼女の体はまだ半透明だった。
輪郭が時折ノイズのように揺らめく。
まるで“未完成の魂”。
「転生ルート消失の影響です」と書記官。
「宙ぶらりんになった魂がこちらに迷い込んだようです。」
「じゃあ、この人、行く場所がないのか……?」
「……はい。行く世界が存在しません。」
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4 神の決断
俺は女性を見た。
泣きそうな瞳。
誰もが行くはずの「次」が、彼女にはない。
「……どうしたらいい?」
「規定では、消去です。」
「消去って、おい……!」
自分の声が震えた。
神様になっても、こればかりは割り切れない。
彼女は確かに“生きていた”のだ。今も、ここにいる。
俺は机に置かれた端末を睨む。
ボタンひとつで、彼女の存在は“なかったこと”になる。
でも――。
「……俺の世界を、ひとつ使う。」
書記官が一瞬、動きを止めた。
「神様、それは……自己領域の使用は禁じられています。」
「構わない。規則より、人だ。」
そう言って、俺は端末を操作した。
光が弾け、白い部屋の一部が、淡い青の草原に変わる。
風が流れ、花のない木が一本立っていた。
「ここに、住めばいい。誰も来ないけど、誰も奪わない。」
女性は泣きながら微笑んだ。
「ありがとう……神様。」
光がゆっくりと収束し、彼女はその小さな世界へと消えていった。
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5 そのあとで
「……自己領域を転生者に与えた神は、記録上初めてです」と書記官。
「罰とかあるのか?」
「処理中です。」
処理中――つまり、まだ“上”が判断していない。
俺は肩をすくめて椅子に座った。
転生者の履歴表に「行き先:保留」と残る彼女の名前。
それを見つめながら、苦笑した。
「まぁ、クビになるなら、それも運命か。」
書記官が珍しく、少し間を置いて言った。
「あなたのような神が、もう少しいても良いのかもしれません。」
「……褒められた?」
「意見ではなく観測です。」
「だよな。」
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6 新しい来訪者
静かな時間が戻る。
白い扉がまた、淡く光った。
「次の方、どうぞ。」
現れたのは、まだあどけない少年。
目を丸くして、俺を見上げる。
「……ここ、どこ?」
その声に、俺は微笑んで答えた。
「死後の待合室――でも、安心しろ。ちゃんと次がある。」
少年が少しだけ笑う。
ああ、やっぱり、俺はこの仕事が好きだ。
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7 モノローグ
神様ってのは、万能じゃない。
世界が壊れれば、救えない命もある。
それでも――誰かの“やり直し”の手助けくらいは、してやりたい。
今日も白い部屋で、俺は迎える。
光の扉の向こうからやってくる、次の誰かを。




