表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

【ダーク】な短編シリーズ

記憶の散歩道

作者: ウナム立早


 ある日の午後、私は会社の研究部署に呼び出され、試験運用のVR装置を体験することになった。


「君は長年、事務局長として働いているからね。ぜひこの装置を体験してもらいたい。それに地元出身だから都合が良いのだ」


 私よりとおは年上の研究部長が、カプセル型の装置を前に説明を始めた。


「都合が良い、といいますと」

「このVRは、地元地域の40年前の立地を再現したものになるんだ」

「40年前を?」

「建物や道路のデータは全て建築会社などに残されているからね。とても懐かしい光景が見られると思うよ」


 その後、私は装置の中に入り、頭と手足に様々な装置を取り付けられ、過去の散歩におもむくことにした。




「おお、道の狭さといい、建物の古臭さといい、まさに40年前の地元じゃないか」


 仮想空間に入った私は、意外な完成度の高さに思わず独り言を漏らしていた。


「このトンカツ屋は……」


 小さな、トンカツ屋の暖簾のれんがかかっている建物。これも記憶の通りだった。


「そうそう、父さんに連れられてよく行ってたなぁ。たしか、店主のおっちゃんが病気で亡くなったんだっけ」


 しみじみとした気分で、私は誰もいない道路を練り歩いていく。


「あっ、ここは」


 目の前に現れたのは、子ども時代に一番の遊び場だったショッピングモールだ。今では、この土地は更地になってしまっている。


「いらっしゃいませ」


 店内に入ると、右側にある生花店から女性の声がした。


「ああ、思い出した。入ったらいつもあそこのおばさんが、言ってたよな」


 店の中を進んでいくと、最初は人のいなかった店内が、徐々に賑やかになっていく。


「子どものころはこれくらい人がいて、賑わっていたよなぁ」


 そして、中心部にある、大きな時計が設置された広場へたどり着いた。


「ああ懐かしい、この広場で両親とよく待ち合わせを――」


 広場の壁際にたたずむ人物に、私は言葉を失った。


達明たつあき、そろそろおうちに帰りましょう」

「約束の時間は過ぎてるぞ。今夜は父さん奮発して、すき焼きにするからな」

「ああ……父さん! 母さん!」




「どうかね、事務局長の様子は」

「まだ錯乱状態が続いているようです。今もぶつぶつと独り言をつぶやいています」

「やはり、実用化するには完璧な再現を避けたほうが良いようだな」

「VRに人物のデータは一切入っていないのに……部長はこの事を、予測されてたのですか?」

「ある程度はな。記憶にある世界が目の前に現れたとき、人の脳は思い出すら再現したくなるものだ」



最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ラスト。 人生の機微といいますか……。 ショートショートらしい物語の閉じ方でした。
今は失われた懐かしい風景に再会出来たなら、こうなってしまう可能性は誰にでもあり得そうですね。 しかし上手く使えば、回想法や過去のトラウマ克服のような心理療法などに応用出来そうです。
ちょっと怖いお話ですね……。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