三十七歳独身女隊長密室殺人事件
現場は密室だったのです。
隣国の騎士団長は、王妃にそう説明をした。
帝国と王国との共同演習の二日目の夜でした。
日中に降っていた雨が止み、夜が更けたころ、王国のエル隊長が宿泊している離れで悲鳴が起こり我々は駆けつけました。
そこで、胸に短剣が刺さったエル隊長の死体を発見したのです。
我々は戦慄しました。
あの女ゴリラの、いえ、失礼、一流剣士として名高いエル隊長を殺せる者がいたのです。
逃走しているはずの犯人を追いかけようとして我々は気がつきました。その小さな離れの周りには、我々の足跡しかなかったのです。雨上がりのぬかるみで、犯人が逃げたなら必ず足跡が残るはずです。
つまり、犯人はまだ離れの中にいるはずです。
我々は捜索しました。
しかし、犯人はどこにもいなかったのです。
三部屋しかない離れで見落としなどあるはずないのです。
一人では見落としがあるかもしれないと、二度目の捜索は三人一組にしましたがそれでも犯人らしき者は見つけられませんでした。
犯人は煙のように消えてしまったのです。
その夜は、捜索を止め、次の日に我々が見た物は、エル隊長の死体が何者かによって、魔法の水晶に閉じ込められている姿でした。
私は、不謹慎にも、水晶に閉じ込められたエル隊長の死に顔を見て思ってしまいました。
なんて美しい顔だと。
帝国の騎士団長の説明が終わり、王国のコリン副隊長が口を開く。
「現在、現地捜査官の帝国の方々が捜査をしてくれていますが、難航しています。ぜひ、若い頃に安楽椅子探偵として活躍した王妃に助言をしていただきたいと」
王妃は頷き、自国のコリン副隊長にいくつかの質問をする。
「わかりました。犯人は魔物です」
「魔物ですって!」
大袈裟に驚くコリン副隊長。
「人間では足跡を残さず逃走することは不可能です。ならば、翼を持ち空を飛べる魔物が犯人なのは明白でしょう」
「しかし、魔物は知能が低いです。あの演習地で発見されないで身を潜ませることができるとは思えません」
「エル隊長に恨みを持つ者に、魔物を調教できる犯罪者がいましたね」
「はい。いました」
「おそらく、その犯罪者が、今回の事件の犯人でしょう。それならば、王国に逃げ帰っているでしょうから、すぐに捕まえなさい。なるべく、生かしたまま捕まえるのよ」
「承知しました」
「王妃様が安楽椅子探偵だったって嘘、なんなんですか?」
帝国の騎士団長と王国の副隊長がいなくなり、幼い従者があきれた声を出す。
「あれはコリン副隊長の、他国でトラブル起こしちゃったから、辻褄合わせの話をでっちあげてくれってお願いよ」
王冠やら窮屈な靴などを取り外しながら、王妃は答える。
「魔物を調教できる人間がいるって嘘ですよね」
「うそうそ。真っ赤な嘘」
「王妃様は何があったかわかっているんですか?」
「あれ?わかってないの?ああ、初めに密室殺人とか聞いちゃったからか。じゃあ、こう聞くわよ。うちの騎士団が演習合宿をしました。その夜にうちの三十七歳独身女隊長が刺されました。さあ、何がありましたか?」
幼い従者は理解する。
「ああっ。男性経験がなくてこじれたエル隊長が、少年兵を寝床に無理矢理つれこんで、パニックになった少年兵がエル隊長を刺しちゃったんですね」
「あの女ゴリラが悲鳴を上げるはずがないから、少年兵の悲鳴を聞いて、うちの騎士団員達は全てを理解したはずです。帝国の騎士団員達と一緒に現場に駆け付け、こっそり隠蔽をした。小さい身体の少年兵だろうから、身を隠せる場所はいくらでもあります。うちの騎士団員が少年兵が隠れている場所を探したことにすれば密室は完成です。三人一組で探した時も、うちの騎士団員全員が共犯者なのですから簡単に誤魔化せたのでしょう」
「でも、それだと死体が水晶に閉じ込められたのはなんなんですか?」
「あの女ゴリラが刺されたぐらいで死ぬはずないでしょう。帝国の検死が行われるまえに、コリン副隊長が魔法の水晶で閉じ込めたのよ。とりあえず、一年ぐらいは水晶に閉じ込めておけとコリン副隊長に伝えといて」
おわり