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シーン1

「ってーかさ。なんでアンタがここにいるワケ?」


 ここは宇宙海賊デュラハンの海賊船、その名もヘッドレスホース号の食堂。

 アタシはモップがけをする手を休め、目の前に座る赤い髪の女の姿に、思わず大声を上げてしまった。


 アタシよりも少しだけ小柄な体型。

 スレンダーな肢体に、どこかしなやかな獣を思わせるコケティッシュな美貌。

 同じ女なら、だれもが羨む容姿の持ち主は、ちらりとアタシを見上げ、それから少しだけ楽し気に首を傾げた。


「私がドコに居ようと、私の勝手でしょ」

「そっ、そりゃあ勝手だけどさ。でも、ちょっとくらいアタシに声をかけてくれてもいいんじゃない。アタシとアンタの仲なんだし、挨拶も無しにいきなりこんな所に居たら、誰だってびっくりするでしょうよ」

「そこにいるソニーさんだっけ、彼女にちゃんとお断りしたけど」

「そうじゃなくって、だからなんで親友であるこのアタシにっ・・」


「まあまあ、落ち着いてくださいラライさん」

 鈴を転がすような、涼やかな声が加わった。

 アタシの隣で苦笑いを浮かべていたのは、背中に白い翼をはやした天使のような美少女、・・・実はこの船のキャプテンでもあるソニーだ。

 アタシは彼女をジト目で睨んだ。


「ソニーちゃんもソニーちゃんよ。なんでリンが居るって、アタシに教えてくれないのよ」

「それはですね、私もてっきり、先にラライさんに連絡が来ているものとばかり思っちゃいまして・・・。えっと、でも、親友なのは間違いないんですよね」

「親友っていうか、その、まあ、そうなんだけど」


 アタシは目の前で優雅にティーカップを口元に運ぶ美女に視線を戻した。


 彼女の名前はリン・スタンスフィール。

 アタシ・・・もと宇宙海賊「蒼翼」ラライ・フィオロンの相棒にして、かつて「スカーレットベル」の異名でも活躍していた、生粋の女海賊だ。


 だけど。

 彼女はもう裏社会からはきっぱりと足を洗った・・・はず、だった。

 少なくとも、こんな胡散臭い船に乗り込んでくる理由が見つからない。


 それというのも、あれは少し前の出来事だ。

 某犯罪組織による外宇宙での人間狩り事件があって、リンは連れ去られた同じレルミー人の恋人を救け、共に幸せな暮らしをしていた。

 じゃ、なかったっけ?


