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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

業《カルマ》ヲ背負イシ魔女達

作者: Yuukiaway

読み切り 第3弾です!

「ドーナ!!!! ドーナァ!!!!!」

「…………ありがとうロベルト。私は十分、幸せだった━━━━━━━」

『これより、卑劣なる魔女 ドーナ死刑囚の死刑を執行する!!!!!』

「!!!!!」


時刻は夜

一人の少女が磔にされ、その台に火が灯された。そしてその蛮行を止めようともがいている男が一人居た。

彼の名は《ロベルト・プンチーノ》。その時代(・・・・)を生きた神父である。




***




「━━━━━━━━━━━━━━━━━ッ!!!!!」


その青年(・・)は額に汗を浮かべながら目を覚ました。彼の名は《ジョージア・ウィリアム》(19)。領主の息子にして神父ロベルトが転生した存在である。


「………………またあの夢(・・・)か。

今は、もう六時半か。」


ジョージアは額を抑えながら枕元の時計に目をやった。夢として頭の中に浮かび上がるのは自分の過去(前世の罪)だ。神父として一人の少女を助けられなかったという罪である。


『━━━━コンコンコン』「!」

「ジョージア様。朝食の準備が出来ました。」

「あぁ分かった。すぐに行くよ。」


扉を開けると給仕の女性が立っていた。

ロベルトが転生したジョージアの生まれであるウィリアム家は領主の家系であり、かなり広い屋敷を持ち、多くの使用人を雇っている。しかし、ジョージアにとってはそれすら苦痛の種だった。


「? 如何されましたか?」

「いや、君達は本当に僕に尽くしてくれてるなと思って。」

「当然でございます。私達のランクは《C》。《A》ランクである貴方様やご家族に尽くすのは当然の役目です。」

「そうか。下らない事を聞いてしまったな。忘れてくれ。

(止めてくれ!!! 私に優しくしないでくれ!!! 僕の前で《ランク》の話なんかしないでくれ!!!!

私にはそんなものは不揃いなんだよ!!!!)」



***



ジョージアが生きる世界には《ランク》と呼ばれる選民制度が存在する。これは魔力を用いた特殊な技術を用いて対象の前世を見、それに応じたランクを設定するというものだ。

ジョージアのランクは《A》。これは上流階級に値する存在である。そして下に《B》から《E》まで、上に《S》、《SS》、《SSS》が存在する。《C》を一般人として《D》は平民、《E》は奴隷、逆に《B》から《SSS》までは支配階級の地位が与えられる。

ランクによってその人間の人生が決まるというのがこの世界の常識である。しかしジョージアだけは例外的にその常識を真っ向から疑問に思っていた。それはジョージアには前世の記憶があり、自分のランクがその前世に見合っていないと思っているからである。


ジョージアは領主の息子に生まれ、何不自由ない生活を送って来た。しかしそれすら彼にとっては苦痛だった。ランクを設定される前、それどころか物心着くより前から前世の記憶があったジョージアはランクに反映されなかった自分の過去に苛まれ、領主の息子として贅沢な暮らしを送る事に罪悪感を持っているからである。

しかしジョージアは例外的に前世の記憶を持っている事、そして後ろめたい過去がある事を家族に隠していた。それには最近現れたある人物(・・・・)が深く関係している。



***




「お早う。ジョージア。 今日もいい朝だな。」

「おはようございます。父上。」


ジョージアが今の扉を開けると、食事が乗った机にジョージアの家族達が座っていた。

いち早くジョージアに挨拶をしたのが彼の父の《エディオン・ラ・ウィリアム》(54)。ランクは《SSS》。前世は高名な慈善家で、現世では領地を運営している。

その隣にジョージアの母や兄、そして妹も座っている。それぞれ 名前を《ラピス・ウィリアム》(49) ランク《S》、《ジョネス・ウィリアム》(23) ランク《SS》、《エレナ・ウィリアム》(14) ランク《A》。前世はそれぞれシスター、騎士、研究者だった。


