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シーン2 

 リンの動揺は明らかだった。

 そりゃそうだ。

 アタシみたいな何も出来ない・・・じゃなくて、何もしない・・・もおかしいな。

 とにかく、とりあえず居候を決めつけているだけの女と違って、彼女は即戦力だ。

 それなのに、断るって、いったい


「キャプテンがさ、これ以上この船に若い女が乗るのは嫌だってさ」


 ああ。

 アタシは納得した。


 キャプテン。

 ここでいうキャプテンとは、デュラハンのリーダー「キャプテンラガー」の方だ。

 ソニーちゃんはヘッドレスホース号の船長であって、海賊団としてのキャプテンは「ラガー」の方なのだ。

 このあたり、とてもややこしい。


 で、そのラガーというのはとてもコミュ症で、特に若い女が大の苦手だ。

 それなのに、なぜかこの船には女性が多い。

 ただでさえアタシや、最近では「雪路」っていう、これまたキャプテンとは因縁のありすぎた美女医も乗組員になったし、ついこの間まで乗っていたアタシのもう一人の友人にも、キャプテンはだいぶ辟易していた様子だった。


 確かにあのキャプテンなら、リンを乗せたがらないだろうな。


「ちょっと待ってよ。なんでラライが良くて、私が駄目なのよ」

 リンが血相を変えて立ち上がった。

 ミルクと砂糖を持ってきたソニーが、おろおろと二人の顔を見比べた。


「なんで、って聞かれると困るんだけど。・・・ほら、一応コイツはあくまでバロンのおまけとしてこの船に居るだけでさ、厳密にはこの船の乗組員じゃないんだ。メイドをしてるのも本人の趣味みたいなもんだし」

「そーよそーよ、アタシはあくまでバロンさんのおまけで、この服装は単なる趣味・・・」


 胸を張りかけて、切なくなった。

 ・・・どーせアタシはバロンのおまけ扱いですよ。

 でもさ。

 メイド服はアタシの趣味じゃない、もともとはシャーリィ、アンタの趣味でしょうが。


「私は役に立つわよ。こうみえても、元スカーレットベルよ。」

「まあ、知ってはいるけどさー」

 シャーリィが面倒くさそうな顔になった。


「正直言ってね、人手は足りてるんだよ。いまのところ、船を増やす気もないしね」

「パイロットは何人いても良いじゃない、それなら戦闘要員は? こうみえて、腕には自信があるんだけど」

「それもさー、うちにも肉弾戦得意な奴がいるんだよね」


 シャーリィは、さてどうやって相手を説得しようかな~という顔になった。

 ソニーがバターの香りのする焼き菓子を温めて持ってきた。

 リンよりも先に指を伸ばして、シャーリイは腰に手をあてた。


「とにかく、無駄に人を増やすつもりはないんだって。近くの安全な衛星くらいまでは運んであげてもいいけどさ」

「そんな、もうちょっとくらい考えてくれても良いじゃない。なんなら腕試しさせてよ。この船で一番強い人と、お手合わせしてみるってのはどう?」

「この船で、一番ねえ・・・」


 シャーリィは思案顔になった。

 ぼりぼりと焼き菓子を食べながら、あさっての方角へ視線を泳がす。


 一番強い人か。

 それなら、間違いなくキャプテンだろうな。


 だけど、相手がリンみたいな女性だと、どうなんだろう。

 固まって何も出来なくなるか、それとも問答用無用で斬ってしまうか。

 どっちにしても脳内バーサーカーみたいな人だから、ろくな結果にはならないのは目に見えている。


「どうしても、やりたいって言うなら、止めないけど」

 あきらめた様子で、シャーリィがため息をついた。

 リンの顔がパッと明るくなった。


「ありがとうシャーリィ。でも、これは良い機会だわ。そう言えば、貴女には私の腕を見せたコト無かったわね。きっと、考えが変わるわよ」

「だと良いけど」


 シャーリィは菓子の残りをほおばると、無意識にリンの飲み物に手を伸ばした。

 ・・・あ、それって。


 喉に流し込んで、すぐにむせかえる。

「なんだこれ、甘っ、悪魔の飲み物かっ・・・」

「何言ってるの、ここの備品のティーなんでしょ」

「じゃ、なくてだな~」


 シャーリィは辟易した様子になった後、そろそろとティーカップを置いて、コホンと一つ咳払いをした。


「ともかく、そうと決まったら、すぐに用意しな。ラライ、アンタはリンに着替えを貸してやりな。それから、トレーニングルームに案内して。・・・あ、ソニーはあたしと一緒に来て」


 アタシとソニーは頷いた。


 トレーニングルームはこの生活エリアの端にある。

 ヘッドレスホース号は、もとは100人以上の乗組員が常駐できる中型の戦闘艦だ。

 乗員用の共有居住空間がかなり広く作られていたのを、現在の乗組員数に合わせて改造し、空いたエリアにトレーニングルームや射撃練習場、それと、手に入れたお宝を陳列するミュージアムエリアを増設した。


