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11月に両親が迎えに来た。
借金は気長に返すしかないし、それに何とかめどが立ったからと言った。
「兄から連絡が来ました。申し訳が無かったと言って。少し落ち着いたから、借金も二人で少しずつ何とかしようと言う事になりました」
父は祖父にそう言った。
両親は祖父に深々と頭を下げて「長い間、本当に有難う御座いました」と言った。
母は少し痩せて顔の皺が増えた。けれどよりパワフルになったようにも感じた。父は優しい笑顔で本当に嬉しそうだった。僕もすごく嬉しかった。
でも、僕は帰らなかった。
僕と祖父は年末と正月を東京の家で過ごした。
これは毎年恒例の事である。
僕が記憶する限り、祖父は年越しをいつも僕の家で一緒に祝うのだ。
そして僕は正月が過ぎると祖父と一緒にT町に帰って来た。
僕は3月まで祖父とT町で暮らす事に決めたのだ。
両親は僕の言葉がショックだったらしい。唖然とした顔をしていた。
でも、僕は海沿いの学校やそこに通う友達や狐なんかと離れるのが嫌だったのだ。
僕はT町がすごく好きになっていた。
その後、両親はT町へ二人でやって来た。それも月に数回やって来た。
でも、彼らが帰ってももう僕は泣かなかった。
両親は複雑な表情を浮かべて帰って行った。
僕は笑顔で二人を見送った後、祖父と手を繋いで家に帰った。
僕は残りの3カ月を学校の友達や狐と楽しく遊んで過ごした。
春休みになって両親が僕を迎えに来て、僕は東京に帰る事になった。
僕は、祖父の小さな家や仲良くなった友達や、海沿いの学校や、森の奥の神社や狐なんかと離れるのは寂しかった。だけど、ずっとここに留まれるはずもないという事も知っていた。僕は父や母と暮らすべきだし、また、それが僕の幸せだという事も知っていた。
僕はこの町を去った。
自分の影を置いたまま。
沢山の思い出を抱えて。
狐と遊んだ爺ちゃんの小さな家。
一緒に何度も登った御山の頂上。
ふざけながらどこまでも歩いた砂浜。
緑濃い杜の中の白茶けた古い社。
潮の匂い。鮮やかな海の色。
町の中の白い学校。
優しくて頼りになった先生。
ボッチだった僕を仲間に入れてくれた友達。
そんな思い出を胸に、僕は両親と東京に戻って来たのだ。
僕は成長した。
しかし、影はまだ返してもらっていない。
だから時々、こうやって狐を訪ねる。神様にお参りしてお礼を言い、そろそろ『影』を返して頂いても宜しいでしょうかとお伺いを立てる。
恐る恐るお伺いを立てる。
で、狐がご神託を伝えると言う訳だ。