「ジョージア、もう直ぐお前の誕生日だが、気は変わっていないのだな。」

「………はい。」


エディオンが言った《気》とはジョージアが二十歳の誕生日を迎えると共に家を出て独立するという話である。エディオンはこれに反対はしなくとも良くも思ってはいなかった。


「本当にそれでいいのか ジョージア。

確かに此の家を継ぐのは長男であるジョネスだ。だがお前の居場所が無い訳では無いのだぞ。」

「それは分かっています。

ですが、僕も父上と同じように、自力で何かを成し遂げてみたいのです。何時までも依存していてはウィリアム家の男としての顔が立ちません。

(違う。我ながら甚だしい嘘だ。私はただ逃げたいだけだ。この分不相応な待遇から。)」


ジョージアの(上辺の)決意を聞いたエディオンは険しかった表情を緩めた。


「………そうか。つまらない事を聞いたな。

さ、冷めない内に食すとしよう。」

「はい。」


ジョージアは食卓に座った。




***



朝食を終えて洗顔を終えたウィリアムは勉強の為に自室の扉を開けた。


(…………なんでこんな事に。こんな卑怯な真似しか出来ない自分が嫌になってくる…………………)

「!!!」

「ヤッホー。また来たよ?」

「…………………!!!

……………今回は(・・・)どうやって入って来た?」

「え? 普通に窓から。硝子を熔かして(・・・・)

あ、心配しないで?出る時にはちゃんと直すから。」

「……………………………………」


扉を開けると、部屋の中央に赤い長髪の女性が立っていた。しかしジョージアは驚かない。これは今に始まった事では無いからだ。

ジョージアが自分の過去を家族にひた隠している理由が彼女だ。


「…………出てってくれ。」

「なんで? お父さんに見られたらマズイから?」

「そんな利己的な理由じゃない!! 君の顔なんか見たくないと言ってるんだ!!!」

「何? あんたも魔女(・・)差別?

前世()神父様が聞いて呆れるね。」

「~~~~~~~!!!!

僕をその肩書きで呼ぶなと何度も言った筈だぞ……………!!!!」

「ゴメンゴメン。」


ジョージアは目の前の女性が悪びれる気など無いという事をとうの昔に分かっている。それは二人が何度も会っているから(全て女性の不法侵入)だ。

女性の服装は赤みを帯びた黒のワンピースに三角の帽子という格好だ。それが示す事は一つ、女性が《魔女》という存在であるという事実だ。


ランクには例外的に《E》より下の《ZZZ》という階級が存在する。《E》が奴隷の身分を与えられるのに対して《ZZZ》はそう判断された時点であらゆる人権が剥奪される。

魔女とはランク《ZZZ》の女性、そして前世の記憶を持つという条件を満たす事で生まれ、世界に仇をなす存在として恐れられている。その魔女は世界に72人居るとされている。

そしてその魔女の恐ろしさの一つが魔女は前世に起因する能力を持っている事である。その強さは最強格の魔法師が百人集まって漸く同じ土俵に立てる程である。


そしてジョージアの前に立っている女性もまた魔女である。彼女の名は《マドゥア=アスガルド》。前世は連続放火魔であり、炎の能力を持つ。しかし彼女は悪事(それが人間に危害を加えるという意味であるならば)を働いた事は一度もない。寧ろ《ZZZ》という奴隷階級や魔女という存在が蔑まれる事をこの世から無くしたいと思っている(とジョージアには言っている)。ジョージアに近づいたのもその為だ。


「分からないの?君は魔女以上に貴重な存在なんだよ?

前世の記憶があって、ランクは破格の《A》。

これが貴重じゃないなら何が貴重だって話だよ。」

「…………茶化すのは止めろ。それに何度も言ってるだろ。そんなに魔女を助けたいなら他を当たってくれ。僕より頼りになるやつはいくらでも居るだろ!!」

「いやいや 居ないよそんなヤツ。

それに君にも能力(特別な力)があるんだよ。」

「馬鹿馬鹿しい!! 僕なんかにそんなものがある訳無いだろ!!!

