表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/9

僕はリュックの中身を確認する。

スマホに水筒、それと読み掛けの文庫本。

台所のテーブルの上にメモ書きを置いた。

両親はまだ眠っている。

ふと気付いて台所の魚肉ソーセージを二本入れた。

足音を忍ばせて玄関のドアを出る。



ドアの鍵を閉めると、空を見上げた。美しい青空が広がる。それだけでも気分が良かった。

僕はリュックを背負うと駅に向かって歩き出した。

電車を乗り継ぐ。

運よく空いていた窓際の席に座り、文庫本を開く。時折車窓の景色に目をやる。

東京のビル群が通り過ぎ、郊外の景色が広がる。

赤や白の梅の花があちらこちらで咲いている。

時には群れて咲いている。

土手の雑草。通り過ぎる橋や川。小さな水門。森の中の鳥居や社。田んぼや畑。春浅い森や林の緑。

風景は次々に現れ、あっという間に流れ去って行く。

向こう側の窓には薄紫の山並みが見えて来た。そろそろ海が見える頃だ。


海が現れた。

青い空に青い海。

天気の良い日は本当に海が美しい。

僕は開いた文庫本を手に持ったまま、きらきらと輝く海を眺めた。



ごとごとと小さなディーゼル車に揺られる。

バスみたいな車両。

T町に着いた。

僕は車両を降りた。降りたのは僕一人だった。

駅員もいない。

ここは、ずっと無人駅なのだ。


時刻は10時過ぎ。

やはり遠いなと思った。

小さな白い駅舎はしゃれた感じにリフォームされていた。僕はその写真を撮る。


辺りは閑散としていた。

建物の間から輝く海が見えた。

懐かしい潮の匂いがした。



懐かしい様な寂しい様な気分を抱えて歩く。

数十メートル歩く頃には、何かが足に纏わり付いている気がする。

見えないそれは足元にじゃれ付く。

「よう。また来たのか?」

それは言う。

「また逢えた。また、お前に逢えた」

「お前は変わった。お前は成長した。もうあの頃の弱い子供じゃない」

「いや、お前は変わらない。あの頃のままだ。あの頃のやせっぽちのつまらない子供のままだ」

それは町の至る所から顔を出す。

そして僕に声を掛ける。

古い民家の軒下から。壊れて傾いた看板の陰から。白い花の隙間から。

ごつごつとした古い幹の向こうから。

僕は立ち止って水筒の水を飲む。


町から外れて森の中の小道を進む。

日当たりの良い叢にラッパ水仙が咲いていた。

その鮮やかな黄色をカメラに収める。


石作りの鳥居が見える。

これは一の鳥居。

そこで一礼をすると鳥居をくぐった。

空気がひんやりとする。

深い森の中の真っすぐな参道。

そのずっと先に小さな社が見える。

ようやく目的地に着いた。



どこかで鶯が鳴いている。

立ち止って木々を見上げ、その姿を探す。

二の鳥居。

そこでまた一礼をする。

目の前には古びた社があった。

それをじっと見る。たっぷりと1分間。

すごく静かだ。僕はしんとした空気の音を聴く。

大気が微かに重くなったと感じた。



賽銭箱に賽銭を入れる。

二礼二拍手

頭を下げてじっと祈る。

目を開けると一礼をし、鈴をからんからんと鳴らした。


振り向いた視線の先に一匹の小さな狐がいた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