表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/70

第四話 ユラ、祈りの誤作動

 


 風は静かに吹いていた。

 けれど、その“静けさ”が異様だった。

 鳥は鳴かず、草は揺れない。

 まるで空全体が、息を止めて何かを待っているように――。


「リツ、測定値は?」


「全部、同じ値です。風が……“揺れてない”。」


 リツは風譜を覗き込み、震える声で言った。

 普段なら細かく波打つはずの風の線が、まっすぐ一本。

 祈りが流れを止めたのだ。


 ナナシが窓を開け、風に手をかざす。

 空気はぬるく重く、感情のない布のようだった。


「……ユラ、最近、何か変な夢見なかった?」


 ユラは小さく頷いた。

 「風がたくさん集まってきて、

  “もっと広げろ”って言ってた。

  だから……眠ってる間に、風を増やしちゃったかも。」


 ナナシとリツは顔を見合わせた。

 “眠ってる間に風を増やす”――それはつまり、

 祈りの“自己増殖”だ。



一 世界の風が揺れる


 昼を過ぎるころ、村の鐘が鳴った。

 風が急に吹き荒れ、空が銀色に光る。

 人々が叫び、木々が軋み、川が逆流する。


「ユラ、下がれ!」

 リツが叫んだ。

 だがユラは風の中心に立ち、目を閉じた。

 彼女の髪が光に包まれる。

 空気が言葉を持ちはじめる。


『ありがとう。』

『助けて。』

『もう一度。』


 風が、世界中の“祈りの声”を拾い上げていた。

 喜びも、悲しみも、怒りも――

 全部を、風が返し始めたのだ。


「……まるで、世界中の人が同時に祈ってるみたいだ。」


 リツの声が震えた。

 “祈りの共鳴”――それは本来、神界が制御するはずの現象。

 だが今は、人間の側で発生している。



二 白室βの警報


 同じ頃、神界・白室β。

 エフェリアが端末を操作しながら叫ぶ。


「祈り波、増幅率一万超! 神界境界層、突破されます!」


 シロが眉をひそめる。

 「……境界が、押されている? 下界から?」


「はい。

 人間の祈りが、神界を“上書き”しようとしています。

 あの少女――ユラの波が、中心です。」


 シロは立ち上がる。

 「……人が、神を超えようとしてるのか。」


 彼は天井を見上げ、呟いた。

 「ナナシ、リツ……今度はそっちが試練か。」



三 祈りの暴走


 村の空が裂けた。

 白い光が天から降り、風が渦を巻く。

 空の彼方で、数えきれない声が重なる。


『願います。』

『叶えて。』

『生きたい。』


 その声が重なり合い、意味を失い始めた。

 祈りが“祈りとして成立しなくなる”瞬間――

 奇跡は秩序をなくし、ただの光と音になる。


 リツが風笛を構えた。

 「……止めるしかない!」


「どうやって?」

 ナナシの声は冷静だったが、瞳は揺れている。


「共鳴を逆相にするんです。

 祈りが膨らむなら、“祈らない音”を重ねて抑える!」


「祈らない……音?」


「つまり、沈黙です!」


 リツが風笛を吹いた。

 音が出ない。

 しかし空気が揺れた。

 音のない音――“無の波”が広がる。


 それは、かつてシロが使った“転生の静寂”と同じ波だった。



四 沈黙の風


 風が少しずつ落ち着いていく。

 渦の中心で、ユラがうずくまっていた。

 彼女の体から光が抜けていく。

 ナナシが抱き寄せる。


「ユラ、もう大丈夫。祈りは止まったよ。」


「……こわかった。

 風が、誰かの泣き声でいっぱいで……

 全部助けたいって思ったのに、止まらなかったの。」


 ナナシが髪を撫でた。

 「助けようとした。それで十分だよ。」


 ユラが微笑む。

 その表情に、かつての自分の姿が重なる。

 ナナシもまた、“祈りに触れた者”として分かっていた。

 この力は、優しさの形をした“呪い”になりうることを。



五 神界からの声


 白室βの空に、裂け目ができた。

 人間界の空と、神界の空が重なる。

 シロの声が、風を通して響く。


『ナナシ、聞こえるか。』


「はい、聞こえてます!」

 ナナシが空に向かって叫ぶ。


『その少女を守れ。

  彼女は“新しい神格”の器になる。

  だが、今のままでは壊れる。』


「壊れる……?」


『祈りは、光だけじゃない。

  闇も混じる。

  それを受け止められる心がなければ、

  神でも崩れる。』


 リツが唇を噛んだ。

 「先生、俺たちがやるしかない。」


 ナナシが頷く。

 「ええ。風は、導かれるだけじゃない――“学ぶ”の。」



六 風の記録


 夜になり、嵐は止んだ。

 村の上空に白い月が出ている。

 ユラは眠っていた。

 リツが彼女の額に布を当てながら、風譜を開く。


 そこには、今までにない形の波が描かれていた。

 中心から外へ、幾重にも広がる同心円。

 “祈りが世界中に届いた記録”だった。


「……これが、神になる瞬間の記録。」


 ナナシが静かに言った。

 「祈りは届く。でも、誰に届くかはまだ分からない。」


 リツは頷き、ペンを取った。

 新しい記号を一つ、書き加える。


《∞》――祈りが止まらない時の波形。


 それは“無限の祈り”を意味する記号。

 だが同時に、“終わりなき誤作動”の印でもあった。



七 風の囁き


 深夜。

 ユラの眠る部屋の窓から、一筋の風が入ってくる。

 その風が、まるで誰かの声のように囁いた。


『ユラ。目覚めなさい。

 あなたは“風の神”になる。』


 ユラの指先がわずかに動く。

 風が頬をなで、花びらが浮かび上がる。

 その花が光を放ち、部屋中に広がった。


 ナナシとリツはまだ気づかない。

 世界の風が、静かに“形”を持ち始めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