とにかく帰ってくれ!!!」

「…………分かったよ。」


マドゥアは背後に赤い魔法陣を展開し、姿を消した。そしてドロドロに熔けた窓ガラスも元通りに復元される。これも彼女の魔女としての力の一つだ。


(………………………… クソッ!!

なんであんな幼稚な事しか言えない!!! どうすればこの感情から抜け出せる!!? どうすれば僕は罰して(・・・)貰える!!?

………いや、罰はもう始まってるのか。この罪悪感が既に(ロベルト・プンチーノ)への罰なのか……………!!!)



***



ロベルト・プンチーノ

彼は神父として刑務所や村々で神の教えを説く事を生業とし、自分の行動を信じて疑わなかった。そんな彼に転機が訪れたのは神学校を卒業して十年ほどが経った時、活動の一環としてとある村を訪れた時である。


その村では《魔女狩り》という行為が行われており、何の罪もない女性達が理不尽に刑を受けていた。ロベルトが訪れた時にも一人の少女が刑の執行を待っていた。ロベルトが聞いた彼女の名前は《ドーナ》のみであり、数日後には村の教えに殺される運命にあった。

余所者であるロベルトにとっては村の教えは甚だ横暴なものであり、ロベルトは神父である以前に一人の人間としてドーナを助けようと奮闘した。しかし同じ教職者である事と余所者である事が災いして村の人間がロベルトの言葉に耳を傾ける事は無かった。そして彼の奮闘も虚しくドーナの刑が執行された。その時にロベルトの中で大切な何かが崩れてしまった。(因みにロベルトのこの行動は村からの追放という処置を受けるに留まった。)


しかし、生まれついての人格者であったロベルトはドーナの刑が執行されても自棄を起こす事は無かった。寧ろ悲しみや憎悪などを余計な感情と断定し心の隅に追いやって、その経験を利用して今まで以上に神父としての活動に専念した。その結果、数え切れない程の迷える人間がロベルトによって救われた。これは彼の主観ではなく事実として報道されている。


しかし心のどこかで活動に身が入っていなかった とジョージアは当時の行動を振り返って考えている。それはドーナを救えなかった事で心に生まれた自分が信じ続けた教えに対する疑問があったからだと考えている。


そして数十年後、ロベルトは天寿を全うし、ジョージア・ウィリアムへと(前世の記憶を持って)転生し、今に至る。



***



(…………やっぱり僕の罪はあの時から始まった(・・・・)んだな。あの後も必死に頑張ったけど何も上手くいかなかった。やっぱり教えに対して疑問を持ってしまったからだよな。

そんなの、神父云々より前に人として最低だ。それに今ものらりくらりと罪悪感から逃げようとしてる。そうだ。そうなんだよ。

今も昔も最低な奴なんだ。僕ってやつは。)


ジョージアは机に突っ伏し、深い息を吐いた。そして思い直す。最早 今の自分に出来る事はこの温室のような家という不揃いな待遇から自立し、分相応に生きる事だけだ。


(…………それともあいつの口車に乗ってやって、魔女を救う旅にでも出てみるか?

━━━いや、馬鹿馬鹿しい。何の(罪も)力もない女の子一人救えなかった僕にそんな大それた事出来る訳無いだろ……………。)


ジョージアが目を閉じて思い浮かべるのはマドゥアの姿だ。彼女が初めてジョージアの前に現れたのは彼が五歳の時だ。一目見た時からジョージアはマドゥアがただの人間では無い事を見抜いていた。そして日を重ねて行く内にそれは確信に変わる。

初めて会った時から今までの十四年間、マドゥアは容姿が全く変わっていないのだ。


(確か魔女ってのは、前世にまつわる力を持つ女が処刑されて生まれ変わった奴だってあいつは言ってたよな。だから何年経っても格好が変わらないのか…………。

って、なんで僕はこんなに必死になって考え事をしてるんだ。あいつに協力する気も勇気も無いくせに。)


ジョージアは自分の気持ちを誤魔化す為に文献を読んでいたが、心ここに在らずで文字は目の上を滑っていく。これ以上続けても無意味だと感じ、本を閉じて(給仕の手によって整えられた)ベッドの上に倒れ込んだ。