 ちなみに、そのミュージアムエリアはほとんど空っぽの状態で、結局はアタシやバロンの趣味を詰め込んだ、フィギュアやガン、模型の展示室になっている。


 アタシはリンを自分の部屋に連れてきた。

 正確には、デュラハンのナンバーワンアタッカー「バロン」の私室だ。

 元は賓客用のゲストルームを改装した部屋で、奥のベッドルームをアタシ用の部屋として区分けしてある。

 普段は一緒に居て、夜だけは別々に寝るというルールだったけど。

 最近は、その、なんだ。

 彼との距離はより近いものになって、ベッドルームの鍵はかけなくなった


 アタシはごちゃごちゃのクローゼットから、動きやすいトレーニングウエアを探し出して、彼女にさしだした。

 探し物をするたび、ちょっとは片づけなきゃな、と思いつつ、明日もこの状態なんだろう。


 リンはちょっと古臭いデザインに一瞬だけ眉をひそめたが、文句も言わずに袖を通した。

 幸い、違和感なく着る事が出来た。

 リンの体形はアタシより少し小柄だし、胸なんかもアタシより少し控えめだから、窮屈さは全くないようだ。


 リンは着替え終わって、アタシのベッドに腰を掛けた。

 動きやすいように、ストレートロングの真っ赤な髪をポニーテールにまとめる。

 髪を持ち上げながら、彼女の眼がシーツの表面をなぞった。


 朝起きたままになっているベッドは、アタシの寝相の悪さを想像させるほど、皺だらけになっていた。

 それだけならなんてことはない。

 だが、彼女は目聡く、ベッドサイドに置かれた、小さなスプレーを見つけた。


 カース人用の皮膚粘着物質抑制スプレー。

 普通の人には馴染みのないラベルが、そこには書かれていた。

 これは、バロンが通販で見つけたものだ。

 皮膚に粘液性の体液を纏う人類種が、布製のベッドで快適に眠るために使うもので、その効果は見事なものだった。


「へえ、なるほどね」

 リンが含んだ笑みを浮かべてアタシを見た。


「そういうの、いいから」

 アタシは誤魔化すように言って、スプレーのラベルを反対に向けた。


 ったく、どうして皆、そういう事にばっかり興味を持つんだろう。

 確かにアタシとバロンは異人類種同士の変わったカップルかもしれないけれど、人として悪いことは何一つしていないぞ。


 あたしはとにかく、彼女を部屋から押し出した。

 これ以上長居されて、あれ以上に変なものを見つけられたりでもしたら、たまったもんじゃない。

 ここはとっとと、トレーニングルームへと案内するに限る。


 部屋に到着すると、驚いた事に乗組員が集まっていた。

 シャーリィはもちろん、サブパイロットのトゥーレ、オペレーターのイアン、それに、色々と事情があって、この船のメカニックとして同行することになった元プレーンレースチームのメカニックマンの姿も見えた。


 くるりと顔ぶれを見回して、リンは首を傾げた。


「え・・と、誰が私の相手をしてくれるのかしら。腕の立ちそうなのは、・・・この中だと貴男みたいだけど」


 リンが指さしたのはトゥーレだった。

 うん、良い線は言っている。

 イアンは童顔で少年って感じだし、もう1人は見るからにメカマンの服装で、それに彼もかなり若い。

 それに対してトゥーレは、笑う牙の書いてあるバンダナを口元に巻いていて、黒の宇宙服とあいまってかなり悪そうな印象だ。

 事実、彼のナイフさばきは大したものだが、どうやら、今日の相手は彼では無かった。


「俺は単なる野次馬だぜ、へえ、思ったより美人だなあ。なあ姐さん、意地悪しないで乗せてあげたら?」

「トゥーレ、あんたは黙ってな」

「へいへい」


 軽口を叩いて、トゥーレは肩をすくめた。


 ほどなくドアが開いて、ソニーが入ってきた。

 後ろから姿を見せたのは・・・まあ、予想の通りだった。


 筋肉粒々の体形にサングラス。そして特徴的なドレッドヘアーの男は、自分がどうしてこの部屋に来たのかもわからないという様子で、きょとんとアタシ達を見た。


 彼の名はデニスだ。

 一応はこの船では対機砲担当で、なによりも白兵戦ではキャプテンの信任が厚く、ミスターガードマンの異名も持っている。


「リン、このデニスが相手だよ。あんたの格闘術とやら、せいぜい見せてもらおうか」

 シャーリィが言うと、デニスは一瞬だけ驚いたように見えた。

 だが、すぐに無表情に戻って、それからリンを無言で見つめた。


 デニスが無言なのは、いつもの事だ。

 というのも、デニスもまたキャプテン同様のコミュ症で、少なくともアタシを含む女性陣と会話をしている姿は、今まで一度も見たことが無い。

 それでも、彼はこの船で最も信頼のできる乗組員の一人だった。


「図体だけのこけおどしってコトはないわよね」

 リンが相手にとって不足無しというように、腕を組んだ。


「それは、やってみてのお楽しみさ」

 シャーリィが、そっと壁面に避けた。

 アタシも二人の邪魔にならないようにすみっこに移動する。

 と、隣にソニーがやってきた。


「ソニーちゃん、よくデニスを連れてこれたわね、彼って、こういうの、あんまりやりたがらないと思うんだけど」

「あ、えーと、それなんですけど」

 ソニーは肩をすくめて、少しばつが悪そうに笑った。


「腕試しとかって言ったら、テコでも動かないと思ったんです」

「ま、そうだよね。そういうタイプじゃないし」

「だから、デニーにどうしても会いたいって女の人が来てますよ、ってだけ伝えたんですけど」

「・・・え」

「駄目でしたかね~」


 いや。ダメとは言わないけどソニーちゃん。

 それって、デニスってば、状況を何も理解してないし。

 もしかして、変な誤解をしていたりしない?

 と、思っていると。


「それじゃあ、一応はスパーリングって形でね。時間無制限・・・って言いたいところだけど、こっちも忙しいから制限時間は10分。どっちかがギブアップするか、降参したらそこで終了。いい?」

「私はそれでOKよ」

「デニスは、まあ聞かなくてもOKよね。じゃあ、始めっ」


 シャーリィが楽しそうに開始を告げた。

 デニスが、何が始まったのかもわからず、不思議そうに首を傾げた。


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