とあるラブコメ作家の致命傷
俺の知り合いに、別に大して読まれるワケでもない偏屈で地味で売れない、でも極一部に刺さるようなラブコメ小説を書いているアマチュア作家がいるんですけれど。
こいつが、まぁモテないんですよ。
人生全体を見渡しても恋人がいた期間なんて僅かだし。それだって、あんまりな失敗して相手を傷付けて棒に振ってますし。それから、親身な人付き合いが怖くなってボッチ堪能してますし。おまけに、いつの間にやら性欲も弱くなって女の人自体に興味が薄れ始めてますし。
それなのに、書いてる小説はラブコメ。恋愛の小説。色についての物語。青とか、桃とか、そういう鮮やかなストーリー。
それはね、あんた。大して知りもしないことを書こうってんだから難しいし、ファンタジーと違ってある程度の現実的な道筋が必要で考えなきゃいけないし、仕事が忙しくなれば頭休めたくって書く時間も減っていくよねっていう。ただ、読者的にはそんなことなんにもカンケーないんだから、とっとと続きを書けやボケカスって感じになってるみたいです。
まぁ、そいつにとって恋愛は現実にないのだから、ファンタジーみたいなもんなんですけれど。
そんな、ラブにもコメディにも縁ない、場末の寂しい人間が生み出した作品が、何をどう間違ったのか、どうやら商業作品に使われることになったみたいなんですよ。
これは驚いた。
そいつは、嘘でも誇張でもなく、マジで好きな時に好きなものを書こうという、いわば完全に趣味に生きてる世捨て人みたいな奴なわけで。そういう日陰に生きてる人間の、エゴとか独善性とか価値観とかって、そいつにとっての『仲間』とか『絆』みたいに、恐らく大衆にとって聞くに堪えない代物なんじゃないかと思ってるみたいなんですよ。
しかし、それがまかり通って、ちっとも読者なんてついてないのに、待ってるって人もほぼゼロだってのに。その一作は、『金』という一番分かり易い価値を持つ存在になってしまう可能性があるわけです。
もちろん、確定した未来ではないというか。そいつの中では現実感が無いというか。
そいつは、実際に結果が産まれない限り物事を信じない、希望的観測を徹底的に嫌う人間なのですよ。パチンコでも、どんな激アツ演出が出ても数字が揃うまで当たりを確信しないあたり、筋金入りのペシミストです。
そうなると、ド素人が書いた、読者がほとんどついてない作品に対するプロの提案なんて、まっさらに信じる方がどうかしているという至極当然の指摘も胸に支えているわけです。
しかも、そいつは天才ではないのです。要するに、「そんなことはどうでもいい」と希望を斬って捨てられるほど、強いハートの持ち主ではないのですよ。
ここが、本エッセイのタイトルにもなっている致命傷なわけです。
別に、誰にも読まれないことはそいつにとってどうでもいいことなんです。たまに昔の作品を読み返して、自画自賛したりこき下ろしたり、そもそも自分の書いた文章のリズムや言葉選びが好きな、ちょっとしたナルシズムもあるものですから、本当に、本当に偶然読んでくれた人が喜んでくれるだけで幸せだったりするのです。
けれど、価値が産まれてしまったら、それはもう話が変わってきます。
自分さえ良ければよかった物語が、誰かを楽しませるためのものになってしまった。もちろん、商業作品の一部として使ってもらうことを承諾したのですから、被害者面をこいているわけではないのですが(なんならかなり喜んでる)。それはそれとして、技術面やアイデア、果てはストーリーを連ねる才能の部分に不足を覚えてしまい、今でのようにスラスラと筆が進んでいないのだそうで。
さて、どうしようかなぁ。
そんなふうに迷っていると、今度は仕事の方も忙しくなってきて。業務を覚えて、もちろんいい歳こいた中途ですから、そろそろ責任のある立場も任されちゃったりして。おまけに、色々と資格の勉強もしなければいけなかったりして。やることが増えれば、別に仕事が好きではないそいつも、やっぱり張り切ったり頑張ったりしちゃうわけで。
要するに、書けない言い訳にする材料が一挙に舞い込んできて、作家趣味にちょっぴりメランコリックになっている、という話なわけですな。
……今回は、そんな感じの他愛のない話です。
そして、その話を聞いた一読者である俺はと言うと、やっぱり「でも、ゼロではない読者が待ってくれてるし、書いたほうがいいんじゃない?」と助言しておきました。
なので、そろそろ重い腰をあげて続きを書く気になるのではないかと思います。
そういう、俺の知っている人間の話を、今回は語らせてもらいました。他意はないのですが、それでも、そいつについてきてくれる人たちには、俺からも感謝を伝えておきたいです。
どうも、ありがとうございます。