(あいつの事なんか忘れれば良いんだ。突っぱね続ければその内諦めて他を当るようになるだろ。

それにそんな事 考えてる場合じゃないんだ。僕が今やらなきゃいけないのは父上をちゃんと説得する事だ。)


目を閉じると浮かび上がるマドゥアの顔を振り払い、ジョージアはもう直ぐ訪れる自分の新しい生活を想像する。しかしその思考がはっきりとした像を結ぶ事は無かった。それはジョージアがそれを心の底から望んでいないからだ。




***



マドゥアが来た日から三日後、ジョージアは自分の家で外出する為の最終的な準備を整えていた。彼の中ではこの外出が誕生日までに行う最後の外出であり、目的は領地に居る人間達に最後の挨拶をして回る事だ。

マドゥアは全く顔を見せないが、ジョージアは全く不審には思わない。彼女は一度 顔を見せれば十数日は姿を見せないからである。寧ろ諦めてくれたならそれが一番だ と自分に言い聞かせる。


(………もうすぐだ。もうすぐで僕はこの身の丈に合わない待遇から抜け出せる。そうすれば罪を償う事を始められる(・・・・・)

………だけど、どうやって………………?


いやダメだダメだ!! あいつの顔なんて考えるな!!)


自分が正しいと思っている事にふと 疑問を持ってしまうのはドーナが処刑された日から着いてしまったジョージアの悪癖である。それだけなら兎も角 マドゥアの顔が浮かんでしまう事は御法度だと考えている。

何故 彼女の顔ばかり思い浮かべてしまうのか、ジョージアはその理由に気付き始めている。




***



「では父上、母上、行ってまいります。」

「うむ。領民との関係はウィリアム家に生きる者にとって重要な事だ。ジョージア、お前が今日の事を言ってくれた時はお前を誇りに思ったぞ。」

「そうよジョージア。あなたも、そしてジョネスにも領主に大切な事が何か気付いた事、きっと次に行った(・・・・・)お義父様とお義母様も喜んでおられると思うわ。」

「………ありがとうございます。」


ジョージアの父方の祖父母、即ちエディオンの先代の領主とその伴侶も領主としての役目を確りと果たし、ジョージアが十歳の時に天寿を全うした。

しかし一度 天寿を全うする事を体験している(記憶を持っている)ジョージアはその事について一つの疑問を持つ事を禁じ得ない。

この世界に生きる者は皆 自分には前世があり、誰かが生まれ変わった存在である(と信じている)。ならばこの世界で生き、そして死んだ者はその後どうなるのか。本当にまた別の世界に転生するのか と。しかしジョージアがそれを聞いた事は一度も無い。それをすると自分と家族との大切な何かが壊れてしまう気がするからだ。


(………甘ったれてるよな 僕ってやつは。

こんな罪に汚れきった僕なんかが家族にしがみついて良い訳ないのに。

……だけどそれももうすぐ終わりだ。この家から自立すれば、一人になれる。一人になって、それから━━━━━━━


━━━いや、ダメだダメだ。今はまだそれを考えるべきじゃない。)


そこまで考えてジョージアはそれ以上考える事を放棄した。また頭の奥底にマドゥアの顔が浮かび上がったからだ。




***



家を出てから数時間で領民達への最後の挨拶は滞りなく終わった。領民達は皆 ジョージアとの別れを惜しみ、それでも明るい声を掛けてくれた。しかしジョージアにとってはそれも苦痛になり得た。自分はこんな扱いを受けて良い訳が無いのだ。


そして今は林の中に入り、目に止まった切り株に座り込んで空を眺めながら物思いに耽っている。暫く考えて分かったのはジョージアは自分が嫌いだという事だ。


(僕は自分の事が嫌いなんだ。大嫌いなんだ。

罪のない女の子一人助けられなかった無力な神父っていう前世()の自分も、不揃いな待遇に甘えてしまってる現世()の自分も。

…………そもそも、なんで(前世の僕)は神父になりたいって思ったんだっけ…………………)


