一週間と二日
「コンクリートになってる…」
毎朝通っている歩道。
見慣れたいつもの自然な風景。
方南町の駅まであと5分くらい。
二日前におばさんが草むしりをしていた駐車場が
一日気にしないでいたら、コンクリートに変わっていた。
一歩踏み出して立ち止まる。
エコだとか緑を大切にだとか、そんな言葉が世の中に溢れ、走り巡っていたとしても、簡単に風景は変わっていくもんなんだ。
簡単に。
駅に着くと、どこを見渡しても人人人。
わかってはいるものの、あの有名な台詞を心の中で唱えてしまうのは仕方のないことだった。
先頭車両に足を進め、人の波を掻き分けながらなるべく奥へと体を滑り込ませると、小学生だろう。
私のからだの半分も無いくらいの身長で、必至に押し潰されまいとしていた。
可愛いけど、有名小学校とかに通っている子どもなんて皆生意気なんだろうなぁ。
浅く被った帽子の紐を小さな手で握りながら、ランドセルを前に背負っていた。
いつの時代も変わらない、コドモの頭の中の空。
描いては消して、消しては描いて、いつしか自由を忘れてしまった大人たちがひしめき合う。
電車の中は惨事だった。
梅雨の異様な空気に混ざり人の体温が生々しい。
これからの季節はもっと辛いかも…。
足を放しても浮いていられそうなこの現状に嫌気を感じながら、大都会の真ん中に一つゆっくり呼吸を降ろした。
仕事場までは歩いて十八分。
遠くもなく、しかし近くはない。あまり歩かない私としては、少しの運動だと苦痛に感じることは無かった。
「おはようございます」
タイムカードを切る音が耳に届くと同時に、脳内が仕事モードに切り替わる。
いつもなら。
しかし、何故だか力の入らない気持ちがふわふわと宙を舞うように、「今日くらいは」「そんな日もあるさ」と囁きかけては消えていく。
ほんの数週間前までの私は、そんなやる気の無い人たちとは違うんだと思っていた。前日の飲み会に徹夜明けでの出勤。眠そうな目を擦りながら、あくび姿は英雄気取り。
あたかも上手い人間関係を繰り広げているかのような、間違った自慢話に花を咲かせて、お互いの優越感を満足させている。
そんなつまらない人間とは一緒にしないでほしい。
私の周りはそんな生きもので溢れ返っていた。
典型的な仕事人。
強いものには巻かれろ精神よろしく、鞄に潜ませるバイブルを読み上げる。
まるで自分の言葉のように。
だからと言って私はこのような生き方が嫌いなわけではなかった。私とは違うだけであり、その人が選んだ歩み方を私がいちいち選定できる立場でもない。
だからマイナスでも、しかしプラスでも無い人付き合いを築き、私とその他の境界線をなるべく崩さない生き方を選んできたつもりだった。つもりとは、つまり、そうだと思い込んでいただけの受け入れがたい非現実。
一週間と二日前。
仕事が忙しくてお前に構ってあげる時間が無くなりそうなんだ。本当にゴメン。
そんな言葉を電話越しに言われ、あっさりと私たちの関係は終わりを告げた。
あまりにさらりと滑り落ちる砂時計のような時間だったので、次の日には躊躇いもなくメールを送っていた。
しかし、そう思っていたのは私の方だけで、と良くあるフレーズがありのまま当てはまるくらい、気まずい空気と、拒絶の連絡がたった一度だけ返ってきた。
そして二日後。
重い荷物を肩から提げた小さな手を、そっと握って笑っている誰かがそこには居た。
私の知らない、あの人とこの人。
私なんかよりもずっと可愛いく、ずっと素敵で、ずっと似合っている。
彼女が、大学時代の後輩だと知るまでにそう時間はかからなかった。
親友の男友達が、久しぶりの電話でポロッとこぼし、私は何事も無かったかのように「そう」と一言。
そして黙って泣いた。
その頃から、自分は結局あの人たちとは変わらないのだと思うようになった。女子の化粧室で耐えず繰り広げられる恋愛話に欠片の興味もなく、それを知るトイレ族は話しかけにも来なかった。
が、どこからか広がりを見せた私の恋愛事情を耳に入れた彼女たちは「辛かったよね」とまるで自分の事のように悲しみ嘆き、そして突然友達になった。今までもそしてこれからも必要無いだろう連絡先の交換から始まり、合コンや女子会とあらゆる場所に私を招き入れた。
何故そんなに連れて行かれるのだろうと理解の出来ない三日間を過ぎれば、後はもう何も考えずその場の空気に流され楽しみ、飲めないお酒に溺れる毎日。
そうやってあっという間に一週間は過ぎていった。
そして私は確信する。
私もこの人たちと何も変わらないじゃん。と。