束の間の日常 宮廷にて
暇だ。そう言いたげに一人の魔術師が宮廷の片隅で黄昏ている。名前はキリ。高名な師匠、レフに従事していたが突如彼は蒸発、師匠の知り合いのコネを使い何とか宮廷魔術師として再就職した人間だ。評価は微妙だが弟子が一人いた。
「師匠こんなところで何してるんですか?」
「ヨハンナか。暇つぶしだよ。それより師匠はやめてくれ。表向きだけなんだから」
男の言うようにこの二人は本来の師弟関係でない。レフから見てキリは1番、ヨハンナは2番弟子という関係。ただ二人揃って宮廷に入るために表向きはヨハンナがキリの弟子、レフの孫弟子としていたのだ。歳が離れているのも偽装に役立っている。
「早くまともな師匠を探さないと歳だけ食って詰むぞ」
「一応新しい魔術も開発はしてるんですよ」
「?」
するとヨハンナは一枚の紙と一丁の拳銃、やや古いリボルバーとその実包を机に出した。
「一体何を?」
「回転式拳銃への自動装填、ついでに弾も毒を帯びる術式を作りました」
「それは遥か昔に割に合わないと消えたやつ……」
「もちろん同じ轍は踏みません。まあ見ててください」
ピシュ、ピシュと小さい音で発砲する拳銃をヨハンナは乱射する。
「やけに静かだ」
「消音器を付けられる変わった銃を軍の倉庫で拾ったんです。普通のだと耳鳴りが止まらなくて」
「軍?」
「排気ダクトから忍び込んで……」
男の表情が曇る。軍の敷地など誰でも無許可で入れないからだ。今頃無くした銃を皆で探し回っているかもしれない。
「はぁ……じゃあ何で乱射してるの?」
「弾倉が空になると発動するんです」
6発全部撃ち切ると勝手に排莢され実包が薬莢に転移して装填される。時間も達人より早い。手作業と違い一発ずつ込めてないのだから。
「廃莢は転移じゃないんだ」
「少しでも消費魔力を減らすためです。どうです?」
「一回やってみるか」
男は銃を受け取り一発撃つ。
「―――――――――」
指が吹き飛んだ。叫びももはや呻き声にしかならない。暴発して銃身が裂け、砕け散ったのだから無理はない。
「ひゃ?とりあえず魔術で治します」
吹き飛んだ指が治っていった。
「ヒィッ!!怖いよ……」
「あれ?おかしいな……」
そういうと紙を確認し始めた。紙にはズラリと術式が文字として並んでいる。
「あ!ループ処理間違えて7発装填しないと二重装填しちゃう!これでヨシッ!」
「……もしかして今のが初?」
「はい!最初に師匠に見てもらおうと」
「わ、私に何か恨みでも……?」
とっさに一人称が変わるほどに男はびくついている。指のみならず銃の破片はこめかみをかすめ一部剃ってしまったのだから無理もない。
「まさか!」
「いつか君にやられそうだよ。あと銃使う人は大抵魔術を使えないのに誰が使うの?」
男の疑問は当たり前だった。というのもこの世界には大きく分けて二つの人種がいる。魔術やスキル、要するに特殊能力を使える者とそれ以外だ。当然後者の方が多い。そして銃はそういった能力者を無能力者が倒すためにもよく使われるからだ。
「それも解決済みです!」
「嫌な予感が……」
「ほんの少しだけ削ります。術者の命を」
「やっぱ黒魔術じゃねえか!」
そういうと男は術式の書かれた紙を炎魔法で燃えカスにした。彼が急いだのも理由がある。黒魔術はこの帝国、否ほとんどの国ではろくでもない結果になると禁止されている。そしてその定義は至極単純、発動の対価とした命を消費するかどうか。つまり彼女のしたことは重罪だ。
「あの手のは皆禁書!この術式どうやって?」
「色々調整してると効率的な魔力供給法がおぼろげながら、見えてきたんです」
「自力でたどり着いたのか……」
男は息を絞り出すような声を出した。
「え?あんな単純なのが?黒魔術?」
「気づいて……」
「なら方法を変えないと。あ!この修正前の術が内蔵されている予備銃は差し上げます」
「証拠品を処分しろと?」
だが少女にその言葉は届かず戻っていく。男は何かを諦めたようだった。
「もう技術面は私を越したなあ……さてクビにされない最低限はこなさないと」
ボソリと呟くと残っていた書類仕事に取り掛かる。
この二人はいつもこの調子だった。解雇されない程度に働きのんびりするキリと目を離せば怪しい術を開発するヨハンナ。男はとりあえず稼げればいいのかと何もしてはいなかったがある日、日常が崩壊する出来事が起きた。
設定をある程度固めていたのにいざ書くとコロコロ変わってしまいます。結末は私にもよく分かりません。