そして青空を雲が通過していく度にその雲がまるで死んだ人の魂が天へと登っていくような連想を覚える。世界では毎日のように人が死んでいる。自分の祖父母もそしてドーナも、生まれた人間は必ず命に終わりがある。

他の人間は漠然とそれが当たり前だと思っている事も人とは異なる死生観を持たされている(・・・・・・・)ジョージアは違和感を覚える。それは即ちこの世界の状態に疑問を持っているという事だ。ジョージアはそれにすらも罪悪感を覚える。その原因は誰もが自分が誰かが転生した存在である事を信じて疑わない中で自分だけがそれに疑問を持っているという《疎外感》だ。


(それ以前に、なんで僕は前世の記憶を持つなんて面倒臭い存在になってしまったんだ。こんな思いするくらいならいっその事 記憶なんか持たない普通の領主の息子ジョージア・ウィリアムとして生きたかった………………。

前世の記憶を持って生まれた事に意味なんてあるのか…………… いや、意味があったところでこんな僕に何が出来るって言うんだ。)


自分の心情とは対称的に晴れ渡る青空を眺めていく内にジョージアの意識は少しづつ微睡んでいった。誕生日が近くなった事で精神状態が少し不安定になり、肉体は休息を求めていた。




***




ドガァーン!!!!!

「ッ!!!!?」


ジョージアの林の中で一時の休息は突如として起こった轟音によって強引に終了させられた。轟音に叩き起されたジョージアは直ぐに意識を覚醒させ、林の中を見回す。そして異常(轟音の源)は林の中ではなく林の中の外である事を理解する。空の上に巨大な青色の魔法陣が浮かび上がっている。不幸中の幸いはその魔法陣が浮かんでいる方向が自分の領地とは反対側である事だ。


その瞬間、ジョージアの頭の中には二つの選択肢が浮かび上がった。一つは領地に戻ってこの異常を直ぐに伝える事。もう一つは現場に行って具体的に何が起きているのか確認する事だ。

真っ先に前者を選択し足を踏み出すがその歩みは一歩目で止まった。本当にこれで良いのか と、またしても自分の考えに疑問を持ってしまったからだ。


(……………いや違う。正しいのはこっちじゃなくて向こうだ!!! 何が起こってるか正確に把握して父上に完璧な対策を立ててもらう!!!

それに、それにこれ以上、自分に嘘をつく訳にはいかない!!!!)


危険を承知の上でジョージアは異常が起こっている方向に舵を切った。それがジョージアの過去との決別の始まりだった。




***



「━━━━━これは………………!!!!」


ジョージアが辿り着いた場所は領地から少し距離のある村であり、そこは阿鼻叫喚と言える状態だった。ジョージアの目に最初に止まったのは氷漬けになった家や人間、まるで雪国が村に転送されたかのような状況だった。

その理由、及びこの騒ぎの犯人は直ぐに分かった。


犯人は巨大な魔物だった。身体は白く、触手がそこらじゅうから伸び、顔には鼻も目も無く、牙が生え揃った口だけが大きく開いている。身体には太い足が四本生え背中では巨大な翼が羽ばたいている。その要素が辛うじてその魔物の印象を《獣》という程度に落ち着けている。

その巨大な魔物が空を飛びながらそこらじゅうに青みがかった白い光線を撒き散らしていた。光線が当たった所は急速に凍り付く。ジョージアの脳はその膨大な情報を処理していた。


「おいあんた!! そんな所で何をボーっと突っ立ってんだ!!! あのバケモンが見えねぇのか

ってあ!! あなたもしかして、森の向こうの領主様の息子さんじゃ━━━━!!!」

「あ、は、はい!!」

「こ、これは申し訳ありません!! 気が動転していて…………!!!」


情報処理の為に村の中で立ち尽くしていたジョージアは一人の老人の怒声によって現実に引き戻された。その老人はジョージアが領主の息子だと分かると一応の落ち着きを取り戻し、言葉を重ねる。


「兎に角、早く逃げなきゃいけませんよ!!

ありゃ魔女(・・)だ!!! 魔女の祟りだ………!!!」

(違う!! あれは魔女じゃない!!