「とにかく、一体どうしたのよ。レルミー人の彼氏はどうしたの? 最後に会った時だって、彼と二人で幸せになる、って言ってたじゃない」


 ぴくり、とリンのこめかみが動いた。

 アタシの何気ない、それでいて当たり前すぎる疑問が、彼女の感情を刺激した。


「ラライ、あの男の事はもう口にしないで」

 声のトーンが明らかに変わった。


「へ・・・?」

「終わったコトなのよ、いい、二度とあんな奴の事なんか口にしないで」

「あんな奴って・・・だって、前はとってもいい人だって」

「私が世間知らずだったのよ。兎に角、アイツってば最っ低っな奴だったの」

「そんな、人間だもの、少しぐらい悪いところは」

「私の働いて稼いだお金を使いまくって、おまけに借金までこさえてさ。・・・あげくには胡散臭い女実業家に乗り換えやがって」

「うわあ・・・」

「・・・いくらバカな貴女でも、後はもう察しなさいよ。もし、今後アイツの事に触れたら、いくら貴女でも容赦なく殺すわ」


 リンの眼はマジだった。

 いつもクールな彼女が、ここまで感情を見せるのはあまりない。

 どうやら彼女の甘い時間は、強烈に苦い思い出へと変化して、悲しくも儚く終わりを告げたものらしい。


 それにしても、話を聞く限りは相手も随分な男だったみたいだ。

 アタシは一回くらいしか会った事ないけど、顔だけはそこそこイケメンで、いかにもスマートな感じの男性だった。


 ま、アタシの持論として、イケメンに良い男はいないというのがあるから、また裏付けがとれたようなものだ。


 彼女は自分を落ち着かせるかのようにティーカップのお茶を口へと運んで、それから思い切り顔をしかめた。


「なにこれ、ちょっと苦すぎじゃないっ、私を殺す気なの。ねえ、ミルクと砂糖もってきてっ」

「それって最初から加糖されてるタイプですよ~」

 同情顔になっていたソニーが、驚いて声をあげた。


「ウソ、こんなの飲めるもんじゃないわよ」

「・・・じゃあ、今探してきますね」


 ソニーは目を丸くしてアタシにアイコンタクトを飛ばした。

 アタシが頷いて見せると、彼女は白い翼を軽く揺らして厨房の方へと飛んでいった。


 そうなのだ。

 リンってば辛いのも苦いのも大の苦手なお子ちゃま口の持ち主だった。

 アタシも甘いもの大好きな人間だけど、リンはそれ以上。

 あの様子だと、ガムシロップ三杯とミルク二杯は追加する事だろう。


「とにかく、私も新しい生活を探す事にしたの。とりあえず住む家も船もないし、しばらくの間この船の厄介になろうかと思って」

 リンはカップをテーブルに戻した。


「リンっ、そんな勝手なコト言って、一時の感情で動くと後悔するわよ」

「もう十分に考えたうえでの決断なの。どうせ部屋は空いてるんでしょ。知らない中じゃないんだし、ねえ、船に乗せなさいよ」

「私ならいいですよ~」

 ソニーが厨房から声だけを返してきた。


「ソニーちゃんは黙っててっ。ねえリン、いくら生活に困ったからって、いきなり人の船にお世話になろうだなんて、そんなの虫が良すぎじゃない」

「・・・・」


 うん。

 何を言いたいか、なんとなく想像できるけど、ここは棚に上げる所だ。

 だが、リンはせっかく棚に上げたアタシの問題を引きずり落とした。


「貴女だって一緒じゃない。無理やり居候してるんでしょ、たいして働きもしないくせに」

「アタシはちゃんと働いてるわよ」


 アタシは胸を張った。

 見よ。

 この完璧なコスチューム。

 ゴシックでちょっぴりセクシーなメイド服。

 胸元はパツンとして、少しだけ首もとが広く、スカートは屈むとお尻が見えそうなギリギリのライン。それでいて、やっぱり見えないというこの絶妙バランスは、宇宙広しと言えどもこのアタシだからこそ着こなせると言っても過言ではない。


 アタシはこの格好で、毎日ちゃんとメイド家業をこなしてるんだから。


「知ってるわよ、貴女コスプレイヤーになったんだってね。仕事はさっぱりらしいけど」

 リンはアタシのプライドを簡単に砕いた。


「炊事は殺人的、洗濯掃除は適当で中途半端。ちゃんとできるのは彼氏の夜のお世話ぐらいって話じゃない」

「だっ、誰がそんなコトを言ってりゅのよ」


 アタシは真っ赤になって、口ごもった。

 炊事洗濯は・・・まあ、下手糞なのは事実だけど。


 アタシとバロンの関係には触れないでいただきたい。

 恋人関係にあるのは、もう周知の事実。

 別に後ろ暗い関係なんかじゃないし、かといって下世話な言われ方をされる覚えはない。


「誰って、決まってるじゃない。ここの実質的ボスよ」

「実質的ボス?」


 ソニーがプルプルと首を振った。

 彼女じゃない。という事は。


 背後から声がした。


「あたしはただ、毎晩飽きもせずにバロンとゲームばっかりしてるって話をしただけさ。真夜中までキャアキャアって、うるさくて寝れやしない」


 ハスキーでセクシーなボイス。

 これは、デュラハンの頼れる姐さんこと、シャーリィの声だ。


 アタシが振り向くと、シャーリィはシルバーブロンドの長い髪をさっとかきあげて、それから妖艶な瞳をリンに向けた。


「シャーリィさん、リンをこの船に乗せるんですか?」

 アタシが訪ねると、シャーリィはちらりとアタシを見た。


「それなんだけどさ、ちょうど今、その事でキャプテンと話してきたんだ」

「もちろんOKでしょ、シャーリィ」


 にっこりと、リンが笑みを漏らした。

 ・・・私は役に立つわよ、とでも言いたげな笑みだった。


 確かに、そうだ。


 もしこの船にとって役に立つかどうか、で考えれば、リンはとても有能だ。

 宇宙船のナビゲート・オペレーションの腕は超一流。

 それだけじゃなく、見た目の華奢さとは裏腹に、戦闘要員としても期待できる。

 レーザーレイピアの腕前なら、その辺のアウトローとは比較にならないし、素手での格闘にも長けている。

 そのうえ頭も切れて美人と来れば、仲間にしないという手はないだろう。


 アタシはシャーリィが即答でOKを出すものと思った。

 もちろん、リンもそう思ったに違いない。

 だが。


 驚いた事に、彼女は首を横に振った。


「悪いね、リン。居候は一人で充分だってさ」

 にべもない返答に、それまで余裕ぶっていたリンの表情が凍り付いた。



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