17
洛九歌は十六歳になっても、まだよく夢と現実の区別がつかない。
彼女は街でナンバー・ワンの財閥の当主洛惊雷と銀幕の女王华容唯一の娘。顔はよく、体つきもいい女の子だ。幼い頃から学年第一の玉座に動揺しなく座ってきた。いかにメアリー・スーで現実離れの設定に見えるが、それは現実。
親に寵愛されず、友達だと言える人もいたことがない。彼女は異性から降り注ぐ嫌な視線にもう懲り懲りで、同性から遠ざけられ、嫌われることにうんざりだ。どんなに逃げ回っても、外界から侵入してきた悪意はそれによって減少又は止まることが全くない。悲しくて可哀そうな話に聞こえるが、それも現実。
彼女はこの世に存在する霊を見ることができる。若死にしたお兄さんは一つの霊であって、彼女が生き続ける唯一の支えである。この可哀そうな女の子にとって、めったにないソーシャルイベントは偶に知らない霊の依頼を受けること。ファンタジーで信じがたい物語に思われるが、それも現実。
では、洛九歌の夢は一体何でしょうか?
少女はぼんやりと、愛の込めた目つきで、携帯の画面に映るバーチャル男子を見つめて、こっそりと言った。「友達が欲しい......彼氏が欲しい!」
17誰も気にかけてくれない林詩音の一生
紀清はしばらくの間、洛九歌の腕をずっとつかんでいることに気づいてないままだった。しかしそれに気づいた瞬間、彼は目の前にいる女の子を逃したくないため、手を放す気持ちにもならない。
でも自分と林詩音が洛九歌のことが好きということはまだ彼女にばれていないと、紀清は薄々と分かっている。人との付き合いが少ないものの、彼はなんとか見分けることができた――素直で鈍い洛九歌は、決してたくさんのキープ君を作りそうなカス女ではない。
「紀清、ちょっと買い物に行くけど一緒に来てくれないのかな?」
既に自分が周りの人に狙われていることを察した洛九歌は、紀清にひっそり話しかけた。
紀清の顔は真っ赤になった。
そうして、二人はホールの裏門から逃げ出した。
「何が買いたい?」
紀清はようやくこの言葉を絞り出して、蝉しぐれしか聞こえない静寂を破った。
「ベースを買うの!」洛九歌は軽やかな足取りで彼の前に歩いて、左手でベースを弾くふりをする。「ほら、私、試験は今日だってことが知らなかったんでしょ。だからベースを持ってこなかったんだ。」
「あ…あ…ん」紀清は目の前にいる女の子に呆れた。たった数日で、洛九歌はだいぶ変わった。
こんな洛九歌に、紀清はより一層惚れた。
校門のあたりは楽器屋だらけだ。洛九歌は迷いなく、真っ直ぐにあるうす暗い店に入り、知り合いに声かけるような口ぶりでそこの店長に挨拶した。
「張さん!ベースを買いに来ましたよ!」
張と呼ばれる人は奥の部屋から緩々とに出てきた。紀清はずっとこの怪しい店に警戒しており、いざという時に洛九歌を連れて逃げる準備までできている。
まさか出てきたのは「ザ・ヴィジュアル系」のようなおじさんだと、これは思いのほかだ。
洛九歌は上半身をカウンターに乗り出して、紀清の視点から見れば、まるでむっちりしたおっぱいをカウンターに乗せるような姿勢だった。なんと汚らわしいことを考えているのだろう僕は、と自覚して紀清はすぐに目をそらした。
張さんと洛九歌は何を話しているのか、彼はそれを全く聞き取れない。この掻き立てられる気持ちを抑えるだけでもう精いっぱいだ。
と冷静しているうちに、いつの間にか張さんが寄ってきた。紀清は顔を上げると、ちょうど興味津々に自分を見ている張さんと目が合ってしまった。男同士とはいえ、紀清の体は勝手に動いて、慌てて背負っていたギターを体の前に据えて盾にした。
洛九歌はまだベースを調整している。張さんは自分よりも細高い紀清に軽く肩ポンして聞いた。
「彼女?」
三人とも聞けるほど大きな声で。
紀清の顔がまた真っ赤になった。
「もしかしたらカップルに割引とかありますか!?」ずっとベースを調整している洛九歌は突然こっちに向けて聞き出した。
否定は…しない?