あれは魔女のなり損ない(・・・・・)だ!!!)




***




魔女とは世界に常に72人しか居ない。しかし例外としてその魔女の下に魔女の下位種が存在する。ジョージアが読んだ文献ではそれを《魔女のなり損ない》という。

魔女が人間と同じ姿をしているのに対し、魔女のなり損ないは人間とはかけ離れた醜怪な魔物の姿を取っていることが殆どである。そして知性は失われ、無差別に人間を襲う。更になり損ないの強さは魔女の半分程である。即ちなり損ないですら人間にとっては十分な驚異である。


寧ろなり損ないは魔女よりも厄介な存在と言える。そんな紙の上でしか見なかった存在が今 目の前に居る。


(………あ、あれは氷の魔女のなり損ない………!!

あんなに大きくて禍々しいヤツだったのか……………!!!)

「きゃああああああああ!!!!!」

「!!!!」


ジョージアの思考はまたしても人の声によって断ち切られた。ジョージアから数メートル離れた所で少女が悲鳴を上げていた。そして魔女のなり損ないが魔法陣を展開し、その少女を狙っている。

このままでは数秒もしない内に魔女のなり損ないは氷の魔法で少女を狙い撃ち、彼女の命は失われるという未来しか待っていない。ただしそれはジョージアが何もしなければ(・・・・・・・)の話だ。


「━━━━━━━━

ッ!!!!?」


ジョージアの思考は一瞬 黒く暗転し、そして次の瞬間には予想外の光景を捉えていた。視界は今まで立っていた場所から移動し、腕の中には悲鳴を上げていた少女が抱えられている。そして背後では巨大な氷塊が凍り付いている。

この状況から分かる事は一つ、ジョージアが駆け出して少女をなり損ないの攻撃から救い出したという事だ。しかしそれに驚いたのは他でもないジョージア自身だ。


(……………な、何をやってるんだ僕は!!!

何で助けた(・・・)!!? 僕にそんな資格(・・)がある訳ないだろ!!!)

「!!!」


自分自身の思考への驚愕は再び、今度は魔女のなり損ないによって断ち切られた。再びなり損ないはジョージアに向けて魔法を発動しようとする。当たれば少女諸共 氷漬けになって即死する事は必至だ。


(━━━━━あぁ。結局こうなるのか。

身の程を弁えずにでしゃばって結果 何も出来ずに死ぬなんて。 いや、これも運命か。

もっと早くこうなるべきだった。罪深い僕には当然の報いだ━━━━━━)

「やれやれ。なにを勝手に浸り顔して諦めようとしてんの あんたは。」

「!!!?」


ジョージアが受け入れた(・・・・・)ような結末は訪れなかった。目を開けるとそこにはマドゥアが立っていた。

直感的にジョージアはマドゥアが自分を助けてくれたのだと思考した。しかしジョージアの心に浮かんだのは感謝ではなく疑問の心だった。


「…………なんで助けた?」

「言った筈だよ。私は魔女が疎まれてるこのクソみたいな状態を何とかしたいって。その為には悪い事する魔女とも戦わなきゃならないの。

ってか、私は助けてない(・・・・・)よ。」

「!?」

「私は何もしてない(・・・・・・)。あんたが自分で自分の身を守っただけ。ほら。」

「!!!!?」


マドゥアが指差した方向に視線を向け、ジョージアは自分の目を疑った。先程 魔女のなり損ないが少女を狙った攻撃を放った事によって作られた巨大な氷塊が曲線を書いて消滅していた。

