プロローグ
◇◇◇
どうやらこのクラスの担任は席替えをする気がないらしく4月から現在に至るまで俺、和田 秋斗の席はドア側の最後尾が定位置となっている。
すなわち隣の席の彼女とも、気づけばよく会話をするようになっていた。
彼女がまた何か言いたげな含みのある表情でこちらを見てきた。
その笑顔は反則だろ……。
そんな事を思いながら、俺は自分と彼女が話すようになったきっかけを思い出していた。
◇
4月、高校2年生に進級して新学期を迎えた初日。
クラス替えの日。
自分のクラスがある教室へ向かい、例年通り黒板に貼られてある座席表を確認すると当然のように名前順に割り振られた出席番号に基づいた席順となっていた。
俺の名字は和田なので、基本ドア側の最後列がお決まりとなっている。
そして、隣の席の名前を確認して俺は驚いた。
矢野 夏希が隣の席だったからだ。
この学校で彼女を知らない者はいない、それほど彼女は学校内では有名人だ。
陸上部に所属していて、100メートル走では去年1年生ながらインターハイにも出場していた。
目に見える素肌はスポーツ少女らしく小麦色に日焼けしており、スラリと伸びた手足や整っている顔つきがさらに彼女の存在を引き立てていた。
そんな校内でも有名な彼女が隣の席なのだから緊張してしまう。
また彼女は必然的に目立つため、あまり目立ちたくない俺も目立ってしまうんじゃないか、そんな事を危惧していた。
しかし、それらは杞憂に終わった。
なぜなら本来の彼女はあまり目立ちたくないのが性分らしく、教室では基本的には控えめで大人しい態度だったのだ。
つまりクラスの中心的な存在にはならない。
走るのは好きだが、人に注目されるのは本当は苦手みたいだ。
日焼けも日焼け止めを塗っているが、強すぎる日差しには効果が薄いため、もう諦めたらしい。
矢野曰く、極度の人見知りとのことだ。
でも人見知りなのは教室でなだけで、部活仲間や家族とはたくさん会話をして喋るらしい。
そんな矢野と俺がなんで話すようになったのか。
それは、本当に偶然だった。
クラス替えから1週間、本格的に授業が始まったなかでそれは起きた。
次の授業は現代文なのに矢野の机の上には教科書が置いてなくて、鞄の中や机の中を何度も確認している矢野の姿を見て、俺は矢野が教科書を忘れているのだと気づいた。
なので矢野を助けようと思ったのだ。
「あの、良かったらこれ使って」
そう言った俺に矢野は最初は戸惑いながらも、しばらく教科書を差し出していた俺を無碍にはできないと判断したのか受け取ってくれた。
「ありがとう」
矢野がそっと小さく呟いた。
これがキッカケになったんだと思う。
現代文の授業が終わった後、矢野から話しかけてきた。
「あの、和田くん。さっきは、教科書、ありがとう、ございました。私、その、焦ってて、どうしようって……。本当にありがとう」
途切れ途切れの言葉にこちらにまで矢野の緊張が伝わってきた。
「ううん。矢野さんがとても困ってそうだったからさ。俺は別に教科書がなくても大丈夫だから。
だって最後尾って授業で当てられるのって年に何回しかないからね」
そんな冗談めいた返事をした。
そんな返事に矢野が控えめだが笑ったのだ。
「フフッ……。あっ、その、ごめんなさい」
自分が笑ったことに驚いたのか、矢野が謝ってきた。
「別に謝らなくていいよ。それより俺も渾身のネタが受けて安心したんだからさ」
俺は矢野に気にしないでよと伝えた。
また矢野が控えめだが笑ってくれた。
「和田くんって、面白い人なんですね」
笑って緊張がほどけたのか、矢野は先ほどより落ち着いた返事をした。
「面白いなんて初めて言われたかもしれない。でも笑ってくれてありがとう」
俺は矢野の言葉が嬉しかったのか照れ臭かったのか、多分両方だったと思う。そんな気持ちを悟られないように返事をした。
それから、授業の合間に会話する機会が増えて、今ではお互いに砕けた言葉遣いになったのだ。
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