紀清の顔が一層赤くなった。このお店が暗いおかげで他の人に見られないけど。
「勘弁してくれよ…うちの一番高いやつを一括で買える君みたいなお嬢様には割引なんていらないんだろう!」
紀清は洛九歌の方によそ見して、ちょうど洛九歌が支払いQRコードを示すところを見た。残高で一括払いだ。
洛九歌の実家がお金持ちとのことは前から耳にしたが、これほど豊かとは思わなかった。さっきまでドキドキしていた心も、急に落ちついた。
支払いを済んだ洛九歌はギグバッグをもって学校に帰ろうとする。彼女は振り返って、顔が赤いままの紀清はまだぼうっと立っている姿を見た。
金を払って、洛九歌はベースのケースを背中に背負って、学校の方向に向かう。再び振り返って、顔が真っ赤に染めた紀清はまだぼんやりとそのまま立っていることに気づいた。
紀清の目に映った彼女は店の外に輝く光が全身に纏ったように、速足で自分のほうに歩いてきた。
この一瞬、文字では表現できないほど美しい彼女を見つめて、彼はそれに惚れて、訳もなく一歩退いた。洛九歌はそれを解くすべもなく、紀清の手を掴んで背伸びして一一
紀清は訳も分からずに彼女と楽器屋を出て、太陽の下に行った。さっき起こったことはまるで夜明け前の夢のようだった。あの人に冷たい洛九歌。いつも厭わず、彼にからかわれる洛九歌。彼がこの一年間ずっと好きでいた洛九歌はたった今、おでこ合わせして、「熱の?」と彼に聞いたのだ。
紀清は自分がどう答えたのかも忘れた。ただ「骨折れても割引はしないぞ」と、張さんのでかい声でしか覚えていない。
洛九歌は彼の様子がおかしいと思った。熱でもないのに、顔がすぐに真っ赤になるなんて、熱中症かな。
一方の紀清が心臓が止まるほどどきどきしていることは、誰も知らない。
学校までの距離はまっすぐ歩いて一分もかからないほど近い。ケースを背負ている紀清は洛九歌の白く光っている脚を見ながら歩いているが、急に彼女は左折した。彼は変だと思い、頭を上げたら、彼女は冷たい飲み物を売っている婆さんから氷棒を一本買って、金を支払っている姿を見た。
市立第一高校の生徒たちはこの婆さんの常連客だ。そこは値段も安ければ、物も巧みに凍っている。唯一変に思ったは、記憶の中での彼女は通学中に冷たいものを買ったことがないのに、どうしてここを知ったのか、ということだ。
彼女が払い終わった後、あれこれ考えている紀清はようやく、自分で払うべきだと気付いた。
「ぱっ」という音と共に、洛九歌は氷棒を真っ二つに分けて「紀清、さっきはありがとうございます。これ、半分あげよう」と言った。
「さっき」というのは、学校内で彼が彼女に降り注ぐ視線を遮ってあげたことだろう。
紀清はふっと気付いた。口が僅かに動き、たとえ失敗しても言わなければならないことがあると、彼は思った。
「今言わなければ一生言うチャンスがないかも」
彼は心の中で繰り返して自分に言い聞かせた。
「俺、洛九歌のことが…す」
彼女はじっと彼を見つめ、その次の言葉を待っている。その一瞬、婆さんの扇子煽りの音、後ろの車の走る音、彼女の呼吸の音、木の上のセミの鳴き声、あるとあらゆる音は全部彼の頭に注ぎ、自分の声はいかにも微小であることを思わせた。
また「ぱっ」という音がした。一滴溶けた氷水は地面に落ち、また紀清の心にも落ちた。
「俺はそっちの方がいい」
彼は諦めた。思いもよらず、彼女は笑ってもう一本の氷棒を渡し、「真面目な顔をして、こっちが何か悪いことでもやっちゃったのかと思ってたよ」と言った。
彼女は笑うと目が光っていて、とてもきれいだ。紀清は彼女の笑うところを初めて見て、心臓が止まりそうになった。
そして彼女は手すりに座り、脚をぶら下げ、目を閉じて仰いで氷棒を食べる。紀清は手すりにもたれて氷棒を食べ、腕のすぐそこには彼女のふとももがある。
この氷棒は冷たいなぁと、彼は思った。
二人が食べ終わった後、紀清はある実に真剣な問題をようやく気付いた。
「俺たちが出てきてから時間も随分立ったし、サボったのかと思われないか?」
洛九歌は頭を振って、結びかけのツインテールも一緒に揺れながら「大丈夫、部長に言っといたから、調整には時間がかかりますって」
彼女は本当に変わったな、もう昔の規則正しい彼女ではなくなったと、紀清はふっと思った。頭を上げて、何か言おうとしたが、彼女の後ろにある太陽は眩しすぎて、彼は何も見えなくなった。
「準備はそろそろできたし、戻りましょうか」
洛九歌が上手い動きで手すりを降りたところを見て、紀清はあることを確信した。洛九歌はきっと、夏休みに誰かに会って、その人によって変えられたと。
彼の言いかけたあの告白は本当に言うチャンスがもうないのかもしれない。