まるで何者かが巨大な円を描き、その範囲内の氷塊を纏めて消滅させたかのようだった。


「な、なんだこれは!!!!?」

「ほらボサっとしない!! 来るよ!!!」

「!!!?」


マドゥアの言葉に反応して前を向くと、既になり損ないが攻撃の準備を終えていた。魔法陣を展開して冷凍光線を放とうとしている。

しかし、それがジョージア達を子おらせる事は無かった。


「……………!!!?」

「これで分かったでしょ。これがあんたの能力。恐らく、魔女の能力を無力化してる(・・・・・・)。」


なり損ないが放った光線はジョージア達の十数メートル先で消滅していた。マドゥアの推測通り、これがジョージアの持つ能力だ。


「ど、どうして僕にこんな力が…………!!!」

「知ってるでしょ? 魔女(≒転生者)は前世に起因する能力を持ってるって。

あんた神父やってたんでしょ? だから人を助ける為の能力が身についたんじゃないの?」

「!!!」


マドゥアの言葉でジョージアはようやく思い出した。自分が何故 聖職者を志したのかを。何の為に神父になったのかを。


(そうだ。僕は人を助けたかったんだ。苦しんでる人達を導ける。そんな聖職者になりたかったんだ!!!)

「…………僕に助けられるのか?」

「え?」

「僕にあいつを止めてこの村を助けられる力があるのかって聞いてるんだ!!」

「そんなのあんた次第でしょ? 少なくともその為には私があんたから離れなきゃならないけど。」

「?」

「さっきも言ったでしょ? あんたは魔女の能力(・・・・・)無力化してる(・・・・・・)って。」

「あ!」

「そ。それは私も同じこと。だからあんたのそばじゃ私も力を使えないの。

言っとくけどこれはギャンブルじゃないよ。あんたが能力を使えたらそれまで、そうじゃなけりゃ私が能力使って それでおしまい。」

「………………!!

………君は本当に魔女も人も助けたいんだよな?その言葉に嘘は無いんだな?」

「当たり前でしょ。だから来たの。

って言うか、私は自分の意思であいつと戦うだけ。あんたは私の邪魔にならない場所で手の届く範囲の人を守ってればそれでいいの。」

「………………………

分かった!!!」


この瞬間にジョージアの決意は完全に固まった。踵を返し、なり損ないが攻撃した凍結している家、及び村人の方へと走る。その行動にはマドゥアの邪魔にならないだけでなく、とある可能性への望みもあった。


(僕に、僕に魔女を止められる(・・・・・)力があると言うなら、そんな力があるって言うなら!!!

僕にまだ人を助けて良い資格があるっていうなら!!! 全力でやってやる!!!)


この時のジョージアは知らない事だが、彼の能力は『半径数十メートルの結界を展開し、その中の魔女の能力、及びそれによって生じた現象を全て無力化させる』というものだ。

なり損ないの攻撃によって発生した氷塊がジョージアの結界の射程に入った瞬間、氷塊だけ(・・)が消滅し、その中で凍り付いていた家や村人が解放された。


「た、助けられたのか………!!?

おいマドゥア!! 君の力でこの人を助けられないか!!?」

「………普通ならまず無理だろうけど、私ならなんとかなるかも。

そのためにはまず、こいつを止めないと(・・・・・)

ねっ!!!!!」

「!!!!」


マドゥアは爆発的な脚力を発揮して一気になり損ないとの距離を詰めた。そしてその両手には赤い魔法陣が展開されている。下手に長引かせる事無く一気に勝負を決める気だ。


「グルァアアアアアアアアア!!!!!」

「無駄だよ。」

「!!!?」


なり損ないはマドゥアの強襲に反応し、彼女を仕留めようと凍結光線を発射した。しかしマドゥアはそれを難無く蹴り飛ばした。光線は起動を変え、空に向かって飛んでいく。

光線は空気中で巨大な雲に変わった。


「君も私も散々苦しんだでしょ? だけどそれもこれでお終い。

これで君をふざけた(カルマ)から解放してあげる!!!!

紅蓮業火華(グレンラヴァ・カルマ)》!!!!!」

「!!!!!」


その瞬間、ジョージアと村人達は上空に太陽を見た。正確には、そうとしか言い表せない程 眩い光を放つ炎を見た。

マドゥアの両手の魔法陣から圧縮された炎が吹き出し、一瞬にしてなり損ないを包み込んだ。そして数秒後にはそこにはマドゥアしか(・・)居なかった。魔女のなり損ないはマドゥアの炎によって塵も残らず焼き消えたのだ。


「………………………!!!!!」

「ジョージア、終わったよ。

さ、早く皆を助けてあげないと!


