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シーン3

 シャーリィの合図に、リンはファイティングポーズをとった。


 しなやかな肉体に軽い緊張が走り、雰囲気が一変した。

 やっぱり、彼女は小さな肉食獣だ。

 髪の色と同様に赤い瞳は、デニスを捉えていた。


 彼女は、動いた。

 目にも止まらない速さでデニスの懐にもぐりこみ、瞬間的に彼のあごへ掌底を放つ。


 ごきり、と音がした。


 渾身の一撃は、確実にデニスのあごを強打していた。

 だが、歪んだのはリンの表情だった。


 デニスは、微動だにしなかった。

 かわりに、まるでコンクリートの彫像を殴りつけたかのような衝撃が、リンの腕を襲った。


「はッ!」


 リンは微かに間合いを取った。

 そこからタイミングを計って、今度は強烈なローキックを見舞う。

 これも完璧にヒットした。


 結果は、同じだった。


 苦悶の表情を浮かべたのはリンの方で、デニスは平然としていた。

 その表情を見る限り、蚊に刺されたほどの痛みも感じていないようだ。


 まったくもう。仲間ながら、何ともすごい男だ。

 デニスは特殊な人類種の血を引いたテアードで、全身の筋肉を、まるで鋼鉄のように固くすることができる。

 前には、素手で機械のキラーマシンを殴り倒した事があるくらいなのだ。


 さすがに銃弾を跳ね返す、とまではいかないが、いくら的確なリンの攻撃でも、そう簡単にダメージを通せるとは思えない。


「な、なによこいつ」


 焦った声で、リンが呟きを洩らした。

 対してデニスの方はと言うと、いつも通りの無表情で彼女を見つめていた。


「どうしたリン、もう終わりかい。その程度の腕じゃ、この船に乗せるには役不足だな」

「ちょっと待ってよシャーリィ、まだ始まったばっかりよ」


 リンは気合を放って、覚悟を決めたようにデニスの足元に向かってタックルした。

 相手の足の関節をとって、そこから関節技や締め技に入ろうという考えだ。

 事実、彼女の関節技はなかなかの凶器で、かく言うアタシも、何度となくひどい目にあわされている。


「よし、とった!」


 と、彼女が喜声をあげたのは一瞬だった。


 デニスは倒れなかった。

 びくともしない、というのがぴったりな表現だろう。

 彼は自分の足にしがみつくリンをちらりと見降ろしてから、ただ困ったようにシャーリィを見た。


 どういうことか、説明してほしい、と思ってるんだろう。

 シャーリィも察したと見えて、声を飛ばした。


「デニー、良いから彼女を、ちょっとだけ相手してやって。この船に乗りたいんだってさ」


 デニスは頷きかけて、それでも迷った顔をした。

 多分、デニスはリンに手を出す気はない。

 見かけはちょっと怖いが、デニスは誰よりも心優しい男なのだ。少なくとも若い女性に手をあげるなんて、死んでもするはずがない。


「キャプテンの考えなんだ。中途半端な気持ちで乗ってくる奴は要らないってね」

 シャーリィの言葉が続いた。


「この船は曲がりなりにも海賊船だろ。最後は軍事警察に捕まって縛り首になる可能性だってある。まっとうな生き方を探してる奴は、最初から乗らない方が良い。そうだろう」


 シャーリィの言葉は、アタシの心にもぐさりと来た。


 アタシは、日の当たる世界に憧れて、海賊の肩書を捨てた。

 だけど、行き場がなくて結局この船に乗っている。

 だからアタシはいつまで経っても「居候」のままで、キャプテンはアタシを正式な「乗組員」とは認めないのだ。


 バロンのおまけ。

 それは、もしかしたら一番アタシを表しているのかもしれない。

 ちょっとだけ、自分自身の生き方に、歯がゆさを覚えた。


「そんな生き方ってさ、どこにあるのよ」

 と、歯を食いしばるリンの声が聞こえた。


 気付けばリンはデニスの首に後ろからしがみついて、彼を必死に絞め落とそうとしている所だった。