? どしたの?」

「…………これが君のやり方なのか?」

「!!!

…………何が言いたいの?」

「魔女を跡形もなく消し去って殺すのが君のやり方なのかと聞いてるんだ!!」

「………仕方ないでしょ? ほっとけばいくらでも人が死んだ。 だからこうするしかなかったの。

私はその前の段階(・・・・・・)を目指してる。《ZZZ》なんてふざけたランクをぶっ潰して、《ZZZ》が処刑されるのを防いで、魔女が生まれて悪さして、魔女が恐れられて、また《ZZZ》が蔑まれて処刑()される。そのクソみたいな悪循環を終わらせる。

その為には私はいくらでも戦うよ。

そんな事より早く行かないと、助けられる人も助けられないよ。」

「…………!!」


マドゥアの言い分を完全には理解出来ないながらもジョージアは彼女と共に凍り付いた家々へと走り出した。




***




「ジョージア・ウィリアム氏!!

人命救助の攻により、これを表彰する!!!!」


ジョージアが領民達に挨拶をした日から数日後、彼は領地に建っている教会で表彰されていた。教会中に拍手が巻き起こる。

結論から言うと、ジョージアとマドゥアは死人を一人も出さない事に成功した。ジョージアが氷塊を自らの能力で消滅させ、凍り付いて生死の境をさまよっていた村人もマドゥアの炎の能力によって一命を取り留めた。しかし村人達は皆 ジョージアだけが助けてくれたと思い、マドゥアは自分が助けたという事をひた隠した。

それは他でもないマドゥアの意志によるものだ。



「あ!」

「やっほ。 いい顔してんじゃん。」


ジョージアが教会を出ると、木の陰からマドゥアが顔を出した。しかしジョージアの顔はすぐに曇った。彼女に対して負い目を感じたからだ。


「………君はこれで良かったのか?」

「何? 表彰の事?

全然良いよ。目立ちたくないし。そもそも褒められたくてやってる訳じゃないし。あんたのお陰で勝てて皆 助けられたんだから、お礼を言うのはこっちの方だよ。

それより聞いたんだけど、領地を出るの、止めたってホント?」

「止めた訳じゃない。また今度にするってだけだ。 いずれ領地は出るつもりだ。

やっぱり僕にはこの待遇は不揃いだからな。」

「それは今のも同じ?」

「!」


ジョージアはその言葉に即答は出来なかった。彼は気付いていないが、ジョージアはこの表彰は誇りに思っていた。


「━━━で、いつもの答えを聞きに来たよ?

私と一緒に魔女と、このクソみたいな差別だらけの世界と戦ってくれる?」

「………申し訳ないが、まだ答えは出せそうにない。確かに村は助けたし、人を助けたいとも思っている。だけど、この世界の在り方に真っ向から疑問を呈するなんて大それた事が僕に出来るとは限らないだろ。

こんな僕を卑怯だと思うだろうが、少し考えさせてくれ。」

「…………ホントに君は自分の評価が低いね。

別に良いけど、私は諦める気は無いよ?

それに、これは独り言だけど、君が本当の意味で救われたいならそう(・・)するしかないと思うし。そのドーナって娘の分まで、このクソみたいな選民制度の所為で魔女として処刑()される罪の無い人達を助けるしかね。

あんたもそう思ってるんでしょ? ロベルト・プンチーノ神父様。」

「…………………

本当に君は嫌味なヤツだな。」

「あんたがはいって言うまでこのスタンスを止める気は無いよ。」


ジョージアは言葉を濁したが、マドゥアは近い内に彼が首を縦に振ってくれる事を確信していた。その理由はジョージアの顔色が目に見えて良くなっていたからだ。


この時既に、過去に縛られている領主の息子 ジョージア・ウィリアム兼神父 ロベルト・プンチーノの心の中には自らの過去の誤ちを受け入れ、罪を清算する為の戦いに身を投じる覚悟が芽生え始めていた。


(カルマ)を背負いし魔女達を救い出す為の戦いに身を投じる覚悟を。


《完》

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