 悲しいかな、ただ彼にぶら下がってるようにしか見えないのは、アタシだけの印象じゃないと思う。


「縛り首になる覚悟なんて、そりゃあ私には無いわよ。だけどさ、今のところ他の生き方が見えないんだもの、少しぐらいは居場所をくれたって良いじゃない」


 リンはそう言って、更に両腕に力を込めた。

 もちろん、効いている様子は全くない。

 そのうちに、リンの目なじりに、ほんのりと涙が滲みだすのが見えた。


 ・・・リン。


 アタシはなんだか胸がつまって、彼女を応援したい、そんな気持ちになった。

 でもシャーリィは無情だった。


「制限時間まで、あと1分だね。デニス、そろそろ振りほどいたら」

「っつ、そう簡単にこの手は離さないわよ。いくら筋肉が固くたって、頸動脈を押さえちゃえば・・・って、えっ!?」


 リンは一瞬何が起きたか分からなかった。


 デニスは片腕で、まるで背中のバックパックを降ろすかのようにあっさりとリンの体を引き離した。

 そのまま彼女の体を正面にし、持ち上げる。

 気付けば、リンは両腕をデニスの首にまわしたまま、完全なお姫様抱っこ状態になっていた。


 デニスの顔とリンの顔が接近し、それからほんの少しの間があった。

 放心しかけたリンの表情が、事態を理解したのか、微かに紅潮した。


 シャーリィが肩をすくめてニヤリと笑った。

 おもむろに時計を見つめ、残り時間を確認する。


「あと、10秒。9・8・7・・と」


 終わった。と誰もが思った。

 その時だった。


「参った」


 聞き覚えのない男の声が、その場に流れた。

 誰もが、耳を疑った。


 シャーリィも、ソニーも、そしてリン自身さえも、何が起きたのか全く分からなかった。

 だが、間違いなく声はした。

 ひゅうと口笛の音がして、シャーリィがはっと顔をあげた。

 口笛を吹いたのはトゥーレだった。


 彼は目の前の出来事がさも面白かったという様子で、親友デニスに向けて親指をあげた。


「姐さん、デニスが自分で負けを認めたぜ」

「ちょ、待ちなよ。今のって・・・」

「どっちがが参ったしたら終わりなんだろ、じゃあ、リンさんの勝ちだ。理由はともかくな」


 視線を戻す先で、デニスはリンの体を優しく床に降ろし、何か言いかけるリンにパッと背を向けた。


 リンは茫然として、彼の後ろ姿を見あげたあと、アタシを見た。

 アタシは彼女に駆け寄った。


「今のって・・・」

「よくわからないけど、デニスが参ったしたみたい。リン、アンタの勝ちよ」

「待ってよ、そんな、まるでお情けみたいじゃない。私はそんなの望んでないわよ」

「まあまあ、一応勝ったんだから、良しとしたら」

「良くないわ、私、ちゃんと実力を認めてもらいたいのに」


 リンはデニスの背中に飛びかかりそうな勢いになる。

 制止しようとしたら、簡単に投げ飛ばされて、アタシは華麗に地べたを二回転した。


「ちょっと、デニスさんだっけ、今のはどういうコトな・・・」

 肩を押さえつけようとした時、トレーニングルームの入り口が開く音がした。

 皆の視線がそちらを向いた。


 立っていたのは、キャプテンだった。

 テンガロンハットにトレンチコートという、いつも通りの不思議スタイルで現れた彼は、室内をじろりと一瞥した後、シャーリィに視線をとめた。


 言葉には出さず、「どうなった?」と、キャプテンは聞いた。

 シャーリィは気まずそうに頷いた。


「えーと、ちょっと審議判定に入ってる状況・・・なのかねえ。どう思うソニー」

「えっ、そこで私に振るんですかシャーリィさん」

 視線を投げかけられて、ソニーが慌てた声をあげた。


「いちおう、乗船試験みたいなことをしてたんです」

 ソニーは仕方なく説明を始めた。

「でも、デニーが試合放棄したっていうか、・・・たぶんデニーが自分で参ったしたと思うんですけど。本当に彼の声だったのかどうかもわからなくて」


 ああ確かに。

 デニスの声って、実際聞いた事ないし、アタシはシャーリィの方を見てたから彼の口元を見ていない。


 キャプテンがアタシを通り越して、デニスを見た。

 デニスはキャプテンの方を振り向いた。


 この二人、同じコミュ症同士、一度も会話を交わした姿を見ていないが、何だかテレパシーで繋がってるみたい。

 不思議と意思疎通が出来ているのだ。


 程なく。

 突然、二人は頷き合い、そして無言の会話が終わった。

 そして、何も語らず揃って部屋を出て行こうとする。


 いや。

 そーじゃなくてね。

 こっちとしては結論を言葉でいただきたいんですが。


 思いはみんな一緒だった。


「キャプテンっ、で、どうするんですか。リンさんはこの船に乗って良いんですか」

 怖いもの知らずのソニーがキャプテンの袖を引いた。


 キャプテンは焦った様子で袖を引き離すと、ソニーからは視線を逃がした。

 やむを得ず、一番話しやすい(であろう)シャーリィを見る。

 シャーリィがソニーと同感だと感じ取って、彼はしぶしぶ口を開いた。


「乗員としては認めん。だが、乗るだけなら好きにしろ」

「えっ、良いんですか!?」

 ソニーが驚いて声をあげた。


「デニスの希望だ。奴が良いなら、俺が口を出す事ではない」

 ソニーと会話しているはずなのに、キャプテンはシャーリィに言葉を返して、それから、そそくさと居なくなった。


「デニスの・・・ああ、そういう事か」

 アタシは納得して頷いた。


 リンは不思議そうにアタシを見た。


 アタシがこの船の居候になった時と一緒だ。

 あの時はバロンがアタシの事を「将来を誓い合った彼女」として・・・あの時は嘘だったけど、そう言ってくれた。

 バロンを信じているからこそ、キャプテンはアタシを認めてくれて。

 ・・・この船に、居場所が出来た。


 今回は、デニスがその役目を買って出てくれた。ってコトか。


 でも。

 初めて聞いたな、彼の声。


 リンはそれでもまだ状況を理解できない様子で、一人茫然とデニスの消えた扉を見つめていた。



 ・・・・・。



 そして数日後。


「ちょおと待ってよ、なんでリンがそっちやるのよ。ここはアタシの持ち場って決めたでしょ!」


 アタシはヘッドレスホース号の廊下に仁王立ちして、相変わらずモップを握りしめていた。

 で、目の前で映し鏡みたいに立っているのは。


 アタシとおそろいのメイド服を身にまとった、真っ赤な髪をした女。

 そう、言うまでもないリンその人だ。


「いつ決めたのよ、そっちこそ私の仕事をとらないでくれる。今日は男子トイレの徹底掃除日になってるでしょ。ラライにはそちらをお任せするわ」

「おのれリン、自分が汚い方をやりたくないからって、抜け駆けしたわね」

「遅く起きた方が悪いのよ。私はちゃんと時間通りに始めただけだし」


 リンが自分のモップを長刀のようにくるりと回して、アタシと対峙した。


 うーんこの感じ。

 まるで昔に戻ったようだわ。


 と、思っていると。


「おーい、何遊んでんのさ、そこの赤メイドと青メイド、今日は新しく来た乗組員の部屋を用意しとけって、ちゃんとできてんの?」


 いけね、忘れてた。

 って、何よその呼び方。

 髪の色で呼び分けしないでよ。


「はーい、今やります~」

 アタシは渾身の猫なで声で答えた。

 偶然にも、リンと声が重なった。


 ともかくだ。


 こうして、アタシ達の船、ヘッドレスホース号には、二人目の居候メイドが誕生した。

 自分で言うのもなんだが、何とも変な海賊団になってきたものだ。

 この生活が、いつまで続くか、それは誰にも分からない。


 だけど。


 少しだけ新しい刺激が増えて、なんだかワクワクする気持ちが芽生えた。



お読みいただいて、ありがとうございました。

「蒼翼のライ」も、そろそろ新展開していこうと考えてます。

ぼちぼちと更新してまいりますので、これからもよろしくお願いします。

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